But I finally had enough.





壁に身を預けたまま何事か思案している様子のルカを見やりながら、ファングは傍らのヴァニラに声をかける。

「おい、ここってよ……アーク、だよな」

「うん……まさか実在するなんて、ね……」

不安そうにゆらゆらと、ヴァニラの視線が揺れている。傍にファングが居ると感情を素直に吐露できるのだろうと思いつつ、アークという聞いたことのない単語にルカは静かに顔を上げた。その数歩先で、スノウを彼女なりに激励したあとのライトニングがヴァニラに問い返す。

「アーク?なんだ、それは」

「この施設の名前さ。はるか昔、グラン=パルスを切り拓いたファルシたちが、更なる外界からの侵略を恐れて各地に作った武器庫……古い伝説だ」

返事をしたのはファングで、彼女もまた物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回している。「こんなん、ただの伝説だと思ってたんだけどな……」と嘆息の声も混じらせながら。

「……ふぅん、私武器庫って聞くとこう胸がわくわくしてくるんだけど期待していいのかなぁううーんどきどきしてきた」

「何を期待してぇんだかは知らねぇけど、無理だと思うね。ファルシの武器だぜ?うちらごときにゃ扱えねーよ」

心臓のあたりを両手で抑え、ぽっと頬を染めるルカにファングは呆れ声を返す。「そういえばリンドブルムでリグディに武器庫に案内させたときもお前は興奮していたなぁ」なんて苦笑も漏らした。ルカは戦闘狂というほどではないけれど、その傾向があるのは誰の目にも明らかだ。

「にしてもファルシの武器庫……いや、軍事基地か。んなもん隠して、一体何に使うつもりなんだか……」

「本当に、手が込んでるよね。っていうかエデンにこんなもの隠してただなんて……、自宅すぐそこなんですけど私」

サッズの疑問を受け、ルカは顎に手を当てて考えこむような仕草をする。それを静かに見つめながら、ライトニングは僅かに視線を傾けた。

「さっき、パラメキアで言っていたな。これは仕込みだろうと」

「……うん、そーね。私、自分のこと何にも知らないの。戦闘マニアでジルとヤーグと仲がいいってこと以外、ろくに知らないの」

「ちょっとツッコミたいところがあったけど大丈夫か?まだあいつらと仲いいって認識なの?」

「仲いいよ超仲いいよ、一緒にお風呂入るレベルだよ!」

「それはひくわ」

「嘘だよさすがに……ヤーグがどんだけの勢いで逃走すると思ってんのさ……私が間違えて乱入したことはあるけど」

ファングがうへぇと舌を出したので、ルカは静かに訂正した。主にヤーグの名誉を。泳ぎたいので休暇はボーダムに行こうと言っただけで全力で拒否するような男と風呂になぞ入れるわけがない。あの乱入は事故だし、と神妙な顔で言い重ね、ルカはさらりとアークに視線を巡らせた。

「仕込みだとしか思えないよ。こんな、本当に手が込んだ……。だって、エデンの開発から何百年経ってるっての?ここに街ができて、人が住んで……、少なくとも、エデンが大都市として機能し始めた頃にはここにあったんだよねこれ?」

「ああ。そんなところに軍事基地だ。全く穏やかじゃない」

「それに、それだけじゃないの」

ライトニングの同意の声を聞いて、ヴァニラが微かに翳る表情でふるふると首を横に振った。

「アークのもう一つの役割……それは、ルシの中に眠る力を叩き起こすことなんだって。だから、きっとここは……私達のために」

「また一歩、バケモノに近づく……ってわけか」

「……戦うための力を得たんだって、考えましょう!」

ヴァニラとサッズの言葉に、誰しもの顔までもが暗い色を纏いかける。が、ホープの希望に満ちた声がそれを一瞬で引っ張りあげた。

だって戦わなくてはいけないのだ。ファルシの手のひらから逃れるために彼らは、戦わなくてはいけないのだ。そのために力を得られる手段。前向き思考、これは先に進むための方法。
「ははっ」と、ルカが声を上げて笑った。

「そーよそーよ、なんとかなるさ。道なんていくらでもある。こんだけ人数もいるんだし、ファルシだって倒せちゃうんだしね」

「……だな。そうだよ、俺らはファルシだって倒せる。諦めるには、まだ早いよな」

スノウの顔に、いつもどおりの不敵な笑みが浮かぶ。完全に元通り、ヒーロー復活のサインだった。
と、ギギギと金属のこすれあうような、歪な音がアークの奥から響いてきた。彼らは反射的に武器を構え、そして音の正体はやはり機械兵器で。

「行きましょう!こうなったら……進むだけです!!」

「おねーさんも賛成ー!」

「バカお前ルカ!単騎で突っ込むなこら!」

誰しもに、ある意味未来は見えていたのかもしれない。ただやはりそのヴィジョンは重ならなかったけれど。仲間、ただし仮。連れ合い、道連れ。
剣を振るう手の、指先が微かに震えるのをルカは感じた。悴み、腐食する恐怖。理由は知りたくもない。

だって、先に進むということは。近づくということで。
でも進まないということは。見ないふり、ということで。

すべてはもう、己にしか救えないのかもしれない。自分のすべてはもう、己にしか。
あの子は。あいつは。あなたは。何より、あなたの理想は。

コクーンの窮地と聞かされてなお、浮かぶ顔があまりにも限定されきっていて……やっぱり自分は軍人になどなるべきではなかったのだなとまた思う。×するものしか×せない。己はそういう人間だ。
ずっとわかっていたことだった。
機械兵器の腕が関節から弾けて吹き飛ぶ先など見もしない。ただ戦うだけの、偶像。どこか己に似たプログラミングの末路だ。

「私だって……ヒトじゃない」

ルシかどうかなんてルカには何も関係ない。駒でしかない自分には関係ない。
己はヒトではない、ヒトの形をした武器なのだ。柄を持って、敵に向けてくれ。そうしたら仕事をするから。あなたたちを、守るから。

すぐそばで戦っていたライトニングが、ふいに動きを緩めたルカに怪訝な顔をした。

「おい、どうした!」

「……何でもないよー、ただ……少し剣先が、すり減ってきたみたい」

ハイペリオンを構え直し、まっすぐ突きこむ。首の関節を粉々に砕いてから、剣を回して断ち切った。
柄を持って、敵に向けてくれ。剣身が折れるまで斬ろうじゃないか。あなたが諦めないのなら、己もあなたを諦めない。





アークはまさしく異跡そのものといった様相を呈し、最初に現れた機械兵器のあとも敵はぞくぞく現れた。あまりにも多いので途中からルカが「わかった私たちはアイドルグループなんだ、サインくださいボタンくださいの行列なんだこれは」なんて言い出しても誰も聞いてくれない始末。本当に優しい仲間たちだよまったく、と悪態をつく余裕もギリギリ無い。
それでも確実に前に進んで、いろんな仕掛けを動かしながら、彼らは奥を目指す。その先に次へ続く道があると信じて、ただひたすらに走った。
そして。

そして。

「……あ……、」

ルカが吐息を漏らしたことにも誰も気づかない。当然だった。それよりなにより、見なければいけないものは目の前にある。
涼やかに揺れる黒髪。スノウと並ぶ体躯、白いコート。見知った、顔。

「レインズ……?」

彼の姿に驚いて、最初に声を上げたのはスノウだった。反射的に身を強張らせるルシ一行の、特に彼を知らないサッズとヴァニラを振り返り、スノウは「ああ、こいつは聖府の人間だけど味方なんだ」と説明しようとした。が、ファングが長い腕を伸ばして制止する。
不審だった。だってレインズの計画では、もう今頃彼は聖府と戦っているはずじゃなかったか。なぜここにいる。なぜこんなところにいる。存在すら秘匿されていたはずの、ここに、なぜ。
スノウもそれに気づいてか、ファングの後ろで硬直した。レインズは味方だ。なぁ、そうだよな。そう問いたくて振り返る先に、ルカがいるはずだった。
けれど、ルカも、また。

「なんですかもうー、超遅かったじゃないですか。もっと早く出てきてくんないと、こんな異跡すぐ見飽きちゃうよ」

「遅かったのは君たちだろう」

「遅刻は私の専売特許ですからね」

「威張ることか……全く」

ハイペリオンは、携えたまま。剣先を地面すれすれに置いて、彼女はゆっくりと、シド・レインズに近づいていく。
顔にはいつもの笑みを。明るい声音。まるでただの逢瀬のように、ただ恋人に会うみたいに。身体は歩くリズムに従って微かに跳ねる。

「ファルシの目的を、聞いた?」

「ああ。ダイスリー……バルトアンデルス。奴の目的は単純にして明快だ――この世界に、神を呼び戻す」

「神ィ?迷信深いなあのじいさん。そのためにコクーンを害するの?っていうか本当意味わかんないんだけど、コクーンは工場なんでしょう?じゃあパージって何?屠殺は売る直前にするものよね」

「っく……屠殺、屠殺か!はは……そうだね、売らないのに殺すには理由がある。そうだ、君の思う通り……。これは供犠。即ち生贄」

「イケニエ……?生贄……そうか、そうかそういうこと……!」

埋まらないパズルの答えはそれか。
わざわざ育ててから、殺す理由。一本の道筋は、そういうことか。ルカはじっと目を閉じる。
第一条件。人が死ぬと神とやらを呼び戻せる、ファルシはそう信じている。
人を集める。育て、慈しんでもやる。時間をかけて、場を整える。下界からはルシを二人ばかり呼び、ただその時を待つ。誰かが異跡に入り込む。偶然、セラがその役を担った。ファルシは起きる。其処に居た誰かをルシにする。偶然、やはりセラがその役を担った。

「決定的な場面が偶然に立脚する、未必の故意だね。うわぁ保険金詐欺みたい」

「一気に所帯じみるなまた……、ともかく、そういうことだ。ファルシはこのときを待っていた」

「だから今をぶち壊したいの?」

「頭の良い女は嫌いじゃないよ」

私は好きじゃないと、ルカは今度は答えなかった。
だって、ルカは問わなければならなかった。

「理想はどうなるの」

「……今は、叶わないかもしれないな。けれどいつか……その一助となるために私はここに来たんだよ」

「そう思ってるんだろうな、って思ってた。でも、今叶わないなら何の意味があるの?」

「いつか叶うことに意味がある」

「そうやって私を犠牲にするんだ」

「こうしたくはなかったがね」

残り数歩で駆け出す。1秒の距離。一歩手前で一瞬止まり、ぐるりと回転しつつ彼女は彼に斬りかかる。
そしてそれはいつかのように、彼の右手の甲で受け止められる。でも今彼の手に戦闘用の手甲はないし、彼女の武器も刃引きされていない。受け止められる、はずがなかった。

「あなたがルシでさえ、なければ」

「君がルシでさえあったならば」

弾かれて、体勢は崩れかける。けれど何を思ったかシドが手を伸ばして、ルカを支えた。ルカはぎゅっと目を瞑り、それを振り払う。ついでに傾けた剣先の薙ぐ線上、シドは半歩で間合いを逃れた。
彼の見下ろす顔が、確実に怒りを孕んでいるのを見て、なんだか泣きたくなってきた。そんな顔をしてほしいんじゃなかった。……あなたに、そんな顔をしてほしかったんじゃないのに。
眼の奥がつんと痛むけれど、泣く代わりにまたハイペリオンをまっすぐシドに向けた。シドはじっと目を細めて、ルカを見つめている。

「なんであの時部屋を出た。君は……ルシじゃない君には、関係のない戦いだったのに!」

「……、それは」

そう言うとわかっていたからに決まっているじゃないか。

あの時部屋を出なかったら、あなたは私を守ってくれたでしょう。隔離するように、囲うように守って、何も知らせず、それでいいと自分だけで終わりにする気だったでしょう。
きっと今このときと、同じように。

×されているとふと思うことがある。例えば優しい声が降ってくること、例えば少し体温の低い腕にしがみついた私を落とすまいと支える手。
×されていないと思うことがある。例えば機密情報の横流しをするとき。例えば、全てがひた隠しにされていたと気づいたとき。例えば私が、ただ単なる政治上の役割を演じているだけの……、そういうものだと、思い知るとき……。

その全てひっくるめて。それでもルカは、ずっとシドの隣に立っていた。

ルカは思う。これは必然だと。
もちろん、ルシファルシ云々はある。そのせいで、こんな大事になった。それは確かだ。けれどもこれは必然だ。こういう決別が訪れるとわかっていた。

「あなたの理想は、ルシには叶えられない」

絶対に叶わない。誰も許さない。ルシにいきものとしての自由意思など残らない許されない絶対に何も叶わないと知っている。
だから、私が行かなければならないと思った。

「私はルシじゃない。……だから、あなたの理想を叶えられるのはもう私だけなの!!」

剣先がふるふると揺れる。視界が歪む心地がした。

「私はあなたの理想のために、先に進みたかった。それでも止めたいんなら、いらないって言って。私なんか一度も必要じゃなかったって言って。×情なんて一欠片もなかったって言って。そしたら、諦めてあげるから。未来も生も、全部諦めて一緒に消えてあげるから」

彼の目が苦しそうに細められた。それが本心かどうかなんてどうでもよく、その否定をただ純粋に幸福だと思った。一欠片でも、二人の間に何かがあるなら、止まらなくていいということだ。

さて、それならもう覚悟を決めなければ。
あなたが選んだのだから。こんな私を、何も持たない私を、あなたが選んだのだから。
せめてそれに値するように。

「らああああぁああぁあぁああああぁぁぁあああああ!!!」

強く踏み込んで、もう一度剣を叩きつけんとする。まるで、思い出全てを壊すかのように。

当たった、と思うも、硬い壁のようなものに阻まれる。魔力の奔流が、ルカを押し戻した。
強い、強い圧力が降り注ぐように、ルカは弾き飛ばされ地面に落ちた。

展開される、魔力のシールド。同じルシのはずなのに、ルカの後ろの彼らなど簡単に凌駕してしまいそうな、圧倒的な魔力。
ルシたちが追いついて、ルカの横に並んだ。が、ルカはそれを振り払うように、一人だけ前に出た。

「私一人でいい、一人で戦わなきゃ……私一人で、勝たなきゃいけないの」

「でも……!」

「いいから!これは、私の人生なの!」

ホープの言葉を振り解いて、ルカは一人だけシドの創りだす濃い魔力の渦に飛び込んだ。

止めないと。私がこの人を止めないと。
この人を殺すのなら、その役目は譲れない。たとえ私では勝てなくても、絶対に譲れない。

ルカは剣を握り直した。内側から瓦解する世界の終わりを見届けたとしても、見捨てるわけにはいかなかった。








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