実存サバーチカ






一瞬無理かもとは思ったが、結果として辛うじて脱出することができた。パラメキアは管理者を失ったことでバランスが一切取れなくなり、真っ逆さまの形でゆっくりと沈みだす。
途中、燃料タンクの異常か何かが原因だろう、高い音と共に爆発が起きる。当然ながらそれはもっと多くの爆発を誘発し、結果弾け飛びながら地面に向かって墜落していった。

「な、南無三……」

「まずいぞ、操縦が効かねえ!!」

一人堕ちゆくパラメキアに合掌していると、サッズの焦ったような声が脱出できたことへの安堵を切り裂いた。
操縦が効かない。その言葉の意味が――ひいてはそれによって生じる恐怖がわからない人間は、さすがにここには居なかった。

「マジかよ!」

「ハメられたか……ッ!?」

一番後ろの席に居たのはルカとホープで、ホープがふと、何かに気がついたような仕草をしたので、ルカは反射的に外を見た。
方向を転換し揺れる機内でもなんとかシートベルトを外し、立ち上がる。大きなガラス窓の向こうに知っている相手を見つけるのと、ホープが「何か来る!」と青い顔で叫んだのはほぼ同時だった。

「ヤーグ……?」

見えたそれは、プラウド・クラッド。エデンより迫り来る誇り高き強き鋼。起動部が多く操縦の複雑なその機……あれは、ヤーグの艦だ。知っている。艦には、乗り手が誰か身内にわかるように、各個わずかずつ違いが組み込まれる。
翼竜の顔に当たる部分のアレンジはヤーグのものなのだ。……お前、まだ怪我治ってないでしょうよ。何、してるの。
ホーミングレザーが、渦を巻いて放たれ、墜落せしめんと降り注ぐ。反射的に目を瞑ったが、衝撃はいつまで経っても訪れない。サッズは民間機のパイロットだ、爆撃を避けるなんてできるはずがないだろうにと思ったら、本当に彼の仕業じゃなかった。この艇、本当にひとりでに動いている……!
自動操縦はもちろん大抵の艇でできるけれど、それはあらかじめ読み込ませた順路を飛ぶ機能だ。敵の攻撃を自動的に避けるだなんてそんな、まるで意思を持っているみたいじゃないか……。
気づけば、後ろからも爆撃の音が。自動で避け、艇は揺れる。座席にしがみついた。おそらく乗り手はパラメキアから脱出した者たちだろう、前後を塞がれている。進退窮まった。
そう思った時だった。

「……やめてっ!!」

艇が、自分たちの乗っている艇が、ヤーグに反撃を始めたのだ。この意思ある飛空艇は、前方のヤーグを“切り開く”ことに決めたらしい。
ヤーグはなんとかそれらを避けてくれたので、ほっと安心する。さらにその隙を縫って艇はプラウド・クラッドを追い抜いた。けれど、これで終わりではない。

「あっ……!!」

ヴァニラが震えるような声を出した。ヤーグも、リグディほどではないにしろ、優秀なパイロットだ。残念なことに、撃墜専門だけれど。
ホーミングレザー砲は、今度は外側から艇を包み込むように、逃げ場のないように襲い来る。
まずい、これは防げない!炎に包まれ一瞬艇が失速、落下。これは死ぬか!?誰もがそう思った、のだが。

「うっわ、何その性能……!!」

そんなの乗っている方が驚く。被弾の直前に、艇は自動でシールドを展開していた。普通の艇には無い機能だ、ファルシの用意した艇だからっていくらなんでもトンデモが過ぎる。

「なんだこのフネ!?勝手に戦いやがる!!」

がくり、と世界が揺れた。ヤーグの追撃がとうとう鬱陶しくなったらしく、機体は回転しヤーグに向き合っている。足元の、鈍い稼働音。……やめてよ。
艇は何度も何度も彼を襲う。彼は避けるけれど、プラウド・クラッドにシールド機能はない。いずれ絶対に被弾する。やめて、やめてやめて、やめて。やめてよ、ねぇ。

「やめてって言ってんでしょぉッ!!?」

二歩で操作盤にかじりつき、拳を叩き込む。やめて、やめてよ!ヤーグを落とそうとしないで!殺さないで奪わないで殺さないで!!
それに気づいたサッズが、「おい!?」とルカを抑えようとするけれど、自分には知ったことではない。振り払い、もう一発叩き込んだ。自分が許さない。お願い、ヤーグを殺さないで。

その瞬間だった。

「っあ、」

被弾した。ヤーグではなく、ルカたちが。
シールドが弾き飛ばされ、後ろの、滑走用の車輪の辺りに被弾したのがわかる。……まずい。艇は激しく揺れ、真下に見えるエデンへと落ちてゆく。
一瞬、エデンの街になんて入れるはずがないと思った。が、次の瞬間考えを改める。ファルシの誘いだ。むしろ……入れないはずがないではないか。
その発想は正しかったようで、シールドが歪められるのを肌で感じた。……本当にコクーンは、ファルシの城なんだな。人間の意向など一切無視か。

「ああ、もうっ……!」

一つだけ埋まらないパズルを見ているような気分だ。
コクーンを作ったのはファルシで、整えたのもファルシ。
そしてそこで人間を育てていた。それを突然殺そうとする理由よりむしろ、何で生かしてきたかのほうが遥かに重要な問題だ。糸口になるかもしれない。
ずっと埋まらない、答えのないパズル。もう長いあいだ、謎のままになっていたグレーゾーン。
もしかして人間が居なければファルシは生きていけない?……だとしたらなぜ今殺す。こんな悲劇を演出してまで。
なんだか一つだけ、まっすぐに糸を通せる答えがありそうに見えるのに。なんだろう、何かが足りない。解けない。最後の最後、答えだけが出ない。

「ってちょ、うわ!」

前を向いた瞬間視界を埋め尽くしたのは、ぶつかる直前のビルの壁面だった。何が起きているのか理解した瞬間、不意に悲鳴をあげていた。

いくつもの悲鳴が重なって、混ぜすぎた絵の具みたいに淀んだ音がした。これは死ぬんじゃ……この旅が始まってから何度目ともしれぬ懸念は、やはり当然のように懸念に終わった。スライディングするように、機体はまっすぐ地面の上を滑っているの感じる。止まってからそっと目蓋を開けると……そこには、まるでまた異跡みたいな紋様が刻まれた壁が。
飛空艇のドアが全自動らしく勝手に開いたのでそこから飛び降りてみると、乾いた音が靴を通して伝わった。土を固めて作った地面特有の感触。……異跡そっくりである。

「でも、異跡なんてエデンに……そんなばかなこと……」

聞いたこと、ない。
そして、絶対にあり得ない。
自分だってもうエデンで十年も生活しているのだ。そんな己が断言する、コクーンで最も下界から遠い場所に、こんなにも堂々と異跡なんてあるはずがない。
でも、じゃあ、どういうこと?
壁に触れ、その彫刻を調べる。これは……黙示戦争前後のものだろうか。だめ、わかんね。よくわかんない。

「ファルシは……人間に、どこまで隠匿してんのさ……、」

そして人間はどこまで踊らされる。彼の理想に、逆らって。自由意志を奪われていることにすら思考の回らない愚民化。それがこのコクーンという、災厄の繭か。
額を壁にぐりぐりと押し付けルカは唸った。痛い。でも良いように転がされるのにも限度ってものがある。次あったら一本締めだあのクソジジイ、と誓っておくことにする。ファルシだろうと知った事か。むしろファルシだからこそ。
ファルシなんてものは存在してはならないのだ、きっと。ルカはくるりと身を翻し、先ほどまで頭を押し付けていた壁に背中を預け、視線を巡らせる。ルシと同行できたのはもしかしたら実は自身にとって好都合だったのかもしれない、と内心で吐き出した。

「だって……私は……」

己は所詮犬であり、武器であり。ファルシを滅ぼすことこそが使命。ルシなんてワードは無関係に。
だから、つまりそう……理想に殉ずるのなら、それはきっと最上の顛末だよね。ぼそりと彼女は虚空に呟く。






そしてルカのその視線の先で、衝撃事実を連続で浴びせられ混乱半分傷心半分のスノウがうなだれていた。
バルトアンデルスがあざ笑うセラの使命は、彼らを集めることだった。コクーンを守れと、伝えることではなくて。彼はこれまでに一度も、そんなこと考えもしなかった。というか、セラの使命はコクーンを守ることだと信じきっていたから、ここまで必死に走ってこれたのだとも言える。それこそ一度も、絶望せずに。

「覚悟はしてたけど……きっついなー……」

覚悟。覚悟か。口に出してから思い返す。自分は覚悟していたのだろうか、と。
それはどういう、中身だろう。覚悟とはなんだったろう。名前だけ大層で、それは本当に何かを予期して予測して予め対策を練ることができるようなものか。覚悟すれば、何が変わるというのだ。
覚悟して乗り越えられるものを絶望とは呼ばない、呼べない。世の中の全ては耐えられるものだと本気で信じていられるほどスノウも子供ではなかった。或いは、バカではなかった。

「……スノウ」

常に強気で冷静な彼女らしくないほど躊躇いがちに、ライトニングはスノウの名を呼んだ。顔を上げることが、あまつさえライトニングと視線を合わせることができなかったらしいスノウは、俯いたまま微かに首を横に振った。

「ごめん……義姉さん。俺……間違ってたみたい、だ」

「何を……バカなことを言っているんだ、お前は」

ある程度は予測できていたらしいライトニングは、盛大に溜息をこぼしつつ“バカ”と言い放った。ライトニングとしてはそれなりに不安もあったのだが、それでもスノウの落ち込み方が予想の範囲内だったので多少は安心したらしい。ルシは動揺が直結してシルシの寿命に作用するため、ただスノウの様子が心配だとか、そんな簡単な話ではなかったのだろう。

「だって……、セラの使命が俺の思ってた通りじゃないなら、このままいったら……」

「ああ、そうだな。コクーンは終わり、私たちはシ骸。セラも元に戻らないかもしれない。で?それがどうした?」

「どうした、って!……どう進んでも、いい結果にならないってことだろ……!!」

「……あのな。お前の根拠もへったくれもない展望を聞いて、それを信じてここまで来たようなアホがこの中にいるとか本気で思ってるのか?」

ライトニングはがくりと脱力しながらそう憔悴しきった彼に問う。言われた方は言われたほうで、あまりの物言いに、そして暗に“そんなアホな希望を抱いてたのはお前だけだバーカ”と示されたことに呆然としてしまったようだった。

「え?……マジで?」

「大マジだ、バカ。だからそんなことはどうだっていいんだ」

後方でホープがうんうんと頷いているのも見えて、スノウはいよいよ肩を落とした。ホープが賢い子供だというのは知っていても、あれだけの年下にまで散々バカにされているのが今は少し堪えるのだろう。

「それでもお前はただ一人がむしゃらに信じていたな。……あれだけ盲目的にコクーンもセラも救えると信じていたお前は、どこにいったんだろうな?ファルシなんかの言葉であっさり陥落されて、お前はその程度の男だったのか。やはりそんな奴にセラはやれんな」

「そ、れは……そうなんだけどさ……」

「信じるだけで力になることもあるんだ。少なくとも、私は……救われていた」

ぼそりとつっけんどんに付け足された言葉は、自他に厳しく、特にスノウには更に厳しい義姉のものとはとても思えず、スノウは慌てて顔を上げた。彼女はクールないつもの顔で自分を見下ろしている。

「分かったなら立てよヒーロー、腑抜けた面のヒーローなんて正視に耐えないにも程がある」

「……はは。それ、前にも言われたことある」

「そんなに日常的にダメ男になるのか。やはりお前にセラはやれないな、決定だ」

「うわわわっ、待って待って義姉さん!」

この上なく不穏な事を言い放ったライトニングに、スノウは必死に抗議する。こんなことで結婚に反対されてはかなわない、と。
認めてくれー、と声を上げるスノウはもうすっかり、いつもの彼に戻っていた。








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