Go somewhere to be able to go.







間合いを確認しながら、マナズヴィンの隙を伺う。前に立つスノウくんが庇うようにするけれど、そういうわけには行かない。これでも一応軍人なわけで。それも、武闘しか取り柄のない、ある種古いタイプの軍人なわけで。こういうときに役に立たなくてどうする。

ガシャン、撃鉄を起こす。これは、一般支給タイプの銃だ。装填数は決して多くなく、ばらつきが多い散弾銃。反動も多く、お世辞にも優秀とは言えない。まして、私はこんな粗悪銃、さっき初めて触ったのだ。至近距離で姿勢を保ったままならともかく、敵の攻撃を避けながら間接部狙撃なんて、こんなゴミでできるかどうか。
だからこんな銃支給すんのやめようって言ったのに全く……!いくら資金が足りないからってこんな使えない銃、有り得ない。……とはいえ、腕の関係ない精度の銃が搭載されていたら、いくら己といえどもう殺されているかもしれないが。

前方から降ってくる鋭い爪を避けるために、足首を軋ませて後方へ飛ぶ。そしてその勢いを殺しながら、身を低くして前方へ駆け出し、引き金を引いた。
何発か撃てば、僅かでもダメージを与えられるはず。そう思ったのが、甘かった。

私の放った弾丸は一発だけ間接を打ち抜いたものの、他は全て兆弾し、敵の視線を引き付けるに留まってしまう。やばい。こっちを、見ている。駆け出すも、相手の方が早い。眼前に迫る爪。それが視界一杯に広がる瞬間、目の前に、白いコートがちらついた。

「危ねえッ!!」

「!!」

高い金属音が連続して跳ね、目の前の青年が振り返る。

「俺が、全部守るんだよ!」

彼の目が、誰かに似ている気がした。苛立った。

それから先は、素早かった。ライトニングがブレイズエッジを叩きつけ、間接を切り離す。ヴァニラが浴びせた小さな炎の魔法で、熱を持って融解し出す体をスノウくんが叩き潰す。ホープくんがブーメランを投げついでに魔法で強化して、サッズの弾丸が側面を抉る。あっという間にうんともすんとも言わなくなったマナスヴィンを蹴り飛ばし、ライトニングがこちらを見遣った。

「大丈夫か、大佐」

「……おかげさまで」

「そうか。……行くぞ」

ブレイズエッジを鞘へ収めライトニングは立ち去ろうとする。だがそこにスノウが割り込むようにして、立ち塞がった。

「待ってくれ!まだ、セラが……!!」

「気持ちはわかるがよ。この調子じゃ、何時間掛かっても掘り出せねえぞ?軍隊も来るだろうし、今は逃げてようや」

「嫁さん残して、一人だけで生き延びたって……」

はき捨てるように、悔しげに呟くスノウ。君ははっきりするのかうだうだするのかをはっきりしなさい。

「使命はどうした」

スノウの横を通り過ぎたライトニングが、小さく、でも鋭い声でつぶやく。

「“俺たちは世界を守るルシだから、使命を果たす”。自分で言って忘れたのか。もう投げ出して、ここで死ぬのか。おまえは……口先だけなんだ」

さっき散々言った私が言うのもアレですが、お義姉さんに言われると感傷もひとしおといいますか。まあ私には関係ないんですけれども……。
すたすたと歩くライトニングの背中に向けて、ひとつの咆哮が上がる。

「俺はッ!!……絶対に、あきらめない。使命も果たすし、セラも守る。……約束する」

その声に、ライトは一度だけ立ち止まり……一言、「守ってみせろ」と言った。そして、僅かに早足で、歩いていく。ふーむ、なんか、いい話っぽくなっちゃって。

「クリスタルは石英。硬度は7。金属じゃ壊せないよ」

「硬度?……悪ぃ、俺バカだからそういうのわかんねーんだ」

「でしょーねぇ」

はああ、と私は溜め息をついた。私にバカだと思われるって相当ですよ。私は彼に銃を放った。

「え?」

「銃なら削れるでしょう。危ないけど、その方が早い」

「でも、銃が無かったらアンタは……」

まあ丸腰ですよね。

「大丈夫よ、ライトニングたちがいるし。兵士くらいなら丸腰でもやれるし」

私はそう言って踵を返した。そして、んじゃね、と手を振り彼の傍を離れる。サンキュ、という声が後ろから聞こえた。彼は生き延びる、そんな気がする。だから大丈夫だ。きっと。
眼下に広がるクリスタルはどこまでも澄み渡り、苛立つくらいに綺麗だった。





高い天井の先に、ゲートが見える。その先には遺跡群も少し。あそこを通れば、ハングドエッジから出られるだろうか。出たところで、さてどこまで逃げることができるかはわからないけれど。
たどり着いた軍の補給地。ここで飛空艇を探し、脱出する。それが、道すがら立てた、精一杯の計画だった。

「はあー、お姉さん運動不足……足痛ーい」

「さっきあれほど暴れまわっていた人間の台詞かよ。補給地はもうすぐなんだろ?」

「ああ、もうじき見える」

溜め息をつくサッズだけでなくライトも呆れたような様子を見せていた。一足先をるんるんと歩いていたヴァニラが、小さく歓声を上げる。

「すごーい!ねえねえ、良い眺めだよー!」

ヴァニラがあまりに嬉しそうなので、私もそれに続き眺める。確かに、炎までもが結晶と化した世界は、今までの青い世界とはまた一風変わって綺麗だった。
そして視界の補給地に使われている異跡の中で、元はホールだったであろう場所を見渡す。広いその空間の先、小高い砂の山に。

黒い刃が、突き刺さっていた。

「あ……?」

私の声が、ぼんやりと飽和した。どうした、と後ろでライトニングが問う。振り返る。彼女の目をうまく捉えきれないまま、ごめんちょっと先行ってるわ、とだけ言って、私は手すりを乗り越え飛び降りた。

「おいルカ!?」

あれは、まさか。まさか……。
前回りに受身を取りながら着地、走って、その目的物に向かって一直線。気持ちと鼓動がどくどくと逸る。あと数メートル、というところで速度を緩める。ふらふらと近づきながら、息を整えた。黒々として鈍い光を放つそれは紛れも無く……。

「ハイペリオン……」

地面に突き刺さったそれを引き抜く。武器学の最終課題で作って、それからずっと、私の愛剣として携帯していた武器だった。銃と剣を一体化させた武器で、銃の形をモチーフに柄の前で一度ぐにゃりと曲がっている。それだと重心が歪んで切りつける時に刃を当てられない可能性があるので、重心を斜めに入れて先端も重くしてある。
持ち上げたら、この武器の独特の重量感が手に与えられた。間違いなくこれは私の武器だ。でも……なんで?
こんなところに持ってこられるのは、今回この地域に来てる人間だけ。

「……」

それならもう、必然的に一人しか居ないってことになるじゃない……。
自分の口端が、ひくりと震えたのを感じた。ねえ、まさか。剣を立てたのは、墓標のつもり?義理通すとこ、明らかに間違ってるでしょ……。

呆れと痛みが吐息になって、唇から漏れ出た時。前方で何かが大きく身を広げた。

「大佐!避けろ!!」

ライトニングがそう叫んだ。ぐっと、柄をきつく握りしめる。その心地いい重さが、私を現実へと引き戻した。

「私は、死んだのか」

私は殺されてしまった。それを、ここまではっきり形にして表されると……正直、重たい。
絶望している?私は自問する。

「かもね。……重たいなぁ」

×きだったけど、終わってしまうのだ。
存在そのものが覚束ない感覚があった。自分が正しく二本の足で立っているのか確証が持てない。怖かった。今、隣にいてくれたらどんなにいいか。

「でも、いないから。もう誰もいないから……」

少し寒い。ジャケットの裾がはためいていた。
手の中のそれを構え、まっすぐ前を、敵を見詰める。そして足の筋力だけで高く高く飛び跳ね、ひたすらにまっすぐに……黒い剣先を、突き刺した。そのまま体重をかけ、体を捻って首を刎ねさせる。

コード類まで断ち切って、着地。ふと動かなくなったその兵器をもう一度じっくり見れば、それは爆撃騎カルラだった。
なんだお前かよ……と私は深い溜息を吐く。それは数年前に私が考案した兵器で。

「親殺しには百年早いっつーの……」

そこまで高性能に作ってはいない。予算の関係で素材を全面的にワンランク以上ダウンさせたし、設計の時点で割とやる気なかった。人が乗れるようにしたかったのに予算の問題が立ちはだかり無理だったのである。人類の夢巨大ロボ、ここに潰えり。

あの時の大論争を思い出しながら溜息を吐くと、私はハイペリオンを撫でた。傷ひとつない。さすがだ、優秀。見れば足元に、転送装置が転がっている。これも置いていったのか。まあ、奴らには不必要なものだろうけど。鞘にすると重いから嫌だったのよね……。転移装置に刃を宛がい、転送可能状態なのを確認すると装置を腰に括りつけた。これでいつでも収納可能だ。とりあえずは出しておこう、いつ敵が来るかわかんないし。便利である。ホープくんが先程武器に使っていた競技用ブーメランも、おそらくこの装置で出し入れしているのだろうなぁとふと思った。

「大佐!」

後ろからライトニングたちが駆けてくる。彼女は眉根を寄せて少し怒っているような表情。後ろに続く面々も心配そうな顔をしていた。

「いきなり飛び降りるな!」

「あは、ごめんごめん。これ見つけたから、つい」

手元の銃剣を見せるとライトニングは、似てるな、とつぶやいた。私は彼女の腰に下げられたブレイズエッジに視線を向ける。

「そうそう、これを基にして作ったんですよそれ」

「だが、どうしてそれがこんなところに?一般支給されているのか?」

「まっさかー、私専用装備ですから。誰かアホが、置きに来たみたいで」

私の嘲るような言い方に、何か気付いたようにライトは顔を上げた。

「それは……」

「誰だろうね?ま、この先どうせ会うことになるだろうから、そのときにこれでぶん殴ってやるし」

やってやるし後ろの髪切り落としてやるしそんで笑ってやるし。踏みつけて笑ってやるし。そう考えながら得意げに笑うと、サッズがまた溜め息をついた。

「全然ショックでもなんでもねーってか」

「私最強説」

私はハイペリオンを握ったまま、周囲を見回し歩きだした。ああ、いつもの悪癖が出ている。それでも後ろは振り返らない。意味がないからだ。
後ろのみんなが着いてくるのを確認しながら、警戒しつつ前に進む。「……あ、」階段を登りきったとき、私はそれに気付いた。次にヴァニラが気付いたらしく、小さく歓声を上げる。

「わあ……!」

彼女が駆け寄り、私たちに「これで逃げられるね!」と言った。そこには軍用艇が一つ。ぽつりと出口の方を向いて置き去りにされていた。
みんなが私を追い越して、軍用艇に近寄り、自分たちの幸運を喜んだ。サッズが「壊れてるかも」と悲観的なことを言い、ヴァニラと軽口を叩く。結果的にそれは全く壊れてなんかなくて、正常な機体だったが。

私は当惑していた。……そんな、馬鹿なことが。

おかしい。有り得ない。飛空艇が一艇だけ置いてあるなんて軍では有り得ない。軍では一艇だけで行動する飛空艇はないからだ。基本的に陣形を組んで動いているから。
それが、故障でもないのにどうして……、相棒が壊れたからもう片方を放置?それもおかしい、この厳戒態勢だぞ?動かせる機体があるなら通常二機か四機の陣形を三機組にしてでも飛ばせるだろう。

これは、本当にただの幸運?

「あの、乗らないんですか?」

中のドアからこちらを見やる、ホープくんのその声で我に帰った。じっと飛空艇を睨みつけながら考え事をしていたのだ。あらら不審者。

「ごめんごめん、乗る」

苦笑でごまかすという社会人対人スキルレベル2を行使し、私は飛空艇に乗り込んだ。私が最後だったので空いている場所に座る。窓から外を見た。

「さあ、逃亡劇はまだまだこれから」

疑念をとりあえず振り切って、私はそう言った。その言葉に、ライトニングが「早々に幕を下ろしてしまいたいな」と、皮肉げに笑った。おお、ごもっとも。







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