死人に山梔子




 目が覚めたと思ったのに、あり得ないくらいに真っ暗だった。一瞬夜中かと錯覚して、けれど眠りにつくのだっていつも真夜中過ぎだから起きて夜中なんてことはあり得ない。それに、ルカの家はエデンの一等地で高層階。真夜中だって、下方街中を照らすライトや薄紅や薄青のネオン光が薄く差し込んで、完全に真っ暗になることはない。ぼんやりしながら、ルカは利き手を伸ばしてコミュニケーターを探した。だが、その指先が冷たい石をなぞって、ルカはぴたと動きを止める。
 部屋じゃない。ここはどこだ。とっさに手で己の周囲をひとしきり浚ってみる。手は宙を掻くばかり。何にぶつかることもなかった。

「……あー……?」

 なにか変だ。いや、なにかどころか、なにもかもが変だ。床はざらついた石で、周囲には何もなくて、人の気配もない。吐息も心音も体温もない。鍛え抜かれた神経がとっさに戦闘に備え、ルカは体を反転させうつぶせの姿勢になる。足を腹へ寄せ、警戒態勢を取る。そのまま自分の体を触って、異常がないかを確かめる……怪我はなさそうだ。動ける。
 さて、どうやって活路を開くべきか。前進しようとすると同時、波のある振動音が肌をわずかに揺らす。耳慣れた音だ。PSICOMの偵察用の飛空艇。

「近く……はないなぁ。でもあれがいるってことは、作戦地域ってことだ」

 どうも、嫌な予感だ。不意に、首の後ろを何かが這った。液体らしきそれを拭うと、濃い鉄錆の臭い。血だ。手を後頭部に伸ばすと、髪が一部べたべたに固まっている。なるほど。

「殴られて、出血して、血が固まる前にここに寝かされた……」

 クソ。わかってきた。自分の身に起きていることが。傷口の存在に気づいたとたんズキズキ痛みだす頭を支え、警戒態勢を解いて立ち上がる。ここに寝ていて、その間は無事だったんだから、この場所は少なくとも安全だ。
 武器の転送装置だけが消えている。PSICOM幹部だけが持つ高性能のチップは指先に残っていたが、ギア魔法はほとんど空っぽに近いようなので、魔法は数回しか行使できない。拳銃一つ持ってる程度の装備ということで、つまりはほぼ丸腰。上着のポケットを漁るとコミュニケーターが出てきたが、当たり前のように圏外である。
 クソ。クソが。最悪。

 気を失った原因を、ルカは覚えていた。ルカはすべてを知っている。振り返ったから。
 あの部屋に呼び出したのは“彼女”だったし、後ろから殴りつけたのは“彼”だった。

「むん……」

 私が友人に恵まれないのか、彼らが友人に恵まれなかったか、さあどっちだろう。たぶん後者。どうせ悪いのは自分だ。
 ルカは鼻を鳴らして割り切った。大丈夫。それでも大丈夫。ルカは生きているんだから、まだ大丈夫だ。
 ひとまずここにずっといるわけにもいかない。望外に転がり込んだ機会を有効に使うにしたって、事態の把握はするべきだ。

 コミュニケーターを取り出し、ライトをつける。暗闇の中を進むには頼りないが、無いよりはマシだ。とりあえず壁を目指し、そこを頼りに扉を探そう。壁に右手をついて、歩いていくと、不意に手をついていた壁が消失した。「あえっ?」ほのかな灯りがルカを照らす。扉はルカが軽く押しただけで開いてしまったらしい。ルカは恐る恐る、外に出てみる。

「やっぱり異跡だ……」

 遺跡の模様から判断するに、ボーダムのやつである。今ホットなあれである。つまりこれからパージである。ルカが気絶する前はまだ仮決定に過ぎず、議論の余地を残していたはずの、下界接触民掃討作戦が施策され、ルカはいままさにその渦中にいるのだ。そうでなきゃ、遺跡の周囲をPSICOMの偵察隊がブンブンしてる理由がない。
 でも、なんで? なんでそんな、面倒な場所にルカを送り込んだのだ? 目障りなら殺せば済んだだけのはずなのに? 普通に連れてくることができる状況じゃない。となれば、おそらく事前に異跡調査に送り込まれた先遣隊に、転移装置の片割れを持たせたのだと思う。それを異跡の適当なところに転がせておいて、ルカを後から転移させた。この推測は当たっていると思う。当たったところでなんにもならないが。

「……そんなめんどくさいことしそうには思えないのに。ジルもヤーグも……」

 わからない。わからないが、生きている以上、運はよかった。あとは次、どうするか。指折り数える。

「飛空艇がほしいな。足じゃ無理だ。まずは一度ここを出て、どうにか奪えないか……」

 まだ死ねない。死ねない理由が山ほどある。彼らに殺されるわけにはいかない。それだけは駄目だ。いったいどれだけの熟考のすえだって、君たちは絶対に後悔する。ジル、ヤーグ、君たちは私を殺してはいけない。君たちはそんなに冷酷でも強くもない。
 きっと私の存在、あるいは不在が、君たちの首を絞めるだろう。それがわかっているから。

 ルカは暗い異跡の中で不意に少しだけ強い光を見つけ、そこに寄った。それは壁の僅かな亀裂で、そこからそっと外を覗き見ると、耳が捕らえた通りPSICOMの巡回部隊が固定軌道をぐるぐる回っているのが見えた。サーチライトが時折点滅し、空気を透かして光が散った。周囲の暗がりからして、すでにハングドエッジへの移送が済んでいる。
 ルカは静かに、彼らの軌道を確認する。中心地は異跡の反対方向。母艦はパラメキアだろうが、ここからでは見えない。音がするだけだ。左舷、右舷に上下ずらしつつ交互に旋回する周回軌道は、PSICOMでは一般的な防御体勢である。とすれば、パラメキアの位置は南東で、ルカがいるのは異跡の中腹といった辺りか。

「これなら、下手に下を目指すより……上に行ったほうが、逃げやすそうだな。外にさえ出られれば、なんとか……」

 そして今防御姿勢が取られているということは、ハングドエッジで行われる下界ファルシ掃討作戦はもう佳境。できることがないばかりか、ここから出る時間が確保できるか怪しい。急ごう。
 ルカが廊下から転がり出るように、端のドアを押し開くと、とたんに広い空間に出た。ルカの出たドアは階段につながり、そして更に部屋の中央に浮かぶようにある小さなフロアにつながっている。その先にはまた階段があって、下へ続くドアがあった。そこを目指そうと思った瞬間、ルカの視界を横切ったものがあった。
 奇妙な、空を飛ぶ化物だ。なんだこれは? なんだこれは!?
 慌てて立ち止まったルカめがけて、その化物は空を駆けるようにまっすぐ近づいてくる。

「っこれは……!」

 漂う腐敗臭は、死体のもの。異の奥が酸っぱくなるような気持ち悪さが本能を揺らして教えてくれる。視線を彷徨わせれば、いくつか見当たるのはPSICOMの下級兵の軍服だった。装備の激しい損耗が遠目にも見て取れる。死んでいるのは一目瞭然だ。いきものの微動というものが一切感じられない。

 ルカは手の中でチップを擦り、ファイガ=ギアを発動させた。間近に迫る化物の羽根を即座に焼ききって、ルカの立つフロアの淵を滑り落ちて底の見えないどこかへ姿を消す。一瞬の安堵も束の間、空気を裂いて新たな化物が姿を現す。

「……ハハ」

 人間追い詰められると笑うようにできている。本来笑うという行為は暴力的なものだ。牙を剥く行為に由来するという。だから、ルカはこの瞬間も、確かに牙を剥いたのだろう。窮鼠猫を噛む。誰がネズミだ、この野郎、ってか。
 ルカはギア魔法を駆使し、残ったギア魔法を的確にその化物たちにぶつけながら走り出す。

「っもう!! もう……っなんとかしてやるんだから、なんとかしてやるんだからっ!!」

 誰に向けてかわからない強がりを喚いた。ハングドエッジ、コクーンの端も端。下界に一番近い場所。パージ政策で、ボーダムの市民と異跡を運ぶことになっていた、地獄への入り口。もう考えるべきことはただ保身というわけだ。

 ルカは階段を駆け上り、化物たちから逃げた。
 どうして×だけじゃうまくいかないんだろう。私はそれ以外欲しがってもいないのに。



 異跡の中を駆け上り、時に昇降装置を使い、時に壁の割れ目をよじ登って、最深部らしき場所へたどり着く頃には頭痛も忘れていた。シ骸であろう化け物とはエンカウントするたび脱兎のごとく逃げた。どこを殴れば効率的に殺せるかもわからない相手と肉弾戦なんて絶対嫌。
 そうして、ずいぶん走って……昇降装置を降りてすぐの階段を登った先で、ルカは少女を見つけて立ち止まる。

「……君は」

 見覚えのある、きれいな少女だった。ハイスクールに通うくらいの年齢だろうか。こんな場所に似つかわしくない、まさに普段着といったような軽装を身に纏い、ローズブロンドの髪を高い位置でひとつ結わえている。ルカ以上にこの場では浮いていた。腕に、そぐわない不吉なタトゥーが入っている以外、何の変哲もない、ただ可愛い娘だった。
 そんな少女が、まだしもたとえばおろおろと戸惑っているとか、あるいはいっそ死んでいるとかするならば、ルカも別段困りはしないのだが、彼女は床にまっすぐ横たわっている。服にも着乱れた様子がなく、誰かの、あるいは彼女本人の意図がなければそうはならないだろう。

「生きては……いるね、息はあるのか。気絶しているのか寝てるのか……」

 近付き、片膝をついて、頭の下に手をそっと差し入れてみる。ゆっくり持ち上げて検分したが、やはり外傷は見当たらない。頭を打って昏倒しているのだとしても、それなら触ればわかるだろうと思う。奇しくもルカの後頭部が熱を持ってめらめらと痛むのだ。思い出したらまた痛みが戻ってきて、ルカは低く呻いた。
 それにしても、この少女はなぜここにいる。顔を上げれば、異跡の最深部へと続く道がある。近くにファルシがいるのだろう、ルカはなんだか落ち着かない気分にさせられた。彼女の体をもとに戻し、ルカはため息を吐く。他に生き物の気配も感じないので、できれば目を覚ましてほしいのだが。

 そう思ったときだ。吹き抜け状になっている階下から、なにごとか声が響いた。男の声だ。遠くから残響も混じって聞こえたので、かなり遠くであることは間違いがない。最初の一音はうまく聞き取れず、次の音の母音だけが耳に強く残った。

「ら、ぁー……かな。二文字……名前か? エラ、シラ、……セラ? ふむ……」

 なにか起きたのだろうかと、軍人の性で下を覗きこみ、向かうべきか悩んだが、すぐに「いや今更向かってあげてもなんも助けにならないよな。やーめた」と翻した。不真面目軍人なのである。いや、向かってもいいのだが、少女を残していくにも忍びないのだ。シ骸の集団のさなかを突っ切って逃げてきたことを鑑みても、彼女が今すぐ起きてくれたとて道を戻る気にはなれそうにないから、結局保身だけど。

「……脱出口を探してんのに、こんなところにたどり着いちゃうなんて。運がないやら。……どこか別の方向に特攻かけるべきかなあ……でもなあ……」

 決めかねて座り込み、ぐずぐずと文句を言っていたら、昇降装置のほうから石がこすれるような音が聞こえた。顔を上げてそちらを見ると、人影が仄暗い階段の下に覗く。

「……大佐?」
「きみは……」

 ルカはさっと立ち上がり、眼下の女を見下ろした。ルカは彼女に見覚えがあった。警備軍の視察もまた、ルカの仕事の一つであったからして。

「確か、ボーダム治安連隊の……」
「あっ……セラ!!」

 しかし、彼女はルカの足元に倒れる少女に気づくと、ぱっと顔色を変え駆け出し、ルカになどもう視線もくれなかった。セラと呼んだ少女の傍らに膝を付き、ルカがさきほどしたのと同じ様に、彼女の体に怪我などがないかを確かめている。

「あの。外傷はなさそうだよ、さっき一応調べたんだけど」
「それはッ……その。ありがとう、ございます……」

 彼女はどう反応したものか迷っているようだった。ルカはすぐにピンときた。
 パージに際し、ボーダム治安連隊はおそらく、ボーダム周辺一帯を囲うような警備を言い渡されたはずだ。内部はPSICOMが埋め尽くしたに違いない。区域からの逃亡者が出ないよう、そして治安連隊の隊員がパージの真実に気付き蜂起することのないように。彼女は目の前にいるのだから、それに参加しなかった。であれば、仮にもPSICOMの高官であるルカと、本来いるべき場所の真反対、異跡のど真ん中で出くわすのはあまり据わりの良い話ではない。

「どう説明したものかわからんが、私はいまや、カサブランカ大佐というより、故人として扱われているだろうよ。そんなに警戒するもんじゃあない」
「……あんた、軍人なのか? しかも大佐?」

 彼女の背後をついてきていたらしい、カーリーな頭をした中年ぐらいの男が、ルカを見て問う。落ち着きのない振る舞いのせいか、なかなか年相応に見られることのないルカであるので、彼の疑問も当然であろう。
 しかし、そもそもそんな彼のことがわからない。誰だ。

「……ええと……」
「ファロンです、大佐」
「では、ファロン……軍曹だったよね。この人お父さん?」
「なぜそうなるっそんなわけが……! ……偶然行き合ってついてきただけの民間人です」

 適当に聞いたルカに、ファロン軍曹の口調が崩れる。ルカがこんな場所にいることについて、まだ困惑しているようである。
 まあ私が一番困惑してるがな!

「だよねえ。ええと、私は聖府軍PSICOM大佐ルカ・カサブランカでありました。ほんの、数時間前までは」
「は?」

 男が目をまんまるに見開き、傍らのファロンも戸惑ったようにルカを見た。

「パージ政策への反対派の先鋒を務めた結果、というか大騒ぎした結果、おそらくは最も早くパージ対象となりました。そんなとこまで急先鋒、私いつも一番槍という名の貧乏くじ引くのよねってなところです」
「つまり……反対派を抑え込むために、一番うるさい奴をパージしたってことか!?」
「まあ、そのうるさい奴が消えて、パージ政策は即時施行ということになった……みたいだし、そういうこったろうねえ。ちなみに外では、その、発砲パーン的なことが……?」
「めちゃくちゃ撃たれて死んでんぞ。俺も死ぬところだった」
「ああ……やっぱそうなったか……」

ルカはため息まじりにうつむき、片手で額と目を覆った。パージ政策の中身を決める会議に参加していたのだから、当然結末も想像がついている。

「大佐。PSICOMは何を考えているんです」
「ええと……いくつか案はあって……そのうち、最善のパターンは、異跡にボーダム民を誘導して、そのままコクーンの端まで運び、下界へ落とすっていう案だった。ちなみにベータ・C案という名称で」
「名称はいい。一番最悪なのは」
「どれを最悪と捉えるかは人によると思うけど……私は、表向きパージしたと見せかけて、ボーダム民を数箇所に集めて爆撃、死体を焼却するものが一番わかりやすい最悪と思ったかな……でも、君たちに今ここで出会っている以上、そうはならなかったわけだ。軍曹、状況を分かる範囲で教えてもらえるか。私はパージが開始されたとき、すでにPSICOMの中枢にいなかったはずだ」

 ファロンが未だに訝しむようにしながら、しかし教えてくれたことによれば、確かにルカの思う最悪の結果にはならなかったらしい。が、会議室のスクリーンに並べられたアルファ・Aからガンマ・Dまで並んだ作戦行動が、その作戦行動を“される側”にとっては大した差のない一覧であったことを思うに、最悪寄りの結果ではある。殺された後に、ただコクーンから落とされるか燃やした後落とされるかなんて、死にゆく方にとってはどっちでもいいことだ。

 PSICOMはボーダムの民衆をすべて列車に乗せ、異跡ごとハングドエッジへ移送し、そのさなかおそらくは事故を装って(のちのちの情報操作のためだろう)、うっかり異跡を取り落し民衆ごと地面にぶん投げた。それで何人死んだかはわからないが、たしかに生き残りは数名おり、彼女の見てきた限り抗戦も行われている。

「ふうん……? じゃあ、こちらとしては有り難いことに、まだ決着はついていないわけか。勝機があるかはわからないが……少なくとも、逃げ延びることはできるか?」
「有難がってる場合かよ……おたくの軍隊のせいで、何百人って死んでるんだぞ?」

 会話の中でサッズと名乗った男が呆れたように言う。ルカは顔を上げ、彼を見つめた。

「その通りだ。面目次第もない。今から私にできることは、あなたや彼女、セラちゃんだっけ? 誰にせよ生き延びた民間人を、一人でも多く、一分でも長く守ることくらいだ」
「……今更、守ってもらってもな。実際、俺が生きてるのはそこの姉ちゃんのおかげで、あんたじゃあねえ」
「では、ここからは私も加わろう。ファロン軍曹、構わないか? 私もとりあえず、生き延びねばならん理由があるんだよね」
 それでなんとかして飛空艇ひとつぶんどりたいんだよね。とは言わないでおこう。
「……構わないが、私は軍を抜けた身だ。あなたを大佐と呼んで敬うことも、決定を仰ぐこともしないが、それでよければ」
「そんなことこっちこそ構いやしない。私ももう、おそらく軍籍の死んだ身だし」
「ちょっと待てよ、俺ァいくら反対派だっつっても、PSICOMの高官なんかと行動を共にするなんざ……! あんたがもうちっと、なにか、なにかしてくれりゃ、こうならなかったかもしれないんだろ……!」

 サッズが唸るように言ったが、ファロンはそれを無表情で振り返る。

「その“なにか”をした結果、現に私達と同じ目に遭っているんだぞ。それにこいつは……言っちゃ悪いが、コネで昇進したなんて噂がまことしやかに流れてる、“PSICOMで最も影響力のない高官”だ。何かできたとは、私には思えない」
「あっはっは、面倒くさけりゃ殺して済ませちゃえる程度の人間でごめんねー。……まあでも、これは自己弁護のつもりで言うんじゃないんだけど……数時間前まで、本当に、まだ作戦をどうするか、そもそもパージ政策を行うかさえ確定してはいなかったはずなんだよね。その会議に出てたのが最後でさ。それがもう、話を聞くにハングドエッジまで運ばれてて、人が大量に殺されている……そんな準備を済ませるには、いくらPSICOMでも二日、三日はかかるはずなんだ。だからあの会議じたいが見せかけで、もうとっくに全部が動き始めていたんじゃないかと」

 それを、ルカが引き伸ばしたのじゃないか。話しながら、なんとなくパズルのピースがパチンパチンと嵌っていくような感覚を覚える。
 そうだ。すでに決まっていたことを、ルカがずるずる大声で否定して引っ張った。声を大にして言いたいわけではないが、PSICOM高官でパージに反対したのはほとんどルカ一人だ。十三名の高官のみの会議、パージ賛成が七名で五名が中立、ルカは残るたった一人だった。
 PSICOMの会議にはそういう場合がある。“反対することが許されない”会議というものが。今回はそれだったし、ルカだって、特に理由がなければいつもどおり中立を守ったはずだった。

「……じゃああんたは、何のためにいるんだ?」

 サッズがどこか、疲れ果てたような顔で聞いた。市民のために最善の選択をする、そういう意図で行われているはずの会議にて、高官の意見が意味をなさないのなら、そもそもその高官の存在意義とはなんぞや、と。
 耳が痛いにもほどがある。高給や高待遇の理由が、その職務でないのなら。
 でもルカは、軍人らしく整った姿勢のまま、彼をじっと見た。

「今は少なくとも、あなたを守るために。一人でも多くを、PSICOMに殺させないために」

 一人でも多くを、あの二人から……ジルとヤーグから、守るために。あるいは、まだ“仕事”が続いているからかもしれない。
 そう声には出さなかった。サッズがため息まじりに後頭部をかき、じゃあ守ってもらいましょうかね、と言ったので、ひとまずはへらりと笑ってみせるばかりである。





13長編ページ
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -