10


 ずっとどこかにしこりはあった。ルカは爪を噛んで空を睨む。色々な不和の結実として、ルカはこんなところにいるのだ。
 ヴァイルピークス、コクーンの果て。むき出しの瓦礫と尖った岩石、足元を照らすには心許ない電灯。視線の先で、ホープ少年がライトニングに追いついた。

「待ってください!!……ついていきます」

 息を切らせる少年を驚いた様子で振り返り、ライトニングは首を僅かに横に振った。

「お前を守る余裕はないんだ」
「戦えます。迷わないです」

 足を止めた彼らにもう少しで追いつく、そのときだった。火薬の臭いが降るように立ち込め、はっと顔を上げたと同時に瓦礫が爆破されて吹き飛ぶ。一瞬足が浮いて肝が冷えたが、なんとか受け身を取ろうとする。が、思ったよりずっと遅くに落下したことで、衝撃を逃しきれず潰れた蛙のような声を吐いた。「ぐぅえっ」転がって瓦礫にぶつかり、ようやく止まる。腰やら足やら肩やらに激痛が走るが、懸命に体を起こす。どこにも怪我がないといいのだが。なんせ黒く染まる硝煙の合間を縫って出てくるのは、PSICOM抹殺部隊である。殺すことを目的として訓練している兵が敵ならば、負傷していては少々、分が悪い。

「……分断成功か。定石通りだね」

 頭を左右に軽く振って揺れる視界を振り払う。体に動かない場所はない。可及的速やかに、反撃に転ずべし。
 特殊合金を使った黒い装備は、PSICOMでも武力に長けた者たちから選別して与えられる。一部隊八名であるところ、こちらに五人。分断されることになったのは彼らもであろうが、ディスアドバンテージはないと思っているのだろう。そんな彼らをじっと睨み、転送装置を起動した。銃剣の柄を掴む。抹殺部隊はすぐさま、ルカに向かって銃を向けた。
 制圧射撃を喰らえば必ず傷を負う。わかっているから先んじる。ビルジで出くわした兵にしたような子供だましは通用するまい。
 銃を向ける相手に対して位置を変えなければ必ず被弾する。横に転げ、瓦礫の背後へカバーすると同時、見もせず銃剣で敵を撃つ。見なくてもルカは彼らがどこにどう立ちどう動くかわかっている。足音、装備の擦れる金属音、呼吸の微かな震え、動きが生む風、体温の伝播。ルカの位置からは感じ取れるはずのない一つ一つを、ルカは掴み取って識別する。
 迫りくる兵の膝を的確に撃ち抜けば、彼らに一瞬の動揺が走ったのがわかる。空気が揺れるからだ。ルカは続けざまチップを擦り、諸刃の剣であることも一顧だにせずファイア魔法を放つ。放った炎球は彼らが爆破した廃材にくすぶっていた火種に引火し、激しく燃え上がった。手がわずかな火傷を負ったが、多少は諦めている。

「魔法だ、シールドを展開!」
「シェル魔法投下!」
「ちげえんだよ、ばぁぁか」

 彼らの頭を守るヘッドギアに付随するアイシールドは暗視ゴーグルとサーモグラフィーを兼ねている。こんな暗所へ来るのだから当然だが、ルカからは彼らが闇に紛れて見えないのに、彼らからは丸見えでは戦いにならない。
 ファイアを振りまき、周辺一帯を燃え上がらせる。酸素を削る背水の陣(炎なのに水とはこれいかに)であるが、すべてルカに好都合に傾く。厳重な装備は熱を籠もらせる、苦しくなった呼吸を遮る、暗視ゴーグルは明るい場所ではむしろ障害になる。

 ルカの目がぎらりと光る。

「皆殺しだぜ」

 炎の隙間を飛び出して、最初に行き合った兵の首を跳ね飛ばす。まさか首が飛ぶとは思わなかったか、他の兵は当然たじろいだ。ルカが続けざまに振りかぶった剣を防ぎながらも、動揺が見える。おそらくは、ヴァイルピークスにてルカたちを囲んだ時点で、虐殺になると思っていたのだろう。自分達の、一方的な、ワンサイド・ゲームの予定だった。それが一瞬でひっくり返され、むしろ狩り出される結果になるとは思わなかったに違いない。
 だが後悔してももう遅い。ルカの攻撃に対して防戦一方になった兵は結局、二度の鍔迫り合いの後ルカに腕を切り落とされた。彼の悲鳴に混じり、残った兵が怒号を上げる。

「貴様ァ、聖府高官の身で下界の手先に与するか……!」
「うんうん、その手の交渉っていうか、揺さぶり? みたいなの? するの遅いって」

 問答無用と襲いかかっておきながらいまさらそんな。劣勢ですと言っているようなものだ。全くもって愚かな。

「戦闘兵たるもの、死ぬ瞬間まで自分は腹に爆弾巻いてんだぞってな、そんな顔をしなくては」

 ルカがこの状況でも艶然と微笑んでいるように。
 すぐさま、残った三名の兵を切り裂く。息のある兵は哀れなので適切にとどめを刺した。殺すのは必然だが、別に苦しめたいわけでもない。

「おい! 無事か!?」
「あー、大丈夫! そっちは?」

 炎が収まり始めた頃、頭上から声がした。それに応えると、ルカがまさに落とされたのだろう切り立った崖の淵からライトニングが顔を出す。五メートル程度だろうか、それなりの高さがある。

「これは……登ってこられるか?」
「いやあ、無理でしょう。できたとしてもそんな時間ないし……ロープとかないでしょ?」
「配線の千切れたのがせいぜいだな」
「無茶だ、無茶。……仕方ない、後で合流しよう。どっちに向かう?」

 とりあえずは南下するつもりだというライトニングに、ではそちらでいずれ、と短い言葉を返し、ルカは下の道を歩き始めた。本当に道が交錯するかわからないが、いずれにしてもここを出ないことには話にならない。
 南下するのならば、どこかでパルムポルムに至るだろう。コクーンでも最大の商業都市で、商人ギルドが露店形式での販売に拘っている、エデンとは趣の違うながらに非常に栄えた街だ。ルカも何度か訪れたことがある。
 方角から考えて、ガプラの樹林を通ることになるかもしれないな、とふと考える。ガプラ樹林は森林警備大隊の管轄であるため、ルカはほとんど関わったことがない。生体兵器研究を行っている部下がそちらのプロジェクトに参加しているものの、それだけだ。あとは学生時代に少し、演習で訪れたことがあるだけ。あまりいい思い出ではないな。

 そのときだ。ルカは立ち止まる。通信販売端末が白く光りながらふよふよ浮いているのを見かけたからだ。瓦礫が少し積もった向こうから、光が漏れ出ているので気がついたのだった。

「いやいや、買い物なんかしたらすべてがモロバレだってえの」

 ははは、と笑いながら通り過ぎる。だが二歩歩いたところで、やはり足を止めた。
 確かにそりゃあばれるだろう、ルカのカードでルカが買い物をし、ルカの現在地へ向けて送るのだから。居場所も生死も一瞬で知られてしまう。だがそれは正直、

「もう遅いような気がする! すごく! 監視カメラにアピール全開で写ってるだろうし!」

 監視カメラを逐一潰すことも最初は考えた。だが監視カメラは高所にあるうえ、データは逐次データセンターへ送られているので、一瞬写ったらアウトなのである。ので、まあ、諦めた。そもそも抹殺部隊なんぞがやってきている時点で、ルカたちのことは知られているのだ。今頃パラメキアはルカの話題で持ち切りだろう。
ならば、どのみち接敵する可能性は高いものと考え、装備や体調を最優先するべきかもしれない。

「……ま、どーせ賭ける命も一つか」

 彼らと逸れてしまってよかったのかもしれないな。自己判断は身軽だ。
 ルカは結局、携行できる栄養食をいくつか、ドリンクとポーション、それに銃剣の銃弾や魔法のチャージを購入した。ついでに治療薬を使い手の火傷も治しておく。ふと悩み、また武器を失う可能性も考え、拳銃とそれにあわせた弾薬、いくつかの種類のナイフも買い込む。どうせ見つかるのなら、多く買っておいたほうがいい。ついでに消音性の高いブーツ、損傷する可能性の高い防塵繊維の織り込まれたシャツなども買い、それから栄養食一つとドリンクを手元に残して、全て転送装置に放り込む。

「っていうか、あれ? なんでアカウント生きてんだ? 謎」

 普通はそこから潰すだろうに。あるいは罠だろうか? いずれにせよ、必要なものは手に入れてしまった。
 罠である可能性が高いのであれば、早くここを離れればいいだけだ。ルカはすぐさま、進行方向へと歩き始める。とりあえず食糧を食べ、ドリンクを飲む。飲みきれなかった分は例によってしまい込む。
 転送装置は、それぞれのサイズやクオリティによって重量や体積に制限があるという難点こそあるものの、今や必須級に便利な存在だ。これも、剣と一緒に見つかってよかった。
 不意に胸ポケットが震え、そこにコミュニケーターを入れていたことを思い出して取り出し開いた。

「リグディか。……いやこの内容返信できないだろ」

 どこにいんだよこのバカ、端的に書かれたメール。ため息を吐いて、あくまでシンプルに、うっせえおめーのいないとこだベロベロベーと返信する。ルカを見つけ出すのも任務だったのだろうが、メールなんて中継地作って覗き見られているに決まっているのでそんな危険は侵せない。それに、こんな楽をしてはならないとルカは元上官として示さねばなるまい。
 と思ったら、手の中でブルブル電話が震え着信する。まさか入電するとは思っていないルカは「うわっ、あっ?」なんて言いながら電話を手の中で跳ねさせてしまい、指があたった拍子に通話許可を出してしまう。

「あわ……あわわ」
『アッ、お前どこにいんだ! 連絡もせずに! 生きてんだろーな!?』
「いやあちょっとパージされててぇ……じゃねーだろ探知されるわ切るね」
『ちょまっ』

 ブツン。通話をたたっ切り、ついでに電源も落としておく。
 おそらく望めば、PSICOMと戦争になる危険も承知で助けには来てくれるだろう。ルカ一人ならば隠し通すことも無茶ではない。けれどそれは選ばない。それは、彼の望みではないからだ。
 彼の望みは。

「……ファルシの支配のない世界。これはチャンスだ。ルシは、ファルシを殺せるし、ライトニングはそれを望んでる」

 手を貸せばいずれ成るだろう。世界をファルシの軛から解放するには、それしかない。彼はそれを望んでいるし、この機会を逃しはしないだろう。
 ならばこのまま、同じ道を行けば、なにかできるかもしれなかった。

 そしてルカの望みは。唯一の気がかり、二人のこと。であるならば。いずれにしても。
 ルカは、ルシにできる限り近いところに留まらねば。






「……それで? 見つけたか?」
「あー……、そのですね、ルシは、見っけたんですが……」
「逃げられたのか?」
「すいません……、まさか、パージされた身で軍駐屯地から飛空艇まで奪って逃げるとは……」
「仕方ないな。ルシたちの現在地は?」
「ファングに続き、一人確保したので、残りはヴァイルピークスに落ちたようですね。あそこからだと、パルムポルムかノーチラスにしか行く方法がありませんが」
「まさかこの状況でノーチラスには行かないだろうから、パルムポルム周辺に舵を取るべきだろうな。そう伝えてくれ」
「……本当にそれでいいんですか?」
「なぜ?」
「……このストレスをジェットコースターで忘れ去りたいとか言い出しそうですけど」
「本当に言いそうなことを言うな。……本当に言いそうだな」

 淡い光が窓から反射する、リンドブルムの執務室。黒髪の男が、ため息まじりに苦笑した。

「まあ……あれも色々考えてるんだろう」
「……そうですかね。そんな気ぃやしませんが」
「考えてるさ。意外なくらいにな」

 怜悧な容貌に浮かんだ笑みを見て、部下は一瞬ためらってから、いや迷うようなことでもないと切り出す。

「閣下はなぜ、彼女を重用するんです?」
「能がないように見えるから聞くのか?」
「い、いいえ、でも……でも、閣下の望む結果につながるようには、俺にゃとても……」

 それは彼への不敬というより、その“彼女”への評価のあらわれだった。仕事ができないわけじゃない、でもどことなく、ぱっとしない。できることもあるはずなのに、できないことばかりが目立つ女だ。決して無能ではないのに、有能に思えない。
 けれど上司は部下の考えを咎めることも改めることもなく、ただ意味ありげに笑って、言った。「彼女はファルシの虎の子で、コクーンで最も重たい秘密を負っていて」その秘密に拘っているようなふりをしていて。

「それから……一つの行動指針に従って、それ以外のものすべてを滅ぼそうなんていう決断を、簡単に下せる女だからだよ」

 リグディは口を開いたが、結局言葉にならず、口を噤んだ。
 彼と彼女の間にあるものの形を、リグディはまだ理解できていないのだ。



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