31





「やっ。ご無事でなにより」
 ルカが、服は汚れや破れが目立つながら、ほとんど無事の身体でにこにこしながら現れたので、ルシたちはやや面食らったようだった。
「お前無事だったのかよ! 飛空艇撃墜されたからもう駄目かと……!」
「アハ、幸運だったね」
「ラッキーで済むようなことかよ……豪運どころじゃないぜ」
 スノウとファングの言う通り、ルシたちはだいぶ肝を冷やしたらしかった。そりゃそうだ。どうやって誤魔化そう……ルカは少し悩んだが、幸運ないし豪運でゴリ押しすることにした。実際生きてるんだから、奇跡としか受け取られないと信じて。
 ……これが三度四度、七度八度と続いてくると、疑われるものだが。ルカが単身生き延びたのは二度目……三度目? それぐらいなので、なんとか押しきれそうな雰囲気ではある。疑る理由もないだろうし。
「ま、生きててよかったねっつーことで……レインズたちは対処してきたよ。騎兵隊は民衆の支援に周るって確約とってきた」
「ほんと!?」
「よかったです……!」
「……あいつ、烙印は問題ないのか?」
 ヴァニラとホープは無邪気に喜んでいるが、ファングはコクーン内部のことに関心がないので、烙印の状況の話になる。ぎくり。ルカはまたしても窮地。言い訳なんて考えてないし……。
「……まあ、なんとかなるんじゃない? 私たちがファルシを殺せばさ」
「お前ほんっと適当だな? それでもほんとに付き合ってんのかよ……?」
「あ〜、あれね、別れてきた」
「……はっ!?」
「はいっ!?」
「なんで!?」
「なんでって……殺しあっちゃったし。私もこの戦いから生きて帰る自信ないし。そりゃ別れるでしょ」
「何を……何をこざっぱりとお前……挙げ句そんなやべえことを言うなよ……」
「ああいやっ君たちは死なないよたぶん。でも私ルシじゃないし」
 アハアハ笑って言うルカにファングたちの脱力は進行するばかりだ。ライトニングもため息を吐いて、
「感心しないな。私たちは少なくとも、全員で生き延びるために戦っているんだぞ」
 と言った。
 ……たしかにね。たしかに。それが希望だよね。ルカは苦笑するばかり。
「まあ、最大限がんばるからさ。それで許して?」
「……お前、なにかあったのか?」
 ライトニングが敏く気づいた。なにか。なにか、か……。
 話せば長くなる。すべて話すなら、きっと千年だってかかるだろうと思う。だからルカは、ただ笑って進行方向を指さした。




 議事堂はすぐ近くにあるように見えるのに、道は存外長かった。それだけ巨大なのだ。
 あちこちで轟音や悲鳴が聞こえている。どうやらファルシがアークを解放し、中のモンスターを街中に放ったらしかった。
「総力戦ってやつ?」
「なんですか、それ?」
「えーと……戦うときって、終わったらどうするかって前提でやるじゃない? 生き延びて大事な人にもっかい会いたいな、とか」
「はあ……」
「そういうことを一切考えない、自分がどういう状態になっても勝とうとする戦い方を、総力戦っていうの」
 まあ少し違うけど、だいたいそういうこと。結論から言えば、そういう戦い方だから。
 コクーンではそんな歴史は習わないので、ホープは首を傾げ、そうなんですかとだけ言った。やっぱりルカさんは軍人だから、いろんなことを知ってるんですね、とか。
「そうだね。そうかもね」
 そうだったらよかったのに。今はそう思う。そうだったら、こんなことにはならなかったのに。
 でも、もし、自分がただの軍人でしかなかったんなら、きっとみんな死んだろうから。
 議事堂へ続く陸橋の上に、滑り込むように到達するプラウド・クラッドを見つめて思う。
 私がただの軍人だったなら、おまえもジルも死んでしまっただろうから。それよりは、きっと、こうなってしまうほうがいいと思うんだ。
「ヤーグ。まだ戦うつもりなの?」
 答えはない。そもそも聞こえているはずがないか。
 ルカは戦闘しようとする仲間たちを押し留め、前に歩み出る。剣を抜いて、一歩、一歩。そして彼女の頭を潰しかねない勢いで迫り来る、プラウド・クラッドの前足。ルカは目を閉じる。そして、開いたときには、ひらり宙を舞い、その前足に飛びついていた。前足が引かれる、それに乗じて上空へ。空で一瞬、ルカは止まって、落下の速度にまかせて襲撃。ヤーグはそれをすんでのところで躱してしまった。
 ルシたちが我に返り、戦闘に参加する。鋭く跳ねる雷撃。スノウが放ったブリザガに足を取られたところへ、連続で叩き込まれる攻撃。プラウド・クラッドはそれでも応戦しようと砲撃を放つが、スノウとファングが前に立ち魔法の障壁を張るとほとんどの爆炎が吸い込まれてしまう。
 ヤーグはまだ諦めていないようだったが、それでも無駄だった。能力の極限まで高まったルシが六人。どうにかなるはずがない。
 そうして、プラウド・クラッドが自立できなくなって、関節部が外れる。動力が炎を吹き、いまにも爆発を起こすだろう。
 ルカは、即座に走り出した。
「ルカ! あぶねえぞ!?」
 ファングが止める声がするが、振り返りもしない。走って、走って、ヤーグがとどまっている操縦席に飛びつき、剣先を引っ掛けてハッチをこじ開ける。
 額から血を流したヤーグは、半ば潰れた機体に足を取られ、身動きができなくなっていた。
「ヤーグ、掴んで!」
 ルカは手を伸ばす。だが、ヤーグは、
「危険だ……逃げろ……」
 そんなつまらないことを言う。
 つまらないことばかり。昔からそう。ルカを思いやってばかり。もっと好き勝手に生きてくれたらよかったのに。
 そうだったら、もっと、自分だってこんなにヤーグを大事には思わなかったろうに。
「ああもうっ……! 本当にバカね、君は!」
 叫ぶようにして怒鳴り、両腕を伸ばしてヤーグを掴んだ。足を外に引っ掛けて、無理矢理に引きずり出す。ヤーグが痛みに呻いたり、離せなんて妄言を繰り返したりしていた気がする。けれどルカも引っ張り出すのに必死で、何の反応も返せなかった。
 そうして気が付いたときには、ヤーグをプラウド・クラッドから引っ張り出した後で、駆けつけたスノウがヤーグを、ファングがルカを引きずって損傷した機体から引き離していた。数瞬ののち、爆発する。激しい爆炎と吹き飛ぶ部品。ルカが間に合っていなければヤーグは確実に死んでいた。そして、スノウとファングの助けがなければふたりとも爆発に巻き込まれていた……。
「このバカッ! 死ぬ気なの!? なんでそうまでして必死になるの……!!」
「お前もだバカッ」
「あだっ!!」
 ヤーグの襟首を掴んで吠える後ろで、ファングもまた吠えた。ルカの頭をべしこん殴り、その額でヤーグに頭突きの玉突き事故で、ルカとヤーグは二人で頭を抱えてしまう。「なにすんだこのやろ!」「お前のために命がけだったのはうちらもだろうが!」「すみませんでしたァ!」
 閑話休題。ヤーグは橋の柵に背を預け、ルカはその傍らに座り込んでいる。ルシたちは気を使ってか、少し離れたところで、しかしヤーグに警戒しながら待っている。
「ハァ……ヤーグ、ほんとに、なんでそんなに必死になるの。わかってるでしょう、もう……何が間違っているかって……」
「……わかっているからだ」
 ヤーグはため息交じりに言う。グレーの目が揺れ、ルカを見た。ルカは息を呑む。何を言われるか、わかってしまった気がした。
「どうやら私たちは……誤ってお前を殺そうとしていたらしかった。理由はわからん。だが、どうしてか、私とジルは……お前を化け物だと思っていた。殺さなければならないのだと。だが、実際は、どうだ? 私たちがどれだけの……無辜の市民を殺したか」
 ルカは目を伏せる。ヤーグの服の下から血が滲んだ場所がある。ヤーグもルカも全くの無傷ではなかった。ここに至るまで、互いにたくさん傷を負った。
「化け物は、私だ……」
 ああ。
 そう思ってほしくなかった。この旅のはじまり、本当のところ、一番最初の目的はそれだけ。そんなふうに思ってほしくなかったから、パージを止めたかった。
 ルカはこの結末を想定していたから。想定していたから? なんてことだろうと思った。自分はこうなるとわかっていたのだ、最初から……。
「だとしても、生きてよ」
「……」
「いいじゃん。化け物三人組。ね? だから……生きてよ」
「お前は……」
 私を憎んでいないのか?
 静かな声だった。どんな答えも覚悟している、そういう声だ。
「憎んでるわけないじゃん。そう言うために、戻ってきたんだよ、私」
 ヤーグは目を閉じた。しばらくの沈黙。そしてしばらくして、顔を上げた。
「市民を保護しなくては……今からでも、動かなくては。見たこともないモンスターたちが街中を跋扈している……ルシの手によるものと、説明させていたが……」
「あれはファルシの仕業だよ。ルシのせいにしてる場合じゃない。というか、ルシにそんな力はないから」
「そうだな。だろうと思っていた……」
「市民の保護と移送を騎兵隊に頼んである。それと……先輩も、もう大丈夫だから。先輩と合流して、一緒にやってくれる?」
「……」
 言われたヤーグはじっとルカを見る。
「なにさ」
「お前は残酷なやつだよ」
「あんだって?」
「別に」
 ヤーグは鼻を鳴らして、腰元にくくられていた無線を手に取った。周波数を全軍に合わせる。
「……私だ。PSICOM管理官のロッシュだ。全軍に告ぐ。ルシ討伐は中止。繰り返す、ルシ討伐は中止。……以降は市民の避難を最優先に行動してほしい。騎兵隊が動き出している、協力体制を取るように」
 ルシたちにも聞こえたらしく、ヴァニラが喜びの声を上げるのを聞いた。ルカも地面に座り込んだまま、ほっと肩の力が抜ける。
 最悪の事態を免れたということだったからだ。最悪の場合……PSICOMが騎兵隊の妨害を働く可能性だってあった。そうならずに済んだだけ、マシだった。
「ただしこれは命令ではない。私個人の……希望だ」
 ヤーグが最後に付け足した言葉を聞いて、ルカは黙り込んだまま彼の横顔を見つめた。命令だろうとそうでなかろうと、彼の言葉は人を動かすだろう。言葉は掛け値なしの真実だ。そういう男だ。ルカはヤーグと殺し合ってしまった夜、彼の部下がルカを逃がそうとしたことを思い出す。
「なんかレインズといるよりずっと恋人に見えねえか? アレ」
「うん? っていうかそうじゃなかったのか?」
「ふたりとも駄目だよ、そんなこと言っちゃ……!! 秘めた恋とかそういうのかもしれないじゃない!」
「君たち言っていいことと悪いことの区別つかないのかな? ねえ?」
 茶化すファング、シドとの関わりをろくろく知らないサッズ、なぜか一人でちょっとテンションの高いヴァニラがあれやこれやと言い募るのを、ルカは振り返って睨んだ。あんまり言うとヤーグが怒るぞ。
「ねえ、ちょっとみんな先に行っててくんない? すぐ追いつくから。ちょっとヤーグと話があんの」
 ついでとばかりに言うと、ライトニングが意地悪そうな表情で見た。
「こっちもそのつもりだったさ。邪魔はしない」
「君までなんですかその顔は。ちょっと。そういうんじゃないから、大した話するわけじゃないから、ねえ」
「ルカ、いくら別れたからってすぐそういうのは良くないと思うぞ俺は……」
「スノウくん!? スノウくんまで何!?」
「ルカさんちょっと軽蔑します」
「ホープくんやめてその顔! なんでよ!?」
 なんかあれやこれやいいながら先を行き議事堂へと入っていくルシたちを見送って、ヤーグを向き直ると、変な顔をしていた。虚を突かれたような、あっけにとられたような、そんな顔。
「なに? どうしたの、君まで変な顔して。言っとくけどあれは冗談だよ」
「いや……じゃあ、別れたというのは?」
「ああ、あれはホント。さっき別れてきたの」
 ほらねと左手を振ってみると、そこに指輪のないことに気づき、ヤーグは目を瞠った。次いで、「なぜ」、そんな言葉が漏れ落ちる。本当に落ちたといった様子の言葉で、ヤーグ自身、はっとした様子で己の口元を押さえた。
 なぜ。……なぜ、か。ルカは少し考える。先程ルシたちに言った言葉は事実だ。嘘はない。本当に、あれだけのことがあって変わらない関係ではいられないと思ったからだし、生きて戻るつもりがないからだし、……それなら、早くいなくなったほうがいいだろうと思うから。シドにとって必要な女ではなくなってしまうからだ。
 でもそんなことを言っても、ヤーグは困るだけだろうと思う。
「そうだなあ……いろいろ理由はあるんだけどね。こういう状況だからさ。生きて帰ってこられるかわからないじゃない?」
「生きて戻らないつもりなのか……お前が……?」
「なにその顔」
 受けたショックと訝しむ気持ちがぶつかってそのまま表層に浮かんできたような、なんとも言えない表情でルカを見ている。ルカが死ぬなんて思えないというような顔だ。実際そうなんだろう……これまでどれほど殺そうとしても、ルカを殺せなかった側なのだから。
「私は結局、ふさわしくなかったんだよ。先輩にも、君たちにも……」
「それは……逆だろう。お前にふさわしくないのは……私たちのほうだ」
「ううん。本当なんだよ。きっと君も、本当のことを知ったら」
 事実を知ったら私を嫌いになるだろう。そう思う。今はそれだけが怖い。……そうかな? 本当にそうかな? 本当に怖いのは、そうならなかった場合なんじゃないかな?
 もしすべて理解してもルカを嫌いになってくれなかったら、そのほうが怖い。ルカはそんなヤーグたちの傍にいられないんだから。
「それで……話というのは、なんなんだ? なぜルシたちと離れたんだ」
「んー……話というか、そうだね、ちょっと待ってるの」
 言いながら、ついた膝を持ち上げて立ち上がり、左の指先を擦ってギア魔法を発動する。ブレイブとヘイストの重ねがけ。一気に身体が軽くなる。
 直後に悪臭。ひどい獣臭さが鼻孔を突いた。「これは、」ヤーグが顔を上げると同時、咆哮が聞こえ、こちらへ飛び込んでくる二匹のベヒーモス……。
「おハロー、ベヒーモス。悪いけどお前たちのメシになる気はねえんだ」
 よ、っと。敵の着地に合わせて跳躍、下がった頭を叩き潰す。いくらモンスターだと言ったって、生まれ方は他の哺乳類とそう変わらない。脳天の骨、中央部分は多少脆い。潰れる音と共に、ベヒーモスは悲鳴ともいえない声を上げて倒れ伏す。
 続けて飛び込んできているベヒーモスは、開いた口腔めがけてファイガ・ギアをぶつけてやる。身体の外側はともかく、内側は炎への耐性などない。内粘膜を焼かれてもんどり打つところに、ルカはさらにエアロガを放ち、転げた身体はそのまま橋の柵を破って落ちていった。
「……ルカ、お前は……一体……」
 ルシでないならそれはなんだ。その強さはなんだ。
 呟くように問うヤーグにほほえみを返す。なんだ、って? 君が最初に定義したんじゃないか。
「私は化け物だよ」
 君に出会うずっと前から。笑ってそんなことを言うから、ヤーグは言葉を失って、項垂れた。
「ヤーグ。ジルがまだレース場の近くにいると思うの。合流して、コクーンから逃げてほしい。正直、コクーンを守るのは難しいと思う。たぶん、落ちるから」
「それは……だが、本当に……?」
「最善は尽くすけど。コクーンを浮かしてる動力を倒さないといけないから。それから……下界に降りて、生活区域を作るのにも、早めに手を付けてほしいんだ。下界は実際のところ、ファルシが喧伝していたみたいに危険な場所じゃなかったけど、やっぱりコクーンほど安全な場所じゃないから……」
「そんなこと、本当にできるのか?」
「できるよ。君たちなら。できるはず」
 ヤーグはルカを見上げていたが、不意に、眩しいものでも見るみたいに目を細めた。ルカ、私は。呟くような声。ルカ、私は、お前のことが……ずっと……。その先を聞きたいとは思わない。聞けばルカは答えなければならないと思うからだ。そして、ルカの気持ちなんかどうだって、やはり別れは告げることになるから。無意味な痛みを彼に与えたくない。
「やめて。……ごめん、でも、やめて。今は」
「……すべて今更か?」
「そんなことより、生き延びるって約束してよ。そのほうが嬉しいから」
「……お前は……本当に、残酷なやつだよ」
「じゃあ残酷ついでに追加しよっか。……君と、ジルと、先輩が生きてない世界なら……私、帰ってこないから。だから、ちゃんと生き延びてね」
「どうしてそんなことを私に。ジルはともかく……あの男のことは、知らんぞ」
「だって先輩より君のほうが信用できるもん。でしょ?」
 またねとは言わなかった。これが最後とわかっていたからだ。

 振り向かず先を行く背中に声はかからない。
 議事堂へ足を向けるルカの表情は硬く、何も読み取らせない。できることはすべてやった。死と同時に視るヴィジョンに従い、すべてを変えた。ジルもヤーグも、シドもこれで死ぬことはないはず……。
 ルカは覚悟を決めていた。
 最後の戦いへ、急ぎ向かう必要があった。







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