21


 ジルが皮肉を言って自分で笑ったり、ヤーグが渋い顔をしてそれに戸惑ったり、シドが仲の良さを揶揄したりする、そんな時間がルカの全てだった。
 何年経ってもそう思う。陰謀、災禍、誰かの都合でいろいろなことを諦めさせられたりもして散々だったかもしれないけれど、それでもルカには、学生時代の彼らとの日々が全てだった。

 歳をとって、何を得ても、何を失っても変わらないまま、私は未練がましくもただただ希っていた。そんな私を、君は笑うだろうか。




「多分あれだね、今日だけで私たち聖府におよそ五千万ギルほどの損害を与えたね」

 眼下で焦げているかつて兵器だったものを遠くに見下ろし、ルカが言う。右翼甲板から直接敵の首領の場所には行けないと説明したら、ファングとヴァニラが空を飛ぶ兵器をひっ捕らえ、その背に乗って司令室へと強襲をかけることになったのである。まさか兵器の背に乗る日が来るとは思っていなかったルカだった。

「何をいまさら。お前が一番破壊してるんじゃないのか」
「そんなバカな。私が相手してるのは生身の兵ばっかりですよ」
「つまり兵のほうがコストが軽いのか?」
「せやで」

 ライトニングとなかなかにおかしな会話をしながら反対側の甲板に降り、壁を爆破して艦首通路へと侵入、ルシ達とともに駆け抜ける。司令室へと繋がるブリッジの入り口に立ち、ルカは銃剣を引き抜いた。
 扉が左右にスライドして開く。ルカはルシ達を手で制止し、先頭を歩いて中へと入った。

 バルコニー状に張り出した中二階に構えた玉座じみた悪趣味な椅子に腰掛けるダイスリーを、まずそれと見てから、傍らの彼女を見た。少し顔色がよくなかったが、薄い微笑み、すっと伸びた背筋、美しい容貌は変わらず彼女のものである。

「ジル」

 名前を呼ぶと、彼女は眼を細め、ルカを見下ろした。その目には侮蔑がありありと滲んでいる。

「そう、のこのこと来たわけね。無事そうじゃない? ヤーグにはあれだけ大怪我をさせておいて」
「茶番はいいよ。君がヤーグを心配するわけがないじゃない」

 非難めいたことを、ルカは笑って言った。どうやらかなり限界が近いようだなと、彼女を見て思う。付き合いが長いだけのことはあり、顔色が僅かに翳っていることをルカは見逃さなかった。
 目を細めたルカの気遣わしげな視線を振り払うように珍しく品無く「ふん」と鼻を鳴らし、ジルはバルコニーから飛び降りた。平然とルカの間合いに入ると腰の鞘から刑罰杖を抜き取り、ルカに向けて構える。

「閣下、急ぎ退避を。時間を稼ぎます」
「……退避するのは、君の方だ。いや、退場かな。人間の出る幕は終わったよ」
「閣下……?」

 意味のわからない台詞に、ジルはダイスリーを振り返ろうとした。けれどそのときには、彼女の正面に立つルカには事態がはっきり見えていた。ダイスリーの手の中で魔法が発動しようとしているのが。
 だからルカは、すぐさま走り出した。考える暇など一瞬もない。早く早く彼女の元へ到達すること、それだけだった。己の前後で起きている何事かに混乱し足を止めてしまったジルに向かって降る、真っ白な魔力の塊が、どうか彼女にほんの一瞬でも触れませんようにと。
 ほんの数メートルがルカには永遠のように感じられた。

 その白い光が落ちてくる一瞬前、ジルは今まで見たことのないくらいに取り乱した親友の顔を見た。




?×××、<Etro>

 暗い浜をいつから歩いていたのか、“私”にはまったく定かでなかった。冷たい水に足を曝し、“私”は呆然と歩いている。死者の葬列が遠くに霞み、俯く彼らに“私”は見えないもののようで、こちらに気づく兆しさえない。
 憐れむ心はとうに死んでいる。うんざりしている。もういやだ。“私”はゆっくりと、彼らに背を向け、真っ黒な海へと足を踏み入れた。足先からどんどん冷たくなる体をいとわず、“私”は海へと沈んでいく。浮力のないその海の奥底へと体は深々沈み込み、何も見えなくなる。
 何一つ。
 吐き出す空気が音を立てて昇っていく気配だけ。

 早く戻らなければ。緑の目が涙に溶けて消える前に。
 ■■■。ー、ル。名前を呼ぶ。叫ぶ。答えは無い。もうきっと生きてはいない。それでも“私”は、生と呼べない生を続けるほか、ないのだ。

 扉に足先が触れる。
 “私”の肺が水で満ちる頃、暗い世界は掻き消えた。

<Etro/Yeul=■■. restarted.....Errrrrr Code 0000---...>




 全身に電気が走るような、一方で焼けているような、あるいは凍りついた後のような奇妙な感覚があった。目覚めと同時にルカはそれを感じた。
 そう、ルカは目覚めた。ほんの短い間意識を失っていたようだ。奇妙な感覚が全身を支配しているが、問題なさそうだった。嘘のように痛みがない。

「ウ……う……」
「……うそ」

 肘を立てて体を起こす、その下にジルの美しい顔がある。彼女は真っ青に青ざめ、ぶるぶると震え、取り乱しているようだった。

「ぶじ……?」
「あ……ああ……どういうことなの、なんなのよあんたは、一体なんなの……?」

 ジルが怯えている。ルカはそれが可哀想で、少しでも安心させたくて、彼女の頬を撫で、大丈夫だよと言う。けれど彼女はそれにも怯えるように身をすくませるばかりだ。

「なんで……? 今、ルカ、死んでた……」
「……へ?」
「数秒だけど呼吸も脈も完全に止まってて……私、なにも、できなかったのに」

 なんで生きてるの? なんで、私を庇ったの?
 ペリドットの目が揺れ滲む。

 ルカは答えに窮した。けれどとっさに、「奇跡だよ」なんて言ってしまったあたり、存分にルシ、主にスノウに毒されている。

「ジルが私を殺したくないって思ってるから、奇跡が起きたの」
「う……あ……でも、そんな……私は、違う、私はあんたを殺さないと……!」
「たとえ殺したいんだとしてもさ、私達の間にあるものがそんなに単純なもののはずないじゃないよ。ね。だから、いいから、逃げて。また話そう。一人でいいから、他の人間なんか誰ひとり構わなくていいから、逃げて」
「何を……私が、敵前逃亡なんてするわけが」

 いいから逃げて。ヤーグはここにいないんでしょう。ならあなた以外のものなんていらないから、全部私が沈めてしまうから。

「それを咎めるやつなんてこれから全部殺してやるから。大丈夫だよ、逃げて。エデンに行ってヤーグと合流して、聖府からも逃げて。こんなことにいつまでも巻き込まれてちゃいけない」

 体を起こしてジルを背に庇い、ダイスリーを睨む。

「大丈夫、私が絶対、二人を殺させたりしない。私が生きている限り手出しなんてさせないんだから。だから、ほら、早く行って!!」

 片手間に、阿鼻叫喚して逃げようとするオペレーターの一人をすっ転ばせ、ジルを連れて下がるように言う。いいか、ジルに何かあったらお前の命はないものと思え。答えられずどもりながらも、オペレーターは言われたとおりジルを連れて出ていった。その背中を横目に見送り、ルカは放り出された銃剣を拾う。「ルカ!」心配そうなヴァニラが近くへ駆け寄ってきていて、腕を掴んだ。回復魔法を、なんて言われるが、痛いところの一つもない。

「おい……!!」

 いつの間にか近くにいたサッズが震える声でルカに怒鳴る。「なんで中佐を逃した!?きっとすぐファルシに伝わるってのに!!」そういえば、彼の息子の件の責任者はジルだった。ならば彼はジルの冷酷無比な一面、否大部分をはっきりその目に焼き付ける羽目になったはずだ。ならば彼女を殺したかったろう。
 ルカはにたりと笑って、サッズを睥睨した。

「あの子を害するならお前もころすぞ」
「……は、」
「それにファルシにゃ、もうとっくに伝わってる。だよなあダイスリーの爺さん」
「……ふはは、そうだ、お前は聡い娘だった。昔から」
「目の前で魔法ぶっ放しといて聡いもなんも。っていうか、昔から? ほお、そうか、つまりお前だったのか。私をここまで運んだのは」

 ダイスリーは口元を緩め、杖の先端を、腰を抜かして部屋から逃げられずにいる数名のオペレーターに向けた。するとやはりそこから真っ白な光が放たれ、光を受けた男は声一つ上げることもないまま床に倒れ、動かなくなった。他にも数名残っていた逃げ遅れた面々を同じく軽快な仕草で殺していく。途中、我に返ったスノウが叫びながら止めに入ろうとしたが間に合わず、オペレーターは全員が無残に殺されてしまった。

「てめえ!! 人間を、人間をなんだと思ってやがる……!!」
「道具以外のなんだと言うのだ?」

 ダイスリーが笑っている。「コクーンとはファルシが築いた工場だぞ。人間という道具を大量生産するための」彼の笑顔を、ルカはさほど見たことがない。いつもだらりと垂れた頬の肉を動かさず、ファルシの命じるがままに動く機械のような老翁だと、ルカにはそれぐらいしか彼への印象がないのだ。
 だが、先程から繰り返される魔法は、ファングがパルムポルムで使用していた“ルイン”魔法だろう。特定の属性を持たない魔法で、ただ強い衝撃を与える魔法。問題は、先述の通り“ルイン・ギア”などという魔法がこの世に存在しないこと。無属性魔法など人間が使うには弱すぎる。だからルカはそれを使用できない。
 けれどいま放たれたそれは、かなりの高威力で、ルカ自身(ジルは死んでいたと思ったようだが)気絶したし、オペレーターたちを即死させている。ギア魔法だとは到底思えない。

 ルカをかばうように立ったスノウが低く唸り、怒鳴る。

「ファルシの好きにはさせねえ!!」
「人間だけで、何ができる? 管理してやらなければ、死に突き進むしか能がない。お前たちも見ただろう? ルシの恐怖に駆られた愚民共を?」
「ルシの恐怖を煽ったお前自身が、ルシだったとはな」
「……ルシだと?」

 ダイスリーはライトニングが吐き捨てるように言った言葉に眉を顰めると、一転して嘲笑し、「この私が!?」叫んだ。「私がルシだと!見縊られたものだ!!」ダイスリーはまるで体重などないかのように、ゆっくりと宙へ浮かんでいく。高笑いが部屋中に響いている。ルカの背後で、コクーンに幸運を運ぶと言われているダイスリーのペットのフクロウが飛び立った。
 歩行のために持っているのだと思っていた杖を空中のダイスリーが高く掲げると、閃光弾のような眩しい光が溢れ出し、ルカ達の視界は一瞬以上奪われる。

「私はファルシだ。バルトアンデルス、聖府を導き、コクーンに君臨するファルシの王。闇を恐れる子供に火を与えるように、民衆の意思で我らはパージを断行したのに。大いなる導きを妨害する、その浅はかさを思い知れ!」

 ガスみたいに魔力が吹き出すのが見えた気がした。ルカに感じ取れたのだから、ルシたちにはもっとはっきりわかっただろう。そして直後、現れたのは顔、顔、顔。顔が五つ。人間の体躯ほどもある巨大な顔が中央に、その四分の一程度の大きさの顔が左右に二つずつ並んでいる、明らかな化け物がそこにいた。生き物だ。大量のパーツが折り重なるようにして繋げられている様はまるで巨大な機械のようなのに、一見して生き物だとはっきり思える。その疑いのなさが、もはや奇妙だ。
 誰かが息を呑むのが聞こえた。ルカは目を細める。この不気味な化け物は明らかに“格上”であった。

「ふん、ばからしい。この期に及んでそんな大嘘をつくなよな」

 けれどルカには怖くもなんともなかった。もうここにジルがいない以上、相手が敵の親玉ならば、最低でも刺し違えればいいということ。

「パージと民衆の意思なんて何も関係ない。そうだろ。お前の考えてることはわかるぞ」
「ほう?ならば何が目的だというんだ。言ってみろ」
「真相なんて知らないよ。でも、なんだろうな、お前は本当のことなんてまだ一つも言ってないんだろ。そんな気がする」
「……ふむ。どこまで堕ちても、お前はお前というわけだ。興味深いな」
「やっぱり……やっぱり、私は、お前の駒なんだな」

 それは予想していたことだった。もう十年も昔から。
 シドがルカに告げた通り、コクーンで起こる不可思議な事象は、全て裏にファルシが潜んでいる。ルカの行く末来し方にも、きっとファルシが絡んでいるのだとわかっていたから、だからこそシドはルカを選び、手許に置いたのだ。

 なんてこった、それじゃこいつは恩人じゃないか、ってか? ならばせめて、苦しめずに殺してやろうか。なーんて。

「あんたに会えてよかったよ。コクーンのファルシの王だって言うなら、コクーンのことは全て知っているはずだな」
「そうとも。全てのコクーンファルシは私の支配下にある」
「……誰かと一緒に生きるなら知らなくてもよかった。でもそれが無理かもしれないなら、きっと知るべきなんだ。だから、どうにかしてあんたから全てを聞き出すべきだ」
 そう理性が言っている。ような、気がしている。

 振り抜いた銃剣をルカは構えた。光が反射し、ルカの目が煌めく。

「でも今もっとも重要なのは、テメーがジルとヤーグの精神に干渉したこと」
「愚かなものだな。自分が切り捨てられたのはファルシに操られているからだと本気で思っているのか? 私はただ、少し背中を押しただけ。もともとそれぞれがお前を疎んでおったわ」
「……素地があったことは、よくわかってる。だから、彼らが彼らの意思のみでそれを選んだなら、それで構わないんだ。でもそうじゃない」

 ルカは、シドの共犯者であるという立場と、ジルとヤーグの友人である立場、両方守り切ることはできなかった。もともと器用なたちではない。シドのために情報を流せば確実に二人に気付かれたし、ジルとヤーグに阿ればシドが必ず介入した。そうやって、ルカは少しずつ居場所を失くした。
 どちらか一方なら簡単だったのかもしれない。それでも、彼らの友人でいたかったし、彼の味方でありたかった。

「だからお前を虫の息になるまで叩き潰して、それからゆっくり聞かせてもらうとしよう」
「ふ、ふ、ふ……本当に愚かしい。それだけ気付いているのなら、そもそも全てが作り物だと気がついてもいいものを」
「……はあ?」

 ルカがダイスリー、バルトアンデルスを睨んだときだ。宙に突然、白い光の球が浮かび上がり、またもルイン魔法がルカを目掛けて放たれる。とっさにファングがルカを掴み後退し、魔法は轟音と共に床を円形に凹ませて霧散した。続けざま放たれた魔法は後方のホープを狙い、彼が避けた先のドアに衝突し、やはり変形させてしまう。もう外に出ることもできなくなった。ルシたちは武器を振りかざし、ホープとヴァニラの魔法が皮切りになる。
 紫電を撒き散らすサンダガ魔法をくぐり抜け、ファング、ルカ、ライトニングが三方向から斬りかかる。プロテス魔法でもかかっているのか、硬い皮膚は全く攻撃を通さない。「硬いッ……!ファング、ヴァニラ!!」ライトニングが怒鳴るように言うと、すでに動き出していた二人がジャミング魔法を展開する。それとほとんど同時に、サッズとホープが味方能力の底上げに入った。腕に籠もる力が強制的に高められる感覚にルカは短く息を吐いた。
 十年以上の時間が魔法一つに塗り替えられていく。ルシの魔法が何もかもを凌駕するなら、その根本を司るファルシにルカが勝利することなど、所詮不可能なのかもしれない。ルカは指先を擦り、ギア魔法を発動させる。まるでルカの怒りを反映させるかのように冴え冴えとした青い炎が吹き出し、ルカの銃剣に纏わりついた。

「よくもジルを、ヤーグを、あの人を追い詰めてくれたな……!」

 不可能ならそれでもいい。意味などなくても構わない。いずれにしてもルカはいまここで武器を取らずにはいられなかったのだ。
 ライトニングが深々切り裂いて、バルトアンデルスの体が裂ける。ルカはその好機を逃すまいと、炎を纏った剣を振りかぶり斬りかかる。ルカの渾身の一撃が、その隙間目掛けて突き立てられた。手応えは確かにあった。
 ルカは転送装置の一つを体をねじって叩き、対物ライフルを引きずり出す。体が地に落ちる前に、装填済みのそれでトドメの一撃を浴びせる。
 コクーンで最も強大な魔物ですら一撃で弾け飛ぶほどの威力だ。バルトアンデルスの体も深々抉られ、破片が飛び散った。

 何度も魔法を浴びせられ、少しずつではあれど体力が削られていることを自覚していたらしいバルトアンデルスはそれでついに限界を感じたのだろうか、「頃合いだ」そう呟いた。五つの口角をそれぞれぐにゃりと歪ませ、化け物は笑う。

 そして、ルカはその刹那、視界が縦にひび割れたかのような錯覚を覚えた。視界の大部分を占めていたバルトアンデルスの体が割れたのだ。そして直後、バルトアンデルスはクリスタルの粒子となって、空気に溶けて霧散する。
 消えてしまったのかとルカは舌打ちをする。まだ聞きたいことがあったのにと。失望を覚えながら振り返る間際、サッズがため息を吐いた。

「聖府の親玉がファルシたぁな……」
「じゃあ、聖府を操っていたのはファルシ=エデンじゃなくって……?」
「言ったはずだ。私が王だと」

 ホープの言葉を継いだのは、たった今倒したばかりのバルトアンデルスだった。ダイスリーの姿かたちを取り、玉座の前に立っている。まるでたった今の戦闘など存在しなかったかのような、余裕の笑みさえ浮かんでいる。

「そう簡単にファルシにゃ勝てねえってか……!」
「勝てないのではない、勝とうとしていないのだ。お前たちは、ファルシに勝つ方法を既に知っている」
「やかましいなクソ」

 ルカは目を細め、銃剣を転送装置に落としてから左手に構えた対物ライフルを装填し直し、人型を取っているかつての上司、バルトアンデルスの頭を撃ち抜いた。割れたざくろのように頭は弾け飛び、一応彼にまともな肉体があることはわかったが、その体はすぐさま修正され元に戻る。彼はルカを見てにたりと笑い、「魔獣ラグナロク」と呟いた。
 ルカはそんな言葉を知らないため、変わらず銃口を掲げて彼を睨んでいる。化け物が、そう舌打ちすることも忘れない。ただ、他のルシたちは何か心当たりでもあるのか表情を曇らせた。

 その隣で、痛むらしい腕の烙印を押さえながら、ファングだけが声を上げる。

「ラグナロク? なんだそれは」
「使命を忘れた愚かなルシに、教えてやろう」

 ファングの言葉に笑みを深めたバルトアンデルスは、ルシたちを嘲るような目で見下ろしている。

「おまえたちの使命は魔獣ラグナロクとなり、コクーンを滅ぼすことだ。お前たちの誰かがラグナロクとなり、ファルシ=オーファンを倒してコクーンを破壊する」
「ファルシ=オーファン?そんなファルシ聞いたことねぇぞ」
「ファルシ=エデンの力の源だ。オーファンの力をエデンに供給し、その力でエデンはすべてのファルシをまかない人間を養ってきたのだ。オーファンを破壊すればその力は暴走し……コクーンは崩壊する」

 導体の中を力は奔流となって流れている。それを途中で叩き切るさまをルカは想像した。動力はどんな形であれ、コントロールできなければ危険なものだ。

「つまりラグナロクになって、オーファンを壊せば……」
「使命は果たされるだろうな?」

 にやりと笑うバルトアンデルスに、ファングが唸る。ファングにとってだけは、その使命はさして恐ろしいものではなかった。なにせ、彼女にとってコクーンは故郷でもなければ、友人の住む地でもない。
 しかし、他のルシは気付かない。他のルシにとっては、コクーンは守るべき地だ。ライトニングはその侮辱を許さず、食って掛かった。

「ふざけるな、与えられた使命など!!」
「セラは『コクーンを守る』ことを願ってクリスタルになった。だったら、俺たちの願いも同じだ! 俺たちは俺たちの願いに従って、クリスタルになってみせる!!」
「愚かな!! その娘の真の使命を教えてやろう!! お前たちが集まり、娘はクリスタルになった。ならば使命は、お前たちを集めることだ。ラグナロクになりうる道具を集めるための囮に過ぎん! ……どうした? 考えもしなかったか? それとも……考えまいとしていただけか?」

 スノウの喉がヒュッと鳴ったのが聞こえた気がした。それはルカが当初提言したことだった。思えばルカは所詮ルシではなく、シ骸になる可能性もなく、使命というものについて当時から最も楽観的だったのだ。だからおそらく、誰もが薄々気付きながらも口にできなかったそれを平然と言葉にできてしまった。

 ふと、高い金属音めいた異音がし、ほぼ同時、艦が大きく揺れ動き始めた。足元がふらつく。オペレーターはただの一人もこの場におらず、狂った軌道は修正されない。

「真実を拒むのなら、現実を見せてやろう」

 まっすぐ立つことすら困難な中、ダイスリーの声が反響して何重にも響く。ルカの隣を、あのペットのフクロウが旋回するように飛んだ。飛びながら姿かたちを変容させ、ルシたちの目の前で軍用艇になって床に降り立つ。見覚えがあった。ビルジ湖から逃げたときに置かれていた、あの軍用艇そのままだ。
 つまりあれは、軍が放置したものではなくて、このフクロウが化けていたということ。最初から何もかもが、このファルシの陰謀だったことは明らかだった。

「逃げ延びて、現実を見るがいい」

 ダイスリーが杖を降ると、壁が一部、まるで何もなかったかのように掻き消えた。それだけのスペースがあれば飛び立てることに間違いはなく、この軍用艇で逃げろと示唆するものだとわかった。それだけ示すと、ダイスリーは空気に溶けるかのように、先程と同じく霧散して消えた。霧になって消えてしまうようなファルシを一体どうしたら殺せたものかとルカは歯噛みしたが、また艦が大きく横揺れしたのでそれどころではなくなる。
 どうやら迷っている余地もないようだ。ライトニングが舌打ちをする。

「行くぞ!」

 ルシたちは、ビルジ湖から逃亡したときと同じく、軍用艇に体を滑り込ませた。前に道は一本しかなく、戻ることもできはしない。たとえ手の上で踊らされているとわかっていても、進むしかなかった。



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