19


 暗闇の中で目を覚ました。少し寝ていたらしい。執務室に繋がるドアが開いている。ベッドに投げ出した体を起こし、ルカは寝ぼけた眼を擦る。向こうから音がするので覗き込んでみると、シドが己の机に軽く腰掛け、何事か思案していた。

「先輩」
「ん、……ああ、起きたか。眠っていて構わんぞ」
「そういうわけには。事情も聞きたいし。それと……久しぶりですから」

 それとなく水を向ければ、シドは苦笑した。こんなときだぞ、なんて言うが、こんなときだからこそとも思う。いつが最後になるかわからない。
 シドはナイトキャップのウイスキーを舐めていたらしい。ルカはそちらに歩いていって、シドの椅子に座り自分の分を注ぐ。前回見たときからかなり減っている。前はあまり酒に頼らなかったことを思うと、悪い変化だ。

「サッズとヴァニラはやっぱり、敵方に捕らえられちゃったんですね。私が向こうについていけばマシだったかな」
「君にそれはできないよ。こちらのほうがPSICOMの人間を殺しそうに見えたんだろう?」
「ええ。こういうこと言うとやべーサイコパスみたいですが、“誰を殺すか選べる状況”にいないと、落ち着かないです」
「その状況、聞く限りでは全く落ち着けそうにないがな」

 シドが苦笑する。まあ、ルカとしてもどちらかといえば、という程度の話だし。

「それで? ジルはなんて? 明日にでも公開処刑とか予定組むんでしょうかね」
「……さすが。彼らの行動を読ませたら右に出る者はいないな」
「それしか自慢できることがないんですよ私の人生」
「悲しいことを言うな。……ともかくそういうわけだから、明日の攻撃が最後の機会と思っていいだろう。失敗はできないな」
「あなたが失敗したくないのはクーデターのほうでしょうに。なんならルシは、美しく死んで残りの仲間の鼓舞になるなら悪くねえな、ぐらいに思ってるんじゃありません?」
「寝起きのくせに飛ばすな。……まあ、遠からずか」

 認めちゃうんだそこ。ルカは呆れながら、シドの机の右側の引き出しの一番下を開け、奥から小さな缶を取り出した。ルカがせっせとつまみを隠している缶だ。元はルカがノーチラスに遊びに行ったときの土産の缶に過ぎず、入っていた甘いだけの菓子はシドが一つ齧って顔を顰めたので笑ったルカが全て食べた。
 缶を開けて銀紙で包まれたチョコレートを口に放り込む。ルカはついでにシドの口にも放り込み、やはり渋い顔をされたので笑った。たまにしか食べないせいで、甘いものを口に入れるとシドはいつもこうなる。

 私がいない限り、あなたはこの缶を開けることがないから、あなたと一緒にいるときだけでも、この缶を開けなければと思っている。そういうことをひとつひとつやって、あなたを人間に近づけようとしている。

「明日、どうしても行くのか」
「ええ。行かにゃいけません。ジルとヤーグのことがあります」
「彼らも、あれだけ君の本気を見れば、殺そうとはしないんじゃないのか。そういう意図も、あったんだろう? 彼らが、あの二人の殺害をためらうようになるだろうと」

 シドに言われて、ルカは舌を出す。「てへ」「相変わらず悪知恵しか詰まっていない頭だな」「まあでもそんなのはオマケですけどね」。ヤーグとの間にあったことは、演技でもなんでもない。ただの経緯があって、結果があっただけだった。

「でも、身を守るために仕方なく殺すことはあるでしょう?」
「それならば、文字通り、仕方ないだろう。君にもそれは変えられない」
「私は……たぶん、ジルかヤーグ、あるいはふたりともを殺さなきゃならないとして……それがほんとうにどうしようもなく、徹底的にどうにもならないのなら、たぶん、受け入れないことはないんですよ」

 シドは意外そうに眉を顰めた。ルカは微笑む。

「ただ、そのときは、せめて心中するだろーな、とは。他の誰かが彼らを殺すなら、どんな理由があったって、私は報復してしまうでしょうね。それを避けるためにも、私は行くべきですよ」
「……あのな。さすがにな、面白くない」
「ふふふ」
「怒るぞ」
「ふふんぅふっふ」

 ルカは肩を揺らして笑い、シドは短く舌打ちをした。ルカにいいようにされるのも、相当に面白くないんだろう。それがわかっているから、ルカも機会を逃さないだけだ。

「それで、突入計画は明日話すんですか?」
「ああ。といっても、君が行くなら計画もなにもない。パラメキアの設備はほとんど頭に入っているだろう」
「それぐらいわかってんだから、向こうも変化球を出してくるんじゃないですかねえ」
「どうだろうな。君の戦争屋としての能力を知らんだろう、彼らは」
「人をとんでもねー呼び方しないでくれませんかね?」
「他にどう表現すべきだ。殺し屋? キリングマシーン?」
「いや、だから……もういいわ。もうなんでもいい。いいからもう、寝ましょうよ。戦術の話もしないんなら、今日起きてる必要ないんでしょ」

 ルカはシドの腕を引き、ベッドへ誘う。寝間着はないので、シャツを脱いでズボンを洗濯カゴに放り込む。素早く下着一枚になってスリッパを脱ぎ捨てベッドに身を投げると、ベッドサイドの引き出しに手を伸ばす。シドが読むのだろう文庫本が数冊の奥に、硬いプラスチックの箱があって、避妊具の袋がいくつか入っていた。ルカは箱ごと取り出し、中身をベッドの上に出す。

「いちに、さんし。……ふむ、減ってないですね」
「なんのチェックだ」
「そらもう、私以外と使ってないかのチェックに決まってんじゃないですか」
「こんなときにそんな心配をするか? なにか不安になることでも」
「ないですけどね。どぉ〜せあなたみたいな人とまともに付き合えるの私ぐらいでしょ」
「そっくりそのまま返すぞ」
「あんだとコラ」
「自分の売った喧嘩だろうに」

 一つだけ残して避妊具を戻していると、シドが後ろから覆いかぶさるようにして触れながら、「こんな日なのにするのか」と少し呆れたような声で言った。さっきの問答の繰り返しだ。

「こんな日も何もないでしょ。それこそ今生の別れかもしれませんよ」
「やめなさい、縁起でもない……」
「はは。まあ、そういうつもりは、今はないけど。……それで、しないんですか?」
「別にそうは、言ってない」
「すけべ。えっち」
「ほう?」

 ルカの顎をがしりと掴む大きな手。背後の男に身を委ねる。これも最後なのかと思えば、惜しくもなる。思えば付き合いは長いのに、彼は空から降りてこないしルカはルカで忙しかったから、一緒にいた時間は総計しても一ヶ月にも満たないかもしれない。今更全てが惜しい。

「もっと一緒にいればよかった。こんなことになる前に」
「……それは」

 誰のことを言っている?
 シドに問われて、答えに窮した。ジルとヤーグにも言えることだったからだ。
 ここ一年ほどで、彼らとの関係は一気に悪化した。ルカはシドに情報を流したし、ときに便宜を図った。それぞれ隠蔽はされていて、表向きはルカの失態にしか見えないけれど、あの二人には常に疑われてきた。結果的にPSICOMが損をして、警備軍、とりわけ広域即応旅団が得をした、そういうことが多すぎた。シドはルカと彼らの関係性など考慮しない。もっと大きなものを見ているから。

「別に、どっちでもいいじゃないですか……どっちでも、あなたには……関係ないのに」
「そんなわけないだろう。私のことであればいいと思うくらいには、私だって君が惜しいんだ。君との全てが」
「じゃあもう全部止めて逃げましょうよ」
「……それが叶うなら、それもよかったかもしれないな」

 嘘だ。否、嘘だと思いたかった。ルカは己の心を守らねばならないから、シドの全てを信じるような、そんな危険が侵せない。
 だからそんなことを言わないで。

「ふ……」

 ルカは目の奥が熱くなるのを感じた。今日だけで何回泣くんだ、情けない。

「泣くな。どうしていいかわからなくなる」
「先輩だけですよ。あなただけなの」
「そうだな。君が人前で泣くのは、全く、いつになっても私の前でだけだな……」

 ルカの全てなど知らないくせに。まあいい、己も彼の全ては知らない。
 教えてやることも、教えてもらうことも、生涯無いに違いない。

 熱い腕に絡め取られ、後ろから抱え込まれた胸が窒息しそうに溺れる。髪がベッドから垂れ落ちる。「はあッ、」爪がシーツを引っ掻いた。シドはルカに逃げろと言う。こんなことに巻き込まれる必要はないのだと。ルカの心一つではないかと。確かにそのとおりだ。

 シドもジルもヤーグも、何もかもどうでもいいって思えたなら、ルカは今すぐどこへだって行けた。

 逃げられないのは本当はシドのほうだった。よくわかっているから、ルカは己のものよりずっと大きい彼の手を握った。



「普通容赦しません?」

 終わって、どちらのものとも知れぬ体液を流すために、さっさとシャワーに行ってしまったシドが戻ってきたので聞けば、彼は本気で何を言われているのかわからないという顔をしてみせた。シャワーに連れて行こうかという申し出を拒否したのはルカだったので、一人でさっぱりして帰ってくるのはいい、問題はその手前の話だ。

「何が」
「いや、だから、私が明日からどこに行くのか知ってますよね」
「行くなと言ってるだろうが」
「そういうことなの!?そういう意思表示だったの!?」

 行為中の嫌を聞いてくれないのは普通だけれど、今日はいつにもましてしつこかった気がした。さんざん鳴かされた喉が乾いている。シドが差し出してきた水を飲み、ベッドにもう一度沈んだ。
 シドが隣に横たわると、更に重たくベッドが凹んで、ルカの体はそちらに転がってしまう。「ぎゃあ」まんまと抱き竦められ、変な悲鳴が出た。シドが後ろで喉を鳴らして笑う。

「もう眠ろう。すぐ朝が来る」
「なんだか、……一生こうしてたいんですけどね」
「そうだな。そう思ったときもあった」
「さっそく意見の不一致。こりゃ別れもくるわ」
「そんなこと、言わないでくれ」

 今日のシドはどうにも感傷的で、ルカには難しい。すがりついて目を閉じるとすぐに深い眠気が来た。海を沈んでいくような気配だ。シドと眠るときはいつもそうだった。
 眠りに落ちる一瞬、ヤーグの声を思い出した。ような気がした。



 そして普通に寝坊をかました。目が覚めて、起きるべき時間より一時間は遅かったので肝が冷えた。急いで服を着て装備を確かめ、髪を結び部屋を飛び出す。ルカが起きるべき時間は、つまりシドも起床したはずの時間なので、起こせばいいものを放置されたわけだ。本気だったのかよと舌打ちしながら、リンドブルム内を走ってルカは司令室へ向かう。梯子を駆け上って飛び込めば、そこにはシドとルシたちがいて、何やら言い争っているところだったようだった。

「せぇんぱいぃ〜……? 放置しますか普通!? 行くって言ってんじゃん!」
「……起きたか」
「ご丁寧にアラーム全部止めてったな!? そこまでするか!」
「するに決まっているだろうが、昨日の会話をなんだったと思っている!」

 シドが珍しく声を荒げるので、驚いてルカは固まる。リグディもびっくりしていた。

「本気だったんですか……」
「……本当に、信用がないな」
「そらそうだろ胸に聞け……」
「言っておくが私が軽んじているのはナバートとロッシュのほうであって、君じゃない」
「だいたいおんなじことなんですよそれえ! ……ああ、もう、本当にわかりにくいな」

 ルカがさっと視線を動かして見れば、筆頭で言い争っていたファングが「やっぱりお前の意思じゃなかったんだな」と言った。

「お前は行かないって言うから、揉めてた」
「まー……自分で言うのもなんですけど、仲間甲斐のない私のためにどうも?」
「これからPSICOMに乗り込むっていうのにPSICOMの人の助けがあるかないかって大きな違いだと思いますよ」
「あ、なるほど、そういう理由ね。うん、まあそうね。突入作戦はどうなってたの?」

 乱雑な髪の結び目を結び直しながら、ルカが聞き直す。リグディが代わりに説明をしてくれる。外翼から入って進み、サッズとヴァニラが捕らえられていると思しきいくつかの場所を回りただちに脱出する。過程で可能な限りPSICOMの兵器や司令官を突破することが望ましい。脱出後は待機している騎兵隊が引き受け、逃亡する。

「その後でエデン侵攻の予定ですか。なるほどねえ。結局、ファルシ=エデンを殺さないといけないんだよな」
「それが最終目標だなァ。お前らはそのための最大級の駒だから変なところで倒れられちゃ困る」
「駒って言われて喜ぶのお前らだけだからな。性癖押し付けんなよ」

 リグディ並びにシドの部下一同へ満遍なく喧嘩を売りつつ、ルカは少し考える素振りを見せる。それから、リグディが持っているパラメキアの図面に手を伸ばした。

「ちょっと通路の位置とかが違う気がするんだよね」
「……なんだと? 潜入してるやつが作った最新版だぞ」
「それ一ヶ月前とかでしょ。パラメキアはファルシなだけあって体内構造は結構簡単に変えられる。そのうえで言うけど、警備の硬い営倉に二人が捕まってるっていうのは、違うと思う。どうせ制圧できないルシを、人員配置して捕らえるなんて馬鹿な無駄は働かない。だったら、厳重な鍵と監視カメラでの監視に絞りそうなものじゃない?」
「……」
「なんすかパイセン、その渋い顔」
「お前がそれっぽいこと言ってるのが不気味……」
「死んじゃえ〜えいっ」

 ルカはリグディに痛烈なデコピンをかますなど(「頭が二つに割れるかと思ったわ! 指先までゴリラなのかてめーは!!」「オッケーいきます額を割る」)したが、ともかくこれでルカがいないとやはり制圧は難しいと思わせることができた。

「これでも、私を止めます?」実際のところ、たぶんルシなら可能だろう。最初に出会ったときはまだ、戦闘技術においては一日の長があると思っていたが、パルムポルムでの戦闘を鑑みるにもうそんなことは言えない。武器をしこたま囲い込んでなお、ルカはすでにこの中で一番弱いと思う。ルシだけで特攻をかけても、問題なくパラメキアを制圧できるだろう。
「止められるなら」
「もー心配性だな。いまさらそういうのよっくわかんないし。あなたに付き合ってたら死にかけるのなんて日常茶飯事だったし」

 だいたい、懇意になったときだって、ルカを利用してろくに説明もせず犯罪者を逮捕するのに利用したのが理由だった。

 あれ? なんでこの人と付き合ってるんだ、私?
 いやいや考えちゃいけない、感じろ。

 正気に戻りかけた己を無理やり引き戻し、ルカはシドの高い位置にある頭を見上げて、笑った。

「ただ一言、あなたの敵を撃滅せよとお命じください、先輩。そのとおりにしてきますよ」
「……結局、君はどうしたって思い通りにならない」

 それだから、君だったんだろうがなあ。
 シドには珍しくそんなことを言うので、つい赤面した。本当に珍しい話だ。

 誤魔化すように、ルカは作戦に戻る。スノウがニヤニヤとした顔で見てくるのが煩わしい。近くにいたら脛を蹴り飛ばしてやるところだ。

「ま、まず近付くのが難しいけど、そこはリグディ出るの?」
「おー? ああ、そうだ。陽動は必要だろ」
「相変わらずの飛空艇馬鹿だな。それじゃあ、私が後ろに乗る」

 リグディが陽動で突っ込み、ルカは途中離脱、AMPギアを駆使してパラメキアに突入する。

「一番危険なとこだぞ、俺のほうが……」
「危険だけど、私ならどこからPSICOM兵が出てくるか完全に出待ちできる。機銃も用意してあるから、確実な有効打を打てる。リグディの援護も必要ってなると、要件を満たすのは私だけだよ」
「……賛成できない。君は、どうしても耐久が低いだろう」
「あー……でも閣下、俺が陽動で飛ぶとなると、最大級のGがかかります。相当乗り慣れてないと、一緒に乗るのは無理ですよ。気絶します」

 そもそも後続の面々がAMPテクノロジーなしで安全に降り立つには、陽動が事前に警備を一掃している必要がある。だったら、最初に突入する人間はAMPギアを駆使して飛行中の飛空艇に飛び移らねばならない。

 つまり、リグディの飛空艇に乗ることができるのは、高速飛行する飛空艇から機銃を用いて標的を全員沈黙させる技術があり、かつAMPギアを使用できる人間に限られる。
 機銃を使いこなせるとしたら乗り慣れているルカのほうだし、AMPギアを扱えるのはルシ一味ではライトニングとルカだけだ。慣れない人間は重力に跳ね飛ばされたりする。

 危険すぎると言い張るシドといくらか言い争ったが、時間はないし、他に到達しうる結論もない。

「他に方法もないでしょ。大丈夫だから、行こう」
「仕方あるまい。……リグディ」
「はっ。お任せください閣下」

 結局はシドが折れた。苦い顔をしてはいたが、ルカが提案しているのは最も効率的な道だ。シドが合理性を尊ぶ人間だからこそ、今回に限ってルカに反対するダブルスタンダードは使えない。

 格納庫へ降り、二人乗りの、速度に長けた戦闘機に乗り込む。代償に防御性能は低めなので、これを選ぶこと自体リグディの自信の現れだ。
 ルカは腰のベルトに下げた転送装置の中から、機銃を収めたものを引っ張り出した。袖口のボタンにフックを引っ掛け、リグディに準備の完了を告げる。リグディは応と返し、ゴーグルを投げてよこした。なんだかんだと息が合うのだ。互いにシドの懐刀を務めてきただけのことはある。

「航空フェス以来だねえ。あのときのリグディったら、自分の乗る飛空艇のGに耐えられる人間がいないとか言ってさ」
「事実いなかったんだよ。テストで乗せた人間は全員吐いたし、一番ひでーのだと鼓膜破れたんだぜ?最初っから耐えられるお前のが異質」
「あんだと」

 重力加速度、つまりはGについて、先天的に耐性を持つ人間は稀にだが存在する。大抵の人間は5Gを超えると吐くのだが、ルカは最初からけろりとしていたものだった。今だって、「え、だってどうせ五分もかからず着くんでしょ、平気平気」と耐Gパイロットスーツも着ずに乗り込んでいる。
 それを言ったら、リグディはなおさら耐性があるのだが。彼は広域即応旅団でも唯一、9Gに安定して対応できる。

「さ、行くぞ。足踏ん張れよな」
「おう」

 母艦に括り付けられた連結部分が一つずつ外れていく音にルカは身を委ねる。足を肩幅に開き、床に強く押し付けた。ガチャリ、ガチャリという音が十二回目を数えたと同時、なめらかな滑走、出立。
 風景が下から上へと、流れていくなんてものじゃない、切り替わっていく。

「ひゃっほーい!」
「うるせえな、余裕かよ」

 ルカよりもっと余裕そうなリグディは舌打ち混じりにギアを切り替え、戦闘機は急上昇し、自らの高度を取り戻す。雲の中を突っ切って、パラメキアへ向け一直線の飛行。遠くに霞むばかりだったパラメキアの全貌がだんだんと明らかになってくる。

「突入すんぞ!」
「おうよ!」

 パラメキアのチャフの中を突っ切れば、外翼で哨戒任務についていたPSICOM兵が異変に気付き、発砲を始める。リグディはそれらを旋回していとも簡単に躱していく。繰り返される旋回と回転のあわせ技は、外から見れば鮮やかで軽やかだろうが、中にいる人間には地獄である。リグディでさえ低く唸っているくらいなので、ルカの視界もグレー・アウトが始まっていた。血液が頭に回らないのである。それでも、ルカは機銃の操作レバーを操り彼らを一掃してみせた。そうするまで終わらないから、何を考える余裕もない、ただただ必死だ。
 ようやっと片付いた外翼へ、リグディが身を寄せる。ルカは脱出に備えてシートベルトに手を伸ばす。Gが緩み、脳に血液が戻り、少し痺れているが口も開けるようになる。

「リグディ」
「あんだよ」
「先輩を頼んだ」
「……はっ?」
「あの人が裏切ったときは、私を思い出して。先輩を嘘だと思ったなら、それは絶対に勘違いだから、最後までどうか信じていてあげてね」
「おいそりゃどういう、」
「あとは任せたぜリグディ大尉!」

 ルカは緊急脱出ハッチを開くためのボタンをカバーごと叩き、シートベルトを外す。飛空艇上部が開くと、体は空へ吸い込まれるように舞い上がった。ルカは両手を広げ、すぐさまAMPギアを擦る。重力は引力なので、その応用でルカは下方のパラメキア外翼へ体を引き寄せる。少しずつ緩め、最小限の重さになって血まみれの外翼へと降り立った。ルカが飛空艇から撃ち抜いた死体は、すでに地面へ向け滑り落ちた後だった。

 外翼へ繋がるハッチを押し開け、兵が今にも飛び出そうとしている。ルカは袖口の転送装置から機関銃を引きずり出し、弾帯を引っ掛けコッキング、ものの数秒でバイポットをセットする。

「トリガーハッピータイムだぜ!」

 機銃に合わせてしゃがみ込み、ルカは叫んだ。出てきた兵をそのまま、機銃は穴だらけの死体に変える。けたたましい銃声の中にあってなお正気を保つルカはきちんと数を数え、小隊一つぶんを全滅させたことを確認するとすぐさま耳に差し込まれた通信機を叩き、「処理完了」の報を送る。耳元で鳴っていた銃声のせいでほとんど音が聞き取れないので、応答の有無はわからなかった。

 機銃を戻し、代わりに銃剣を取り出して死体に近づき、懐から無線機を抜き取りスイッチを入れる。「アー、アー、テステス、聞ッこえますかー?」
 ルカは死体を蹴って地面へと落としながら笑った。

「こちらルカ・カサブランカ。ただいま諸君」

 そこで一瞬の逡巡があった。続く言葉を躊躇うというより、相手が確かに聴いているか、それを確認するためのようなニュアンスの、間が。
 そしてルカは、口角を吊り上げ無線機から手を離した。

「凱旋だぜ、クズども」

 落ちた無線機を踵で叩き壊す。ぜひとも混乱に陥っていただきたい、貴君らに戦術立案と作戦遂行の技能はあまりないのだから、なおのこと。

 背後に誰かが飛び降りた音がする。視線を向ければ、ライトニングが頷いた。問題なく全員たどり着けたらしい。ホープだけは少し息が荒いようだが、すぐに落ち着くだろう。

「よし。んじゃ行こうか」

 振り返った先で、表情固い彼らが険しい眼で頷いたのを確認すると、ルカは開いたハッチの中に体を滑り込ませる。攻勢開始、誰かが呟いたのを背中で聞きながら。



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