与えられた選択肢の少なさをどう見るかは、人によるのだろうとルカは思う。ちなみにルカは楽観主義者なので、良い方を見るようにしている。
 選べる道が少ないのなら、正しい道を選ぶ確率だって高いのだと思い込もうというわけ。そもそも正しい道があるのかどうかという点には、見ないふりをしながら。
 だから、ルシとしてコクーンの敵になるべきか、コクーンのために死んでやるべきか(つまりはこの子たちを殺してしまうべきか)、皆おおいに悩んでいた。ルカとしては第三の選択肢、必要なだけルシを利用してみようというものもあったりするけど、それは胸の内に秘めて。

「やっつけるんだよ、ラグナロクを! 俺らがルシになったのは、あれを倒して、コクーンを守るためだ!」
「……って、なんでじゃーい。それだけはないじゃろーい」

 そう来たかー。
 ルカは半笑いで大男にツッコミを入れた。彼が馬鹿か愉快犯かどちらかわからないが、どうか前者であれと思った。対処は慣れているが、それでも愉快犯は身近に一人でいい。
 ラグナロクをやっつけるって何。そもそもいないじゃない。そんな危機がコクーンに迫っているようには思えない。それぐらいコクーンは平和だった。ルシが発見されてパージなんてことが起きた、それ以外は。まさか存在しない選択肢を自信満々に表明されるとは思わず、大変にびっくりしましたルカです。

「セラだ、セラだよ! コクーンを守れ、って言ってセラはクリスタルになった。クリスタルになったってことは、使命を果たしたんだ! コクーンを守るのが、使命ってこと! セラも俺たちも、同じファルシにルシにされたんだ。じゃあ、使命だって一緒に決まってる! 俺たちは世界を守るルシで、ラグナロクと戦うんだ。筋が通るだろ!?」
「通んねぇよ……! グダグダじゃねえか! 俺らは下界のファルシのルシなんだ。多分使命は……“守る”の逆さ」

 呆れを隠すことすら億劫だと言わんばかりにサッズが反論する。荒唐無稽な話をどう扱っていいかわからない様子だった。

「じゃあ……じゃあ、セラも敵だってのか! 俺は認めねえぞ!」
「セラちゃん味方、その他全部敵でもいいよー」
「そんな、そんなこと……あるわけねえだろ! セラはそんなこと望んでない!」

 使命の話をしているのか、それともセラの希望の話をしているのかわからなくなってきた。それを一緒くたに混同しているようである。「っちゅうか何から守んねん。現状君ら以上の脅威もないのに」大男を指さしてからから乾いた笑みで笑うと、ファロンが隣で深々ため息を吐いた。
 まあ恋人が目の前であんなことになれば多少の錯乱もするだろう、ルカが苦笑しつつ肩を竦めていると、彼はファロンに駆け寄り、賛同を求めた。

「この力で、コクーンを守ろう。一緒に戦って、使命を果たせば……!」
「何が使命だ! ファルシがセラを奪ったのに、そのファルシに従うのか!? お前は……ファルシの道具か!」
「動くな!!」

 ファロンが吐き捨てるように言った時、背後からくぐもった声が響いた。振り返れば、そこにはPSICOMの兵が数名、銃を構えて立っていた。

「両手を頭の後ろで組め!」

 銃を突きつけ命じる兵士に、ルシたちは一様にしまった、という顔をして従った。ファロンは飄々とした様子ではあるが、武器を地面に放り追従する。

「パージの生き残りだな? ……ん? おいお前! 言われた通りにしろ!!」

 そう言って近寄りながら、PSICOM兵はルカにも銃を突きつけてくる。
 ……ああ、私もか! ルカは心底驚いて口に手を当てた。

「ああそうか、私にも言ってたんだよね! ごめんごめん、命令されるのって慣れてなくて……。で、君になんで私への命令権があるのかね?」
「は? 何を言っているんだきさ……、あっ……な、なな、何で……っ大佐、何で大佐が!?」
「えーいっ」

腰を落として、重心を低く。
まずは一発、装甲の薄い首のつなぎ目に手刀を叩き込む。喉仏が砕けるのを感じ、カウントをした。再起不能、一人目。次はその背後にいた兵、銃を胸の前で構えたせいで腕で庇えない脇腹目掛けて素早いエルボースマッシュ。たじろぎ後ずさったところにやはり首を狙った一撃を入れ、二人目を数える。

「おっ、おい、大佐がいるなんて聞いてないぞ!!」
「ダメだ逃げろ!」
「敵前逃亡は略式で死罪だぞ? メッ」

 逃げようとした背中にドロップキック、首に損傷を与える。骨の砕ける音を聞きながら大股で前進、二歩目の勢いを殺さず目の前の兵士のアイシールドを握りこぶしで打ち抜いた。斜め前の兵士が大慌てで銃を構えたのを視界に捉え、全身から力を抜いて膝を落とし、地面に近いところまで落ちてから、全力でそちらへ跳ぶ。銃の横から、抱える手に左手を絡ませ、捻じりながら腕の下を潜り、回す。同時に足を浚えば、相手の体重が重心を崩して回る。それを、頭から地面に叩きつけた。

「ああ、弱いな……」

 ルカは楽しくてしかたないというような顔で笑いながら呟いた。「鍛えても無駄だった」愉悦に唇を歪めて「お前達は、無駄だったな」。ここで死んじゃうんだもんね。
 足元に落ちた兵士の小銃を拾い上げると同時だ。

「う……動くなぁッ!!」

 ルカがはてと振り返ると、銃を構えた兵が二人残っていた。あれを見てまだ高圧的な態度が取れるというのが、PSICOMの一兵卒らしいなと思った。
 PSICOMはコクーンの少数精鋭エリート集団と思われがちだが、総数二万人を超える人員を抱えている以上、全員が全員強者ではない。

 彼我の実力差がわからんか。ルカはため息を吐くが、彼らがファロンや少女、少年らに銃を向けるのを見て黙った。

「そ、そうだ、おおとなしくするんだ……、こいつらが目の前で殺されるのは嫌だろうがッ!!」
「いやそのセリフ、もう完全に犯罪者側だろうが? お前たち取り締まる側だってわかってんのか?心配になるわ……」
「うッ、うるせえ!! とにかくおとなしくしろ!! じゅ、銃も捨てやがれ!」
「ふむ」

 言われた通りにするべきか。ルカはぽい、と手前の兵に向け右手に持った銃を山なりに高く投擲する。突然上空から落ちてくる銃に大いに惑い、ただでさえルカの存在に恐慌状態であった兵は悲鳴を上げて錯乱し上方へ銃を乱射してしまう。冷静に考えれば銃を投げられたから銃を撃つ、なんて全く意味のない行為だが、それだけ混乱しているということだろう。

 瞬間、ファロンが地面に落としたブレイズエッジを足で跳ね上げ、一瞬で間合いを詰め、そいつを切りつけた。真っ赤な血が跳ね、もう一人の兵士は小さく悲鳴を挙げ、僅かに体を硬直させる。
 ルカはそれをチャンスと捉える。足元に丁度転がっていた脳震盪を起こしているらしい兵士の、ヘルメットの下の部分を掴んで最後の一人目掛けて投げつけた。と、その兵士は何もできないまま、仲間の兵士の下敷きになった。転がったそいつの右手を思いっきり踏みつける。ぼきりと音がした。同時に悲鳴も上がった。

 折れた手から銃を抜き取り、気絶している兵士をどかして代わりに膝で押しつぶした。ヘルメットを引き剥がすように乱雑に外し、こめかみに銃を押し当てる。

「う……ひ、やめ、やめてくれ……」
「やめるわけないじゃん? 命乞いならもうちょっと面白いこと言ってくれなきゃあ」

 聞く気も起きないぞ。にたにた笑って言うルカに、男はひいひいと穴の空いた風船のような悲鳴を上げるばかりである。

「さて。兵の展開状況を、ハングドエッジ並びにビルジ湖周辺について述べよ」
「わ、わからな……」
「ふざっけんな私相手にそんな嘘が通用するかよ。お前と会話してる時間も惜しいんだよ早く話さないと痛くするよ」

 ルカが早口で捲し立てながら銃のグリップで鼻を何度か殴ると、その度ぐひっと悲鳴が上がり鼻からは血がだらだら垂れた。鼻骨が折れたのだろう、声がとたんにくぐもった。

「う……あ、ハングドエッジは……第一、第三連隊が……。ビルジ湖には第二連隊が調査に来て、パージの生き残りがいないか調べてるところで……」
「第二連隊のみか。まさかフル投入じゃないだろ?」
「は、はい。ユニットテンまでです……」
「およそ一個大隊か……ふむふむ」

 第二連隊はユニット十八まであり、それぞれ得意分野が異なる。ユニットワンからシックスまでは偵察を主とする部隊であるので、まあ順当な割当であろう。

「指揮官は誰が? 第二連隊は私の担当じゃんよ」
「ろ、ロッシュ……中佐が、代わりに。大佐は事情があって退役したと……そう聞いて」
「あっはっは! 信じたのか!? そんなばかなことを!? するわけがない、退役なんて」
「わ、わかってます! わかってます……ぱ、パージされたんだって……みんな言ってます……」

 ルカは目を細め、本日何度目かわからないため息を吐いた。わかっていても、ルカに忠誠心を発揮してくれたりはしなかったらしい。
 当然か。その程度の間柄だもんな。

「母艦はパラメキアだろ? 今はまだハングドエッジのほうにいる?」
「は、はい、そうで、あります……。ナバート中佐が、司令部とともに、そこに」
「……人数分布としては、上に二千ちょい、下に五百ってところか?」
「う……た、たぶん……」
「多ぁ分んん?」
「ち、地図が! 地図があります……!」

 言われた通り、見れば腰のベルトにストラップと端末がついていた。タブレット型のそれを抜き取り、たすたす操作すれば、兵の位置情報までもが丸裸である。

「……あのさあ、今更言うのなんなんだけど、相手に調べられたら陣形からなにからモロバレなシステムって駄目だと思うんだよね」
「ど、同感であります……」
「ま、PSICOMの仮想敵って下界だからなあ、こういうテクノロジを理解されることはないって想定なんだろうけど、それならパージも狂ってない? これまでの想定は何一つ意味がなくなるかもしれないね、知ったことじゃないけど」

 ため息まじりにルカは背後を一瞬だけちらと振り返り、「悪いニュースと良いニュースがあるぞお」とルシたちに声をかけた。

「悪いニュースは?」
「母艦に発見されたら離脱は全く不可能と言っていい。相手が悪い、PSICOM兵を巻き込む可能性があってもたぶん、絨毯爆撃してくると思う」
「どのみち、やつらとの遭遇を繰り返していれば同じ結果になるんじゃないのか」
「ま、そうだねえ。でも良いニュースはね、逃げるとまではいかなくても隠れる場所には事欠かなそうな位置に落ちたってこと。この近くに軍の駐屯地があって、その先には異跡群があったはず。そこまで逃げれば、急場は凌げそう」

 タブレットを操作して位置情報の送信機能を切ってから己の腰のベルトに差し込みつつ、ルカは言った。それから、膝で押しつぶしていた兵を見る。にっこり笑ってやると、兵はすべてを理解し、目を見開き唇をかみしめてぶるぶると震えた。首を左右に振る。「うんうん、さっきよりはましな命乞いだ」それは確かだった。必死な形相は少なくとも、多少笑えるから。

「でも、おんなじことしたボーダム市民のこと、殺したろ? じゃあ死ななきゃな、お前たちも」

 プシュ、という軽い音を立てて、少し高い位置から男の頭を撃ち抜く。あまり近距離で撃った痕跡が残ると尋問に勘付かれるためだ。それから立ち上がって男の足を掴み、水晶化した湖の上へぶん投げる。かなり高さがあるから、もしまだ生きていても確実に死ぬだろう。

「お、おい! あんた何やってんだ!?」
「なにが?」

 呆然と立っていた大男が我に返った様子でルカに声を荒げた。

「何も、……何も、殺さなくてもよかったんじゃ」
「そんなことないよ。本当に殺さなくてよかったのはボーダム市民でしょ? それを虐殺したんだから、報いは受けさせないと」
「それは、そうかもしれねえけど、でも無抵抗の相手を撃つのは!」
「無抵抗の人間を最初に撃ったのはこいつらだからなあ。帳尻は合わせてもらわんと駄目。合う日なんて来ないにしてもだ」
「数で帳尻なんか合わせてどうすんだ?」

 渋い顔でサッズが言い、ルカは彼をちらと見て一瞬黙りこくった。「どうにもならないさ。当然ね」次の兵の装備の、上半身の袷を上から少し解き、胸部に押し当て射殺しながら言う。

「こんなこと真顔で言うの面映いんだけどさぁ、私PSICOMでも武力自慢なんだよね。互いに特殊な装備のない状況なら、たぶん軍では誰にも負けない」

 うめき声が数秒かけて消えて、足の下にいる人間が肉塊になる。戦いの最中に人が死ぬことは大して恐ろしくもないのに、どうして処刑となると恐怖を感じるのだろうかと、背後のルシたちのたじろぐ声にそう思った。

「だから、私が生きてることが知られるのがまずい。そもそも今、なんで飛空艇からの爆撃は行わず、兵士が巡回なんてしてると思う?」
「そりゃ、生き残りを捕まえて殺すためだろ。それに爆撃なんかしたら、他の場所にも影響が出るからじゃねえのか?」
「それもあるね。でも一番はさ、きれいな死体が欲しいんだよね。全員捕まえて殺したっていう証拠になる標本が欲しいわけよ。“脅威性の低い市民”相手なら」

 サッズの言葉に頷きを返しながら、その死体も同じく落として、ルカは次に手をかけた。

「これが、白兵戦では部隊一つ沈めるような戦闘自慢の一人であるルカさんですと、そういかないわけ。迫撃砲でも榴弾でも対物ライフルでも何でも使って、ここら一体を更地にしてから、私が死んだ証拠を、死体のかけらを探しに来る」
「大佐はそこまでの脅威ってことか?」
「んもう、階級で呼ぶのやめてよう。ま、そういうこった。……ルシがいるってのがばれたらもっと敵は強硬になるだろうから、交戦を避けるだけじゃなく交戦相手はきっちり処理しないとだな」

 そう言えば、彼らは一様に悼ましいものでも見るかのように顔を背けはしたものの、もう止めもしなかった。
 残った兵も、別にまだ死んでいない。喉仏が砕かれて呼吸がうまくできずひゅうひゅう言っていても、それだけだ。逃げようと四つん這いになった兵は脹脛を後ろから撃ち抜けば悲鳴を上げて地面に崩れた。ルカは彼らを一人ひとり殺しては湖へと投げ捨てる。
 作業としてそれを行うルカに、サッズがおそるおそるといった様子で問いかけた。

「あんた一体、何者なんだ……」
「さっきも言ったじゃない。パージされた軍人だって」
「そんなことするのは正義感からなのか?」
「まさか。違うよ。ただ、されたことをし返してるだけ。それに下界に本当に搬送するんならともかく、その途中で虐殺するなんて作戦に異を唱えず追従したやつらはもう軍人でもなんでもない。パージ作戦可能性濃厚の時点で退役願出してきた部下もけっこういたんだぜ?」

 兵を全員落とし終え、銃を手にしたルカは彼らを振り返る。

「じゃ、行こうか。道はわかるから」
「……軍にもすげえのがいるんだなあ。ねえさんくらいかと思ってた。PSICOMなんだよな?なんでパージなんてされたんだ?」

 ルカはその問いへの答えには詰まった。せっかく一時的に忘れかけていたのに。
 ヤーグ……ジル。お前達は本当に、私がいない中でこんな作戦を遂行して、大丈夫なのか。

「それこそ、パージに反対したからだよ。焦ってたんだろうね」
「そんな、バカなことが……」

 俯いて項垂れる大男はショックを受けたようだった。コクーンでも最高の法執行機関であるPSICOM内部で、パージに先駆けて仲間内での殺し合いが起きているというのは、市民にとってはなかなかに信じがたい話のようだった。
 ルカが銃をベルトに引っ掛けるのを横目に見ながら、サッズがため息を吐いた。

「しかし案外、もろいもんだな……天下のPSICOMも」
「PSICOMは、下界との戦いが専門なんだろ? 経験ゼロの連中が、高価い武器振り回してるだけだろ」
「ほお、特務機関の連中より、日々任務をこなしてる軍人さんや、パージにも反対する軍人さんの方が優れてらっしゃるってことか」
「……さ、どうかな」

 ルカが否定もせずにやりと笑うと、後ろでファロンが深い溜め息をついた。

「図に乗るな。下っ端は能無しでも、精鋭は化物だ。そいつらが出てくれば終わりだ」
「私のことですね?」
「だから図に乗るな。あんただって、ろくに武器もないだろうが」
「まあまあ、それでもなんかうまくいっちゃうのが私の良いところですよ」

 ルカは笑って立ち上がり、進行方向を指し示した。視界は青く澄み渡り、こんなときだっていうのにどうしようもなく綺麗だった。




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