これはさようならの物語





何で彼の口に出せない精一杯の制止を振り切ってまで先輩の部屋を出たのか、その理由そのものは単純なことなの。
あの日々に戻りたかった。結局そこに終始する未練がましい戯言に過ぎなかったんだと、思うよ。





さてここからどうすっかね、という話になって。まあ見てな下界流を見せちゃるよ、という話につながり。ファングは、地面に倒れ臥すカラヴィンカ……だった悲しい何かから槍を抜き取った。隣のヴァニラも武器を取り、そして。

「多分あれだね、今日だけで私たち聖府におよそ七千万ギルほどの損害を与えたね」

「まさかこんなに手際よく壁を壊せるとは思ってなかったからな。でもお前、その被害額の中に自分でやった警備プログラムの破壊も十分に含まれてることを忘れるなよ」

「やだよ今日寝たら忘れるつもりでいるよ私は」

空を飛び交っていた兵器をファングとヴァニラが捕らえ、その背に乗って数分後。ライトと軽口を叩き合って、壁を壊して無理やり入り込んだ艦首通路を走り抜ける。半ば飛び降りるような動作も含みながら。急いでいるときに飛び降りても良いってことにすれば、この通路は降りる分にはそう悪くない造りだった。既に、少し懐かしい。ブリッジの入口に言葉どおりに降り立って、ちらと視線だけ後ろに向ける。全員居ることを確認し、転送装置に手をかけ……ハイペリオンを取り出すのはやめた。いらない。右手の手袋だけ、さっと脱ぐ。

「おい、ルカ?武器は……」

「ん?まだいいの」

まだいいって、ここはもう敵の本丸じゃないか。
そう言って怪訝そうに眉を潜めたファングには余裕の笑みを一つ向けて、ドアの入口に右手をかざす。指紋認証は、まだちゃんと私を認識していた。これも少し懐かしいな。ルシたちを伴って、勢いを殺さぬままに中に入り込む。中二階の玉座にも思しき椅子に悠々と腰掛けるダイスリーに目をやってから、傍らの彼女を見た。少し顔色は良くないけれど、変わらず美しいままである。

「ジル」

名前を呼ぶと、ジルは口元に穏やかな笑みを作ったまま、私だけに視線を注いだ。

「そう、のこのこと来たわけね。無事そうじゃない?ヤーグにはあれだけ大怪我をさせておいて」

「茶番はいいよ。ヤーグのこと、微塵も心配なんてしてないんでしょ」

やたらと避難めいた口調だった。それでも顔は微笑んだままだから、強烈な違和感を与える。後ろのルシたちが身じろぎしたのがわかった。そして反面、私は違うポイントに意識を向けていた。それは、ジルがこの、誰にもケチの付けようのない笑顔を見せる時は、相当追い詰められている状況だってこと。私の嘘はどうやら本当に彼女を打ちのめして叩きのめしたようである。
だから、嘘を吐いたことには触れない。とにかく、ここは会話を続ける。こちらの意図なんてお見通しらしいジルは、私にむけて「ふん」と珍しいくらい品無く笑って、中二階から飛び降りた。平然と私の間合いに入って腰からケインを抜き取り、ルカにむけて構える。

「閣下、急ぎ退避を。時間を稼ぎます」

「……退避するのは、君の方だ。いや、退場かな。人間の出る幕は終わったよ」

「閣下……?」

意味のわからない台詞群に、ジルがダイスリーを振り返ろうとする。けれどそれは少し遅くて、もう少し早くルカには見えた。ジルの先にその破壊への指先を見つめたルカには見えていた。ダイスリーの手の中で、白き魔法が発動せんとしているのが。
だから、走り出した。ジルが再度こちらを見るより早く。早く、早く、彼女のもとへ。そして、前後で起きている何事かに一瞬混乱し、足を止めたジルに向かって……襲いかかる真っ白な魔力の塊。



その白い光が落ちてくる一瞬前、ジルは今まで見たことのないくらいに取り乱した親友の顔を見た。




かは、と息が漏れた気がした。正確にはわからない。耳も含めた体のありとあらゆる感覚がどこか遠くに放り投げられでもしたみたいに体が動かなかった。粘土にでもなったみたい。
それでも、自分の下に、よく知る彼女が倒れていることだけはわかった。……痺れのせいでその暖かさがまるで感じられないのが、なんだか少し残念だなぁ、なんて。

「……つつ、……え?」

「ぶじ……?」

不思議なくらいにすんなりと、声だけが口から零れていった。訊きながら、どうやら自分も一応無事と言える範疇なのかな、なんて思ってみる。うん、どうやら少し頑張れば腕も起こせそうだ。自分が軽い方でないのは自覚があるし、華奢な彼女を潰さないうちに起き上がらないと。
魔法が放たれたことが引き金になったらしく撒き散らされるオペレーターたちの阿鼻叫喚をBGMにしつつ、体に無理やり血を巡らせて私は体を起こす。過程で何度か腕と視界が震えたが、まあ許容の範囲内である。多分。

「何……何なの?何が、嘘でしょうルカ、何でそんな、」

死にそうな顔をしているの。

ジルの声も少し震えていた。それほどひどい顔色をしているのか、私は。
彼女がいつものように怒るでも怒りのあまり叫ぶでも怒りにまかせて暴れるでもなくただ不安と混乱にペリドットの瞳を揺らしている様子が見ていられなくて、なんとかいつもの笑みを作ろうと努力する。にひ、と効果音がつく機能でもあったら良かったのに。
そんなこと、もうどうでもいいか。

「死なないよ。大丈夫」

「でも……、今のは何!?何で私を庇ったのよ……!!」

「ええ……?ジルが大事だからに決まってんじゃないか……」

「い、今更……」

「いまさら?……そうかも。私はいつも、遅すぎるのかも、ゲホッ」

喉が嘔吐く。その奥に血の臭いを嗅いで、反射的に喉を閉めた。血なんて口から零したら、これから言うことを彼女は一切聞かなくなってしまう。膝も立てて四つん這いになって、ルカは彼女に向け口を開いた。

「ジル、聞いて。私が退いたらすぐに走って。ヒールなんて捨ててもいいから、走るの」

邪魔なものは全部捨てていけ。ここに捨てていけ。私のことも、何もかも。あとで、私がすべて沈めておく。

「それで、下に行って。小型の艦があるところに。一人でいいよ、ほかの人間なんか誰ひとり構わなくていい」

ヤーグはここに居ないんでしょう。ならあなた以外のものなんていらないから、全部私が沈めてしまうから。

「操縦できるでしょう?それで、急いでエデンに飛ぶの。ヤーグと合流して。そしてできたなら逃げて。聖府にいちゃダメ」

「な、何を言ってるのよ……聖府にいては駄目?意味がわからないわよ!!」

「考えたらわかるはずだよ。天下のPSICOM相手に、ルシたちがあまりに優勢すぎると疑ったことがないなんて言わせない。聖府はあぶない、逃げなきゃだめ。でも大丈夫、私が絶対、二人をころさせたりしない」

決意はあの夜、胸に秘めた。胸の奥の大事なところに楔を打って、きっと一生忘れないでおくよ。

ルカは更に強く腕に力を込めた。足も使って、なんとか立ち上がる。中腰になりながらも、転移装置からハイペリオンを抜き取った。そしてジルに手を伸ばして助けおこし、彼女を背に庇った。ダイスリーをしかと睨みつけながら。

「私が生きている限りはね、手出しさせない。ジルにもヤーグにも、絶対。私が絶対許さない。ほら、行って!!」

手を離すと、ジルがなんだか少しおぼつかない足取りで後ずさったのがわかった。そして一拍置いて、走り出す。高いヒールの音が、いつもより数段重く撥ねていた。

「おい……!!」

いつの間にか近くに居たサッズが震える声を私に放つ。そういえば、ジルはサッズの息子をクリスタルにしたそうだった。ああ成程、それならジルを殺したいだろうね。そんなことルカにはどうだっていい。どうだっていいのだ。ルカはそういう人間だから。

「何で中佐を逃がした!きっとすぐにファルシに伝わるぞ!?」

「知るか」

サッズの声に重なるようにルカの肩をスノウが掴む。が、さっさと振り払う。お前らの事情など知ったことか。言いたいことはわかる。色んな意味で、ルシ一味には見逃せない相手だったと言いたいんだろう。そう、“ルシ一味”には。
でもルカが守りたいものはもう決っているのだ。

「ファルシにはもうとっくに伝わってる。だよねえダイスリーのお爺ちゃん?」

「そうそう、お前は聡い奴だったな」

「目の前で堂々と魔法ぶっぱなしといてちょっとそれは違うんでないの……私もしかして馬鹿にされてんのかな?私を馬鹿にしていいのは先輩とジルだけだぞ!」

ハイペリオンを持ってない方の手を振る事でぷんぷんと抗議の意を示す。ちなみにヤーグに馬鹿にされんのは認めんぞ。認めんからな。

ふ、と口元を緩めたダイスリーは、歩行が満足にできなくなったよ、年かなと笑っていた杖の先端を、指揮官の逃走という珍事にか部屋の隅に固まって動けなくなっていたオペレーターのひとりに向けた。するとそこから真っ直ぐにやはり白い光が放たれ、その光を受けた彼はろくに声も上げないまま動かなくなった。他にも数名居た逃げ遅れた人間に向かってひょいひょいと軽快な仕草で殺していく。途中スノウが「やめろ!」と叫んで止めに入ろうとしたが、まあそれで止まるなら最初からやらないよね。ルカは表情を変えない。

「てめえ!!人間を、人間をなんだと思ってやがる……!!」

「道具以外のなんだと言うのだ?」

そしてスノウは目の前に着地したダイスリーを殴りつけようとしたようだったが、それはバリアか何かに弾かれる。そんなことまでできるのかと、一瞬ルシ一味に躊躇が生まれた。その隙に、ダイスリーは再度玉座へ舞い戻る。

「コクーンとは、ファルシが築いた工場だ。人間という道具を、大量に生産するためのな」

ダイスリーがそう嗤う。今までは老獪な笑みに見えていたが、ふむ前提を変えて見てみれば、これはなんとも……いらつく顔じゃないか?弾かれて地面に転がったスノウが身を起こした。

「ファルシの好きにはさせねえ!!」

「人間だけで、何ができる?管理してやらなければ、死に突き進むしか能がない。お前たちも見ただろう?ルシの恐怖に駆られた愚民共を?」

「ルシの恐怖を煽ったお前自身が、ルシだったとはな」

「……ルシだと?」

ダイスリーはライトの吐き捨てた言葉に眉をしかめると、一転して嘲笑し、

「この私が?そうか、私はルシか!見くびられたものだ!!」

ダイスリーはまるで、羽根かなにかが風に音もなく巻き上げられるかのように、完全にノーモーションでじわじわと宙に浮かんでゆく。高笑いを背後に響かせたまま。
ルカの後ろかどこかで、コクーンに幸運を運ぶとされるフクロウが羽根をはためかせて飛び上がった。そして、歩くために持っていたと思われたダイスリーの杖が掲げられると同時、閃光弾のような眩しい光が溢れだし、ルカたちからは一瞬何も見えなくなる。

「私はな、ファルシだ。バルトアンデルス、聖府を導き、コクーンに君臨するファルシの王。闇を恐れる子供に火を与えるように、民衆の意思で我らはパージを断行したのに。大いなる導きを妨害する、その浅はかさを思い知れ!」

ぶわ、と。魔力があふれ出すのが見えた気がした。私にすらわかったのだから、ルシたちにはもっと凶悪なものに見えただろう。
そして数瞬、現れたのは顔、顔、顔。気持ちの悪い怪物が、そこにいた。誰かが息を呑むのが聞こえた。わかる、この気持ちの悪い化け物は確実に“格上”だ。自分だって少し怖い。けれど。

「ふん、ばからしい」

偉そうに上から語っちゃって、ファルシのくせに。己は見かけほどバカじゃない。ハイペリオンを携え走り出す。てめえの企みかゴルァァ、という怒りも胸のうちに抱いて。真っ直ぐに跳ね、刃を手の内で返した。重力に従い、叩きつける。刃は一瞬きちんと沈み込んだが、それは表面を傷つけただけだ。しかも切ったそばから皮膚はくっつき、再生を始める。
くそ、と思うと同時に、先ほどの白い魔法が私を打つ。ハイペリオンを盾にし相殺しながらも体は押され、弾かれた。転がりつつも、とにかく地面に着地する。
なんとか立ち上がるルカに、ダイスリー改めバルトアンデルスは意識を向けた。

「ふむ。死ぬ気か?」

「死なないよ。だってあんたさっき手加減したじゃない。私がジルをかばおうとするのに気づいて、魔力弱めたよね?」

「……ほう、気付いたか」

その言葉には穏やかな笑みすら感じられて気色が悪い。そしてその気色悪さすらも、ルカにとっては今ヒントになるのだ。

「……あんたに、ここで会えてよかった。コクーンのファルシの王だって言うのなら、コクーンのことは全て知っているはずね」

「そうとも。全てのコクーンファルシは、私の支配下にある」

「そう……。それなら、私、知りたいことがあるの」

ルカは溜息をつき、立ち上がった。真っ直ぐ立って、見つめる。ああ、こんな日が来てしまうなんて、一体誰が予想したんだろう。
昔の、ただ幸せだった頃。私はそれでよかったのに。歩き続けることが正解かどうかなんて、わからない。わからなかったから。

「誰かと一緒に生きるならね、知らなくてよかった。でも、私がひとりで歩くなら。物語の結末のために必要なら、きっと知るべきなんだ」

あの部屋を出たときに、私はもうためらわないと決めたのです。二度とあなたたちの血など見たくないんです。

×しています。×しているのです。世界のすべて叩き壊されても笑顔であなたたちの代わりにできるくらいには、己はあなたたちを×している。

だから、そう、あなたたちが理由になるのなら、向き合うつもりのなかったこの問いをこの“小さな繭”に投げかけます。


「私は一体、何なの!」


世界の最初から、抱いていた疑問だ。私は“何”だ?

問いかけるのだ。到底知りたくなかったその答えを得て、やっと私になるために。







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