痛み分けの定義


 どこから始めればいいか、ルカにはわからない。落ち着かない様子のヤーグにもわかるわけがない。ただ、己の体に赤いポインタが斑に浮かんでいるのを睨み、「やめさせろ」と低い声でルカは言った。

「無駄なんだよ。その兵たちは無駄死にするだけだ。私を殺そうというなら、ヤーグ、君が武器を取り、正しく私の首を刎ねるべき」
「……ここに至るまでに死んだ兵を思えば、警戒し過ぎということはないからな」
「ああ、違う違う。だからね、警戒になってないって言ってんの。こんなに殺意ぶつけられてちゃ、やる気がでちゃう。やる気のあるルカさんはすっごいよ? ここに至るまでに殺した兵とやらに聞いてみな?」

 笑顔のルカに不気味なものを感じたのか、眉間に皺を寄せたヤーグはため息まじりに腕を持ち上げ、撃ち方止めの合図を出した。ルカは笑みを深める。
 愚直なまでに誠実な男だ。だからルカも、彼に対してはそうでなければならなかった。
 そうしてきた、つもりだった。ルカは彼を大切に思っていたし、ヤーグはそりゃあぶっきらぼうで言葉が少ないけど、彼もきっとそうなんだと思っていた。

「さて……本当に、どこから話そうか。ふふ、お前との話題に困る日がくるとはね。十年前の私に教えてやりたいが……」
「……教えてどうする。今のうちに殺しておけとでも言うのか」
「まさか。悔いが出ないように、話したいことはすべて打ち明けておけ、と言うのよ。いっそ、話すべきでないことも。詳らかに。……たとえば性生活とか」
「やめろ」

 ヤーグは反射的にいつもの軽い声で答えてしまってから恥じ入るように顔を伏せた。そんなことを恥じねばならぬ理由はないと、ルカは今でも思っているのに。

「どうしても聞きたいことがいくつもあるんだけど……まずは、これかな。なぜパージをする」
「今更よくも、そんなことを……先程も話したろう、コクーン市民がどれだけルシを恐れていると思う? 脅威は排除しなければ……」
「“お前を”とか“お前たちを”、じゃないんだ?」
「……は?」
「市民が恐れているのは“ルシ”であって、“私”じゃないわけだ。……おお、そんな顔しないでよ。私もこれね、十代の子供相手に語るに落ちてるから」

お前、とっくに気付いているんだろう。
私がルシでもなんでもないこと。

ルカがいかにも軽く告げた言葉にどよめいたのは、兵士だけではない。背後からも戸惑いの声が漏れ聞こえた。驚かないのはヤーグとルカだけだ。

「さすがになあ、そろそろ誤魔化すのもきつくなってきた頃よ。ギア魔法は予備動作でバレるから、むしろ使えないしねえ」
「なぜ、今、それを話す。ルシたちに知られれば、立場を無くすのではないのか」
「心配してくれるの? うける。なんで今って、そりゃあ、“証明”するためだろが」

ルカは銃剣をヤーグに向ける。真剣を向ける日が来るとも、やはり思っていなかった。心臓がざわざわしている。

「私は完全な健康体で、精神にも何ら異常をきたしてない。君に異跡に送り込まれ、ルシとここまで行動を共にして、なおも変わらず元気印のルカさんです。さて、ならば問題がある。“下界の影響を受けたからパージ”とかいうわけのわからん論法の信憑性は、これいかに?」
「何を……何を、言っている」
「まあね? ミドルスクールを出たすべての市民がご存知のように、実験はランダムの要素を排するだけの回数繰り返して初めて証拠として扱うに足る、そうでしょうとも。でもそれを言うなら、ねえヤーグ、これまでにパージされたすべての人間について問おう。“影響”とやらの見て取れた人間はいたか? これは排除せねばならん、そう思った人間は?」
「……お前だ」

ヤーグはルカを睨む。そして彼もまた、携えた細い剣を抜いた。

「お前がこれまでに殺したとされる兵は百人を超えている! 尋問の跡が残された兵も、全てがだ! 全員確実に息の根を止められていた! お前のその残虐性はなんだ!? 下界の影響以外の、なんだというんだ!!」
「な、何言ってんの、ヤーグ……」

ルカの声は震えているべきだった。旧知の相手に、正体を疑われるのならば。

「そんなの、昔からそうですけど」

けれど動揺のひとかけらも声には滲まず、いつもどおり、にたにた笑って兵を殺すルカがそこにいる。ヤーグは困惑に顔を歪ませた。

「あれ、知らなかったの? もー、ジルに聞いてみなよお。私は“元から”そうですよ」
「は……?」
「ほら、ジルちゃんをストーカーしてた男いたじゃん。あれ殺したの私だからねえ。仮にも候補生だからってんで軍法会議一歩手前の審問までいったじゃんか。あのときは先輩にも言われて正当防衛だの事故だのってことにしたけどね、普通に殴り殺したんだよ。だって、ほら、ジルがあいつが生きてるの、嫌がってたし」
「な……にを、言っている……?」
「今回も同じだよ。だいたいなんだその非難するような口ぶりは」ルカは首を回し、周囲の兵をぐりんと一巡して見た。「お前たちが殺してんのは無辜の民だろうが。どこの世界に、民衆を爆撃する軍隊があるんだよ。そんなもんは軍隊なんて言わねえの。そのくせ自分たちが正しいって顔してるからむかつくんじゃん。自分より強いやつ苛つかせてんだから、殺されても仕方ないでしょ」

 兵たちは青ざめたろうか。怒りに震えたろうか。ヘルメットがあるので顔はルカにはわからない。ただ少なくとも、身じろぎした兵はいくらか居た。

「仕方なく皆殺しにしてるだけなのにそれぐらいでピーピー言うなよ。別に好きで殺してんじゃないよ? でもケアル魔法で治療されちゃうと戦力を削いだことにならないだろ。どちらかが全滅するまで終わらんような戦争を始めたのはそちらですよ。民衆なら適当に虐殺して終わりにできると思ったんだろうが……それなら私を確実に殺しておくべきだった。その手でな」

 けらけら嘲るルカの切っ先は言葉のたびにゆらゆら揺れながらも、まだヤーグに向いている。光を受けて煌めいている。

「ヤーグ、君と私が軍人になった理由はよく似ている。知らなかったみたいだけど、私はこういう人間なんだよ。最初っから、私にはこれしかできないんだ。だから軍人になるしかなかった。お前もそうだろ? お前も、他にできることがなかった。その高すぎるプライドが、過剰な献身と鍛錬を要求する仕事を選ばせてる。ジルは違うよ、先輩も違う。あいつらは何でもできやがる。でも、私と、君だけは、絶対に他の道を選べなかった。私は性分ゆえに、ただし君は、矜持ゆえに」
「……黙れ」

 そしてヤーグの切っ先も、一瞬もぶれることなくルカを見つめ返していた。そこにルカは、切り結ぶ幻覚を見た気がした。何度も何度も繰り返してきた互いの歴史が、そこに横たわっているのだ。

「それなのに! 君のその矜持がなぜ、パージを許すの!? わかってるだろ一つも理屈が通らないことは! この物語がどんな形で終わるとしても、お前達が信じている物はきっといつかお前達を犯罪者に仕立て上げるんだぞ!!」
「黙れと言っているだろう!!」

 ヤーグの鋭い斬撃は、ほとんど目に見えなかった。細い剣だということもあるだろう。ルカは彼の手を見ていた。だから、刃先を噛み合わせて受け止める。火花が散るような、激しい音がした。重たさに手が痺れる。剣自体に重さがないのに、ルカの攻撃よりずっと重かった。
 もうしばらく、手合わせ稽古をしていない。将校になってからは、そういうことがどんどん減って、最近はめっきりだった。でもヤーグはちゃんと鍛錬を続けていたのだと、一太刀で理解する。
 振るう予定もない剣を、彼は日夜、振り続けた。本当に愚直な男だ。その至誠な心が、なぜこんなことに悪用されねばならないのか。

 くそったれ。怒鳴り声を上げながら踏ん張り、剣を弾き返す。手の中でぐるりと剣を回し、振りかぶって振り下ろす。ヤーグは退いて避けてから突きを放つ。ルカは片膝を折ってそれを避けた。そのルカの腹目掛けて繰り出される至近距離の蹴りも片腕で止める。止めきれない。腕を擦り、腹に入る。ぐっと息が詰まった。
 それでもルカは押される勢いで後退し、転げて距離を取った。

 ああ、全く、本当に、殺され甲斐のある男だ。見上げるヤーグは普段よりずっと大きく見えた。彼は絶好のチャンスにすら二の足を踏み、追撃をためらっているようだ。
 ルカの目には見えている。彼の首を刎ねる光景が、何歩目で振りかぶって振り下ろせばいいのか、彼がどう抵抗し己がそれをどう受け流せるのかが。けれどルカもまた、二の足を踏んでいる。ただしルカは、明確に“己にそれはできない”とわかっていた。
 殺せない。殺せる気がしなかった。どうしよう。

「っは……殺す気、あるのかよ。そんなんで」
「……わけが、ない……」

 だから、ルカは呆れを孕んだ声で聞く。

「え?」

 聞き取れず問い返す。

「殺せる、わけがなかった」

 彼の声が震えている。

「殺せない……私には、」

 声は小さく依然として聞き取りづらい。

「化け物だからっといって、殺せなかった、今でもそうだ」

 ……いま、なんと、言った?

「私を殺そうとしたのは……化け物だから?」

 ルカは顔を上げ、彼を見つめる。ヤーグはほんの僅か、頷いた。
 化け物だからといっても殺せなかった? おかしな話だ。ヤーグが直接ルカを殺すための行動を取ったのは、まだ二度目。彼がルカを化け物呼ばわりする理由が生まれたのは?
 時系列がおかしい。ヤーグは、今日まで、ルカの残虐さを知らなかった。であれば、これは……。

 考え込んでしまうルカは、白刃が反射する光を受けて目を細めた。

「それでも、殺さねばならない。他の誰かが殺すくらいなら、死に水を取るべきなのは、私だ……!」

 ああ、畜生。
 私も、同じことを思ったよ。

 ルカより数十センチも体格で勝る男に蹴られたのだ、骨にヒビくらいは入っているかも。苦しい胸を押さえ、ルカはふらふらと立ち上がった。
 まだ戦える。もともと苦痛にはめっぽう強い質だ。でも、その言葉は、折れたかもしれない肋骨よりずっと深いところに、激痛とともに突き刺さった。

 初めての殺意だった。ヤーグが剣を振りかぶる。ルカは呆然とそれを見上げる。唇が震えた。
 振り下ろされる寸前に避けられたのは、奇跡的だったかもしれない。ほんの僅か、羽織ったジャケットの裾に切れ目が走る。

 ルカはそれを見ていた。多少なりともルカの皮膚を掠めたのか、血が滲んでいる。痛みは感じられない。いったいどこが切れたんだろうかと、他人事のように思う。

「そんなこと、する必要ない」

 ルカは目の前のヤーグに言った。彼はじっとルカを見下ろしている。鬼気迫る目だ。顔は青ざめ、引き結ばれた唇には絶望の色がある。
 そんな顔をしてほしくなかった。ただの一度でさえ。異跡の中で目覚めたときも、己の墓標を見つけたときも、どんなに絶望したって同じ想いをしてほしくなかった。ルカの目的は、誰にも簡単には理解し得ないほど複雑で、笑っちまうくらいに単純だ。ただ、彼らを苦しめない方法を選びたいだけだった。

 ルカは立ち上がった。足元は覚束ない。息が少し苦しかった。転送装置に手をやると、見守るばかりだった兵士たちが銃を向け、赤いポインタがまた体を這い上がった。ルカは笑って首を横に振り、拳銃を取り出した。そして銃口を覗き込む。人差し指でひっかくように安全装置を外し、トリガーには親指を掛けた。

「何を……ッ」
「わざわざ殺してもらう必要はない。ああ、全く、くだらない……なんてくだらない女なんだろうな? 私は。……それでも、私がここで死ねば、君の心は折れるだろ?」

 戦争より、市民の救済より、お前にその顔をさせないためにすべてを尽くしたいと思う、私は。
 笑えるだろう。さっきお前の矜持を疑ったよな。でも私には、そもそも無いんだ、そういうものが。私には人の生き死にはただの結果に過ぎない。例外はお前とジル、ただ二人だけなんだよ。なんでだろうね。

「君の心を変えるためなら死んでやったっていいんだよ。君に虐殺をやめる理由をやるためなら、いつだって死んでやるよ」

 銃口をあてがってなお、何も怖くなかった。己はここで終わってもいい、本気でそう思えてしまった。ノー・ドラマは勘弁だというなら、これほどのドラマティックも他にないのだ。結局、それに酔える女だったんだな、とルカは少し笑う。

「私はここで終わってもいい」だが、その場合は先輩を手伝えなくなる。少しだけ残念で、申し訳ない気持ちもあった。「心残りは、あるけれど」でも、もうほかの手駒も見つけたようだし、きっとうまくやるんだろう。
 別にルカなんていなくてもいいとヤーグが思うなら、ルカの居場所は真実無いのだ。
 ルカはトリガーに力を込める。ゆっくりと引いていく。
 わずかに傾く引き金。

「……ッやめろッ!!」

 ヤーグの手が伸びる。同時に、銃声が響いた。

「え、」

 呆然としたのは、ルカとヤーグふたりともだ。ルカは生きているし、一方のヤーグは、不意に膝をついた。血の臭いがして、ヤーグの腹から血が流れ出ているのに気づく。煙幕弾が投げ込まれ、視界が一瞬で白く染まり、至近距離のヤーグ以外に見えなくなった。ルカは拳銃を取り落とすのも構わず、崩折れるヤーグの下に体を滑り込ませる。熱い血が服に染み込んでくるのを感じてぞっとした。

「ヤーグ! ヤーグしっかりして!! なんでっ、なんで、誰が……!!」
「くそ……ルカ、逃げろ……」
「なんで! 嫌だよ、もうあんな、ファルシまみれのところにヤーグを置いていけな……」

 遠くで兵が指示を出し、退避を命じている声がする。煙幕の中、煙を振り払って兵が二人、ルカたちのほうへと駆け寄り膝をついた。

「ヤーグが、銃弾を受けて……一体誰が!?」
「今は逃げてください! このままここに居たら、俺たちはアンタを撃たなきゃいけなくなる。中佐が殺せないアンタを、俺たちが殺すわけには……っ」

 そう言って、一人の兵がヤーグを助け起こし、同時にもうひとりの兵がルカを掴み無理やりに立たせた。

「さあ早く!」
「……、頼んだよ」

 ルカの言葉に、返答はなかった。ルカは兵に引きずられるようにして、エストハイム邸へと戻された。が、飛空戦車が飛来する音がして振り返る。PSICOM兵が撤退の合図をしているが、煙幕のせいで判断がつかないのだろう。無線もジャミングを受けているのかもしれない。少なくとも飛空戦車を操っている側は、ヤーグたちの撤退を支援しているつもりのはずだ。

 ルカは窓から出てくるライトニングたちと合流する。彼らは一様に険しい顔をしていた。「後で必ず聞かせてもらうぞ」ルカは口の端を歪め、ライトニングに頷きを返す。
 そしてチップを擦り、ギア魔法をダウンロードし、サンダー魔法を放つ。ギア魔法にしては高威力すぎる魔法のせいで、手に強い痺れが走る。それでも一直線に撃ち出した逆さまの雷は飛空戦車に当たったが、さすがに魔法への対策はなされているらしい、雷撃は一瞬で吸収されてしまう。

 だが一方で、放電と放熱は必要だ。どちらも兵器にとっては重大な弱点になる。問題は、飛空戦車のラジエーターは上部に取り付けられているということだ。
 そこに攻撃を当てるには、当然ながら上から狙撃するしかない。ルカは一瞬以上悩んだが、山なりの砲撃を試みることにした。
 ルカには残念ながら測量の経験がほとんどない。その知識がなければ飛空艇のライセンスは当然取れないのでできないこともないのだが。当然のように一発目は外し、かなり手前に着地してしまい、手が焦げただけだった。

「ルカおめーどこに撃ってんだ!? 街に落ちてるだろーが!!」
「あっはっは、実はルカさんはそういうことを気にしないたちでねぇ」
「さっき言ってたことはなんだったんだよ!?」
「ありゃ詭弁方便だ。まあ全く気にしないことはないけどー」
「お前はホンットどういう女なんだよ!!」

 ファングが怒鳴りながら魔法を繰り返し撃っている。あの透明な魔法だ。それなんてーの、と聞いたらルイン魔法だという。無属性魔法は、ギア魔法で使用しても効果が薄くあまり使用されないため、少し驚いた。

 ともかく、もう一撃だ。もう少し低めに狙う。ルカの異常な威力のファイア・ギアは手を焦がし、髪の一部さえ焼きながら放たれる。赤い放物線が空を切り裂き、飛空戦車に着地した。数秒の沈黙ののち、飛空戦車が爆発する。哀れにもゆっくり回転しながら、市街地へと落ちていく。

「フッ……またつまらぬものを斬ってしまった」
「斬ってねえから」
「ルカさんの敵に対する考え方があまりにもころころ変わるの僕普通に怖いんですけど……」
「ああ、俺も怖い」
「……もういいだろう。ルカ」

 口火を切ったのはライトニングだった。彼女は鋭く目を細め、腰にぶら下げた銃剣の柄に手をやりながらルカを見つめる。

「ルシじゃないというのは、どういう意味だ」
「うーん……どういう意味……そのまんまだよ。異跡でファルシをぶっ倒してー、みんなでビルジ湖に落ちたけど、そのときみんなが見たっていう使命? の映像とやら、私は見てない。それから、体に烙印とやらも出てないし」
「なんで……なんでそのとき、言わなかったんだよ! そのときわかってれば、お前は逃げなくてよかったんだぞ!?」
「……は?」

 あまりにも想定外の発言がスノウから返ってくるので、ルカはぽかんと口を開けて硬直してしまった。ライトニングは片手で額を押さえ、ホープも苦笑して肩を竦めた。ファングは事情を知らないなりに理解したのか、ため息混じりに「お前まーた変なこと言ってるぞ、たぶん」と呆れている。
 ルカは深々息を吐いて、壁に背を凭れる。戦闘を終えてしばらく経ち、肋骨がじわじわ痛みだしてきた。

「あー……はは。でもそれはどーかな。ルシと一緒にファルシ殺してんだからさ、ルシかどうかなんてPSICOMには関係ないさ」
「それは……そうかもしれねえけど」
「私がルシと偽ったのは、マ、いろいろな理由がある。最初はそれこそ、ルシになって絶望しきってる君らのど真ん中で自分だけ助かったなんて言えば、最悪袋叩きになるかと思ってな」
「俺らがそんなことするわけねえよ……」
「今はね、私もそう思ってるから話すの。ヤーグに言ったことも別に嘘じゃない、それも必要になるだろうとは考えてたんだよ。いくら聖府をぶっ壊すとしたって、市民を皆殺しにするわけじゃないんだから、結局ルシや下界への恐怖心とも戦わなきゃいけないときが来る。パージを是として看過した市民は、これまで以上に下界を恐れて忌み嫌う。そういうときに利用できる手駒は、多いほうがいいんだ」
「手駒? ルカ、お前は、一体誰のために……」
「だから、これからボスに会いに行くんでしょうが?」

 ルカが力なくも笑うと、少なくともファングとスノウは納得したようだった。ライトニングも不満げながら、特に異を唱えない。唯一険しい顔をしてみせたのは、ホープだった。

「ルカさんは、パージを許さないって言ってましたけど、パルムポルムでのパージには何もしてませんよね」
「おや。耳の痛い」
「ルシだから諦めたのかなって思ったりもしました。でも、あなたはルシじゃないって。……だから、なにか他にあるんじゃないですか?理由が」

 ルカは壁に体を預けたまま彼を見た。その目は明らかに糾弾のための覚悟を孕み、ルカを睨んでいた。

「あなたが言ったことが、全部嘘だとは思いませんが、でも一番は違いますよね。あの、ロッシュさん……とかのため。PSICOMにいる、誰かのためですか」
「……」
「味方として傍にいられない相手を守る唯一の方法は、敵に攻撃させないこと」

 言葉を迷うルカに、ライトニングがホープの言葉を継ぐ。どう答えればいいか、わからなかった。

「お前は、パージもコクーンもファルシもルシも等しく、どうでもいいんじゃないか。ご友人とやらを守るために、ここにいるのか」
「お前達はそうじゃないのか」

 ルカは顔を上げ、ルシ達の顔を見た。スノウですらルカを僅かに警戒し身構えている。

「パージが許せない。そうだね、当たり前だ。でもパージ阻止のために常に命をかけられるかと言われたら、私にだって口をつぐんで目をそらすぐらいの社会性はある。私はさほど“嘘”は言ってないよ。どれも本心だ。一番大事なことを言ってなかっただけ。お前達だって、自分の大切な誰かを守るためだけに生き延びてるんじゃないのか。それ以外に何があるっていうんだ? 人間一人に、他にどんな理由が必要だ?」
「ならば、土壇場で私達を裏切る可能性もあるということか」
「ハハ、まあ無いとも言わないが、それは全員お互い様じゃないのかな? 身内を人質に取られたら? それでもコクーンのためーとかなんとか言って戦うのかな? ルシになると人間性もなくなるとでも?」
「人間性の話をあなたにされたくないです」

 ホープが嫌なことを言う。ルカはため息を吐いた。さすがにそろそろ、真実を話さなければならないのだろう。

「例えば、ヤーグと……もうひとり、PSICOMにいる知己を、私が庇うのを……どうしても止めたいなら。あの二人に何が何でもトドメを刺したいと言う人間がいるなら、私はその人間の敵になる。お前達は、そうなるのかな。これが誰の策謀であれ、二人を殺さねば気が済まないというなら、私はお前達をどんな手を尽くしても殺す」
「……それが、お前の本性か。お前がここまで来た理由なのか。お前をわざわざ異跡に置き去りにしたような人間をルシから守るなんて、そんなことのために!!」
「そうだ」

 ルカは頷いた。「私にはそれしかない。だから、君たちが二人を見逃してくれるのならば、君たちの為すすべてに協力してもいいと思ってる」

「コクーンを壊すんでも救うんでも。誰かの犠牲が必要になるとき、私はそれに利用されても構わない。ただ、あの二人が間違いなく生き延びるのならば」
「お前……ルカ、そんなの、そんなのって……おかしいだろ。お前を捨てたの、まさにロッシュなんだろ? 自分を殺そうとした人間のために、そんな……」
「されたことは関係ないんだよ、スノウくん。心の中に何があるかだ。彼らがどう考えているかじゃなく、私がどうしたいかがすべてだ」

 私にとって、他に何が選べる?
 他になにもない。守りたいものなんて。あの二人のことがどうでもよくなるんなら、私は今すぐそこの崖から身投げして死んだって大差ない。

「……あなたは、父さんを助けてくれたみたい、です。やり方はひどいけど、他に道がなかったことも、頭ではわかってます」

 ホープがまるで自分に言い聞かせるように言った。結局のところ、何も変わらないのだ。ルシたちは互いに何も関係がない。だからこそ、今後の成り行き次第で、敵に回らねばならなくなる者もいる。
 逆に言えば、ルカはその二人を殺そうとしない限り必ず味方でいるという担保を示している。

 不意に、またも飛空戦車の音が響いて顔を上げる。もう一台の飛空戦車がこちら目掛けて襲来してきていた。今にも射程圏内に入ろうとしている。ルカは慌ててチップを擦った。「まだ来るかっつーの……!」ファングが唸り怒号を上げた。もう一戦を覚悟するにはルカも肋骨と両腕が痛むが、どのみちもう、ギア魔法で完治できる程度ではない。
 そう思った瞬間だ。緑の光がルカを包み、またたく間に治癒される。肋骨の痛みも、手のひらを焼いた痛みも、まるで残響のようにくすぐったく残るばかりで、激痛を一瞬で通り過ぎていく。

 ホープとライトニングが放った魔法だった。

「お前は、少なくとも、これまでずっと味方だった。これからのことは、わからないが……」
「それでも、いま仲間なのは、確かなんだと……想います」

 二人は飛空戦車と再度戦うべく、歩いていく。ルカはなんだか不思議な気持ちになった。唯一と思った友人たちと仲違いし、なんなら殺し合う寸前だというのに、行きずりの、名前すら知ったばかりの間柄で庇い合っているなんて。
 それでも、まあ、悪くはないかな。ルカも、彼らを信じられる気がした。

 ルカもまた戦うべく歩を進めた。しかし、飛空戦車がルシたちを攻撃することはついぞなかった。
 雲間を割いてやってきた小型の飛空艇に、あっというまに撃墜されたのである。そのあまりの手際の良さに、ルカは「まさか……」と目を細めて唸る。

 飛空艇は降り立って、兵が数名降りてくる。PSICOM兵の戦闘服に似ているが、微妙に異なるそれは、広域即応旅団のものだ。ファングがいぶかしげに顔を顰める先で、兵の一人がヘルメットマスクを脱いだ。

「よお、迎えに来たぜ」
「…………。うげッ!!」
「ルカ!?」

 そしてルカはその男――リグディの姿を認めた瞬間、突如として身を翻し脱走した。ライトニングが驚き止めるも、何も聞かずに全速力でパルムポルム市街地へと走り出す。
 リグディはふっ、と機嫌よく笑うと、後続の部下たちに命令を下した。

「打ち合わせ通りだ。どうしても投降しない場合は催涙ガスまでは使用を許可する。無傷である必要はないと閣下も仰っている、可及的速やかに……あのバカ女捕獲!!」
「はっ」
「了解!」

 数名の兵士は素早く敬礼し、そして走り出した。味方のはずのリグディの発言に不穏なものを感じて、ファングは彼を覗きこむ。

「おい、リグディ? 乱暴はナシだぜ?」
「あいつに限っては約束できねえ。大丈夫大丈夫許可はもらってっから。どうしても捕まらない場合は一、二発までなら許すとさ」
「何を一、二発!? 拳!? 拳だよな!?」

 ファングでさえ驚愕し、銃を片手に笑うリグディの肩を揺さぶったが、彼は乾いた笑いを返すのみで彼女を安心させるような言葉は一言も言わなかった。
 そして、数分後ようやくお縄についた彼女が一応無傷に近い状態だったことに、ルシ一味は密かに安堵したのだった。



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