煙たい瞳へ一矢








「いつからだ」

家に帰るや否や、シドの口からそんな言葉が出た。言われなくともそんな会話になることはわかっていた、そうじゃなきゃシドが仕事を切り上げてルカと一緒に帰るなんて選択はあり得ない。

「……いつから、って言えばいいのか。表面的になったのは一週間前だけど、始まったのは二週間前らしいよ」

「それを君は一週間も私に黙っていたと?」

「まーさか先輩がソンナコトニキヅカナイトハ……」

「お仕置きだぞ」

「いーやーだぁぁ……」

後ろから胴を抱え込まれて、足が浮く。腕を伸ばしてシドの首に縋り付くと、彼が足を抱え上げたので横抱きの形になる。

「キャーオヒメサマダッコー」

「さっきから不気味だ」

「わざとやってんの」

「知ってる」

そのままソファに座る。なんと甘ったるい行動かと思わないでもないが、シドは家だと平気でこういうことをする。シドがテレビをつけて、ニュースが流れる。夕食はシドが作ると言ってくれた。
抱きつく力を強めたら、背中を大きな手がさすった。

「何を言われた」

「大したことは。私、もう十二分に強いから」

「だからって、何を言われてもいいわけじゃない」

「先輩がそんなこと思ってんの、驚いちゃうなぁ」

シドに愛されていることはわかっている。それでも、愛していることと大切にすることは違うし、ルカは大切になんてされたくない。ルカは彼の武器でありたい。彼が何かを望むとき、敵を貫く刃でありたい。
ジルはよく、釣ってもない魚に餌もやらない野郎めがなどとぐちぐち言っているが、それは違う。ルカは自分から懐に飛び込んで、勝手に餌を食い漁っているつもりなので。

たまにこうして背中でも撫でてもらうだけで、じゅうぶんご褒美だった。

「先輩、どうにかするつもり?」

「君を睨んだから」

「昔ならそんなこと言わなかったでしょ」

「言わなかったな。だが、同じことはした」

「うっそお」

「したぞ、実際。不動産業者だったか」

「えっマジ!?あのとき突然嫌がらせが止んだのって先輩がやったの!?」

「知らなかったか」

「だって、言わないから」

シドは未だに、ちょっとよくわからない。言ってることも、やってることも。

「にしてもさーあ?何で先輩がモテるかね?」

「それは仮にも恋人に唸ることかね」

「だってさあ、先輩ってどうよ?顔だけって感じじゃなーい?性格?サイアクサイアクー」

「おい」

「理想がどうのって言うけどさ、あれだって結果としてファルシがクソだったから成功なだけで、前提がテロリストじゃん?まぁそれに全力で情報流してた私も惚れた弱みっていうかー?」

「お仕置きだぞ」

「イヤデス!」

なんだよ、ちょっと本音を話したぐらいで不機嫌になるなよなー。そんなことを言うからシドはなおも不機嫌そうな顔になる。そういうポーズだろうけど。

「明日、嫌だなぁ……」

シドは返事を返さなかった。ただもう一度、背中をさすった。

誰かの人生にでかい楔を打つ時だけは、どうしたって胸が痛むものだ。それが人間でしょ、と聞いたら彼は首を傾げた。
君のほうが私よりよほど人間らしいよ。そんなことを言う様子は少し悲しそうに思えたので、ルカは彼の首にぎゅっと抱きついた。
そして、そのせいで、むしろ覚悟が決まった。ユーリカがいなければ、ルカはこんな思いをしてなくて。シドはこんな決断もしないはずだから。彼にこんな決断をさせているのは、あの娘だと。

その程度のきっかけさえあれば、彼女の人生がぶっ壊れても知るか、なんて思ってしまえるのだから、ルカだって充分人間じゃない。

「まぁいざとなれば、ウィルダネスで狩猟生活って手もあるだろうしね?」

「生きていくのは大変だな」

そんなことを言い合った、翌朝のことだ。
決着は電話でついた。



「アデレイド商会との全契約を破棄する」、ただそれだけの電話だったが、かなり時間がかかった。そりゃ向こうだって、冷静な社員はそんなことになったら商会としてまずいとわかっている。
けれど結局、会長と直接話して、シドが二言三言言うと会長が怒鳴り、シドが望んだようになった。

会長はどうして、シドが己の弱みも握らずにいてくれるなんて思ったんだろう?ルカはそんなことを考えてから、普通はそこまで思い至らないかな、と思い直す。
でもこの人相手に、少しでも優位に立っているなんて思わない方がいい。
きっと出会った瞬間からここまで計算づくだ。シドにとって目障りになる一線を越えてしまったが最後、どうするかは決めていたのだろう。

「……ま、奴がやらないなら私だって同じことをしていたわ」

「やだもうきみたち、愛が重いぜ〜」

「殴るわよ」

「うそうそ、ありがと」

なんであんたみたいな女が、とユーリカは言った。ルカはテーブルに突っ伏して、薄く笑った。隣のジルはそれに気づかない。

なんでって、簡単な話だろうに。
そうやってシドの思考の範疇から一歩も外に出られない人間を、彼が対等に愛するはずがないだろう。
ただそれだけだ。


オールトは相当不満そうだったが、シドの決定は覆せないしルカに喧嘩を売ったのはユーリカの方だと理解しているので、特に何を言うこともなかった。それしかないとシドが思ったのならもうそういうことなのだ。自警団はそうして運営されている。もうずっと前から。
そうして、幾人かの犠牲の上に、変わらずルカたちの生活は続く。
シドが、ルカがかつて望んだ通りに。







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