13


 スノウは近くで俯いている少年を見やる。その双眸はじっと地面の一点を見つめていた。

「雰囲気、変わったよな。甘えた感じがなくなった」
「ルシだから。……戦わないと」

 苛立ったようにそう返される。ビルジに落ちたばかりの頃の、戸惑いの表情も、歳相応の恐怖心も、なりを潜めているようだった。

「軍隊なんかと戦うのは……、バカだけで、いいんだよ」

 彼の言葉に少し悲しくなって、スノウは自虐混じりに苦笑した。ふっと、スノウの脳裏には一人の女性の姿が浮かぶ。母は強し。そう言って銃を取った彼女の姿が。

「戦うのは、バカなんですか?」

 ぐっと拳を握り締めて、震える面差しでスノウにそう聞く少年の声を、もっとちゃんと聞いていたら。きっとスノウだって、そこに重い暗い何かがあることに気付いたのだろうが……。

「……死んじまったら、意味ねえよ」

 子供を守るために死ぬくらいなら、子供を守るために生きて欲しかった。
 違う。彼女はそうだったはずだ。子供を守るために、戦おうとしたのだ。それが生きるための行動でなくて何だ?
 結局最後、どうにもならなかっただけで、何一つ間違ってなどいなかった。悪いのは誰で、最善は何だ?

 スノウにはわからない。わからないから、戦い続けるしかない。
 ともかく、もうあんな経験はしたくないのだ。だから、自分だけが戦えばいいのだと思った。
 自分は、馬鹿だから。

 スノウは知らない。
 ホープは、怒りのあまり絶句していた。
 おそらく元来の性格からかスノウはそれにも気づかないまま、「とにかくお前は無茶すんな」」と言って笑う。そうして歩きだした彼の後ろで、ホープは今まで経験したこともないような寒い怒りに、底冷えするような震えすら感じた。

「ノラは軍隊より強い!ってな」

 ――あいつ、笑った……。

 彼の手の中には、ライトニングから借りた“お守り”がきつく握りしめられていた。




 ルカが軍隊式早着替えを披露したり、ファングが自動販売機に喧嘩を売ったりという紆余曲折はありつつも、三人の女傑は順調に街を進んでいた。違う道を征く男と少年の二人とは比べ物にならないほど、いとも簡単にPSICOM兵の群れを砕いている。なんならルカは時折ヘルメットを被った男をメットごと殴って昏倒させているし、ファングも鳩尾キックで沈めているし、ライトニングはアイアンをクローしていた。

 目的地はホープの家だという。フィリックス街のAだと聞いて、ルカはぽかんと口を開けた。
「ホープくんって、ああ、エストハイム氏のご子息だったか」
「知り合いか?」
「あんまり良い知り合いじゃないけど」
「何をしたんだ、お前」
「賄賂送ったらバラされちってもみ消しに奔走しました」
「聞きたくなかった」
 閑話休題。

 ともあれ単調な道中、ファングは約束した通り疑問を解消するべくこれまでのことを話してくれた。大暴れしたのを間近で見られているせいか、ルカに対しては若干の距離があるが、ファーストインパクトとしては最悪の部類に入ることは間違いないので仕方あるまい。

「んで、レインズにここまで送ってもらって、アンタらを迎えに来てやったってわーけ。わかったか?」
「……」
「ま、とりあえずはね」

 おーいライトは何黙りこくってんだよお! うるさい静かに歩けないのか。そんなコントを隣で聞きながら、ルカはふむふむと上空を見上げた。
 さすがに狭い路地からは見えないが、近くにいるのだろう。ルカの私用のコミュニケーターならば、ある程度の近距離内に入れば識別番号から追えるのも当然だ。そう思うから電源を落としていたのだが、どうやら電源を落としたくらいでは意味がないらしい。今から処分するのも変な話だしと、ルカはコミュニケーターをポケットの上から叩いた。
 まあいい。どうせ、無駄な抵抗だったんだ。

「で、あの赤い点はルカを指し示してたってワケだな。リグディのやつ、やたら勿体ぶってたけど」
「勿体ぶる?」
「誰のなのか教えてくれなかった。ルシの一人だって、そう言いやいいのによ」
「あ〜……ま、リグディはそういう奴よん」
「大尉と知り合いなのか?」

 ライトニングが驚いたような顔でルカを見る。ルカの方こそ、空から滅多に降りてこないあの男が知られていることに少し戸惑う。とはいえ、リグディは警備軍内では准将閣下の右腕として、あるいは比肩するものなしと称される飛空艇操縦技術によってなかなかに名が知れているから、あり得ないことでもないのか。

「士官学校の先輩だよ。一個上だった」
「ルカは、その若さでPSICOMの将校ということは、エデン中央士官学校の出だろう。同じ学校を出た人間が、警備軍で大尉なのか」
「あの学校は出ればエリートってわけじゃないのよう。完全なエリートコースに乗るなら特別な寮に入ってなきゃいけないし、何か特殊な功績がないと難しい。リグディはなんなら落ちこぼれてましたよ、私以上にやる気がないのはあいつくらいなもんだったさ」

 まあ、そもそも昇進にも、軍で働くことにさえあまり興味のない男だ。飛空艇が好きなだけ、ついていくべき男を見つけただけ、結果論としてあの場所にいる。それもまたひとつの理想かな。ルカみたいな生き方の女にとっては。
 街中を深く進めば、敵の気配も遠ざかっていく。ホープたちの方へ行かせないためにある程度は暴れる必要があったため、ルカたちは何度か兵に奇襲を掛けてわざと取り逃がしたりを繰り返していたが、そろそろ不要だろうと判断してのことだ。ホープたちとは逆のルートで外郭を進んでいるから、十分に引きつけられたことを願うばかりである。

「ま、……ヤーグが司令官だし、制圧作戦を意図して動いてんなら、こっちで騒いだところで釣れやしないかもしれんがね。焼け石に水でも、やらないよりは……ホープくんたちは、大丈夫かな……スノウくんうまくやってるかな」
「……なんとか、なるだろうさ」

 おや、とルカはライトニングを振り返る。心境の変化があったのだろうか、彼女から遠回りにもスノウを信用するような言葉が出るとは全く思っていなかったので少し驚いた。揶揄して怒りを買うほど愚かでもないので触れずにおくが。

 ルカの提案で、地下通路に潜った。敵のほうが装備が上等である以上、袋小路に入れば機銃で穴だらけにされるぞとライトニングは苦い顔をしたが、パルムポルムの地下通路は住人の移動に使われているため出入り口が各所にあること、地上は地上で長距離射撃に対抗する手段がないことから、結局はルカの案が採用されたのだった。
 三人でひんやりとした通路に足を踏み入れると、人の気配はなかった。とっくに押さえられている可能性も一部危惧していたのだが、捨て置かれているらしい。当然といえば当然だろうか、ルカの知識ではこの通路には街の外に繋がる出口はなかったはずだし、たとえルシが潜ってもいずれ頭を出すのは確実。 ならば、街の出口を確実に押さえたほうがいい。今回はルカたちの目標が街からの脱走ではないので、全く見当違いではあるが。

 どうせ、迎えに来るんでしょう。私ではなく、ルシたちを。ため息混じりに歩く背後で、足音が止まった。

「それで、何者なんだ。お前」

 振り返れば、ライトニングがファングを睨みつけていた。その疑問はしかし、尤もだと思う。
 衣服はボーダムにでも行けば浮かなそうに見えるが、ところどころ様式の違いに違和感があった。背には三叉槍を背負っているが、あまりにも原始的な武器だ。コクーンで使用している人間は一人もいないだろう。グラン=パルスのルシと名乗っていたし、つまりは下界からやってきたルシであるということ。そんな存在が突然目の前に降って湧いて出たのだ、ライトニングが今にも武器を抜きそうな様子で彼女を睨んでいるのはごくごく自然だ。
 何より、彼女の右肩に浮かぶ、白い烙印。ファングの日に焼けた浅黒い肌にぼんやりと発行しているようにすら見えた。ルカは詳しくは知らないが、ルシの烙印は黒いものだったはずだ。ビルジ湖で彼らが確認しているところを見ている。ファングの烙印は、なにか違うのだろうか?
 ファングは一瞬考え込むように視線を巡らせてから、ライトニングを見やる。そして、何と口火を切ったものかと迷うように唇を震わせて、ようやく言葉を吐いた。

「……どっから、話すかなー」

 躊躇うみたいに、微かに俯いたファングだったが、すぐに顔を上げ、「わり、先スノウに連絡入れていいか」長くなるからと、片手を上げ謝るような仕草をしてみせた。少なくともここまで共闘を続けた相手だし、必要以上に疑らなくてもいいと判断したのか、ライトニングは了承する。
 ファングが取り出したコミュニケーターは警備軍が支給しているものだった。ルカは目を細める。別に、それを誰が彼女に与えていようが、どうでもいい。ただ、知らぬところで“己以外の下界の化け物を手玉に取っているのなら”、面白くはない、それだけのことだ。

 あーやだやだ。くだらない考えだこと。
 ルカはため息まじりに背中を壁に預けた。やはり疲れているのだろう。

「どーしたじゃねーよ! なんで連絡しねーんだ! ったく……状況は?」
『元気元気、ホープもな。そっちは無事か?』
「たりめーだろ」

 電話の向こうからスノウの声が聞こえてくる。無事なようだ。ファングがライトニングにコミュニケーターを手渡す。そして、合流場所を決めるようにと促した。

『義姉さん? そこにいるのか?』
「……誰が、義姉さんだ」

 ライトニングは呆れたような、でもこれまでとは違う険の取れた声音でいつもどおりの答えを返した。やはり、態度は軟化しているように見える。
 先達として吊り橋効果の危険性を警告してやりたい気持ちになったが、さすがにそれは違うだろうしおそらく言えば殴られるのでやめた。ライトニングはルカとは違うし、スノウもまた、あの男とは全く違う。

「ああ、……わかった。合流場所はホープの家。フィリックス街、35のA」
『おう、じゃあ後でな。ファングによろしく。合流したら、セラのことも話すよ。あいつは助かる、よみがえるんだ!』
「……ホープを頼む」

 ライトニングの声が突如冷たくなる。また嫌なことを言われたのだろうかと老婆心が疼いたが、彼女はすぐに切り替えたのか、思い出したように付け加えた。

「スノウ……聞いてくれ、あの子の、ホープの母親のことだ。あの子は……」
『ライトさん、僕です。やっぱり――僕、どうしても――作戦――』
「ホープ!? おいホープ! 返事しろ!!」

 途中からホープ少年の声に切り替わった通信にノイズが入り、しまいには聞き取れなくなった。それにライトニングが血相を変え声を荒らげるも、切れてしまった通信はどうしようもない。

「電波やられたねえ。暗号回線使ってるから聞き取れないのがわかったんでしょうね、多分10分毎に違う回線で電波流してる筈だよ」
「くっ……」
「何熱くなってんだ。話があるなら、まず合流だろ?」

 そう言って、ファングは歩き出す。

「先行する。援護に回って、少しアタマ冷やせ。ルカ、やれっか?」
「いつでもオッケー」

 ルカが肩を回しながら笑うと、ファングもそれに応えるように笑う。そして先ほど話そうとしていた、彼女の来し方行く末についての話が始まった。

「私は……半分イカレちまってるが、あんたらと同じくルシだ。違ってんのは……さっきも話したけど、うちらはコクーンの人間じゃねえってこと。ふるさとは、グラン=パルス」

 何と尊称がついたとて、それがコクーンの外を指す言葉だということぐらいはわかった。ルカはきゅっと、胸元のシャツを握る。

「お前らが死ぬほど憎んでる、下の世界さ。そこでうちらは、クリスタルになって眠ってた。なのに……目が覚めたらコクーンだった。コクーンがこうなったのも、あんたらを巻き込んじまったのも……私とヴァニラが目覚めたせいさ」

 ファングの表情は、先程までの人を食ったような物言いから一転、憂いを帯びて仄暗い。美人なので様になっている。そういう女がルカの知らぬところで彼らの保護を得ていることにやはり少しいらっときたルカではあったが、今はどうでもいいので意識して頭から振り払う。

「うちらは、記憶も使命もわからなくなってて……なくしちまったもんを求めて、コクーン中をさまよったんだ……」

 そのうちに、エウリーデで小さな子供をルシにしてしまい。そこから逃げる中で、ヴァニラともはぐれ。彼女を探し続けるうちに、騎兵隊に拾われて……。

「それでまあ、今に至る、と。やっぱり、あのヴァニラって子は下界の出だったか」
「気付いてたのかよ?」
「確信はなにもなかったよ。でも、まあ、なんとなく? コクーンの出じゃないんだろうな、とは」同類はわかる。
「そうか……ともかく、うちらが駄目なルシだから、あんたの妹がルシにされて……悪かった。ごめん」

 ファングは突然ライトニングに向き直り、そう言って謝った。それにライトは一瞬何も答えず空気が硬化するも、すぐに彼女は動いた。
 裏拳であった。あまりにも容赦のないグーパンに、ここに来るまで少なく見積もっても三十人は殺しているルカがたじろいだ始末だ。が、ファングはそれくらい覚悟していたのか、痛みに慣れているのか、特に痛がる様子もない。

「……一発?」
「これで済んだと思うな。許すかどうかは、セラに決めさせる」
「ははっ、スノウとおんなじこと言うのな。あいつは殴らなかったけど」

 その言葉に、ライトがぴくりと片眉を上げた。「スノウにも、話したのか」スノウとライトニングは、やはり、同じことを考えているのだ。ライトニングのほうが現実主義なだけだと、ルカにはそう見える。
 意地悪な言葉でさんざやり込めた記憶が大部分を占めているので、スノウについては気まずさばかりが先に立つルカだが、まだ彼の心が折れていないならば、それは僥倖だと思った。

「謝れてよかった。ちょっと楽になった」
「楽になりたくて、謝ったのか」
「……かもな。そっちはどーよ? 殴って、少しはすっきりした?」

 殴られたにしてはダメージを感じさせない顔で、ファングが笑う。ライトニングは彼女から視線を逸らしながら、「何も解決しないからな」と言った。と、ファングは一瞬きょとんとしてから、頬に手をやる。

「殴られ損かよ」
「スノウくんよりはマシじゃない?」

 彼は吹っ飛ばされてたよ、アッパーだけで。ルカがそう言うと、ファングは少し顔を青くして、「……マジ?」と聞いた。

「いやしかしろくに助走もないパンチであの巨体が尻餅付くんだから恐れ入るわ」
「うっわ、良かった裏拳で済んで……こえー」
「うるさいさっさと行くぞ!!」

 振り返ったライトニングの頬が少し赤い。照れがあるのか夕陽のせいか。

「とりあえず、ルカのGPSを追って、PSICOMの動向を見つつ迎えに来るってリグディは言ってた。今は移動しよう」
「ふうん。あいつが来ないといいねえ」
「なんでだよ?」
「うーん。まあどうせ会うことにゃなるでしょ、そしたらわかるって」

 なんであれ、自分が取り乱さないでいられることに安堵しながら、ルカは二人と共に坂を登る。
 ヤーグにあんなふうに見捨てられたことを思い出すたび、正気を失いそうになるけれど、ひとまずは進まなければならないのだ。
 少なくとも、己に次を望んでいる人間はまだいる。ルカは、銃剣を収めた転送装置を握りしめた。



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