異跡の持つ、前時代的なイメージとは相対して、室内には配線が張り巡らされていた。見る限りコクーンのそれとは材質も何もかも違うようだが、まるでコンピューターの中に入り込んだような錯覚を覚える。空気は寒々として、吐く息が白くなりそうだった。コンピューターの中が寒いわけがないので、やはり、ルカの知るそれらとは全く異なっている。
 ファルシは巨大な機械のような見た目をしていた。旗艦の体表面を切り出して丸めた、とでも表現すればいいだろうか、円筒形状の体から束ねた大量の管がごっそりと飛び出し、その先端にドリルのようなものがついている。もしやあれは手なのだろうか。

 大男が進み出て、セラを助けるよう懇願し、それを振り切ってファロンがファルシに斬りかかる。のを、最後尾にいたルカは遠くから見た。
 その攻撃の瞬間だ。ファルシが煌々と光を放ち、起動音らしきものをたてて動き始めた。ルカは舌打ち混じりに走り出し、指先のチップを擦った。
 すれ違うように、少年が転びそうになりながら後方へ駆けていく。逃げられるならば逃げたほうがいい、連れてきてしまったのはルカであるので、彼を責めるつもりは毛頭なかった。

 指先にわずかに走る生体電気が、チップを操作する。魔法の一覧から素早くプロテスを選び、ルカはそれを振りまいた。ファロンと大男、そしてルカに体表面を覆う魔法が付与される。
 そして続けざま、同時に発動体勢に入っていたファイアを選択し、指先でトリガーの形を作り上向ける。装甲自体はどう見ても分厚そうで、実際ファロンが切りつけた傷跡すら目視ではわからないぐらいだ。ルカは間合いの外へ逃げるように後方へ退きながら、束ねられた管を狙った。
 吐き出された熱風はすぐさま膨れ上がり、巨大な弾丸となって空気を裂き、まっすぐ目的の箇所へと突き刺さった。ファルシは一瞬声にならない声を上げ、ルカはその甲高い機械音に身を竦ませる。「ひゃっ……」まるで小動物の断末魔を聞いたかのような、胸がねじれる感覚だった。

 なぜだ。なぜ己が、このファルシに同情せねばならない?ルカは戸惑い、立ち止まってしまう。

「大佐!!」

 ファルシへと打撃を放ち続けるファロンの目の前を通り過ぎた、ファルシの手にも思しきドリルが、ルカ目掛けて迫りくる。立ち止まった体がとっさに右へ転げようとする、その脊椎反射を並列に走らせながら、間に合わないと理解した。そして眼前へと回転するドリルが肉薄した、されどその瞬間。
 ぴた、とドリルが動きを止めた。

「……え」

 目の前で完全に静止したドリルの鋭利な先端を見つめ、ルカは呆けた声を出す。ゆっくりと我に返り、後ろに尻もちをついた。ドリルはそのまま、ルカの顔があったあたりに留まっている。
呆然と見上げる己に気付いて、大慌てで腹ばいに転げ、足で体を前面に押し出すように床を蹴った。間合いから逃れるまで数歩。
 走りながら新たな魔法を連続でチャージする。機械に構成が近いのなら、機械に最も影響を及ぼす電磁波の攻撃はファルシにも効果があるかもしれない。ルカが放つサンダガ・ギアが、頭上に這う配線を焦がした。

 そして同時、ファロンがこじ開けた金属の表面を引き剥がし、その中へと銃剣を突き立てる。青い電撃がバチリバチリと大きな音を立ててファルシの体を駆け巡るのが見える。
 また甲高い機械音がして、ルカは覚悟をしていたものの、それでも肌が粟立った。自分まで悲鳴を上げてしまいそうになり、懸命に唇を引き絞って耐える。

『ァァア……ッ、ア、ア、ア……!』

 何なの? これは、何なの? 子供を殴っているような気分になる。頭が揺れる……。
 ドリルがもう一度、今度はかろうじてというようなゆったりとした動きで、ルカの方へと迫った。ルカはそれに気付きながらも、逃げようとすら思いつかなかった。殺意も敵意も全く感じられなかったからだ。
 そして目の前へと腕が伸びた、そのときだ。『■■■■』何かの声がした。何を言われているのか、翻訳が追いつくみたいに、理解が遅れてやってくる。『たすけて』それから、なぜ私に、そんな疑問が湧いた。

『コロ……サ ナイ……デ……』
「えっ……?」

 目の前で揺れるファルシの腕は、結局ルカに触れることもなく、そっと崩れ落ちた。視界の端で、大男が渾身の一撃を装甲の剥げたファルシに叩き込んでいるのが見える。それがトドメになったのだろう。鈍い音を一回だけ鳴らして、ファルシは両腕を投げ出し、動かなくなった。

 その死骸を見つめ、は、と息をつく。理解が及ばない。このファルシは、なんなのだ? それに、なぜルカに助けを求めた? より近くにいたファロンでも大男でもなく、ルカに。

「大佐、無事か!」
「え、あ……うん、ぜんぜん大丈夫」

 ファルシの腕の前で呆然と立ち尽くすルカに、ファロンが慌てた様子で声をかける。ファルシに攻撃されたと思ったのか。見ればファロンも大男も、どうやら外傷はほとんどなさそうだった。ファルシは戦闘のあいだ、彼らへの反撃よりもルカに執着を見せていたからだろう。

「ねえ、こいつは、なん、で、ひッ?」

 ファルシはどうして、私に向かってきたのかな。そう問おうと顔を上げたときだった。突然ぐらぐらと床が揺れ始める。まさかまた軍が攻撃を、床に伏せながら見渡すが、確認のしようもない。けれど床の揺れ方は、先程とは全く違う。先程のそれが単なる横揺れならば、これは縦揺れも含んでいる。伏せても体が安定しない。

 這いつくばりながら、揺れる視界で懸命に正面のファルシを視界に捉えたときだ。不意に床が消えるような感覚を覚え、体が滑るように落ちて下へ下へ、加速度を増しながら落下していく。異跡が横倒しになった? それとも、床も含めてファルシの一部だった? とっさに目を瞑ってしまったルカには何一つわからなかった。
 しかし、ほどなくして、その感覚は消え、体がそっと支えられた気がした。浮いて落ちた以上、最後には必ず硬いどこかへ叩きつけられると思っていたので驚き、目を開く。見渡せば自分だけではない、あの場にいた全員がどこともしれない空間で浮遊しているのだった。一体何が自分を支えているのか、何か透明な膜に包まれているような状態で、指先一つ動かすことができなかった。唯一自由な眼球をぐるぐる回して周囲を探るが、頭上の果ては青い光が柔らかに占め、何があるのかよく見えないし、下方はなおさらよく見えない。

 ここは一体なんだ。私はどうなっているんだ? 戸惑ったルカは、目の前に鎮座する、先程殺したはずのファルシにようやっと気付き、あっと声を上げた。否、あげようとしたが、口が動かなかった。
 なぜ、目の前にいるのに気づかなかった。ルカはぞっとして、体が動かないこともあり、にわかに恐怖した。

 けれど、その目の前のファルシはそっと、ルカの体をなでた。気がした。あの腕が、ルカの体の側面をなぞっただけだが、それは撫でると呼ぶに相応しい行為だった。
 なぜ? 今日だけで何度目かわからない問を心は訴える。ルカはじっと、ファルシを見ていた。

『君が僕を殺しても、物語は続く。転がりだした石が止まらないように、君が調整した通りに終わりへ向かっていく』

 頭が強く痛んだ。言われていることの意味が、わからなくて、でもわかるから。
 暖かい腕に包まれる。隣から、ファロンの唸る声が聞こえた。そして彼女だけでなくみんな、この腕に絡めとられ、この×を受諾する。

『ルシになるんだ。人は、ルシになるんだ。でも君は――』

 そうだ。私は、それをよく知っている……。
 でも私は、そうはならないから……。

 抱きとめられた暖かさに頷きを返し、微笑んで、ルカは意識を手放した。



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