Everything is all up to me.






ぐったりとしたままか細い息を吐き出すだけのルカをスノウが背負い上げ、歩き始めて数分が立った。敵は明らかに減り、数少ない数体もライトニングが剣を一振りするだけで無残に崩れ落ちるか中身をぶちまける羽目になっていた。
歩いて、走って、歩き続けて。シド・レインズが消えて、ルカが倒れてから、もう1時間は経っているだろうか。
敵をなぎ倒しながら進み、たどり着いた果ては絶壁だった。

「何ここ……崖……?」

「下には魔物がいっぱいいるみたいです!こんなところ降りたら……」

激戦になる。誰もが一瞬口を噤んだ。しかしファングは舌打ちをして、

「留まればここでシ骸になんだぞ」

全てを掻き消すような、強い呪い。一瞬だって足を止められない、その一歩にも寿命が縮むと知っているから。彼らは黙り込んだ――ファングの言葉は内心で押し隠す恐怖を裏打ちしてしまうものだった。
けれども、俯いたのは誰しもではなかった。たった一人だけ、恐怖を笑い飛ばせるルシがいた。

「……大丈夫だ。シ骸になるとしても……そんなのは、諦める理由にはならない」

ライトニングがゆっくりと顔を上げた。ホープもぎゅっと、両手を強く握りしめる。サッズは口角を釣り上げたし、ヴァニラは胸元に手を押し当てた。

「使命なんて関係ねえよな。使命のために生きてるんじゃない……例えシ骸になったっていい。俺には使命より、セラの願いの方がずっと大事だ。何があっても俺は、コクーンを守る」

よいせ、とルカを背負い直してスノウはひたすら前を見ていた。懐にはセラの涙のクリスタルがある。スノウは言う。セラの涙は絶望して溢れたものだと思っていたのだと。でもそれは違った。きっと違った。セラの姉がいて、自分がいて……きっと自分たちなら何をおいても自分の願いを叶えてくれると思ったからの涙だったのだ。スノウは微笑んだまま、そう語った。

「だから俺はコクーンを守りぬく。そんで絶対、セラと結婚する!」

スノウは笑った。底抜けの笑顔だった。シ骸になることなんて怖くないと、本気で思っているのだと誰にでもわかる笑顔。
ヴァニラもそれに賛同し、嬉しそうに微笑んだ。久方ぶりの、彼女らしい笑顔だった。それが、思えばコクーンで目覚めてから初めて見る、懐かしい笑顔だったので。

笑顔だったので。

「認めねーよ」

気に入らねーよふざけんなよ。セラなんて知らねえよ。コクーンなんてどうなったっていい。コクーンなんてどうなったっていい。コクーンなんてどうなったっていい。コクーンなんて、コクーンなんて、コクーンなんて。

「使命を果たさなきゃ、シ骸になる……」

「ファング、でもそれはっ……」

ふらふらと後退するファングを止めようとヴァニラが手を伸ばす。けれどもファングは更に一歩引いてそれを逃れ、背中に背負った三叉槍を繰り出した。

震えながらも眼光は鋭く、ヴァニラの後ろのスノウをライトニングを見つめている。そして、スノウの抱えるルカの微かに覗く頭頂部も。

誰も彼もが憎いと、その一瞬だけファングは思った。もしかしたらヴァニラさえも。使命なんて関係ない?そんなことより大事なものがある?それがどうした。そんなの、もうずっと昔からファングは知っている。使命なんかより、ファルシの意向なんかより、ヴァニラとヲルバの郷が大切だと思ったから……だから自分は自らルシになるため身を捧げたのだ。それを全部なおざりに、いまさらわかりきったことを口にして満足する誰も彼もが憎くて憎くてたまらない。

ルシのしるしが白く焦げていることに気づいたとき、最初に芽生えたのは恐怖だった。ヴァニラにも秘密の、恐れ。使命がわからないということ。ヴァニラを守る方法がわからないということ。使命が果たせなかったら置き去りにされるということ。否……使命を果たしたって、置き去りにされるということ。

それはずっと郷で育ってきたファングにとっては凄まじいまでの恐ろしさだった。壊れたルシの自分はどうなってしまうのか。人として寿命を持つのか。それとも使命を果たせばクリスタルにはなれるのか。そんな伝承は聞いたこともないから、当然結末もわからない。迎えるまでわからない。

それでも一縷の望みに賭けたのだ。ヴァニラが生きるということ。自分がどうなるにせよ、ヴァニラをシ骸になどさせず命を繋がせる、それが本当はたったひとつの希望だった。今まで結局はっきりと口に出してはいなかったけれど、ファングの行動の裏にはいつもその一本通った信念があった。


でも、スノウが、お前らが、それを否定するんなら。


「コクーンなんてどうなったっていい」

コクーンの民なんて、ルシを憎んでる連中だ。そんなんいっそ全員死んじまえ。

「仲間がシ骸になるより、その方がマシだ」

だけど仲間のはずのお前らが、それを否定するんなら。

「お前らができねーっていうんなら、私だけでもやってやる。先へ進んで、力をつけて、コクーンをぶっ壊してやる!!」

「ファング!?」

ヴァニラの咎めるような声がした瞬間だった。右肩のしるしに、激痛が走った。なんだこれは……理解する間もなくあまりの痛みに息が切れて、ファングはめまいを感じ膝をついた。

同時に頭が膨れ上がるような頭痛がして、蹲って痛みに耐えたい欲求が止めどなく溢れてくる。けれど、そうするわけにはいかなかった。……自分には、時間がないのだ。ヴァニラをシ骸にさせるわけにいかない自分には、余分な時間など、もう。

「シ骸になったら……おしまいなんだよ……!私が、私が……私が助けたいのは――っ!!」

烙印から、現れてはいけない光がこぼれたのを感じた。それは空気を冷やし、伝播して、一瞬だけ視界を白く染めた。
そして地面に見たこともない魔法陣が円を描き、広がって……目の前から、悪魔が飛び出してきた気がした。

そう、これは悪魔だ。すべてを終わらせるためにやってきた、災厄の悪魔だ。けれども伝承では、こいつらが狙うのは本物のルシではなかったかとファングは内心首をもたげたが、そんなことは今はどうでもいいとすぐに思い直した。

「何しに出てきた?私は壊れたルシなのに……私を哀れもうってのか!!」

「助けてくれるんじゃねえの!?」

何も知らないスノウが近くで声を荒げた。いつの間にか背にルカは背負っていなかったことに気付きつつも、ファングはこんな状況では幸いだと嘲笑うように言う。召喚獣はルシを殺して、楽にしてやる存在だ。そんなの、グラン=パルスでは常識であると。そしてその嘲笑には、スノウの勘違いに対する失笑も含まれていた。

ファングはスノウを笑った。彼女はまだ、知らなかったからだ。コクーンは確かにファルシに転がされる悪魔の棲み家かもしれないが、同時に彼女の愛するグラン=パルスだって、似た側面を持つかもしれないことを。だから彼女はスノウの言葉を吐き捨てるように否定した。彼女だって、まだ何も知らなかったのだ。

立ち向かわなければいけないと思った。これは自分の迷いが招いた悪夢だ。だから自分が倒さねばならないと思った。けれどそのとき、自分の隣に何より愛しい存在が立っていることに気がついた。そしてもう一人、ライトニングも。

「私は救いにすがる気はない。さりとて、ファルシの思惑に乗る気もない。けれど、使命とは最後まで戦いたい……だからファング、」

助けてくれないか。私たちを、助けてくれないか。

ライトニングは振り返らなかった。だからそれに対する答えも、一瞬ファングはためらった。
けれど、ヴァニラが自分の手をぎゅっと握ったのを感じた。

「一緒に戦おうファング。……私ね、まだ諦めてないよ!」

ヴァニラが見せたのは、強い笑みだった。ヲルバの郷を出るまでは一度だってこんな顔をしたことはなかったのに。
けれどもそれが好ましい変化であることは言うまでもなく、否定することはできなかった。ヴァニラは間違いなく強くなっている、それを肌で感じられる。

「……今更言うんじゃねーよ、そんなこと!」

ともすれば反意に聞こえるはずの言葉は、多分きちんと伝わった。ファングは槍を振りかざす。ヴァニラが諦めないのなら、自分だって諦められない。
使命についてはまだまだ思うところはあるけれど、でも……それでも、ここを生き延びたい気持ちは何も変わらない。だから誰もが武器をとった。そう、誰もが……戦うために。







ぱち。“私”は目を覚ました。
そして遠くに何やら竜のようなものを見かけて、ああ夢かと思い直す。夢の中で夢だと知覚できるのはそう多いことではないが、それでもまあ、ままあることではある。
“私”は起き上がろうか迷って、ついでに周囲に視線を巡らす。石造りの無愛想な床におもいっきり無造作に横たえられている自分の体。この適当さ加減はきっとスノウくんだな……思いやりを持って敵の遠くに配置したのだろうが、上着がぐしゃぐしゃだ。ライトニングあたりだったらこうはしないだろう。
そこまで考えて、夢の中で出てくる名前がルシ一味のものに様変わりしていることに驚いた。少し前まで夢の登場人物は先輩、ジル、ヤーグ、もしくは誰だかわかんない人の四択だったというのに。ああいや、リグディとかもごくたまに居たっけか。それが全部忘れ去られて遠くに飛んでいってしまったみたい。そしてきっともう戻らないんだろうと気づいて、視界がぶよぶよとぼやけていく。何だよ今更。

泣くんなら最初に泣けばよかった。ヤーグに殴られるのを待ってないで、泣けばよかったのだ。ジルに再会して、泣いて離れたくないと言えばよかったし、先輩にも同じようにすればよかった。隠し立てのすべてが裏目に出て、そして頼りない両肩に無遠慮に載せられている。体重5割増って感じ?そのほうがまだ、よかったかもね。

ファングが跳ねて、竜の額に槍を突き立てた。それがやたらとゆっくりに映るから、私の動体視力も捨てたもんじゃないだろう。でもきっとリグディには敵わないね、まああいつより視力のいいやつなんて見たことないけどさ……あいつは視力も動体視力もどっちも最高だからなあ。だから最高のパイロットになれるわけだが。ああ、なんだ“私”、リグディのことも思い出せるんじゃん。あんなに×しいジルの顔がこんなに遠いのに、でしゃばりやがってロン毛野郎。今度無精髭全部毛抜きで抜いてやる……。

ファングの一撃が決定打になったのか、竜がふっと消える。ルシ一味がそれでもこわごわと、武器を収めていくのを見ながら、“私”はようやく身体を起こしてみることにした。なにやら貧血気味らしく、ふらふらするというレベルじゃない。視界は霞がかっていて正直ほとんど認識できない……さっきの動体視力云々の話は忘れてくれ、多分あれ勘違いだわ。朦朧としすぎて、きっと夢を見てたんだね。あれ?どこまで夢?起きた瞬間夢だと思ったことは覚えてるんだけど、ってあれれ意味わかんないわ……。

壁に手をついて身体をなんとか支えてみる。こんなに体調の悪いことなんて初めてだから、どうしたって勝手がわからないけれど……ああでも、行かなくちゃ。だって先に進まなきゃ。先に進んでやらなきゃいけないことがあるの。ああでも、それって何だった?

「ルカ……」

知った声が私を呼ぶ。ああ、ライトニングだ。ピンクブロンドが見えるから。ぼやけてても、視力は辛うじて色を拾う。
だから自分に向く切っ先にも気づいていた。ライトニングの、ブレイズエッジが私に向く。ブレイズエッジ……白き閃光、唱えよ……我が名。

「目が覚めたようだな。それなら、答えてもらいたいことがある」

「……うん」

わかっている。知りたいことで、いっぱいなんでしょう。でも“私”にも、もうなんにもわかんないよ。

「レインズの企みを知っていると、言ったな。バルトアンデルスとも、初めて聞く話ばかりしていた」

「……」

「お前があいつらの仲間でないことはわかっている。が、秘密が多すぎる」

「…………」

ああ……なんだか笑い出してしまいそうだ。ライトニングの疑念は、後ろのお仲間も全く同じらしい。ブレイズエッジが鈍く光を反射している。
聞きたいことはわかってる。わかっているけれど、答える言葉が見つからないから続きを待った。

「お前は、一体誰の味方なんだ……!」

「……そんなこと、いまさら知りたいの」

口から飛び出した言葉は、自分でもぞっとするほど冷たい。けれどもそれがライトニングに与える印象は慮らず、ただ問いに答える言葉を探す。誰の味方か、かー……。誰の味方、ねえ……。
そんなの決まってるじゃないか。“私”はいつだって……ジルの……ヤーグの……先輩の……。

ぞわりと、背筋が震えた。私は誰の味方?ジルの?違うよだったら最初からジルに反対するべきじゃなかったじゃん。じゃあヤーグの味方?あんなことをしておいてよく言う、それに最初から説得するって手もあったはずだった。それなら先輩はどうか。……ついさっき彼に、剣を突き立てたのに、それで……味方だなんて言えるわけがないじゃないか……。

え、じゃあ、何?私なんのためにここにいるの?先輩の理想のためだよって自答してみたところで、ちょっと待ってよ、でも先輩はもう居ないじゃん、居ないじゃん!だって先輩は、だって、私が、私が私が私が!!じゃあ何、なんでここにいるの!?私は一人で、なんでここにいるの、なんで誰もいないのなんで誰もおもいうかばないの×してるよ何より大切だよ、なのになんでここに、いないの!?

「あ……あ……?」

この旅が始まった時。味方なんて居ないって思った。最×の二人に裏切られて、いつもの武器さえ手元になくて。
それでも先輩の立場を確かめるために、そして先輩と合流するために必死で走ってそしてその先であの人の絶望に触れてしまった。抗い得ぬ定めに気がついてしまった。
……終わりだと、思った。

それでも私だけでも足掻くべきだと、諦められないからと制止を振りきって、やっぱり必死で走って……ヤーグに会ってジルに会って先輩に会った。
だからこそ思う。

じゃあ私、先輩の理想のために まだ走れるの?

……わからなかった。わからない。わかるはずが、ない。
何より今私は一人で……誰も傍に居なくて……私は、私は一体誰の味方だったの?

「違う……最初はジルとヤーグの、いちばんの味方だった……!!」

二人が×きだった。ジルの優しく動く目が、ヤーグの無愛想な言葉が、×きで×きで×きで。二人が居ないと生きられないって私、気づいてた。

「でも……先輩にも、従わなきゃいけなくて……」

命令は必死に守った。時折それがジルとヤーグに仇なすかもしれないと思えばそのときばかりは失敗を装って止めたけど、でもそんなの見透かされてるに決まっている。

「けど、今は……もう……誰の味方も、できない」

彼らの考えに添えないからではない。彼らがもう望んでいないから。私が隣に立って一緒に戦うことを、誰も望んでいないから。
私をもう、誰も。

泣けばよかったと今更思った。本当にね。泣いて嫌だと言えばよかった。一緒に居て欲しいって、もっと言えばよかった。止められないとわかっていても、私はジルをもっと真正面から止めるべきだった。ヤーグに向き合うべきだった。
味方でいたかったのに。

「ジルとヤーグは……いつも先輩とは対立してて……意見の仲裁はいつも、私の仕事で……」

それは決して苦ではなかった。学生時代だってそういう付き合いだったのだ。それが顕著になっただけ、特別なことはなにもなかった。

「だからいつも、結論を出すのも……私の仕事で……」

でもそれは表面上のことでしかなく。実際はすべて、先輩の……シド・レインズの裁定だった。何もかも。彼が自分の意見を曲げるときはいつも、真の狙いへの布石だった。私は後になってからそれに気づき、そして同じように気づいているだろうジルとヤーグの視線に怯えていた。
二人に呆れられるのが、一番怖かった。

「本当はずっと、全部先輩の思い通りで……私は、二人の味方でいたかったけどでも、できなかった……!」

できなかった。しなかったし、できなかった。
だって、私が思い通りに動かなかったら。次はどうやって先輩は自分の希望を通すのか。いくつも張られた予防線が、ジルの首を締めることがあったら?ヤーグの足元を浚ったら?
……なんだ。所詮、言い訳じゃん。

「私は今でも、二人の味方をしたい。でも……」

自分だけがルシでないことを知って、私は絶望したんだよ。君たちの緩やかな呪いと違って、これは即効性の劇薬だから。
私にはもう、二人の傍に居場所はない。この呪いは解けない。ルシじゃないのに排斥された私には、何の呪いもしるしもない……だからこそ、この呪いは解けないから。
ふと、エデンの路地裏を思い出す。身体は重くて、地平はさかしま。空気はつくりもので、人間の中にそうでないものがたまに混じっていることに気づいた。あのとき私は一人だった。徹底的に一人だった。
その暗闇が晴れたのが、ジルに手を差し出したあの学校の裏庭だと知ったら、彼女は少しでも驚くだろうか?少しでも、また笑ってくれるだろうか。そして目を細めて、ばかねって言ってくれるだろうか。
ああ、泣けばよかった。つまらない意地でへらへら笑って、ばかじゃないの。

「もう無理だよね。わかってる……もうわかってる」

二人の味方でいたかった。だけどそれと同じくらい、先輩の未来を見てみたいと思った。天秤に掛けることなんてできなくて、必死に両方に縋り付いてた。
その結果が、これなんだ。どちらからも振り落とされて、そのどちらをも見失った。もう追いつけない。

ライトニングが僅かな逡巡ののち、鈍く光る剣先を下ろした。私はそれを、ぼんやり眺めていた。
そしてライトニングはゆっくりと、けれども躊躇いなく足をこちらに進め、そして。

「しっかりしろッ!!」

「うぶっ!?」

容赦の無い平手打ちが、視認できない早さで左頬に降ってきた。あまりの痛みに脳は揺れ、ぐわんぐわんとエコー掛かった音が的確に左耳だけを支配していて混乱する。ぴりりと血の味が舌に走り、口内が切れたことを悟った。

「お前もスノウ化するのかアホがッ、お前にはもとより何もやる気はないがあの腑抜けと並ぶドぐされっぷりは気に食わない!!」

「え、ちょ、完全に私刑ですやん……」

そしてスノウくんが後ろで項垂れてますよ。

「ああそうだ私刑も私刑だ、お前の大事なお友達がお前にしたのとおんなじでな!!」

その言葉は、平手打ちより強く私を嬲った。ひどく重く突き刺さって、そこから血が流ればわかりやすいのにと思う。
私を刺してくれればいいのになあ。先輩がそうしたように、みんなああいう方法で私を追い詰めてくれたらよかった。そしたら私は、こんな風に悩まずに済んだのに。

「このバカ野郎……簡単に一人だけ諦めやがって……。もう無理?何が無理だって?お前があの二人のためにでも今から必死になることは、コクーンを救うなんて大道芸より難しいと、まさか本気で思ってるのか」

「……やぁだ、マジでコクーン救う気なん?あんたら」

「当たり前だ。私はできないことは言わない」

「展望も何もないくせに、でかい口を叩くねー……」

いっそ呆れ返って、壁に凭れ、ついでにだらりと地面に崩れる。貧血の身体に、平手打ちのダメージは実はかなり重い。

「……もう誰の味方でもないお前に聞くぞ。ここからどうする。コクーンを守るために、一緒に来るか……それとも、諦めて、ここに残ってくたばるか」

「なんでそういう、究極の選択が頭の上から降ってきちゃうんだろうねえ」

決められないことばかり。
正解のない問いが、まだ続く。

「……先輩は、理想のために君らを止めようとしてたんだよね」

「ああ。レインズは、必死だった」

スノウくんの声も左耳でディレイ加工されている。が、まあ、それもそろそろ止んできた。
つまり立ち上がらなくてはいけないということだろう。痛みに崩折れてから、まだ数分なのに。

「ジルとヤーグは、君らを殺すためにきっとまだ必死に作戦練ってる……ってことはやっぱりまた会えるし、私が居なかったら君たちは二人を殺すことを躊躇わないだろうし、コクーンを救うことは二人を生かすことに繋がる……そしてそれは、形は変わってても先輩の理想にほど近い結果だよねえ……」

「……何だ、お前。こんなときまであいつらのことしか考えてないのか」

「私のすべてだからね。……取り戻せないとしても、二人を死なせたくないなあ」

ライトニングが眉根を寄せ怪訝そうに顔を歪めた。どこか揶揄しているようにも見えた。

「まあいい……そう思うんなら、着いてくればいい。あの二人が殺されないように、せいぜい近くで見張っておけばいい」

「……そうさせてもらおうじゃん」

私はニヤリと、口角を上げる。ライトニングが私に手を差し出し、それを取ると、強い力で引き上げられた。やはりくらくらと、覚束ない足元に目眩がしていた。
と、まさにその瞬間のことである。目を刺すみたいに白い光が崖の遠く先から伸びて、目を強く瞑り……そして次に開けたときには、すぐそばに一艇の飛空艇が停まっていた。そして光が溢れた崖の先が突如として轟音と共に崩れて壁に大穴を開ける。外はよく窺えないが、それでも快晴だけはよく見えていた。

「……作りもんでも、奇跡は奇跡だ」

ファングの絞りだすような言葉がやけに耳に残った。はっと顔を上げると、彼女はどこか悲しげな、淋しげな目で飛空艇を睨んでいる。それを見上げる私に気づいて、ファングが「なんだよ」と訝しげな顔をした。

「ううん。そのとおりかも、って思ったんだよ」

奇跡なんて一度も起きてないと思っていた。全部が全部仕組まれたことで、作られたレールの上で黙々と作業を熟しているにすぎないと。
でも、偶発的なまでに、その作為は綺麗に重なっていた。ファルシだけでなく動かしようのない人の感情までもがそこに入ってきているのだから、もちろんそうなる確率は高かったとしても奇跡だと信じていいのかもしれない。少なくとも信じれば、次の奇跡を乞う助力にもなろうかというものだ。

「ルシの呪いも、下界に行ってみりゃ案外簡単に解けるかもだぜ?」

「解けなくても、行ってみる価値はあると思います。コクーンを今すぐ害する羽目になる危険は減りますし……たとえ戻って来られなかったとしても、もう踊らされるのはうんざりです。自分の目で、もっとちゃんと見たい」

ホープくんが強い口調で言い切った。誰にでも言えることで、でも誰にもできないことだった。
聖府の、そしてファルシの強みは何よりもそこにあるのだ。誰もが自分のことはわかった気になっている、何もかも自分の目で見て知ったことだと信じている。どんな嘘も、理由と根拠を歴史に照らせばあっさり信じて踊ってしまう。信用性の高いメディアを作ってそれに載せて、真実らしき贋作を少しだけ混ぜ込んで耳に心地よくしてあげる。ただそれだけの甘っちょろいテクニックで、聖府は市民を操ってきた。否、甘えた言い方はもうやめるべきだ……私もまた、その中で、市民を操り転がしてきた。唯一の救いはきっと、先輩が近くに居たことだった。人間の愚直さを慈しむか、嘲るか。守ろうと思うか、支配したと笑ってみるか。その本質を、あの人は誰より知っていた。
だから、人間を守りたがる理想を、守ってみたいと思ったのだ。

「行こう。地獄へ出発だ」

先ほどの自問をもう一度だけ、内心で繰り返してみる。「じゃあ私、先輩の理想のためにまだ走れるの?」って。
また答える。
わからない。やっぱり、私にはまだわからないけれど……。

「おいルカ、お前早く来いよ!急ぐぞ!」

「うっせばかファング、おねーさんは貧血なんだっつの」

わからないけれどでも、ライトニングの手から感じた熱は、ジルとヤーグが与えてくれたものに似ている気がした。二人がくれた、最初の温度に。
だから私は、また歩き出すことにした。きっとすべては私次第で……結果がどうなろうとも、後悔だけはしないように。







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