エンドレス・リターン





「おはようございまッス」

「……なぜだ」

「何が?」

「なぜ早起きできるようになった、なぜここにきた、なぜこの時間にきた」

「私の知る先輩はいつも何もかも知り尽くしてるって顔が鼻につく人でした……さては貴様偽者だな!!先輩をどこへやった!!ありがとうございます!!」

「殴るぞ私でも」

「はいはいごめーんね」

適当に右手をひらひらさせながら謝ったらいつもの通りこめかみぐりぐりされた。痛い。
悲鳴を上げて本気で謝れば解放されたのでまぁよしとする。

今は朝の七時。シド・レインズの部屋の玄関。
明らかに寝起きの彼を叩き起こしたルカは彼女の寝穢さを知るシドからすればありえないほどすっきりとした顔でそこに立っていた。

「で?何しにきた」

「いやね、ヤーグとジルとついでにリグディ探そうと思って。心当たりない?」

「どんなアグレッシブな計画だ、今何時だと……」

「あなたに会えたんだからジルともヤーグとも会えるはずだよね、あっちのが縁深いもん。そういうわけで二人は探せると思うんだけどリグディはどうだろう」

「聞き捨てならない、なんであの二人の方が……ああもう、いい加減にしてくれ」

「そういうわけで作戦考えよ、おなか空いたんであさごはん作ってください」

「本当にいい加減にしろ!?」

彼は声を裏返らせて怒った。そんなことはほとんど無いので面白いなぁという感想しか出てこないが、言ったら本気で殴られそうなので黙っておいた。代わりに「ごはん作るのはあなたの係じゃないですか!?」「君が何の係をしていたというんだ、だいたい全部私がやっていたろうが!」「そんなことない出入りの家政婦さんだっていたもん!」→閉口、そんな会話を経てみたり。

彼の脇をすり抜け、踵を蹴ってスニーカーを脱ぎ勝手にアパートに入り込む。ダイニングの奥、寝室兼私室は彼らしく片付いてはいたが、大学の授業の関係だろうか大量の本が部屋の隅にうず高く積まれていた。

「本棚買えないの?」

「コクーンにいたときとは違うし、ルクセリオで暮らしていた頃とも違う。優秀な学生だから補助金が天井知らずに出るわけじゃない」

「そうねぇ……でも先輩のにおいする。懐かし」

1DKの狭い部屋は、シドの体躯だと尚狭く感じる。ボストンは、大学があるくらいなので地価の高い地域じゃないけど、それでもこれが限度なんだろう。

「あさごはんはフレンチトーストでいいですよ!」

「この上注文をつけるとはいい度胸だな」

「あなたの人生のメインヒロインをもうちょっと丁寧に扱いたまえよという話です」

「気に入ったのかそのフレーズ?」

シドはぶつぶつ文句を言いながらも、なんだかんだルカに甘いからかキッチンに向かった。未だにそこに罪悪感は混じるのかなとか思いながらルカはそれを見送って、彼の大きいベッドにぼすんと倒れ込む。
十数年ぶりに感じる彼の気配は、暖かい部屋の窓辺でまどろむ安心感をくれる。しゃっきり覚醒していた意識が条件反射で眠気に落ちていく。

「……ルカ、朝食を用意させて寝たら叱るぞ」

「んー、ちゅーしてくれたら起きる!」

「怒るぞ」

朝食のいい匂いがキッチンから漂う中で、シドはベッドでむずがるルカの前髪を撫でた。厳しい物言いに反して、穏やかで優しい手つきだった。
お互い、二度目の生がこうして交差したことが奇跡だとわかっている。だからルカは、頬に落ちるキスに笑いながら彼の首に手を回し抱きついた。

「まだちゃんと好きですよ」

「そうでなきゃ困る」

「えへへ……」

でも奇跡がまだ足りないわ。
ルカはシドにすがりながらも、その体温に絶対のものを、愛を感じていながらも。でもこれだけじゃだめだと自分に言い聞かせた。

ジルもヤーグもリグディも必要よ。私がルカとして、人生を歩むためには。

けれど、シドには言わずにおいた。どうせバレているだろうが、一方で良い顔はしないだろうから。







学校には行けとシドがうるさいので、その後ルカはちゃんと高校に来た。私服を選ぶのが面倒臭かったので、結局チアのユニフォームを着て。
ボストン州立ウェザー高校、ルカは今二年次。生まれつきアホみたいに運動能力が高かったので誘われるままチアに入った結果、スクールカーストでは上位にいる。
勉強もなぜか知らないが知っていることばかりを教えてくるので、努力しなくてもほぼオールAだ。

記憶を取り戻した今、それらの理由ももうわかっている。軍人だったり自警団部隊長だったりしたんだから運動なんて呼び方してる時点で相当ちょろいし、コクーントップの士官学校を卒業した上に軍人としてなんだかんだと複雑な処理に負われていたんだから勉強なんて屁でもない。

記憶なんてなくてもルカにとってはそれら全てが面倒でしかなかったが、記憶が戻ってしまった以上輪をかけて辟易としてしまう。なんせ数百年生きた後の女なのだ、今のルカは。アメフト部が演劇部を虐めているのなんて、もう、どうしていいか。義憤すら起こらない。単純に、見るに耐えない。汚いものが落ちている、そういう感覚に近い。

「焼き払いてぇわ……」

我ながら物騒な発言を落としながら、ルカは彼らの方へ歩いていって演劇部の男子を執拗に蹴っているアメフト部の肩を叩き、振り返った男の頬に右ストレートを叩き込んだ。

「へぶぅッ!!?」

「あー、やっぱ鈍ってんな……まともに人間の身体だから鍛えないと衰える、ああ面倒くさい……」

突然現れ、アメフト部を気絶させてぶつぶつ独り言を垂れ流しながら歩くルカに戦慄いて他のアメフト部やら近くにいたチア部が顔を引き攣らせている。ルカにとってはもう死ぬほどどうでもいい。
どうせ高校生なんて全員が銃持って挑んできても私の勝ち。十分で皆殺し。敵にもならん。

とはいえ。
ルクセリオにいた頃なんかとは違って、身体が老いるからトレーニングが要る。技術は頭が全て覚えているが、身体がおそらくついてこない。

校舎に入って、ルカはひょいひょい人をかわして歩きながら考える。まずチアは辞める。もっと実戦向きの、銃でも剣でもいいから時代に即した戦闘技術を手に入れたい。システマとか齧ってみるべきか?
それから、シドからは詳しく聞いていないが、積まれた本から推察するにハーバードの犯罪心理にいるはず。どうせ同じ道を辿ることになるんだから、最初から追いかけたほうが早い。
ルカは今公立校にいるが、チアリーダーという経歴も二年分載る。成績だけでもハーバードは充分圏内だし、もともとこの国の難関大学とは“卒業が難しい”大学という意味だ。入るのは大概、さほど難しくない。

それにこちとらウン百歳よ、ハタチそこそこの連中なんか相手にもならんわ。
ルカは内心ひとりごちた、その瞬間だった。

廊下の端に、銀色の髪をした男が見えた。身長はシドほどではないがかなり高く、長いストライドで歩きながらも頭の位置がほとんど動かず鍛えていることが伝わってくる。

そうか、

「やっぱここでもきっちりしてんのね」

ルカは言葉を虚空にとかしてから、

「え?」

自分の言葉の意味がわからなくて沈黙し立ち止まった。
今のは、今勝手に口をついて出たのは、もしかして。

彼はルカを視界にすら留め置かぬ様子で、変わらず歩いてくる。背負っているのは何かの防具だろうか。アメフトには見えない、フェンシング?
ルカを避け彼は通り過ぎようとする。今にも去っていく彼に、ルカは動けないまま、勝手に開く唇を止めなかった。

「ヤーグ」

その瞬間、時間すら停止したような気がした。
真隣にて、彼は足を止めた。雑踏はやかましくも遠く、ルカと彼の横をすり抜けていく。

ルカにもわかるくらい、ヤーグは目を見開き口許を戦慄かせて、ゆっくりと視線を落とす。そしてルカをそのライトグレーの目に宿した。
見つめ合う瞬間、全てが戻ってくる。

「ひ、……久しぶり?」

「……ルカ」

戻ってくる。
何もかも。
出会った季節のことも、喧嘩別れした夜のことも、千切れそうな関係を一つ一つ繋いで一緒にいた時間のことも。
何度も笑って、泣きそうになりながら怒って、最後にはいつもあの少し呆れたような顔でルカの傍にいてくれた、彼のことが。

とりあえず、ルカは彼に飛びつくことにした。

「ヤーグぅぅぅ!きゃほー!」

「離せお前、何なんだ突然!?」

「ルカちゃんこういう奴だろ。慣れろよいい加減」

「何なんだお前」

そうして暫時久闊を叙し、自分の中に自分が戻ってくる感覚を抱きしめた。これが一番大事だなと、もしかしたらシドに会ったときより強く思う。
これだよこれ。これが大事なの。

「……にしてもやっぱり近くにいたね!先輩が案外近くにいたから、ヤーグもぜったいその辺にいるんじゃないかと思ったんだあ」

「レインズにはもう会ったのか」

「昨日ね!それでいろいろ思い出してん。次はジル探さないとなぁ」

「そうか……そうだな」

ヤーグがふと、いつもみたいに苦笑じみた様子で少しだけ笑った時だった。ふと、ルカは彼が背になにやら背負っているのに気付く。右肩にぶら下がっている大きな袋は、傍目にもなにやら硬いものが入っているようで、武道の防具かなにかに見えた。

「ねえ、それなに?」

「ああ……どうにか鍛えようと、片っ端から格闘技やらに手を出していたのでな。これもそれで使う」

「ぐぬう……私まだ何もしてねぇ……ねえ、私も鍛えたいんだよね。ちょっと鍛錬付き合ってくんない?」

「別に構わんが……」

「オーケー、行こう」

「今からか!?放課後まで待て!」

「イヤデス」

ヤーグの太い腕を取り、教室になだれ込む他の生徒達の波に抗って、ルカは歩き出す。ヤーグは口では嫌がりながらも、ルカに抗おうとはしない。

「今からどこでやるというんだ」

「チアリーダーは人の目につかない場所に詳しいんだよよく誘われるから」

「チア部!?お前が!?だ、だからそんな阿呆みたいな格好を……」

「気付いてなかったんかい!?わかってるよ似合わないのは!でもしょうがないじゃん地上5メートルから宙返りしながらジャンプできんの私だけなんだもん、入らないと単位認めないとか言うんだもん顧問が!」

「それはお前でも普通に危険だからもう辞めろ」

「……あのねえ、ヤーグやら先輩やらと再会して、それ以降もひらひらのミニスカート履いてピラミッド登る気になれると思う?もっと忙しくなるよ」

ぴらっとスカートを捲って見せると、ヤーグはひいっと悲鳴を上げた。なんだその声は。
それで結局、鍵を持っているルカが先導し、二人で屋上にしけこむことに決めた。獲物はヤーグの持つ模造のレイピア。
屋上に着いて、鍵を開けて外に出る。やってることは確かにこの年代のバカな男女そのものなのに、逸る気持ちの向く先はまるで違うというのが笑える。

「あーゆーれでぃ」

「言っておくがあの頃とは状況が違うぞ」

「好きに吠えてろよ」

笑みながら睨む刹那、ルカは切り結ぶ過去の残像を見た気がした。
そして。




「ああああんああああくっやしいい!!悔しいなオイ!!」

負けた。
それはもう思いっきり、ルカは負けた。
通算、千をも数える勝負。勝率はヤーグが三割といったところだったのだが、今回に関しては圧倒的敗北だった。

「378勝目だ」

見下ろして言うヤーグの顔が晴れやかなので、悔しくて仕方ないけれどまあいいかなと笑ってごまかしてみた。
一から鍛え直しだと、そういう覚悟をして。






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