And, untill the flower will wister by fate.






それから。
形容しがたい、どうしようもない、悪夢のようなあの瞬間から、シドたちはいくつかの夜を乗り越えた。
ルカは隣にいる。そのことがただ幸福につながるほど無神経でもないシドは、なんだかんだといって心に傷を残しているのだろう。と、自分の問題のくせに他人事のように考えた。

部屋を出ると、ほとんど同時に出てきたらしいルカとかち合った。シドの元を訪ねることもないルカは、どうやら一人でもよく眠れているらしい。エトロと関係があったのだと言われた。エトロの干渉を受けるため長く睡眠につくことができなかったのだと。
でももう関係ないのだと彼女は言う。エトロは死んでしまったのだから、と。

「先輩、今日の仕事は全部南ですって。みんなでリグディの飛空艇乗って行きましょうねー」

「言っておくが遠足じゃないからな」

「なんでそれ毎日言うんですかっ……!そんな勘違いするか!いいじゃないですか討伐におやつ持ち込むぐらい!」

「悪いとは言わんがいつ食うんだ」

「モンスター全部殺したら何か食べてもいいでしょーが!」

「血糖値を上げ続けると身体に良くないって知っていたか?その年で糖尿病なんて……まだ一応、外見だけ若いのに」

「んなこと気にしててモンスター討伐ができるかー!!あと一応とか外見だけとか言うなー!!」

表面上だけで笑っているような奇妙な感覚がずっと続いていた。
前はこうも言い合いが続くことはなかったのだ。半分じゃれているようなものだとしても、ルカはここまで食い下がらなかった。会話を続けようと、ルカが必死に取り繕おうとしているのがわかって少し胸が痛い。そしてそれでも後悔なんぞ微塵も刻めない自分に笑う。
何も間違ってなどいなかった。あれ以外の選択などあり得なかったから。

ルカはあの一件についての仔細を、ホープ・エストハイム達にすべては語らなかった。
ライトニングに頼まれてセラを助けようとしていたとだけ、元仲間に伝え……己とカイアスとの因縁については言葉少なに僅かだけ口にして、あとは沈黙を守った。そのことにシドは、どうしようもなく安堵を覚えた。おそらくロッシュとナバートも同じ考えであったろう。
ルカは語らなかった。カイアスの望みに、シドたちが同調したことなど。そしてそれが故となって、セラを救えなかったとは。

「ヤーグおはよーう。……ジル、どしたの、今日めっちゃ機嫌悪そうね」

「この寮のベッド嫌よ私。よく眠れないったら」

「わがままを言える立場じゃないがな」

ナバートとロッシュは時間丁度に現れた。九時には毎朝ここを出る。そして仕事をこなしては、戻ってくる。その日々がもう一週間は続いている。
ルカが語らなかったあの日から。

彼女の沈黙にシドは安堵した。ルカがシドを責めなかったからだ。そして、誰かに責めさせることもしなかったからだ。
何よりそれ以上に、ルカが責められることもない言い繕い方だった。

それはつまり、最善とは言えなくとも、自分がとるべきでない行動を認識しているということだろう。セラ・ファロンのために自分たちを犠牲にすることだとか、……ただ幸福を甘受する資格はないとしても、知己に責められ互いの傷を広げるのだって所詮自己満足にすぎないのだとか。

ではルカがそれをどう消化しているのか。それは正確にはわからないが、おそらく……。

「先輩。そろそろ、寮出たいですね」

「……ああ」

忘れるでもなく、かといって己を罰し続けることもできないのだろう。
彼女はかつての仲間たちとこれまで通りに付き合えなくなる、そんな予感がしていた。


仕事はアカデミーの受付所で受けた。コクーンを移るまで行っていたらしい業務をそのまま行っているので、アカデミーに限定していえば引っ越しによるトラブルはほとんど存在しなかった。シドたちは受付所で仕事をもらい、リグディに運転させて現地へ向かい、できることを片付けて帰ってくる。そういう生活を送っていた。
ホープ・エストハイムがかつての仲間や、手持ち無沙汰な顔見知りに頼んだのは主にモンスターの討伐であった。新しいコクーンも地表を剥がして作ったため、各地にモンスターが生息している。人が住める範囲を少しずつでも拡大するために、アカデミーはモンスターを討伐し開拓することを現在の主要目標としていた。
今のところ、アカデミアだけは街としてほぼ完成していて、アカデミーがあり店があり家がありと、多くの人々がすでにコクーンを移る前と同じような生活をしているらしい。今思えば当然のことだが、大抵の人々は移動の前に新しい家の権利などを獲得していたようだ。一方で移動直前に現れたシドたちはそうもいかず、ホープの計らいによって一時的にアカデミーの寮に部屋を得ていた。
が、それも長くは続かない。シドにはわかっているからだ。ルカがそれを嫌がっているということが。彼らに真実を明かさないのはいい、糾弾させない選択を採るのはいい、けれどそのうえ表面上だけ装って近くで仲間面をしているなんてルカには耐えられまい。わかっていた。だから、早くアカデミーを出たいとは思っていた。

「今日のお仕事はー、うん、全部終えれば三万ギルですって!いいですねー、貯金がそろそろ五十万を超えますよ!」

「そんなになるか。……まぁ毎日かなり働いているからな」

「日中はずっと戦っている気がするわ……」

眠たげにため息をつくジルを励ますように、ヤーグが「しかし」と口を開く。

「それならもう寮も出られるかもしれないな。街の端なら家賃はかなり安いと聞くぞ」

「ん?何の話?」

丁度着いた飛空艇の発着所で、今日も早朝から一人整備を行っていただろうリグディが飛空艇の下からにゅっと顔を出した。そろそろ見慣れた光景でもあるのでごくごく自然に彼は会話に加わってくる。

「そろそろ寮出たいねって話」

「……えええ俺寮にできるだけ長く住みた、ぅぐおっ!?」

「あんたは飛空艇の近くに住みたいだけでしょうが!いい大人が自活できてないって恥ずかしさを早く自覚しろっつの!」

「何すんだコラ!!」

俗にクリーパーと呼ばれる、リグディの身体が乗った大きなスケートボード状の乗り物を器用につま先で押してリグディを飛空艇の下に押し込みながら―おかげでリグディの声は少し遠くから返ってきた―ルカはそう怒った。そう言われてしまうと、確かに情けない気持ちもあった。
なんせ、今はもう二十七ですと本人がどんなに言い張ったって、シドたちは十四歳のホープ少年を知っている。その上で更に言えば知り合った経緯がそれはもう本当に酷い。シドたちではどうにもならない事態に己らは戸惑い、必死に取り繕おうとしてことごとく失敗して、それを解決したのがホープだという事実。型なしにもほどがある。もちろんファルシの討伐はホープ少年が一人で成し遂げたことではないにせよ、すでに相当情けない大人衆なのは疑うべくもない。
その上住む場所と、考え方によっては仕事まで世話されているわけで。情けない項目を少しずつでも減らしたいとルカが言うなら、それはもう大賛成だ。
しかし。

「……が、五十万では全員分の家賃にはならないだろう」

「え」

シドはルカの肩に手を置いて言う。それを横目にナバートが舌打ちしたのはどうでもいいから置いておく。
ルカは自分についてくるから数に入れないとして、均等に割って一人頭十二万と五千ギル。どんなに安くとも家賃は一月でおおよそ六万から八万ギルの間といったところ。入居時にかかる雑費を考えたら、明らかに帳尻が合わせられない。
そう説明してやると、しかしルカは首を捻った。

「え、みんなで住めばよくない?」

「何を言っているんだお前は」

「何よぅヤーグ……だって寮で生活してたじゃないか、元々。各個人に部屋があればいいんでしょ?五つ部屋があればいいだけなら、二十万くらいでなんとかなるんじゃないの?」

「やめて。お願い、やめて、その方向で話がまとまるの嫌」

「えっジルは嫌なの!?私と住むのが嫌なの!?」

「あんたとレインズが一緒にいるところに入るのが嫌なのよ察しなさいよ馬鹿」

「あいたっ」

避けられるくせに避けないルカは、額を指先で弾かれて小さな悲鳴を上げた。その後はといえば、頬を膨らませて拗ねた顔をしている。外見年齢は似合わないというほどではないとしても、精神年齢が乖離しすぎではないのかと最近のシドは気になって仕方がない。
言えばまた喚くので黙っておくとして、シドはクリーパーで戻ってきたリグディに片手を貸し助け起こした。

「今日は南部だ。もう飛べるか?」

「もちろん。任しといてくださいや、閣下」

閣下はもうやめろと言っても、リグディだけは口調を改めなかった。ルカが先輩と呼ぶ呼称を改めないのと同じように。
その理由はわからない。シドにもわからないことはあって、だからこの二人を一番傍に置いていたのかもしれないと、無為にそんなことを考えた。





仕事は恙無く終わった。現在、この新コクーンでは、全方位に向けて新地開拓が行われている。急造ゆえに、この新しいアカデミアしか都市としての体を成していないだけではなく、地表を剥がしてそのまま形作られた地形は必ずしも定住に適さない。それを機械のちからで均して、都市を広げるのが目的であった。今のままでは食料も限られてくるし、ホープのたてた計画には長い時間をかけての開拓が不可欠だった。もともと、自分がいなくなった後のことを考えてだろう、数百年規模で開拓案は練られていた。シドから見ても、それは無駄もなければ無茶もない、完璧な案だと言えた。一方でルカはそれを鼻で笑ったが。こうなった以上、急ぐ必要なんてなかったじゃないね……なんて言いながら。その意味はまだわからない。どこかむなしそうに「先輩には教えない」と笑った彼女からは聞き出せなかった。どこか哀愁を誘うというか、それ以上の追及を許さない顔をしていた。彼女のあんな顔は、シドでもなかなか拝めたものではなかった。
そんなわけで一抹の疑問と不安は残しつつも、毎日ただひたすら開拓の手伝いだ。機械が進めるようモンスターを駆除するというだけの仕事。大抵の人間は家と共に仕事も得ていたが、シドたちは当然そういうわけにはいかないのでこういう日雇いめいた仕事をこなすしかない。とはいえ重大任務な上にとても危険なので、結果高給ではありシドには今のところ特に文句はない。危険だと言ったって、シドのかつての後輩たちはなんだかんだ立派に成長してしまったのだ。一般に定義される“危険”が、彼ら彼女らには当てはまらない。
ナバートの魔法はモンスターの体重など度外視して一陣の風を捕まえては竜巻に変化させ空へと吹き飛ばしてしまうし、ロッシュは刀ひとつでベヒーモスの爪を受け止めるまでに成長している。今現在もゆるやかにだが、彼らが更に力をつけていっているのがシドにもわかる。その上でリグディが飛空艇の機銃を用いて二人が作った隙をつきモンスターたちを一掃する。銃の扱いも平均的で、戦闘という行為は普通の軍人並のリグディだが、一旦飛空艇に乗せてしまえば一騎当千だった。そしてその彼が取りこぼした敵は、ルカが浚うように切り崩していく。あくまで軽やかに、しかし深く深くモンスターの身体の奥を抉り取っていた。そんなわけで、主にナバートとリグディが押し流すように敵を潰していくので、シドの出番といったら全く無い。ごちゃごちゃとした敵をこれから開拓する予定の森や荒れ地ごと吹き飛ばしていく二人を後ろから眺めつつ、取りこぼしにはロッシュとルカで対応しきれてしまうのだ。シドが動く前に、ルカが動く。ルカが動けば放っておけないロッシュが動くという有り様。

「私は仕事がないなぁ」

「しなくていいですよ、ほら私のトラウマ蘇りんぐですし」

「そう言われると戦わなきゃいけない気がなおさらしてくるんだが」

「振りじゃないです先輩、違う、そうじゃないんだ」

いいからおとなしくしておけとルカは一人で群れに突っ込んでみたりする。どことなく自棄な気がするのは性格か、あるいはフラストレーションか。今回は見に覚えがあるから確実に後者だ。
ルカも大変だな、と他人事のように思った。シドたちをただ責めることはやはりできなくて、でも離れることもできやしないのだ。酷い優柔不断。でもそれを強いたのは間違いなく自分たちである。

ともかくそうして仕事を終え、来た時同様リグディの飛空艇でアカデミアへ帰っていく。空が赤い。最近の一日はこうして過ぎていく。今日も同じように、寮に戻るのだ。あそこに服以外の私物を置くなんて事態になる前に寮を出るべきだ。わかってはいるが、どうにも踏ん切りがつかない。ルカとの部屋を探すのもどうしてか酷い裏切りのような気がした。こんな罪悪感を感じてやるほど自分は親切だっただろうかと思うが、感じるものは仕方がない。
アカデミアに着いて、アカデミーへ向かって歩いて行く。飛空艇の発着所は裏手にあり、一旦表に出ないとアカデミーの中には入れない。と、表へ向かう曲がり角を曲がったところで、知った顔に出くわし、ルカはふらふらとそちらへ寄って行ってしまう。

「スノウくん……サッズ……」

「お?ルカじゃねぇか。ということは、……やっぱレインズたちと一緒か」

「お前さんら、よくつるむなぁ。特にルカ。今日はいじめられなかったか?」

「……、さ、サッズ父さんに心配してもらうことじゃないぜ!あれ?今日はドッジくんは?」

「ああ、朝ちょっと咳してたからな。お隣さんに預けてきた」

なんだかんだと言って、一瞬言葉に詰まりながらもいつもどおりの調子で会話をしてしまうルカの後ろ姿を眺めながらシドは微かにため息をついた。二人の顔はシドと、更に後ろのロッシュとナバートを見て一瞬歪んだ。カタストロフィの一件についてはもう今更だしナバートとロッシュに対して報復意図はないと先日わざわざ説明に来たスノウであったが、それは彼が彼なりに気を遣っただけであって許すという意味ではない。はずだ。
まるで自分にだけ甘いような言い方だが、シドとリグディだけだったら謝罪で済む問題だった。事実、あの時のことはルカが眠っていた間に謝罪しているし、スノウは笑って受け入れた。ルカはどうせ責めないんだから俺が責められることじゃねぇやな、と言って。シドもリグディも結果的に暴走したとはいえ彼らを……つまりルカ以外を傷つけなかったし、同じ目的で戦っていたことがわかっていたからだ。彼らは、正しく力になれなかったことを責めるような人間ではない。

だから、わざわざシドのところへそんなことを言いに来たのは、シドになら会って伝えられるからという理由に過ぎないのだろう。おそらくスノウは、ロッシュやナバートとまともに会話をすることができないと判断した。今顔をしかめた“レインズたち”という呼称には、実際シドとリグディはほとんど含まれていないのではないか。そんなことを思った。ロッシュとナバートは、どうしたってルシの敵だったのだから。
それはもう仕方がないし、別段シドには責めるつもりのないことなので、ロッシュナバート両名がどうにかこうにか消化すればいい問題だと手放しに考えておりどうでもいいのだが。

と、不意にスノウの後ろから茶髪の青年が顔を出した。

「スノウ、誰だ?そいつ」

「おお、こいつはルカって言ってな。ライトニングや俺と一緒に昔旅してた。まぁ戦友ってとこかな?」

「かっこいい言い方でごまかすのやめなさいスノウくん、正しくは行きずりの間柄です。君は確かノエルくん……だっけ」

「驚き。俺のこと知ってたのか?」

「そりゃあ、好きでしてたんじゃないとしても君らを追いかけまわしてたんだから。たまーに君の名前も小耳に挟んでたさ」

「そっか。そういえば、そんなこと言ってたな」

一瞬彼らに沈黙が落ちた。“彼女”が死んだあの旅について語れるほどには、まだ時間が経っていなかった。ので。

「ルカ、そろそろ行こう。時間になる」

シドは会話の切れ目を狙い、ルカの腕をやや強引に引いた。彼女は振り返って頷き、「じゃあまたね」と軽く手を振ってシドたちと共にまた歩き始める。その表情が少し硬いことになんとなく気づいたのはシドだけだろうか。いや、ナバートも気づくかな。シドが握った手を離し、より強く前へ引くために背に手を回すと、身体がこわばったのが手のひら全体から伝わった。彼女は戸惑っている。それがこれからどれぐらいの期間続くのかは、やはりシドにはわからない。ルカにだってわかるまい。

「……早く寮を出よう」

「はい……ん?なんで突然?」

「確かに情けないからな。大人として。いっそこのモンスター退治も事業にしてしまった方がいいんじゃないか?これから先、数百年と続くんだろう?この仕事」

シドが珍しくも割りと考えなしにそう言えば、ロッシュがそれなら後任も育てないとと言い出し、ナバートは規模を決めるところからだと横槍を入れた。リグディは飛空艇は何艇買いますかと実に気の早いことを言う。

「……ふむ。それなら、悪くない」

「先輩?……考え事してますね?」

「ああ。それが?」

「ただでさえいつも何がしか考えてる先輩が本気で考え事を始めると不吉なんで、す、ってあだだだあああ」

「君は一言どころか一文多い」

「アイアンクローはおかしいな!おかしいな!?」

こめかみを片手で両方圧迫されて悲鳴を上げるルカは置いておいて、考え始める。ルカが何かに悩んで、それが彼女にとってどうしようもないのなら、それをなんとかするのはシドの仕事だ。
彼女の友人二人は一緒に苦しむのが仕事。シドと、そしてリグディの仕事は、根本の解決だ。

「君の希望を叶えてあげようかと思ってるのに」

「へ?希望?」

「そう、希望」

彼女だって朝の会話なんてもう覚えていないのだろう。それでも、今思えばそれは妙案なのだ。何かと抱え込む癖のある、この四人の後輩をシドが管理できるという意味では。
全く同じことをルカが考え自分を見ていたことなんて露と知らないシドは、結局その日寮に戻ってから一度外へ出た。用事ができたからだった。

後日、五人でも居住可能な広さのある部屋を見つけて戻ったシドに彼らが向けた反応は様々だった。困惑し「本気か」と尋ねる者、即座に怒りに直結し「だから嫌だって言ってんでしょうがぁ!」と怒鳴る者、上司の命令だしなぁと一瞬諦めかけつつも「飛空艇が……」と残念がる者。
そして肝心のルカは、一瞬きょとんとした後眉根を下げてへにゃりと笑った。結果、全員の転居が決まることになる。
なんだかんだ言って、全員彼女に負い目があるのである。

とはいえこのときは、その生活が数百年規模で続くことになるとは、誰も考えていなかったのであるが。






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