エクステンシブ・スニーキング







この展開は、予想していなかった。きっと殺されると思った。それが彼でなくとも、たとえばあの怖い女の人とか。いやいっそ、モンスターでも。とにかく殺されると。そう思っていた。

「……私の、せいだね」

「いや……もういい、後悔なんて今更だ」

サッズがそう呟いたときだった。遠くから、かんかんと軽い音が響いて近づいてくるのに気付いた。それが金属の床を叩く軍用靴の音だということが解る程度には、彼女もコクーンのことを解しはじめていた。
と、同時に、随所にあるスピーカーから、『各員に通達!ケース緑、ケース緑発令!繰り返す、ケース緑発令!』と、けたたましいサイレンと共に男の声が放送される。ケース緑、って何だろう……そう思ったときだった。内側からはあんなに押しても引いてもうんともすんとも言わなかった扉が、スライドされて開いた。えっ嘘スライドしたら開いたの?
そして数名の兵士が入ってくると、驚いて固まっている彼女の腕を引っ掴む。

「立て!ルシは移送だ!」

「お前もだ、立て!」

掴まれた腕の痛みで一瞬パニックになり、とっさの反応ができなかった。そんな自分に比べれば、サッズの判断は遥かに上等だった。彼の髪の中から飛び出したのは、一匹のひなチョコボ。PSICOM先鋭の兵士が、突然の襲撃者の正体を理解するまでに一秒。それだけあれば、既に戦闘に慣れきっているサッズの頭は、掃討までの作戦を瞬時に組み立てられる。

「おらァッ」

目の前の兵士にタックルをかけ、そしてそのままコンテナに叩きつける。二人ほど巻き込んで戦闘不能に追い込んだ。と、横からサッズに銃を突きつける影に、ヴァニラは気付いた。だから即座に、地面に落ちていた銃を拾い上げる。

「えい!」

使い方のわからないそれで、目の前のその男の頭を殴りつける。崩れ落ちるそいつが視界から消えたことで、サッズと目が合った。と、彼は強い視線のまま「逃げるぜ」と宣言する。

「ただし、今回は前向きにな」

「わ……わかった」

それに気圧されるようにただ頷き、開いたままのドアから外に出る。と、続きのその部屋の隅に、自分たちの武器が立てかけられているのに気付く。それらを拾い上げると同時に心に余裕が戻ってくる。と、先ほどまで少し遠くで澱んでいた想いが、また首をもたげてきた。

「……助かって……いいのかな」

一瞬、サッズが黙りこくった。が、すぐに彼は振り返って、

「じゃ、死ぬか?」

と聞いた。
それに反応を返すことができずに俯く。と、視界の上端で、サッズの口角が苦く上がったのがわかった。

「それも怖いんだろ?……俺もだ。おっかなびっくりで、死ぬに死ねねえ臆病もんだ。だったら、居直って生き延びてやる。ドッジが「父ちゃんみっともねえ!」なんて笑うかもしれないけどよ」

「それでも、ドッジくんが笑えるように?」

「ああ。ドッジも助けて、俺も生き残る。全員で、生き残る」

笑っていこうぜ。サッズの笑みは、どうしようもないほどに強く。“親”とはこういうものなのだろうかと……親の居ないヴァニラでさえも、理解できるほどに。





バルコニーにて。転移装置から取り出した、縦長のスタングレネードをくるくると左手の中で回しながら、ルカはもう一方の手でマップを取り出した。

「PSICOM封殺大作戦。命名ルカお姉さん」

「……で?そのご大層な作戦を何で今話すんだよ」

突如として始まった作戦会議に、逸る気持ちを抑えきれないファングがいらいらと踵で地面を叩く。まーまー、落ち着いて落ち着いてーとそれを全力で逆撫でしつつ、マップをすっと横に開いた。

「パラメキアは広いの。そりゃリンドブルムには劣るけど、それでも地図なしじゃ迷う。加えて人数、装備、戦闘訓練の質と量と……私たちは圧倒的に不利なんだよ。先輩たちとも作戦会議はしたけど、それはもういっそ忘れたほうがいい。先輩は私たちでも実行可能な案を提案してくれたけど、お荷物に目を瞑ってまでわざわざ正面突破は芸がないしね。私が勝率を上げる小細工は多少加えたけど、それでも差し引き、まだ足りない。もっと、チートな何かが欲しいよね」

「やってみなきゃわっかんねーだろが」

「ライトより単体で強い兵が500は居るけど?」

ファングが強気に唸るが、ルカが即座に切り返すとぐっと押し黙る。ライトニングの実力はしっかり把握しているから、それより上と言われると問答無用で怖いのだろう。ので、多少の誇張があったことも言外に滲ませつつ、彼女は話を続けることにする。

「まあそれは最新の装備も加味して、の話だけどさ。とにかく戦力に絶対的な差があって、対してこちらはまあ……少数精鋭。どうすればいいか、わかるよね」

「とりあえずぶっ飛ばしてびびらせる、だろ!」

「という発言が平気で飛び出すから圧倒的に不利なんですよね本当に。今後スノウくんには発言権を認めません」

もう笑うしかないので、乾いた笑いを零しながらも、ルカは「さて、話を戻すけども」とため息を吐いた。

「どうするのが、この場合正解かねぇ?」

「えっと……混乱させる……とか?」

「いやぁぁぁホープくんがスノウくんよりいくらか賢いー!!わかってたけど!私はここにコクーン教育制度の歪みを見た!」

正解を出すホープに頭を抱え唸りながらも、ルカは「つ、つまり、敵の混乱を誘うってのが大正解なわけよ」と得意げな顔をする。確かにな、とライトニングが険しい表情を更に深めた。

「戦場が広い以上、総当りという考え方は合理性に欠ける。ま、そこの脳筋はよくわかってないみたいだが」

「だってよ、混乱させるって言っても。ごちゃごちゃ小細工やるより、とりあえずぶっ飛ばしてびびらせちまった方が早いし解りやすいだろ」

「解りやすかったらやっこさんも混乱しないですねぇ。黙ってろって言ったろ黙らすぞ物理的に。さて、そんじゃあここで秘密兵器のご登場」

ポケット奥深くに入っていたUSBメモリを取り出し、見せ付ける。ファングと、あとスノウは怪訝な顔をしたが、残りの二人はすぐに電子的な攻撃を仕掛けることに思い至ったようだった。

「ライトとホープくんが察知してるとーり、これはウイルス。それも超ハードなやつね。すべての規格と文字コードをハッキングして同調、優先度つまり読み込まれる順番を裏技的にウイルス最優先に設定させ、その後に読み込まれる全てのコードを叩き壊すっていう、ハードすぎてむしろ使い道がないようなシロモノ。これを仕込めば、厳重にブロックされている飛行システム以外の全てがシャットダウンされ二度と復元できないから、パラメキアをすさまじい混乱に陥れることができちゃうわけよ」

「……すごい、こんな機会でもなければ本当に使い道がないですね」

「どんな電子機器でも叩き壊す、なんてな。こんなタイミングじゃなきゃ利点がない」

「おいスノウ、こいつらが何言ってっかわかるか」

「わかんねー」

「だよね。ま、簡単に言うと、パラメキアの飛ぶ機能以外を全部ぶっ潰すってだけの話。で、まあものは試しってことで、私のコミュニケーターをぶっ壊してみたわけなんだけども」

「……は?」

ぽかん、と擬音が横に浮かんでいても不思議じゃないほど、呆気にとられるライトとホープ。
確かに、見ればルカの持っているUSBはなにやら機械に刺さっていて、その機械からコードが伸びて、また彼女のポケットに繋がっていたのだ。それを目線で追いながら二人は、おそらくその先はルカのコミュニケーターに繋がっているのだろうと推測した。
間に挟んでいる機械は、明らかに変換器である。

「こ、壊したってお前……!」

「いやーだって試してみなきゃ効果わかんないじゃん?これがスッゴイの、もうね、何にも残ってないし何にもできないのこれ!画面は出るんだけど、一切反応しないわけ。あ、でも新しいの手に入れたからへーきだよ?とんでもない旧型だけど。ジャンクショップってのも、たまには覗いとくもんだね。中身のクリーンアップも済んでるしGPSに至っては完全に削除、足のつき様がない」

ああ、情報社会で情報から隔離されることの清清しさよ!両手を広げて一回転、呆れ顔のライトににへらと笑いかける。天然キャラというものは大抵の説明が免除されるから楽で良い。……なんて、ジルに言ったらチョークスリーパーものであるのだが。

「ま、そんなわけで。何が言いたいかって言うとー……このバクダン使ってみない?ってことよ」

「これだけでかい艦なら、いろんなとこからメインサーバに接続できるだろうな……」

「おおっスノウくんもたまには正しいことも言うんじゃないの、見直した。そう、この艦は利便性にこだわりすぎて、実際敵の侵入を想定しておらず防衛面はガッタガタ。どれくらいガタガタかっていうと、隠し階段の位置が設計図に載ってるくらい」

突如、ルカは地面にハイペリオンを突き刺した。そしてネジ状の突起に嵌まった切っ先をグリンと回す。驚くべきことにそれはいとも簡単に周り、ハイペリオンを引き上げると階下に繋がる収納式の階段が現れたのだ。ルカは口角を上げると、手の中で回り続けていたスタングレネードを数本片手に抱え、階段などものともせずに飛び降りた。そしてルシたちを指でちょいちょいと呼び、階段の先の引き戸に手を掛け、一気に開く。

「これよりこの第五制御室を占拠するのでー、非戦闘員は今すぐ両手を上……に……」

踏み込んだ先は、決してそう広くはない部屋。壁一面に大きなモニター。踏み込んでおいて途端部屋を間違えたのではと錯覚したルカは今更地図を思い返す。たしかここは、さまざまな分析を行う部署だったはずだ。それが。

『次目覚めるときは、処刑台ね』

友人の口角が釣りあがり、彼女の愛用するケインという刑罰杖がサッズの首を強打する。うわ痛そ、と思う暇もなく、またスパァァァンとひっぱたく音がして刑罰杖がまたうねる。

『次目覚めるときは、処刑台ね』

画面を見つめていた三人が振り返る。見覚えのある顔が三つ。ああはいはいそういうことねーなんだぁもーびっくりしたじゃんーあはははは……。
ルカは何も言わず外に出ると、扉を閉めた。

「……おい、何だ今の」

よく見えなくとも異常を悟ったらしいライトが一応ルカに尋ねてみる。対して、何が起きているかは把握してしまったルカは、だらだらと冷や汗を零しながら首を勢い良く横に振る。

「えっと……知りたくないなー……やめよう、ここやめようよ」

「何言ってんだ、あんな決め顔で階段発見しといて」

「うーん……まあ、そうなんだけどさあ……しょうがないかー……」

深い深いため息と共に、ルカは諦めて引き戸に再度手を掛けた。と、三人はこちらを振り返ったまま硬直していた。その青ざめた顔の後ろでは、延々ジルがサッズをしばく映像が垂れ流されている。
その映像は、彼らにとってはどうやら垂涎もののだったらしい。ケインでサッズをひっぱたき、その流れで眼鏡を直すところまでが一連の映像としてリピートされ続けている。あまりに切れ目がないから、おそらく入るだけきっちり編集して突っ込んであるのだろう。何の耐久レースだ。

「お前らか……」

彼らとは知らぬ仲ではない。ジル親衛隊を名乗って憚らない連中だ。一応士官学校で候補生していた頃には存在も知っていたし、会話したことがないわけでもない。よく自分もストーキングされたからだ、一方的な妬みによって。
ただ、「カサブランカ先輩、今日のジル様の下着の色とかってご存知じゃないですよね?もしご存知だったら金一封差し上げますが!」「えー?んーじゃあ黒で」「何で知ってんだァァァァてめえええええ!!!」「どんな情緒不安定!?」という、こっちも精神が病んでしまいそうな付き合いでしかなかったが。
親衛隊ABCの中で、最初に我に返ったのはBだった。

「うわぁぁぁぁぁカサブランカ大佐ぁぁぁ!!!ちょっと待ってなんで居るのおおおおお!!」

「見つかったァァァッァ!お願い中佐には黙っててぇぇぇ!」

「それは構わんけど何してんのお前ら……」

ぐったりと肩を落としながら聞くと、一番先に開き直ったらしい親衛隊紅一点のCが画面に縋りつきながら説明をしてくれる。してくれなくてもいいのに。いっそ関わりたくないのに。

「ほら今、る、ルシ騒動でパラメキア混乱してて!今ならほら、大画面!ジル様の完璧で芸術的な美しさを余すことなく楽しむにはやっぱり大画面で高画質じゃないと……!」

「いや仕事しろよ。そんなんコミュニケーターにでも入れてトイレで見てよなんで制御室一つまるまる潰してんの」

「っはああああ!?トイレつったお前今トイレっつったかアアン!?中佐のこのいっそ神々しいまでの美貌を見るのだから制御室でもまだ汚らわしいと思うべきぞォォォ!!」

「知らんわ!!つーかお前らの行動が一番汚らわしいわ!!」

いきりたって「大佐はジル様の美しさに慣れきっているから敬意を払わないんだ、あの人外とも映る美しさに」だの「そのくせジルさまにご褒美頂く回数は一番多いなんてずるい」だの「天罰が下るぞ」だのなんだの好き勝手言っている親衛隊の連中に、ルカはもう何度目か知れないため息を吐き出した。我々の業界でもチョークスリーパーはご褒美じゃないです。

「もうあの、いいわそれ見てて……いいからちょっと、パソコン借りるね」

つーかこいつらとまともな会話なんて成立するはずないじゃん、成立したこともないじゃん。忘れてたよお姉さん完全に忘れてたハッハッハ、なんて自分を慰めながら、ルカはUSBを端末の接続部に突き刺した。
そして管理者権限にヤーグのパスで勝手にログインし、プログラムを作動させる。ダウンロードが始まり数秒、画面は突然ログイン画面に戻った。成功したか。ルカはためしにログインしてみようとカーソルを動かすが、何もクリックできない。うん、うまくいった。

「あ、終わりました?」

「うん、終わった終わった。あ、ねえ、しばらくパソコン弄れないからね」

「この映像さえ流しておければもう何もいらない」

真顔で画面を見つめ続けるA。それに追従する残り二人を見ながら、ルカはさっさと部屋を出ることにした。できるだけ関わりたくないのである。まあでもあれだ、簡単に済んだじゃん計画成功じゃん良かった良かった、なんて自分を誤魔化していたのだけど。

「……PSICOMにも、すごい人が居るんですね」

オブラートに包みまくったホープのその発言と斜め右下に落とされた視線がルカの心に突き刺さる。純真で賢い14歳の少年の一言が、こんなに胸を砕くとは……。一応僅かでも公僕の自覚があるルカは、何も言えないまま深く肩を落としてまたため息を吐いたのだった。







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