鋏を入れるに躊躇わず






顔を合わせるなり、すみません!と頭を下げた辺り、成長が見られる。
そんな判定を、内心の上司面で下し、表面上は険しい顔をしたままで下がった頭をわしゃわしゃと撫でた。少なくとも、自分の下策が原因で面倒を起こした自覚はあるようだ。

「あ、あの、ルカさん……?」

「ん?」

「怒んないッスか?」

「……お前に怒ってもね。良かれと思ったんだろ」

「う、ういっす……」

オールトとしては、諦めさせるための発言だったらしい。シドにはルカがいるから諦めろ。間違いなくそう言ったらしいのだから、彼に責任はない。
落ち度はある。恋する乙女の傍若無人ぶりを、猪突猛進ぶりを見誤っただけだ。ユーリカに常識が通じる前提で話した結果、前提が決壊していただけのこと。そんなのは後から思えば、という範疇を出ないし、ルカだって今でこそ避けられはすれども昔ならきっと自分から招いていた事態だと思う。自分だって過去できなかったことを、他人に要求するのが間違っていることくらいわかる。

お母さんは勉強できなくて苦労したからあんたは頑張りなさい、なんてね。
どの口が、という話で。

「ま、しょーがない。彼女に関しては、なんとかほとぼりが冷めるまで先輩に近づかせないぐらいしか思いつかないけど……相手が悪いわ」

「相手?ユーリカがです?大丈夫ですよジルさんならともかく、ユーリカならルカさん顔も胸も負けてませ」

「死ね」

なんとか場を和ませようとだろうが、上司に対してとんでもないことを言い出したので殴り飛ばした。上の者が言ったらセクハラなのに、下の者が言ったらただの失態だなんて不公平だ。

「問題はアデレイド商会だ。ありゃあ……先輩にバレたら、最悪の事態もありうる」

「最悪の事態って?」

「アデレイド商会お取り潰し」

「へっ……」

本当に最悪の事態の話だ。

「そもそも……私たちは、必要なら武器の製造部門を作ることができるの。リグディなんかはその辺詳しいし、私やヤーグも専門にできるくらい。だから、武器を外に発注かける必要なんて、ないの」

「それならどうして、アデレイド商会に」

「権力の分散よ。ただでさえうちは、ルクセリオとユスナーンの警備を引き受けてる。私たち自身がそもそもユスナーンの太守やらと昔っからの知り合いっていう縁もある。でも、私たちは今絶妙にバランスを保ってる状態なの。なんでもできるからこそ独善的に突っ走りがちな先輩、賢いから合理的でない人間を虐殺しそうになるジル、思慮深すぎて二の足を踏むヤーグ、表に立ちたがらないリグディ。んで、仕事は彼らに及ばなくてもジルとヤーグを動かせる私。こういうメンツだから、自警団はうまく回っている。それが、もし誰かが欠けたらどうなるよ?」

元々、警備軍とPSICOMだったという垣根もあるのだ。長い時間が限りなく結束を高めても、ジルは必要ならシドを裏切るし、リグディだってシドが命じればヤーグの裏をかくだろう。
そしてルカがいなくなったら、自警団はただ単に瓦解するのみ。そういう状況なのだ。いびつな安定だ。

「自警団が今の形を失ったとき、暴走機関車に乗ってる爆弾は少ないほうがいい。何が起こるかわかんないからね。だからアデレイド商会を作らせた」

「でも……その割に、ユーリカの爺さん、偉そうじゃありません?団長にも、あんまりかしこまってる風には」

「うん。扱いやすいように、そういうバカを選んだの。裏をかかれる心配もないしねぇ。でもまさかこうくるとは……しまったわ」

ため息と共に書類を仕上げ、最後の確認。日付よし、署名よし、地図間違いなし。

「あの、じゃあオレ、そういうの伝えておいたほうがいいですか?ユーリカも、それ聞いたら止まるかも……」

「あ?あああ、ダメダメ。絶対ダメ。そんなことしたら間違いなく、さっき言った最悪の事態が起こるわ」

「え、どうして」

「今はあのお嬢ちゃんだけだから、私が腹のうちに収めときゃ済んでる。でも、そんな話を聞いたユーリカお嬢様は、お祖父様の元に駆け込んで『こんなこと言われたの、ウエーン』するでしょ。孫娘可愛さに、間違いなく大騒ぎして押しかけてくるに決まってるわ。そしたら先輩が、その場で全契約破棄して、おしまいよ。アデレイド商会の武器が売れたのも、高性能になったのも、自警団が使ってるからだしね。そこが壊れたら、よほどの才覚がなけりゃ企業としておしまい。乗り切ったとしても、今までほどの規模には戻れないわ」

オールトの顔が、青ざめてくる。段々と、彼の中でも話が真実味を帯びてきたのだろう。
ルカとしても、誇張しているつもりはなかった。実際シドは、この話を知ったらアデレイド商会を切る算段をつけるだろうと思う。……これが千年の昔なら、PSICOMがどうのファルシがどうのとやっていた時代ならまだしも、今は。
今はもう。
間違いなくシドは、ルカのために世界を壊してくれる。ルカに喧嘩を売ったら、そういう話になってくる。

ジルだって、あれはかなり怒っていた。これ以上面倒が起きたら、彼女がシドに言うだろう。それ以前に、ヤーグが動いてしまうかも。
そうなったらルカが変にユーリカをかばうというのも、仲間を背中から撃つ行為に他ならないわけである。

「だからまぁ、黙っとき。あとは彼女がどこで踏みとどまるかを、祈って見てるしかないよ」

踏みとどまるわけがない。わかっている。というか、ルカに正面切って喧嘩売りに来た時点で踏みとどまってない。
けれどもルカは我関せずを貫くしかない。








問題は翌日にはもう起きた。昼食時、ユーリカはヒールを鳴らしてやってきて、自警団員の止める声も聞かず幹部たちの会議室に飛び込んできた。普段から仕事に追われて、一日ろくに会話もせず終わることだってあるルカたちだから、できるだけ一緒に昼食を取るルールがあった。提案はルカで、賛同はなかったが、反対もなかったので慣例として成立している。ルカがその時間を大切にしていることを自警団のみんな知っているから、ほんの三十分、よほどのことがない限り邪魔されることはなかった。それが今日は侵され、ピンヒールの乙女は周囲にハートマークを撒き散らした様子でシドを見つけて嬉しそうに笑った。

「シドさん、今日もお仕事おつかれさまですね!」

「いや、今日は大した仕事がないので退屈していたところだよ」

「そうなんですか?じゃあちょっとだけ時間をいただけないかな、なんて」

「……それはすまないね。この後は予定が詰まっているんだ」

一気にジルの機嫌が悪くなり、ヤーグは目を細めて窓の向こうを見遣り、リグディは居心地悪そうに身動ぎした。ルカはといえば、ただフォークを置いた。
この後に起きる展開がわかりきっていたからだ。

「そうですか……残念。あのう、実はあたし、お弁当作ってきたんです!お仕事大変そうだから、力になりたくって……!」

「……それはそれは」

「そんな、団員みんな同じ売店の食べ物なんて身体によくないですよ!だめです!!」

なんて、女房面してシドが食べているものを取り上げて、部屋の隅のゴミ箱に落としてしまう。なんと周到な……ここまでする女は珍しいなと、ルカは目を瞠った。
シドが機嫌を一気に損ねたのがわかった。今日のメニューはシドが割と好きなものが多かった。
それに、団員みんなで同じものを食べるのは、彼が警備軍で准将をしていた時代からの習慣だ。それを奪い取って台無しにするなんて、ルカがやってもこめかみぐりぐりされる。なんて勇気のある子なの……!という顔で見つめていると、ジルが首を微かに横に振りうんざりした顔をした。「だから、ただバカなだけよ」。目がそう言い放っている。

「さ、どうぞ食べてくださいね!」

「……ありがとう?」

「いえいえ!あ、じゃああたし、もう行きますね!午後もがんばってください」

終始ハートマークが飛び交っていたのに、なぜか最後ルカだけじろりと睨まれた。あからさますぎて笑えない。
彼女が部屋を出ていって、数秒後、やはりその時はきた。

「……ルカ。頼む」

「……はい。わかりました」

そう返事せざるを得ない。だってルカは彼の恋人で、部下で、後輩だ。もうずっとそうだから、言いたいことはわかっている。

「うっ……わたしのかわいいカツサンドちゃん、先輩の胃の中でもどうかお元気で……!」

「違う」

「えっ」

「全然違う」

じゃあなんだ。もしや、もしやシュウマイなのか。上のグリーンピースだけはせめて、と慈悲を乞うと、死ぬほど冷たい目をされた。ひどい。

「捨てろ」

「……先輩、それはさ」

「これに関しては、一切の口答えを許さん。捨てなさい」

シドの視線はもうそれに向けられてもいない。
赤い花柄の小包。ユーリカが、お弁当と呼んでいたもの。間違っても、シュレッダーに掛けた書類じゃない。

ルカはそれでも、立ち上がる。わかっていたから、フォークを置いて、ランチの包みを半分閉じて、立ち上がる用意をして待っていた。
すぐとなりのシドの席に寄って、包を開いて、中身を先程ユーリカがシドのランチを捨てたゴミ箱にひっくり返す。ところどころ焦げが見えたけれど、それが逆にユーリカの努力を感じさせた。ルカなど一度もしたことのない努力を。

全て捨てて、弁当を重ね直し、最初そうしてあったように包を整える。シドはそれでようやくうなずき、悪いものはなくなったとでも言わんばかりに薄く微笑んだ。
ルカがシドの愛情を疑うことは、許されないのだ。それに付随して、ルカにはこの義務があるらしい。シドとて、ルカがいなければ自分で捨てるのだろうが、ルカがいればルカにやらせたがるのだ。
まるでそれがルカの、シドに向かう愛情を示しているとでも、言いたげな顔をして。

ルカは肩を竦めて窓の外を見やる。雨が降る階下、広場を歩いて行く赤い傘が見えた。それを数秒見送ってから、やはり自分のランチの包からカツサンドを抜き取ってシドの口に突っ込んだ。

「……ふぁにをふる」

「あなたの体格からして、私の倍は食べなきゃ力が出ないでしょうが。さ、午後も仕事仕事」

シュウマイを口に放り込み、椅子に掛けてあった上着を羽織る。
その日はなぜか、妙に仕事が手につかなかった。








LR13長編ページ
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -