狡猾な彼女による、支配者たる彼に関する考察




ジル・ナバートによるシド・レインズ一考察
年代不明




妙で、かつ、最低最悪な誤解を招くことを恐れずに言えば、あれはヒーローみたいな男である。
表面からではわからない。何もかも手をつける前にわかっているし、ルカを始め自分たちがじたばたしているのを上から眺めているみたいな部分があるからだ。ルカはそれをよく“愉快犯”と形容する。
でも、根幹にあるのは、昔話の英雄譚だとか、思春期のこどもが穿って馬鹿にするような小説のヒーローなんかによく似ている。いや、もしかしたら“ヒーローそのもの”である。

あの男は、何もかもを救いたがる。



ファルシの手のひらで踊らされていたコクーンを必死に救おうとしていたのも、そう。自分たちが誰に強要されたかすらわからない言葉を吐くおろかもの―大変腹立たしいがあえて認めよう、己も含む―それら全員を彼は救いたがった。シド・レインズという男の悲劇は、賢すぎたという点であろう。彼がありふれたヒーローのようにほどほどにバカで、目の前の誰かを救うことだけに必死になれる人間だったらああはならなかった。
何もかもが見えるから、何もかも救えてしまうから、それを求めてしまうのだ。

思えば、士官候補生だった頃から、それは顕著だった。……今思えば、だけれど。
結局、あの男が目をかけていたのは、ルカだけじゃなかったのだ。ヤーグも、ジルもだった。だから全員を上にやるために手を回した。生徒会に無理やり引き込んだのも、その一環だったのだ。

あの男はヒーローだ。
だから、何もかもを救いたがる。
普通は、そんな理想抱く時点でパンクする。でもあの男は、やはり賢すぎて、強すぎた。だからその理想を叶えることにさえ、手が届いてしまう。

結局ファルシに飼い殺されて、一度その理想は折れたのかもしれない。でもそれをルカが無理やり引き伸ばした。終わってみれば、そこに一本の道筋が見える。
ルカを其処へ連れて行ったのは間違いなくシド・レインズで、ならばルカが彼を救えたのだってシド・レインズが起点になっていて。
つまり、あの男はファルシに勝利したのだと。まだルシでさえなかった頃の、若い幼いシド・レインズが。

コクーンを救ったのは、シド・レインズだ。ジルはそう認識している。
どうしようもない、悪役然としたヒーローだ。でもヒーローだった。たぶん、ジル以外誰も気づいていないこと。ジルはそれに気がついた。ジルだけが。ルカではない、ジルだけが。
それはなんて、痛烈な皮肉か。



「ああ、もちろん大っ嫌いよ?」

今からでも死んでしまえよと思っているわ。
ジルは笑った。





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