タブーだらけのエンドレスナイト(お下品なので一応R-15)



AF600~頃?




その日はナバートがいなかったというのが、まずもって最初の理由であった。と、リグディは結局彼女が元々悪いのだと責任を押し付けた。

更にその理由というのが、最近デートに誘ってくる男と一緒にディナーというもので。おかげでルカが、まぁ少々荒れたのだ。彼女自身恋人がいるし、というかすぐ傍に今もいるので言えたもんではなく、それは本当にほんの少しのささくれだった。長く生活を共にしている身としては別段トラブルという程のことでもない。親友を取られたくないという、どうしようもなく子供っぽい嫉妬だったのだと思う。じゃあ自分はなんなんだとも言ってやりたいが、人間は得てして自分に向く矢印を小さく考えがちである。十分に愛されていればいるほど。ジルが同じいらだちを向けたとしても、それには気付かないに違いない。
ともかくおかげでシドが彼女をいつも以上に甘やかし、結果、もう深夜にもなろうという時間帯に残りの全員でポーカーをする羽目となっている。言い出したのはルカだ。聞けばトランプを帰り道に発見し、つい買ってきたのだとか。明日が休日であるという事実もまた、リグディたちにまぁいいかと思わせた。このまま夜中まで遊んでやってもいいか、酒の相手をしてやるくらいいいか……という具合に。

それなら賭けもなきゃ面白くないということで、来週の仕事やら家事やらの押し付け合いも兼ね数ゲームを終えた。すでに全員に酒が回った後だった。特にルカは、いつもいくら飲んでもけろっとしている可愛げのなさのくせに今夜に限り少しばかり悪酔いしていた。いつも表情や顔色がまるで変わらないという前提でだが、珍しくも酔っているようで僅かばかり顔が赤い。
リグディはといえば、決して酒には強い方ではないのでかなりセーブして飲んでおり、全く意識に支障ない。飛空艇の運転以外ならなんでもできる程度だ。それは他の男連中も同じであり、普段から飲酒を好まないヤーグはもとよりシドもあまり飲んでいない。最もこの二人の場合、ルカが悪酔いするのではないかという危惧から酒を飲まなかったのではないかとリグディは睨んでいるが、どうせ明らかになることはないので深く考えないでおく。

「だぁぁぁ勝てない……なぜだ……先輩はともかくリグディとヤーグにだけは勝てそうなのに!!」

「まぁこりゃ時の運だからなぁ……」

「手札はな。が、ルカは顔に出すぎだ」

「お前はピンチのときほどふてぶてしくつっかかってくるからな……すぐわかる」

「そんなわけで来週の書類整理は手伝えよお前。それから次の賭け内容決めろ、負けたやつが決めるルールだろ」

「くそう!いいよいいですわかりました!えーと、じゃあ次の賭けは……どうしようかね、……わかった。わかった、こうしよう」

全員に駄目だしされたルカはしばし迷った後、ばぁんとテーブルを叩いた。
その顔はそれはもうふてぶてしく、目は爛々と勝利への逆転に向けて輝いていた。なぜだか嫌な予感がした。

「負けた人間が!一週間!夕食を作る!!」

「……ッ!?」

「貴様ァ……!!」

「え?……え、何?」

突如として見開かれた上司の目と、そして悔しげに歯ぎしりしテーブルを拳で叩いたロッシュに意味がわからないリグディは何度か瞠目した。なんでその罰ゲームがこんなに拒否されるものかわからなかった。

基本的に夕食は各個人自由に摂る。が、仕事が全員一緒なので、全員の夕食の時間帯がかぶることはそう珍しいことではない。というか多い。平日は基本的に毎日かぶる。ヤーグやルカのように自炊を好まない人間は外で買ってくるが、外に出るより自分でなんとかした方が早いし美味いと考えているリグディを含めた残りの三人はキッチンを使う時間もかぶるので、少々面倒くさいのだ。だから、そういう可能性があるときは、大抵この三人かあるいはそこにロッシュも混じって数人で当番制になる。厳格に決めているわけではないにしても、じゃあ今日は疲れもないし俺が、今日は私が、食べたいものがあるから私が、とかそういう流れになって、うまい感じにローテーションされているのだ。ほとんど家族のようなもので財布は一緒だし、全員分作った方が安いならいつも協力するにやぶさかではないのだ。あとはまぁ、なんせ全員いい大人なので。
だから、夕食を一週間作るなんて罰ゲームは、まぁたしかに面倒だが別にそこまで怖がるほどのことではないとリグディは考えていた。むしろ凝り性のシドなんかは料理自体を結構楽しんでいる節がある。のに、なんだこの空気は。

リグディにはわからなかった。ルカがどういう意図でこの賭けを言い出したのか。
わかっていなかった。

「卑怯だとは思わないのかルカ……!そんなやり方で勝っても勝利とは呼べない、否私が呼ばせない!」

「そんな人間に育てた覚えはないぞ!?ここにいないナバートを巻き込んでまでその賭けでいいのかよく考えなさい!」

「ふん、何と言われようと勝利は勝利……!私は士官学校でそう学んだ!指揮官たるもの、部下や民衆を守るためにその他のすべては何もかも犠牲にせよと!今がその時よ!!」

その時なのか。リグディにはわからなかったので、自分が指揮官クラスじゃなかったからだろうと無理やり己を納得させた。
しかし、閣下がナバートを庇うなんて……異常な事態に僅かな恐怖を感じ始め、どういうことなのか質そうと問うてみることにする。

「あの……そんなに夕食を作るのが嫌なら、俺代わるけど……」

「違う、そうじゃない」

「……このままいくと次のゲームは誰が負ける?」

そんなのわからない。建前上は。
わからないが、案外ポーカーフェイスのヤーグをかいくぐるのはリグディにも難しいし、シドに至っては難攻不落である。これまでのシドに対する僅かな勝利は完全に運だったと自覚しているリグディはといえば、昔取った杵柄というか、士官学校に入る前のエアバイク仲間とジャンクを賭けてよく遊んでいたので、ポーカーには少しばかりの自信があった。一応まだ仕込んでないがイカサマだって多少はこなす。今思えばこんな面子で、ルカが勝てるはずがないのだ。彼女ときたら、良いときは平常心を保てるくせに、悪い役となるとすぐわかってしまう。勝てるはずがない。
そんな答えが顔に浮かんでいたのだろう、シドはリグディに深く頷いた。

「そうだ。彼女が負ける可能性が高い。となると、夕食は一週間彼女の手作りだ」

「……はぁ。え、それが何か」

「ああそうか、お前は知らないんだったな……いいか。ルカはなぜか、料理で人を殺せる」

えっ。
ヤーグが深いため息を滲ませて告げた言葉に、リグディはたぶんそんな声を返した。意味がわからなすぎて一瞬反応できなかったのだ。

「い、いやでも、殺すて……さすがにそこまではちょっと想像が」

「この世に存在できないものを人は想像できないのだよ。あれは毒……と呼ぶにも毒に失礼だ。というか、お約束なまでにクリーチャーだ」

「先輩それ以上言ったら別れますからね」

「く、クリーチャー?」

「なぜか動く。あれは明らかに未知のバケモノだ」

「動くの!?」

「あああ決めた別れる!もう別れます!!」

「君が料理するなんて言い出すからだろうが!!」

珍しくも言い合いを始めた二人はとりあえず置いておくとして、リグディは隣のヤーグに視線をやる。顔色が土気色だった。ただごとではないとつばを飲みながら「どういうことだ」と問うと、これまた珍しいことに微かに震えたやっと聞き取れる声量で、「一年の頃……調理実習で……」とだけ言った。調理実習といえば学生生活において甘酸っぱいイベントの一つではなかったのか。それがどうして土気色だ、甘酸っぱさなど欠片も無いではないか。俺の知ってる調理実習と違う。リグディは困惑する。

と、言い合いは思ったより早く決着したらしいシドがヤーグとリグディ両名に向き直った。そして、一言。

「絶対に負けるぞ」

とだけ言った。それはもう完全に覚悟を決めた顔で彼は、どうしようもなく情けないことを言い放った。
それにやけに力強く頷く同い年の後輩を横目に見遣り、リグディはようやく事態を飲み込み始めた。この二人が、銃で打たれてもナイフで刺されても平気な顔で「早めにケアルを頼めるか」ぐらいしか言わなそうなこの二人が、本気で生命の危機を感じている……。
俺今日死ぬかもしんねぇな、とリグディはあくまで冷静に気がついた。そしてそこに至ってようやっと、彼もヤーグに倣って頷いてみせた。

各自コインを投げ、賭けをする。カードが配られる。配るのは前回の勝者のシドである。まさかカードが良い手札で固まらないようにと、いつもの倍はカードをきっていた。正直いつまできるんだと思うほどであった。カードは四枚ずつ配られ、そして場に一枚ずつ表を向いたカードも与えられる。それが終わるとシドは裏面を見せるカードを山にしてテーブルの中央に置いた。
今回は簡略化したルールで即決で決まるゲームを行っており、この明らかにされたカードも含めて個人の手札である。つまり、五枚で役を作るのが勝負。この後二枚選んで捨て、山から二枚取り、その上でカードを公開し一番強い役を所持していた人間の勝利。一番弱い役の人間の敗北。前回の敗者が決めた賭けの罰ゲームが例えば一週間部屋の掃除ならば、敗者が勝者の仕事部屋の掃除を一週間引き受けることが決定。簡単なゲームである。
そして定石として、明らかになったカードはどうでもよい。大事なのは裏返しの四枚だ。全員が一斉に、そっと捲ってこっそり手札を確認する。そしてリグディは一瞬絶望しかけた。

8のワンペア……!

表のカードは関係なかった。手の中のカードだけで、ワンペアができている。ワンペアが一枚あると、そこからツーペアやスリーカードに化ける可能性が高く非常においしい、いやおいしくない、今回はとても危険だ。どうしてこれがカサブランカ以外に惨敗した二回前のゲームで出てくれなかったのだ。どうして、どうして、どうして……リグディは腹の奥に鈍重とたまった空気を細く吐きながら沈黙する。ここから負けるなんて、すでに難しい。せめて2とか3とか、ワンペアだとしてもクズに近いカードだったらよかったのに。8では十分、強い手を作れてしまう。畜生、捨てろというのか。せっかく手に飛び込んできたこのワンペアを、もしかして俺に捨てろというのか……。
リグディは逡巡する。捨てたくない。さっきまでなら喜んで保持するこのワンペアを捨てたくない。
……しかし。

「(……いい加減にしろ。個人的感情は捨てるべきだ。今生き延びること、それが何より大事だと言うならそれ以外捨てちまえ)」

今は勝利にかかずらっている場合ではないのだ。勝利そのものの味よりも、それによって引き起こされる結果を見ろ。
ここからすべて変えなければならないのだ。リグディに触れられるのは手の中のこのカードだけ。変えられるのは自分だけ……。状況は変わらないのだから、自分が変わらなければ。適応しなければ、生き残れない。
ちらと周囲に視線をやった。ヤーグの目もシドの目も真剣そのもので、そこに安堵は滲まない。おそらく安堵できる手札ではなかった。リグディと同じような手札なのだろうと考えてよさそうだ。
それでもその目は死んでいない。まだ一欠片も諦めてなどいない。まだ終わりではないのだ……ここからカードを引くことができる。いらないカードを二枚捨て、そして二枚引くのだ。そこで役が大きく化けることも、別段変わらないことも、とても悪化することもある。ここは悪化する方に賭けよう。

カードを引くのもシドからだった。表に出したカードはこの順番を決めるためのものである。表のカードが弱い順に、カードを引いていくのだ。シドのはハートの2であった。

シドはカードを二枚放る。なんと、5のワンペア。やはりこの男も同じ手勢であったか。リグディが自分と同じ引きの強さに感心する目の前で彼は更に二枚カードを引く。
彼の表情は、一切の変化を見せなかった。

いつもならミスリードを混ぜてくる。笑ってみたり、眉を顰めてみたり。それがあたっている時も、完全に真逆のときもあった。が、無表情というのは初めてで、全く読めない。
時計回りなので次に引くのはリグディだ。リグディは武者震いを押し殺して、せっかくのワンペアを上司同様に捨ててやった。欲しいのはクズな役。来い2とか3。何が起きても揃ってくれるな、ノーペアで終われ。
リグディが二枚引く。そして結果、確かに揃わなかった。一枚として、揃いはしなかった……その意味ではリグディの望みは完璧に叶えられていた。けれど、リグディは指先が凍るような感覚を味わった。

「(ストレート……だと……!?)」

ああ、この世に神などいないのだ。いや、たとえいたとしてもその神にリグディは愛されていない。なんて不条理。なんて不合理。
9、10、ジャック、クイーン、そして表に一枚無造作に置かれ電灯を見つめ返す堂々たるキング。どうしてだ、どうしてこうなってしまうんだ、何がどうしてストレートなんて手札ができてしまうんだ。たった一度のチェンジでどうしてこんなことになる。
困惑しきりのリグディなどつゆ知らず、ヤーグもまた同様にワンペアを捨てカードを引く。どうして全員がワンペア所持だよとリグディは頭の片隅で思ったがそれはそれとして、やはり表情から内容は読めない。そして最後、ルカもまたカードを引いた。

さて、これで終いである。シドからカードを公開して、勝ち負けがわかって、おしまい。ああ人生短かったな、と絶望しかけて、やはりリグディは思いとどまる。
まだ諦めるには早い。残りの二人がどんな手札かわからないし、ルカはどこか満足そうな顔をしているではないか。あれならそこそこいい手札を持っているはずだ。そうだきっとそうだそうじゃないとおかしい。ルカが最下位でさえなければシドさえ恐れる事態は回避できる。

と、そう思った瞬間であった。
玄関からがちゃがちゃと鍵を開ける音がして、そして部屋へ続くドアが開く。入ってきたのは綺麗な格好をしたジルであった。この上なく不機嫌な顔さえしていなければ、リグディだってうっかり見惚れてしまいそうなぐらいに。
が、その不機嫌そうな顔はデートの経過を如実に物語り、平素ならおおよそ考えられない粗雑な仕草で彼女はソファに座り込んだ。

「ジル?早かったね、どしたの?」

それに驚いたらしいルカは手札をぽいと放って、本当にぽいと捨てるように放って……酒瓶とショットグラスを手にジルの方へと歩いて行った。
彼女の残した手札は。

「(7の……スリーカード……!)」

微妙だ。微妙である。勝てる可能性を十分に有しながら、しかし惨敗の可能性も多分に残している。どっちだ?リグディは素早く二人の顔を見る。

「……」

シドはもう手札など見もせず明後日の方へ視線をやっていた。
手札を広げたヤーグは頭を抱えていた。どうしようもないほど後者だった。

見れば、ヤーグの手札は3が二枚、6が二枚、そして表に出ているのも3ということでなんとフルハウスだった。なんと稀有な……いや待て。リグディは思い返す。こいつが捨てたのは確か、6のワンペアであった。ということはこの男、まず3がワンペア6がスリーカードのフルハウスを引いたのだろうか。そうなればたった二枚をどう捨ててもどうせワンペアは崩せないので、6のワンペアを捨てたのだ。しかし結果、山の中に残っていた残り二枚のうちの一枚の3と、そして最後の6をを手に入れてしまったということか。そうでないと計算が合わない。
なんて運のいい……じゃない悪い。どんな悪運だ。

最悪の布陣に硬直するしかない男どもを置いて、一方ルカはジルの顔を覗きこんでいた。

「どうしたのジル、なんか具合悪い?酔った?」

「いいえ……別に酔ってないわ……散々だっただけよ。男なんてもういい、しばらくはいらない」

「わかるわかるー私もさっき別れたとこー」

「おい」

「そうなの?良かったじゃない、百年に渡るDVに終止符をうてて」

「おい何がDVだ誤解を生むだろう」

「それで何?ウフィッツィに誘っといて食事代出させようとしたとか?」

「聞きなさいこらルカ」

「いいえ、そこまでのアホじゃなかった。有名レストランだけあってそれなりに美味しかったし、ワインも良かった。問題はその後よ」

珍しくもシドをナチュラルに無視である。ジルは酒瓶の口のところを片手で握ってボトルから直接飲み、そこから何度も中身を受け取ってはルカも小さなグラスを一気に煽っていた。いい飲みっぷりである。

それはともかく、なんというか、暗黙の了解というか、一般常識とでも言おうか、自活している大人の男なら確かにデートに行けば女に金は払わせない。それはもうそういうもので、別にその常識に異を唱える気はないのだが、しかしそこで量るのだってどうなんだとリグディは思う。アホって。アホって……。そ、そんなの財布も出さない女なんてこっちから願い下げで……、いや待て旧友のデートなんぞ今はどうでもいい。危ない、流されるところであった。

リグディは素早く目を光らせた。今の隙にカードを捨て、そして拾う、これしかない。幸い自分はストレートだ。たった一枚入れ替えればクズ役の完成である。この程度のイカサマこれまでだってやってきた、なんとかなる。リグディは奥歯を噛み締めた。横目にルカに視線をやると、横顔が映る。こちらが全く見えていない瞬間だってたまにはあるに違いない。タイミングを図る。

カサブランカがこちらを見ていない時、……今だ!!

リグディは端のカードを捨て山の下へ滑りこませると、山へと手を伸ばす。

「あのクズ、食事が終わったらそのままホテルに連れ込もうとしやがったのよ!」

「んなっ……気持ち悪ッ!!」

おい待て。

ずるりと指先が最後の一瞬滑った。それでも辛うじてカードを捕まえ、手札へ叩き込む。これで完璧、クズ役の完成だ!
そう思って確認もせず手札をテーブルへ広げ公開する。結果として、クイーンの色が赤から黒へ変わっていた。ただそれだけだった。

「(……えっ)」

「(……君というやつは、本当に……)」

「(女に……やたらめったらモテるな……)」

「(いやっ、違、そんな、こんなはずじゃ……!)」

捨てたカードがクイーンだったのは、見ていたヤーグとシドなら当然知っている。なのにストレートができていれば、何が起きているのかもわかる。
リグディはダイヤのクイーンを捨て、クローバーのクイーンを引き当てた。つまりはそういうことなのである。

「何なの本当気持ち悪いったら。意味がわからないのよ、何?この後部屋取ってあるから?だからなんだ知ったことか私はホームレスじゃない部屋なんて必要としてない!」

「何で食事からのベッドコースなんだろうね偶には違うことできる奴いないんか」

「全くだわ誰が寝ると言った、何で数回食事しただけの興味もない男と寝なきゃならないのよ意味がわからない」

「もうお前の頭の中にはそれしか無いのかという話で」

いや待て本当に待てそれは本当に男がいる場所でしていい会話か。しかもカサブランカ仮にも恋人がすぐ傍にいるのにお前。
しかしウフィッツィってこの間できた馬鹿高いレストランだろう一人頭平均六万とかそういう、リグディが近づくとしたらプロポーズにでも使うとかそういう時だけの凄まじいレストランだろう。そこに行って飲んできたってことは十万二十万平気で使わせただろうしかも今回が初めてのデートでもないだろう。ウフィッツィといえば値段設定がおかしい上に予約が取りづらいのだから、そこを奢らせたのならなんというかリグディも男としては十分期待して当然というかもう色々準備済みだっただろうなと思ってしまう。
って違う今そんなこと本当どうでもいい。

どうしたらいい、また引くか?タイミングを見計らって?引いてもいいが、今はこっちを向いている……危険だ。しばらく待って……。
リグディが逡巡する横で、どうやら赤裸々な会話に耐え切れなくなったらしいヤーグが動いた。見よう見まねで素早く伸ばされた手がカードを掴む。そうだヤーグでも良い、3のスリーカードでも6のワンペアでも3と6のツーペアでも、いずれにしてもルカよりは弱いのだから。彼は一縷の望みにかけて必死に手を伸ばした。さすが女一人守るためにモンスターに飛空艇で体当たりをかました男である。
まだまだスナップは弱いがリグディをうならせるほどにいい筋をしている、彼は山から一枚引くとそれをあっさり手札に加えた。賢い、まず引いてから手札を吟味しようというのか!自分もそうしてりゃ今頃はよ……と悔しがるリグディの目の前で、しかしその奇跡は起こった。

「……」

「……」

「……」

3が四枚。6が二枚。
ヤーグは、山の中に残されていた最後の3を引いてしまった。まさかまさかのフォーカード。
より強い役を作ってどうする……。

残された道は二つに一つ。フォーカードか、元のフルハウスか。どちらでもスリーカードよりは強い……。
ヤーグは数秒悩み、そして諦めきった顔で3のカードを捨てた。と、それを見咎めたルカが怪訝そうな顔をした。

「ちょっとそこ何カード弄ってんだ」

「いいい弄ってない、何もしてない」

「ふぅん……?まぁいいや。んでジル、そいつはどうしたの?殺した?ちゃんと埋めた?」

「いいえ、平手打ちして着信拒否して置いてきた」

「何でこんなときだけ優しいのジルはー……。本当になんでもう、数回奢ったらヤレると思うのかね。十万かそこらで買ってるつもりかね」

「その金返すから握らせたままコールガールでも呼んでやりたい」

「それな」

「本当それな」

「十万ありゃハードSMにさえ応じてくれんぞ」

「それな」

「本当それな」

更にちょっと待て会話が不穏だカサブランカお前それは誰の話だ。リグディの目の前でシドの顔が明らかに顰められる。学生時代からの付き合いのこの二人なのだから、シドがルカに奢ったとして当初なら数万を数えまい。ならば誰への感想だそれは。
いや待てまだ大丈夫、まだシドである可能性はある。いやそれも十分に酷いけれどまだマシである。

「大体さぁ、じゃあ割り勘でって言っても受け取らないしね」

「こっちの方が収入が多くても受け取らないのよね」

「そしてそれを言うと拗ねるんだよね意味がわからない。何がプライドだ事実金回り悪いくせに収入が少ないことを事実として受け止めろよって話よ」

「全くだわ、そのくせ金を出したらそれで寝れると思うわけで何その逃げ場のなさ殺してやろうかいっそもう窓から捨ててしまおうか」

「そういう男に限って女は子宮でモノ考えてるとか思ってやがるんだ」

「股間でモノ考える男と一緒にするなと言いたい」

やめてさしあげろ。リグディはさすがに相手が不憫になってきた。というか男なので耳が痛くなってきた。
そして今のでカサブランカの言っている男がシドでないことが明らかになりました。本当に修羅場をありがとうございます見たくもねぇな畜生とリグディは振りきって妙に冴え冴えとするかぶりを振った。

なんせ、シドの収入が彼女より少なかったことなんて一瞬たりともあり得ないのである。ずっと上官だったのだから。というわけで、これでどこかにカサブランカをホテルに連れ込もうとした猛者がいたことが判明した。シドが信じられないという呆れた顔で自分を見ていることに頼むから気付けと、リグディは内心で強く祈ったがしかし内心だから届かない。

ジルは酒瓶をひっくり返し、最後の一滴を喉に流し込む。今気づいたがそれはテキーラのボトルであった。しかも開けたのはさっきで、シドが二杯リグディが一杯ヤーグが一杯しか飲んでいない。それがどうしてもう無い、なぜあの二人は酔わない。
リグディにはそれもわからない。わからない中でも会話は続いていく。

「まぁでも一番怖いのは見返りを求めないタイプだけどね……」

「あああ尽くすやつか……厄介だよね女神さま扱いしてくる奴ってたまにいるよね」

「ああいう手合いは振り切るのが本当に厄介なのよね……一緒にいられるだけで幸せだっつうんならそれだけで一生満足しておけってのに」

「ああいうのって突然変貌しませんか」

「そうなのよ!ある日突然そろそろいいだろうって本性が出てくんのよね!そしてやっぱり無理にでも寝ようとしてくるわけで」

「あの変わりっぷりは本当怖いよね、もう殺すしか無いんじゃね?とか思う」

「かといって殺すわけにもね……結局無理やり追い出しておしまいだわ。っていうか突っ込むことしか考えてないのかよと。お前らの人生それしか無いのかと」

「それな」

「本当それな」

はい二人目が発覚しました。リグディはとうとう真顔で額に手を押し当てた。

しかし意外と多いな物好き。というか命知らず。カサブランカが戦闘技術にステータス振りを間違ったタイプだということは周知の事実だったろうに……。
リグディがふっと鼻から息を吐いた、その目の前で上司が遂に舌打ちをした。リグディでもそんなのなかなか見られない。いろいろと終わった。いろんな意味で。

しかしこの男性遍歴いつまで続くんだ本当やめてくれ俺が何をした。リグディはうっかり神に祈りかけたが、途中でやめた。だめだ、リグディの神は明らかにサディストなのだから。希望的観測なんて何度抱いたって、やっぱり陥るのは絶望ばかり。それならもう一度、もう一度引くのだ。そして今度こそ引いたカードと見比べていらないカードを捨てる。それで完成だ。あとはタイミングさえ合えばいい。引くだけならば、一秒も必要じゃない。リグディがこの場をなんとかしなければ。一番イカサマにも慣れているこの自分が、シドの腹心の部下でもある己が!
そう思って手を伸ばす、直前であった。

「もういいわ男なんて……そうだ別れたのよね?じゃあいいわもうこうしちゃいましょうよ、もうこれでよくない?」

「あん……ジル、みんなが見てる……ここじゃやぁ……」

おい待て。
瓶を床に転がして、グラスを手にしたままのルカをジルが押し倒したのを見てリグディの手は完全に止まる。あああ酔ってた完全に酔ってた見えてないだけで思いっきり酷い酔っぱらいだったとリグディが認識を改めるその目の前で、シドが動いた。
凄まじいスピードで、しかし空気は一切揺れない。ただ切り裂いて、彼の手はまっすぐに山へ伸ばされそして一枚のカードと共に戻される。なんて鮮やかな手並みか。イカサマなんてしたこともなかったろうに、リグディの一回を見ただけで覚え、そしてヤーグの失敗を見て学び、リグディを凌駕する手腕であっさりイカサマをやってのけたなんて……。目の前にいたリグディでさえ、一瞬イカサマに気づかなかった。なんて男なのだ。リグディは改めて己の上司の凄まじさを知る。
まぁこんなの普通のポーカーじゃイカサマって言うよりただのズルだけれども。

そして、引いたカードを確認するやいなやシドが捨て山へ投げたカードは、ハートのエースであった。
シドは手札をひっくり返し、場に並べる。四枚が真っ赤で、一枚が黒であった。表にあったのは最弱の2。残りの四枚は、ジャック、クイーン、キング、そしてスペードのクイーンがもう一枚。間違いなく何の意味もなさないただのノーペアであった。
そして黒き女王を除き、すべての手札は模様がハート。捨てたのがハートのエースだから、……つまり。

「ろ……ロイヤルストレートフラッシュ……?」

初めて見た。リグディはごくりと息を飲んだ。
おそたくこの男も、最初ワンペアを捨てた時は何の気なしに捨てたのだろう。残りの三枚が真っ赤なハートで彩られていたって、ロイヤルストレートフラッシュになる要件を満たすカードなんて引けるはずがないと踏んだのだ。連番になり且つ、ハートのカードなんて。
けれど引いてしまった。それであの無表情。なんという男か……あれを見て尚、絶望の一欠片も見せないのだ。今この瞬間までシドは諦めなかった。只者ではない。
そしてカードを広げ「私の負けだ」と言い放つと、シドは颯爽と立ち上がりいつのまにか攻守逆転していた二人のうち片方、当然ルカを無理やり引き剥がし暴れないようまるで荷物のように小脇に抱えた。そして外に向かって歩いて行く。

「先輩ぃぃ何するんですか離せこらぁ!別れたんだからぁ!!もう別れたのぉぉぉ!!」

「ちょっとこれを躾しなおしてくる」

「あー……行ってらっしゃい……罰ゲームは明後日とかからでもいっすよ」

「明々後日な」

とんでもなく怖いことを言い放ち、シドはルカを抱えたまま外へ向かっていく。そうして家を出て行く直前、「そもそも好きな男なら完全割り勘だって足ぐらい開くっつぅんだよ」「女が子宮でモノ考えるのは好きな男に乗っかってる時だけだっつぅの」だとかなんとか酔っぱらいの叫びが聞こえた気がした。聞こえないふりをした。
むくりとソファから起き上がった、化粧の崩れ始めた旧友に、ヤーグがコップに入った水をわざわざとってきて差し出してやる。それを受け取り口にする彼女に、どうせ酔ってる今しか聞けねぇとリグディはひとつ問うた。

「今の、どんぐらい本気だった」

「んー……これくらい」

ジルはぴんと人指し指を一本だけたて、くすくす笑い声をたてた。そして立ち上がり、シャワー浴びて寝ると言い置き自室の方へ歩いて行く。あれでかなり酔っ払っているようなので気を遣ってやらねばならないなぁと思った。

「なぁ、今のどういう意味かね」

「イチ、だ」

「はい?」

「イチ。……百%」

「……はい!?」

女はまるでわからんと、否わかりたくもないと再認識させられた。
そんな金曜の夜半。







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