彼の話・1



AF900年頃



初めましてどうもオレです!じゃなかった、えー、オールト・ディビースです!昨今の不安定なモンスター情勢に一石を投じるべくこのたび自警団に入団しました!いや実情としてはこの自警団結構給料がいいとか面倒見がいいとかそういう噂も理由のうちにあったりなかったり、ともかく入団です!新人団員です!
今日から指導係について一週間程度仕事の流れを教わり、その後はしばらく訓練漬けらしいぜ。つまりオレは今がんばらないとしばらく目的が果たせない!がんばれオレ!できるぞオレ!!
目の前の椅子にだらりと深く腰掛けオレの書類をぺらぺら捲っていた女性の気だるげな視線など物ともせず敬礼し続けるオレさすがオレ。彼女はふぅと溜息をついた後、書類を机に放り立ち上がった。彼女の名前はルカだかカサブランカだかそんなだったはずだが、オレにはどうでもいいですすいません。巷で噂の化け物ガールはさすがに守備範囲外です。ラストエデンの闘犬だとかなんかそんな呼び名が定着しているので、彼女の名前はあまり有名ではないのです。

「えーと、とりあえず私が指導係っつーかなんつーかそういうのになったので、……一応特例なんだけどまぁがんばって」

「特例?特例ってどういうことッスか?」

「あー敬語……まぁいいや軍隊の体はとりあえず……。いやね、この間一人で敵陣に突っ込んだ結果お仕置き中なの私。初心に帰れってさ」

「初心ッスか。自分の指導係、初心ッスか?」

「そうでもないと思うんだがなぁ……単純に厄介事を押し付けられてるだけさ。まぁそれはそれとして、その後があれば直属の上司にもなるだろうから、困ったことがあったら何でも聞いて。大抵のことは答えるから」

「マジすか!!じゃああの、じ、じじじじ、ジル・ナバートさんって今フリーですか!!!」

恋は自由だ。オレはそう思う。
そんなわけで実際のところ一目惚れした女性を追って職場を決めようと自由である。無問題である。

「あー君そういう奴かぁ……まぁ好きにすりゃあいいけどさぁ……。ジルは今っつーか、万年フリーだよ。私ら以外とはどうもウマが合わないみたいだから」

「私ら?って誰すか?」

「私、ヤーグ、リグディのこと。先輩……団長閣下とはまたこれでもかってくらい仲悪いけどな」

「よっしゃああオレにもまだ望みが!!」

「話聞いてた?ジルは私ら以外とは私的な会話もなかなかしないぞ、おい、聞けっての」

ほう、メモメモ。要注意人物はヤーグ・ロッシュ副団長とリグディ第二部隊長とな。団長とはすこぶる仲が悪いというのも記憶しておこう。ジルさんのことならなんでも知りたい!そう、なんでもだ!!
あの綺麗な金髪、ペリドットの透き通った瞳、白磁器のような肌、すらりと伸びた手足。彼女は完璧だ。完璧である。半ば美術品に近い、それくらいに完璧である!オレがある日偶然見かけた彼女に唐突に恋をしたとしてもなんらおかしくない!というか悔しいことにそんな奴世界規模で百人はいるわ。
ともかくオレは彼女とお近づきになりたいのである。あんな憂いた目で戦う彼女のことが知りたくてたまらない。それなのになんでオレの指導係闘犬さんなんだろう不条理。いや別に嫌ってわけじゃないけど。一番緩いって噂だし。

「そんじゃあまぁ、とりあえず建物内を案内するね。とはいっても一兵卒のうちは入れる範囲限られてるんだけど」

「へ?何でッスか?」

「そりゃどんな組織にも多少の秘密はあるもんだからだよ。すぐやめるかもしれない人間に背負わせるわけにはいかないものがね。それについては嗅ぎ回るな、私含め幹部の誰かに痛い目に合わされるから」

「え、それジルさんも含まれます?」

「強気だなお前……」

オールトより低いところにある、呆れたといわんばかりに目を細めて笑うルカさんの顔をちらと見る。隣より半歩前を歩いて、ルカさんは「ここが給湯室な。女子は少ないんで陰口の温床には今のところなってません」だとか、「ここ仮眠室だけど、そんなに広くないんで、できるだけ帰宅するようにね」だとか案外丁寧に説明してくれる。聞いていたほどの変人ではないようだ。まだ確証はないけれども。少なくとも巷でまことしやかに囁かれるような化け物ではなかった。少し面差しは幼いような気はするが、表情は豊かだし普通に魅力的だと思う。ジルさんと比べると月とスッポンなだけで。ははは。

「ちょっと、人の顔見て憐れむような笑顔浮かべんな。刺し殺すぞ」

「あふっ、や、すいませんボーっとしてました!」

「ああ、そう……。普段はいいけど戦場ではやめなさいね。死ぬぞお前」

「さ、さすがにしませんよ〜……」

「たまーにそういう奴いるんだよねぇ。大抵アホみたいに強いか、ゴミみたいに弱いかのどっちかよ。……と、ほらついた。ここが教練場な」

そうして連れて行かれた先は地下室だ。階段を下ったその部屋に漂うひんやりとした空気が頬を舐る。薄暗く徒広い空間、奥の方には木で作られた等身大の人形がいくつも並び、おそらく木剣によってであろう傷が遠目にもよく見えた。ルカさんは入り口の傍の木箱に積まれていた木剣を拾い上げ、「このくらいの重さならちょうど、かな?」と言ってオレに投げ渡してくる。

「……へ?なんすか?」

「もしや入団テストがないとでも思ってたの?こちとら徒に死人出すわきゃいかないんでね、一応育ててモノになるかぐらいは確認しないと」

言いながらルカさんは腰の剣を抜いた。かとおもいきや、剣そのものは隅に立てかけて鞘をベルトから引き抜いて構える。構えた瞬間……ぞっと、オレの背筋を嫌なものが駆け上がった。それはおそらく殺気とか怖気とか、そういうふうに呼ばれるものだったと思う。ともかく慌てて、オレは木剣を構えた。

「うん、感覚は鈍くないやな。あとはその感覚を使う素養がどの程度あるか……調べさせてもらうね」

「ッ!!?」

一瞬だ。彼女の踏み込みはあまりに深く、オレの眼前に迫る。そして凄まじい速度で、ルカさんの握った鞘はオレの身体をびしばし叩いていく。痛みそのものは大したことないのだが、なにより痛みを感じてからそこを叩かれたことを知る、というくらい速すぎてわけがわからない。どこを叩かれようとしているのかわからないから、当然防げもしない。

「見ようとするんじゃないっ!この距離では相手の動きなんか見えない!感覚を使え、脊椎反射だけで反応しろ!」

「い、いい意味わっかんねーよッ!!やめっ、うぐ、やめろ……!!やめろって、言ってるだろぉぉぉぉ!!」

もう言われている意味もわからないし痛いし息は上がるしで、とにかくわけがわからない。そう思って剣を思い切り振り回すのに、この距離なのになぜか掠めもしなかった。どうして。
ルカさんは鞘でまるでオレの動きを矯正するかのように叩いてくる。腰が引ければ腰を、頭が引ければ頭を。ぐらぐらする視界の真ん中に唯一ブレない女は決して動きを止めなかった。何度も何度も打たれながら、だんだん痛みさえ麻痺してきた頃だった。息は完全に上がってしまい、酸欠ぎみでのどの奥がひりついていた。同時にふと、次はここを叩かれると思った場所が叩かれるようになっていることに気がついた。順序が変わった。打たれて痛みを感じて知った打撃が、次はここかと思った場所を叩かれる形に。
……あれ、もしかして?
次は右?
オレは木剣を振りかざす。オレを叩く鞘を防ぐために。

「あっ」

「あれ」

が、木剣がよくなかった。ただ叩かれるのでもなく木剣を叩かれたがため、適当に構えた腕がつられてぐりんと引っ張られる。関節とは逆方向に。
力が緩んでいたのが特によくなかった。ごきん、と嫌な音がした。

「う、う、あああああ痛ッ、いだあああああ!!?」

「お、お〜……。アホだなお前……」

ルカさんは腕を抱えて床をごろんごろんするオレを気遣う気もないようで、冷めた目でしばらく見下ろしていたが、そのうちふっとため息をついてそばに寄り、腕を無理矢理に掴んできた。そして。

「オラァ!」

「ぐぎゃぁぁッ!!?」

「治ったぞほら」

「治ってねぇ!!全身にぐわんぐわん痛みが響いとるわ!!何してくれてんだ!?」

「いや肩を嵌めたんだよ」

「ぐおおお……!メッチャメチャいてぇ一瞬失神しかけたわ……なんなんすか、ほんとなんなんすかアンタ……」

「まぁ大したことないから心配しなさんな。あとでケアルかけてもらってよく冷やせば明日には痛みも引いてるさ。もうそろそろ終業時刻だし、手当してもらったら帰っていいよ」

「ぐぬ……もうそんな時間ッスか……」

「明日は午後一で来ればよろしい。誰がつくかは知らないが、パトロールの順路が指導されるはずだから」

木剣を取り上げられ、顎で上階を示されてはもう逆らう余地もなく、言われるがまま医務室でケアルをもらい帰りに氷嚢を買って帰ることにした。

……男オールト、恥ずべきことながら前言を撤回する。
ルカだかカサブランカだか知らないが、この女は化け物である。



「……ということがあったんだよぉぉ!」

「はいはい」

「あーマジいってぇ何あの女ありえねぇ鬼かなにかか!?殺されるかと思ったわ!」

「そうねー、実際ルカさんの入団テストってかなり厳しいらしくて、受かったやつほとんどいないらしいぜ。よかったな」

「あ?そうなん?いやオレ受かったかわかんねぇしな……あれで落ちてたらマジオレの肩はなんのために」

「受かってるだろー。じゃなきゃ翌日来いなんて言われねぇって」

元々幼なじみで既に入団していた奴と飲む約束をしていたので、ぶらぶらと商業区を歩きながらオレは愚痴る。やってられねぇ。肩はまだ痛い。

「あーもう、ジルさんがいなきゃ明日行こうって気にならねぇっつの……」

「お前も好きだねぇ……。あれ?でもあの人、仲間内で誰かと付き合ってんじゃなかったっけ?」

「ハァッ!!?なにそれルカさん言ってなかったですけど!!?」

「なんだ、じゃあ勘違いか。あの人が知らないってことありえないもんな」

「いや……あの素早くてちっさいゴリラみたいな女のことだ、美しく聡明なジルさんがあんなのにすべてを明かしているなんて考えづらい……!」

「お前ひっどいね。ルカさんそんなひどい人でも怖い人でもないぞ?むしろ他の面々のが、」

「つまり、くそう!やっぱり恋人がいるのか!どいつだ、どこのどいつだ!オレが成敗してくれる!!」

「聞いちゃいねぇよこの馬鹿野郎……あっ」

不意に幼なじみが足を止め、すぐさま敬礼した。暗闇に揺れる金髪。そのすぐ奥に大柄の男性。
オレは完全に硬直した。
そこにいたのは、団長閣下であるシド・レインズと……そしてオレの憧れの女性、ジル・ナバートその人だったのだ。

「今は業務時間外だ。楽にしなさい」

「はっ」

団長サマに言われ、幼なじみの敬礼が解かれる。と、団長サマの目がすっと細められ、なんとオレを見た。

「君は……」

「は……はいっ、オールト・ディビースです!せ、先日入団致しました!」

そう言って幼なじみがそうしたように敬礼しようとした、瞬間だった。持ち上げようとした右腕に、つきささるような痛みが走る。

「ってぇぇ〜……!す、すいません、今日入団テストで肩を……」

「やはりか!ルカの入団テストをよくもまぁ通ったな」

「あら。じゃあ彼が、例の?」

団長サマが褒めてくださった直後、それまで我関せずといった表情だったジルさんが目を見開いてオレを見た。う、うおおお、見てる!女神がオレを見てる!!!

「ルカの試験を通るなんて、もう百年ぶりくらいになるかしらね……すごいじゃない。期待しているわよ」

「は、はひっ!!ありがとうござますぅぅぅぅ!!」

うわ噛んだ。緊張しすぎだ童貞か。隣で幼なじみが吹き出した。テメェ今日潰すからな覚悟しろ。

偶然出くわしただけだったらしい二人は「じゃあ、ふたりとも励めよ」とだけ(団長サマが)おっしゃって、連れ立って去っていく。その後ろ姿を見つめながら、オールトはほぅとため息をつく。

「あー初めてジルさんをあんな間近で見たぜ……美しいなぁー……。はっ、ていうかオレ個人的に声掛けられた!?おぼえめでたい!?」

「頭がめでたいのは確かだと思う。しかしそうか、今日は商工会議所の会合だったから団長と会計監査担当で顔を出したんだな……」

「うるせぇ死ね。うわーまじかまじか、これはきちゃうかもなぁ今年中にゴールイン」

「お前の頭の中は既にゴールインしてるだろ……世紀末的な意味で」

「よくわかんねぇけどバカにしてるなてめぇ?……あっ、?」

ふいにオレの視界のずっと奥で金髪が揺らめいた。見れば何やら旗を背中に背負ったガキが路地裏から飛び出して、それを察知できなくてよろめいたのだ。ジルさん!!
届くはずもないのに呆然と手を伸ばしたオレなど徹底的に無関係に、ジルさんは救われた。すぐ近くにいた団長サマに支えられたのだ。さっと抱きとめるようなあまりにもスマートな動きにオレの目は釘付けになる。
何あれ超かっこいい抱いて。そして待て、今のはなんだ。

「おー、さすが団長閣下やることまでイケメン」

「……今のおかしくないか」

「おかしいのはいつもお前の方だよオールト」

「だってあんなすぐさま抱きかかえるなんてっ!よほど意識してなきゃできないだろ!?それに何だあの仲睦まじい感じ!?ジルさんが照れて振り払ったぞ!!?なんかすごい怒ってるみたいに見える、あのジルさんが!!大抵の相手には微笑みだけを返すあのジルさんが!!!」

「聞いちゃいねぇよこの変態……いや、別におかしくはないだろ。あの人達最古参メンバーだぜ、そりゃ気心も知った仲だろうし、」

「恋人なのか……!!団長サマが恋人なのか!!うわぁぁぁ勝ち目!勝ち目どこ!?ねぇ教えてオレの勝ち目どこだと思う!?」

「人の話聞かないで見当違いな場所に向かって時速二百キロチキチキレース出せそうなくらいアホなところじゃねぇの?」

「そんなん勝ち目になると思ってるのか?お前はバカか」

「突然まともになるなうざい」

「ともかく、そうか……。確かに団長はルクセリオでも超有名なイケメンだしこんなに似合うカップルも……恋人がいるってのは聞いたことあるけど結婚はしてないみたいだったからな……くそう違和感が来い……」

「お前には聴力的な意味で病院が来てくれるといいな」

幼なじみがまた何か失礼なことを抜かしているが、知ったことではない。とにかく今は脳内を占めるあの二人の顔を振り払うのに必死である。
ああクソ、なんて日だ!!

「……っていうか明日行く気しねぇ〜……!」

「いやそれは行けよ万年ニートが」

「だってさぁージルさんに恋人がいるんだぜ!!?あっ、あの女マジひでぇわ、肩は外すし嘘はつくし……!」

「だからルカさんが言うなら嘘じゃねぇって……肩だってお前の不注意だろうが……」

「あーちきしょー憂鬱だぁぁ……」

オレはひたすら項垂れてぐったり肩を落とす。数ヶ月越しの片思いが伝える前に散るだなんて。
まぁ最初から実る確率かなり低かったんだし気にすんなと、慰めてんだか追い打ちかけてんだかわからない幼なじみのお優しい言葉に涙しつつ、オレ達は当初の予定通り居酒屋へ向かった。その日の酒はオレ限定で苦いものとなったのは言うまでもないだろう。



さて、翌日。幼なじみにベッドから引きずり出され、連れて行かれた自警団本部。
軍服を模した制服に着替えさせられ、ルカの前に引っ立てられる。

「ああ、おはよう。肩はどう?」

「おかげさまでほとんど痛くないです、今は」

「そ。ならよし」

“今は”の部分に篭めた嫌味を受け取らんかい。
オレはぐっと奥歯を噛み締めたが、とりあえず今はいい。それよりもまず知りたいのは。

「っていうかルカさん!ジルさん恋人いるじゃないですか!?昨日のはまるっきり嘘じゃないですか!!」

「はぁ?さすがにジルの男事情なんざ事細やかには把握してないっての。……いやでも大抵気付くんだけどな、マジか……」

「いつまでそらっとぼけるんですか!団長ッスよ!!あの長身黒髪イケメンッスよー!!」

「……は?え、先輩とジル……!?」

「知らなかったんスか?もしかしてハブ?」

「んなわけあるかい!っていうか、ない、ありえない。あの二人もう千年以上前から最悪に仲悪いんだから!」

「だからそれはルカさんに付き合いを知られないためのカモフラージュっしょ?じゃあ聞きますけど、団長閣下の噂の恋人って誰スか?」

「あ、そ、それは……その……」

「ほらね、言えないっしょ?誰も詳しく知らないんスよ。きっと隠してるからだ。……で、それでね、オレ考えたんスけど。それでもどうにも諦めきれないんで、団長を蹴落としてやろうかと思うんスよねー」

まずは誰より剣で強くなって、あの団長を凌ぐほどのイケメンになってやるのだ。オレはそう決め、まだ鞘から抜いたこともない剣の柄を握りしめる。だからさっさとパトロール行きましょーよ、そういう意図を篭めてルカさんを見ると、まだ白い顔で動揺していた。その顔を見て、オレはぴんとくる。

「ルカさん、もしや団長閣下が好きとかそういうあれですか?」

「はぁっ!?い、いやその、」

「だぁめですって。ルカさんもそりゃ綺麗ですけどね、ジルさんには敵いませんから!この世のすべての女性が敵いませんから!あの二人が並んじゃったら、もう生半な覚悟じゃ追い落とせませんよー。まっ、すぐにオレが団長は蹴落とすんで、待っててくださいよ。そしたら団長だって振り向いてくれるかもしれませんし」

「……何言ってんだ、バカ。いいから仕事だ、パトロール」

ルカさんはそこまで言われてようやく俯いていた顔を上げ、うっすらとした微笑みでそう言った。なんだかどうしようもなく悲しげで、可哀想な笑みだった。
なんだこんな顔もできるんじゃないかと、一瞬だけ見惚れたのは秘密だ。








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