見たこともない青色の






ぐったりと倒れ伏していたのも数秒で、立ち上がるとルカは笑って「シャワー浴びに行こっか」と言った。ヤーグも異存ないらしく、わずかに頷く。道すがら、互いの戦闘技術のダメだしなんかをしながら、シャワールームを目指す。ヤーグの攻撃が変わらず大ぶりであることを指摘すると、お前は速度も強度も一切が足りていないぞと渋い顔をされる。

「だってこの世界で鍛えるには筋トレとか必要なんでしょう、なんでしょう、なんでしょう……」

「……それは昔から変わらんだろ」

「いや私元々あれ、あの、年取らない生き物だったせいであれなんよ、筋トレとか効果なかったんだよ」

「初耳だぞ、千年以上の付き合いで」

「いやそれが普通だと思っていたんだよ」

「じゃあ私は何をしていると思っていたんだ!?」

「それはその……マゾなのだとばかり……」

「そんなわけないだろうが!?」

ヤーグが戦々恐々と唇を戦慄かせる。千年もの付き合いの友人に異常性癖を疑われるというのは確かになかなかきついものだと思う。私だったらその場でごろんごろんと転がってしまうなとルカは苦笑した。お前が言うなよと天の声が聞こえた気がした。

ヤーグとシャワールームの前で別れ、ルカは女子シャワールームへ、ヤーグは男子シャワールームへと折れる。据え置かれた安っぽいプラスチックのベンチに背負っていたリュックサックを下ろしたところで、ルカはロッカーに張られた張り紙に気がついた。

「おっとお……?これ、今日じゃんか」

今日の日付の下に、シャワールーム点検のお知らせ、との文字が踊っている。まさに今日、この時間、女子シャワールームは排水管の点検のため使用不可らしい。
これは困った。ヤーグと久々に全力殴打を繰り返した結果、実は汗塗れなのだ。手のひらすら滑るほど。シャワーも浴びれずこの後家に帰るまでそのままだなんて、ぞっとしない。

「……しゃーない、ヤーグーそっち人いないよねーえー」

声をかけるも、男子シャワールームからは特に応答がない。仕方がないのでルカはリュックサックを抱え直し、ノー躊躇で男子シャワールームへの扉を押し開けた。女子のシャワールームより汗臭くて嫌だなと思った。リュックサックをもう一度ベンチにおろしてさっさと服を脱ぎ、一つだけ使用中の個室の隣に入る。
ああ、石鹸すらない。……男子シャワールームのなんてちょっと使いたくないしなあと思って、ルカはにょっと腕を伸ばし薄板の壁にぶら下がり、仕切りと天井の隙間に顔を出した。

「ヤーグヤーグ石鹸貸して」

「ッッうあああああああ!!!?」

「っひい何!?何なの!?」

「こっちの台詞だああああ!!!」

「ひでぶっ!?」

半狂乱になったヤーグに頭をダンクシュートの如く叩き戻され、ずるりと元の個室に戻される。自分じゃなかったらまともに着地できんぞとルカは強かに打った踵をさすりながら唸った。

「っくううう痛ぇ!何するんですか!DVですか!?ハードSMですか!?」

「何をやってるんだお前は!?何でここにいるんだ!!?」

「女子シャワールームが点検中だったんだよ!」

「だからといって!!何を考えて!!?馬鹿かお前は阿呆か貴様はどうなっているんだ本当一度その脳みそを覗いてみたいわ!!!」

「そこまで怒られることなの!?他に誰もいないのに!?」

ルカがそう聞き返すとヤーグはとたん面食らったように声を詰まらせ、「いやそれは」「むしろそのほうが」「ふざけてるとしか」などとぼそぼそと繰り返した。

「聞ぃーこえませーん。っていうかとりあえず石鹸を貸してよ、それだけだから望みは」

「備え付けは」

「高校生男子と共有する気にはなれんな。潔癖ヤーグなら持ち込んでるかと思ったんだけど?」

「……はあ」

ため息は妙にしっかりと聞こえた。ヤーグの太い腕が上から伸び、石鹸を落とす。それを受け取るもヤーグの表情は窺えず、意識的にこちらを見まいとしているようだった。

「ヤーグさん思春期ボーイじゃないんだから」

「だまれ」

「あなたいまさら、何を挙動不審になってらっしゃるんです」

「だ・ま・れ」

やだ怒ってるー。千年の付き合いが土台から崩されそうー。困った。

若干の焦りを抱えながらも、ルカは石鹸を惜しみなく使い身体の汗を落とした。湯で全て流し、最後には水を頭から浴びて、外に出ようとする。
のを、先に出て服装を整えていたヤーグが押しとどめた。

「待て待て待て待て」

「今度はなんですか」

「お前タオルは」

「リュックの中や」

「ちょっと待ってろ出て来るな」

「だからいまさら何を挙動不審になってらっしゃるんだヤーグさんよ……」

誰もおらんやろとぶつくさ言うルカの個室に、タオルが上から降ってくる。

「服も持ってくるから出てくるなよ……」

「ほう?パンツとブラジャーを?どういう順番で?どこを掴んで?ちょっとお姉さんに教えてみて?できれば囁くような声で?」

「……外で待ってる」

「しゃーない、話進まないしな」

ここは己が大人にならねばなとルカが身勝手に笑い、ヤーグが疲れきった顔で出ていくのを個室の低い扉ごしに見送る。さっと身体を拭き、ほとんど乾いていない髪をそのままに、もう一度チアのユニフォームに身体をねじ込む。
ミニスカートに浅く刻まれたスリット。このユニフォームをデザインしたのはきっと露出狂の変態ねとチアでも誰かが言っていた。ルカもなかなか同意見である。

ヤーグとこれからどうしようかな、まずはジルを探さないと。寂しがりの親友は遅れれば遅れるほど怒り狂って地団駄を踏むだろう。シドが最初でヤーグが二番目では、既に怒りを買うことは必至。またヤーグがいびられる未来が見えるぜと苦笑しつつリュックサックを背負い直した。
と、同時。踵を返したルカの耳朶を、そうそうあるはずのない音が揺らす。

「……ポリス?」

それはたぶんルカでなくては気が付かないほど遠くの音。シャワールームの、壁際上部に開いた湿気取りのための窓、そこからルカの元に届いた微かなサイレン。パトカーだ。
一台ではない。サイレンの重なり方からして、四台はいる。
ボストン、ハーバード大のすぐそば、このあたりはすこぶる治安が良い。それなのに、サイレンは明らかにこちらに向かってくる。

シャワールームのドアを押し開け、外に出る。ヤーグも音に気がついていたらしく、すっと目を細め聞き入っていた。こっちに来るみたいねと確認すれば、ヤーグもまた浅く頷く。

「だな。……近くで何かあったか」

「かも……あ、ちょいまち、先輩だ」

でーれーでーれーでーれーでーれーでーででれん。
とある有名ゲーム、呪われた装備品を装備してしまったときの効果音のエンドレスバージョンをさきほど設定したばかりの相手から着信が鳴った。リュックサックの底にまぎれていたスマートフォンを取り出し、応答する。お前その着信音バレたら殺されっぞと遠い目でこちらを見るヤーグは置いておくとして。

「ほいほいあなたのルカちゃんでっす」

『気色悪い』

「ご挨拶だなおい。……ちょっと待ってヤーグまで気色悪いって顔してる、ひどい、ひどない?メインヒロインなのに以下略」

『ロッシュと再会できたか?そうか、それはいいタイミングだった……無事だな?』

「無事?どういうことやねん」

『……外。大変なことになっているぞ』

「おいおいチェリーボーイもうちょっとわかる言葉で話せよ、you sure?」

『嬲り殺すぞ』

「はいはいごめーんねってば」

見事に進まない会話に苛立ちヤーグが通話を代わって、そうして話を進めたところによると。
まぁこれはこの国では割合よくあることなのだが、思春期の漠然とした不安並びに第二次性徴をベースに宗教的テロリズムだったり人種の問題だったり、ともあれ噴出しがたい怒りが発散のしどころを失くして膨れ上がった結果。
自分の学校や、あるいは成績優秀だったり……有力者の子女が通う名門校みたいなものを狙って、同年代の学生が銃を握りしめ立てこもり挙句乱射事件に発展することがある。
この国では一日に二回の頻度で銃絡みの犯罪が起こるし、懐が深いぶん抱え込んでいる要因も他国とは桁違いに多い。隣の芝が見えなければ安穏としていられるのに、なんて考えている人間も多いかも。

ともあれ、そういうことは多い。二年に一度くらいは結構な人数が死ぬ。
そして今日、まさにここで、それが起きているらしい。

「二人でシャワー浴びてる間に大変なことになっちゃったねぇ」

『ちょっと待て』

「誤解を招く言い方はやめろ!!」

既に警察、FBIも情報を掴み急行済み。どうやらシドらが外で掴んだ情報によれば、そいつらは体育館に立て篭もり、姉妹校である女子校の生徒たちを人質に取っているのだとか。

「……姉妹校?」

『近隣の女子校』

「女子校……の子たちがなぜここに」

『合同行事でスペリング大会とかいろいろやってるらしいな、君の学校のことを何で私が説明してるんだ。……それで、ひときわ優秀な生徒が数名来ていて、それを人質に取っているようだ』

「ひときわ優秀」

『ひときわ優秀』

「……その中に抜群に頭良くて金髪の美女が紛れ込んでやしないかい」

『鋭いな、FBIの会話盗み聞きしてたらそれらしい名前もあったぞ』

「ガッデム」

「……こんなことってあるか?」

「あってしまったみたいよ……しゃーない、先輩、出来る限り詳しく教えて」

『言うとは思ったが行くつもりか』

「行くつもりですともさ」

『丸腰だろう』

「知ったことではないな、相手は素人だろう」

『はっきり言うが、賛成できない。もし本当にナバートなら、むしろその程度あっさり切り抜けるはずだ』

「先輩、……まず私たちが再会してようやく記憶が戻ったようにさ、何かしらのトリガーがないといけないように思うんだよ。つまり今のジルは、ジルであってジルでないかもしれない。……それは、それとして、なんですけどね」

タオルを丸めてリュックサックにねじ込むと、女子更衣室のドアを再度押し開けベンチにリュックサックを放り投げる。

「私があなたのメインヒロインでいる以上に、ジルが私のメインヒロインなので、こういうときゃあ私が行かないと意味が無いんですな」

『……まぁそう言うと思ったがね』

「じゃあ最初っからわかりました行ってらっしゃいって言ってください」

『阿呆め』

苦笑の気配を笑い飛ばし、続けて出来る限りの情報を聴取する。敵の人数は不明、人質は四名、武装はアサルトライフル、XCR。

『良い銃だ。いくら素人でも真正面から戦いを挑むのは得策じゃない』

「いやいくらルカちゃんでもアサルトライフルとガチのカチコミはしやせんよ」

「しそうだがな」

「しません……しませんよ……さすがに今はもうちょっと落ち着いてますよ」

などと嘘八百を並べたのち、ルカは「バーイ」とだけ言って電話を切った。それしかわかってないのなら、作戦は行き当たりばったり臨機応変にいくしかない。

「ヤーグ、もうちょい運動してくか」

「足を引っ張るなよ」

「んだとコラぁああ!」

「っくくく……初めて言った」

「嬉しそうに笑うなぁ!」

ルカを足手まとい呼ばわりできることに珍しく破顔し笑うヤーグと二人、連れ立って歩き始める。
慣れた作戦行動、殺した足音がゆっくりと、立て篭もり犯の元へと向かっていく。
よりにもよってこの学校を襲ってしまった犯人各位には、自業自得として反省していただくほかないのだろう。
もうすぐ死神が行くので。







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