とある不治の病





時間くれ。
率直に抱く感想はそんなものだった。

目の前の女の子は異様に敵意剥き出しにルカを睨むし、その後方ではジルが目を見開いて「のし付けてくれてやれ!」と声には出さずとも伝えてくるし、ヤーグはどこかはらはらと視線をくれているし。

時間くれ。その程度の感想が内側をピンボールみたいに跳ね回ってこね回して、なんとかひねり出した言葉といえば。

「さ、早急の返答は差し控えさせていただきます……」

なんとも社会人くさい、まっとうすぎて気味の悪い答えになった。それでも目の前の女の子はふんと鼻を鳴らし、颯爽と踵を返す。

「次会うときまでに、答えを用意しておくことね!」

つんと撥ねた語尾が、彼女の勝ち気な性格を表している気がした。こういう女の子にはたじろぐしかない自分は変なとこ弱いよなぁと思う。
彼女が去ると、ジルはつかつかとヒールを鳴らしてルカに寄り、カッと目を見開いて両肩を掴んで揺さぶってくる。

「のし付けて!くれてやれ!!」

「そ、そんなことしたらミンチにされる!もみじおろしにされる!」

「ナバートお前顔こええよ……」

「だまらっしゃい」

ジルの言い分も、わからないでもなかった。
そりゃあ、可能なら……それを願った瞬間だってあったかもしれなかった。別離を告げたことだって、無いわけでもないのだから。

けれど。
長い喧嘩は何度もあった。それでも最後には全てを受け入れて、受け入れられてやってきている。喧嘩しながら、どのみち離れることなどできないとわかりきっているのだ。そういう関係は、断ち切れるものではない。

だから結局、あの女の子をどうやって追い払うかしかなくなってくる。

「……あのー、やっぱあのバカが騒いでました?」

「……ほんっとうに、お前は面倒ばかり起こすな……」

「ススススイマセン!」

オールトという、バカ代表の部下がひょっこり顔を出し、首を傾げてわざとらしく問うたので、遠回しに肯定の意を返す。本当に、面倒ばかり。幼馴染だという彼女をここに呼び込んでしまったのはこのバカであった。



オールトに聞いた話では、始まりは二週間前に遡るらしい。

オールトの幼馴染、ユーリカ・アデレイド。武器の生成と卸売を一手に引き受けるアデレイド商会の会長の、たったひとりの孫娘。会長が彼女を溺愛しているというのは周知の事実で、ルカもユーリカのことは名前すら知らなかったが、孫娘の存在は認識していたほどだった。
そのユーリカが、自警団団長、良すぎる人当たりと遠目にやたら目につく長駆、対外的には妙に甘いマスクの見た目だけは王子様……とルカですら褒め言葉などいくらでも思いつく、我らがシド・レインズその人にころっとイッてしまったのが、その二週間前のこと。
そして、最初に喧嘩を売られたのが、仲間内で最も見目麗しいジルで。オールトが慌てて真実を明かしたため、ユーリカがルカのほうへ喜々として喧嘩をふっかけたのが、一週間前。何で喜んでんだという話だが、まぁジルに喧嘩を売るのは非常に度胸のいることだ。圧倒的な美しさを前に、自尊心を保つのは難しいだろうから、ライバルがルカへと移ったことで喜ぶのはわからないでもない。例によってシドとの仲を疑われて荒れに荒れたジルの機嫌については責任をとってもらいたいところだが……。

ともあれオールトが言うには、ユーリカは最近例の会長に言われて、いくつかの販売ルートを監督することになったらしい。その関係で、自警団とも関わることになったのだとか。紹介の席で出会ったシドにあっさり惚れてしまったと聞いて、ルカたちとしては彼女が愚かなのか猛者なのか測りかねるといったところ。ジルが、「いや、だから、バカなのよ」と言い放つまで、ルカもヤーグもリグディでさえも考え込んでしまったほどに。

さても、自警団とアデレイド商会は歴史が古い。アデレイド商会発足当時からの付き合いである。だから会長とは知り合いだし、シドは特に会長によく気に入られている。おそらくはことの次第を知ったら大喜びで孫娘とくっつけたがるだろうし、そうなると……面倒どころの話ではなくなる。

「なんとか、先輩の耳に入る前に片付けないと……」

「めんどくさいわ、ほっときましょう」

「先輩のことになるとすーぐそれだよーもうー」

「それだけじゃないわ。あんな女、どうなってもいいもの」

ジルはなんら躊躇いなく、そう言った。ドアのところで聞いていたオールトがびくりと肩を揺らす。ジルがこういう姿を他人に見せることは、今となっては殆どないので、オールトも驚いたろうが、原因は彼の幼馴染なので容赦されたし。
ルカは片手をひらりと振って、オールトに戻るよう示した。自分たちの話など、聞いていてもなんら良いことはないから。

視線で見送ってから、リグディが深々とため息を吐いた。こういうことが以前になかったとは言わないが、それでも疲弊する事案なのは間違いなかった。

「でもよ、できることなんて何もねぇだろ。カサブランカが矢面に立てば収まらんだろうし、かといって俺やロッシュじゃ向いちゃいねぇ。ナバートはやる気がねぇときた」

「う、うう……」

「先程の部下に頼んで、なんとか視線をそらさせるというのはどうだ?」

「無理でしょ、オールトにそんな機微期待できないもん」

「だからもう諦めなさいよ。のし付けてくれてやれ」

「そしたら私がミンチだってば……やだもう、泣きそ」

この問題の面倒な点は、ルカに自由意志などないということだ。選択の余地はないし、悩むことも許されない。シドは、ルカがシドに関することで惑うのを嫌う。
誤解を恐れず端的に言うのなら、“ルカがシドの愛情を疑うことは許されない”のだ。そういう迂遠さを可愛いと形容して笑い飛ばせる時期はとっくに過ぎている。そうやって互いの感情を手探りで確かめあって、理解しようとしたりなんて、もう数百年以上前にやりつくしているのだから。

それにルカだって、あの程度の小娘を前に引っ立てられたところで、どんな罵倒を吐かれたところで、戸惑いこそすれ恐れたりしない。不安なんて、一ミリも。シドが彼女を選ぶなんてことは単純にあり得ないし、もしそうなっても喚いて復縁を乞うこともないだろう。シドがそうしたなら、結局はルカのためなのだから。彼がルカの意思を大切にしないのは、ルカがそういう人間だからである。
ルカは、自分のことを守るのが苦手だ。死と縁遠い人生がそうさせたのだろうと、最近は理解してもいる。死にたがっているわけでもないのに、シドから見たら危なっかしいらしい。

「……ま、なんにせよ、仕事は変わらず続くからな。サボってる暇ねぇぞ、カサブランカは明日までにユスナーンの警備体制の報告上げる予定だったろ」

「そーだった……ああもう、仕事いやぁぁ……」

「言っても解決しないからね、仕事に戻りましょう」

ジルの声音に、僅かに気遣う色が混じったのは、心配してくれているからだろうかとルカは思う。
必要ないのに。内心苦笑した。

――「あたしならもっといい武器を提供できるわ!それに、たくさんの有力者との橋渡しだってできるから、もっと街を守るのに貢献できるのよ!あたしの方が、彼の役に立てるの!」

笑わせてくれる。
本人に言えばいいものを、わざわざ彼の非番の日を狙ってやってくるんだから。

――「戦うしか能がないくせに、彼の隣に立とうだなんて、おこがましいと思わないわけ!?」

もうそんな次元にいないんだよ、とは教えてあげなかった。
それは、微かな女の意地かもしれなかった。







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