自律性ソリューション






「やりきれねえなあ。ガキを巻き込んじまうなんてよ」

おっさんが、疲れた様子でそう呟く。視線の先には、さっきファロンたちにつっかかった少年とツインテールの少女。……まだ十代の子まで巻き込んでいる。私にはそこに申し訳なさがある。パージに関わっていたからだ。

「でもま、パージからはなんとか逃れられた。どこまで逃げれるかわからないけど、大人組でなんとか庇ってあげたいね」

「ガキどもは俺が守るよ」

「俺から見りゃ、お前らもガキさ」

大男が、笑顔で胸を張るが、おっさんに肩を叩かれ不服そうにした。そういうとこが子供なんだよ、とは言わずにおいてあげよう。ファロンが呆れた様子で、ちらとこちらを見遣り、すたすたと歩いて行った。彼女も同じことを考えていたのかもしれない。

「下界のファルシに手え出したのが、ケチのつき始めだな。聖府に任しときゃ良かったか」

「いやいや、あいつらにファルシをなんとかできるわけないじゃないですか。下界に落とすことすら満足にできてないんだよ?」

「ま、生まれた時からファルシに頼りっきりだったしな……」

おっさんが深いため息を吐く。いざ内側から見上げてみれば、聖府は全く頼りない。

「それでも、あんたは戦った。あるんだろ?守りたいものが」

「……“あった”、かもな」

おっさんの意味深な発言にそちらを見遣るが、ふっと目をそらされる。この人なんかひっかかるのよね……。
なぜだか見覚えがある。なんだっけなあ、こんなおもしろい見た目のおっさん見たら忘れないはずなのに。大体私の交友関係は完全に軍で埋め尽くされてるんだから、軍関係者なのは確定……いや、待てよ……。

「……あああっ!?」

「ん?どうした」

「ああ、いや……ごめん、なんでもない……」

目を逸らして平常を装う私の脳裏には、人懐こい少年の顔が浮かんでいた。そうだこのおっさんは、ドッジ君のお父さんだ。確か、名前は……サッズ・カッツロイ。

……うわ。うわ、うわ、うわ。
なんだこれ。誰だ人選したの。っていうか、誰かが人選しないでこんなことになるか?

セラちゃんの姉であるファロンと、恋人らしき大男は、ある意味当然。それに、聖府のルシの父親とあの素性の怪しい少女。あの少年はともかくとして、そこに私。見事に関係者だらけ。偶然とは思えないメンツ。作為的に選ばれたとしか思えなかった。

ああでも、今それを問い詰めるわけにはいかない……!タイミングが悪すぎる、誰か一人に避難や疑惑、そういったものが集中することは避けたい。彼に対しても、もちろん私に対しても。

私は歩きながら小さく唸った。なんてこった。とりあえず、今は波風を立てないように……。向こうから、ツインテールの彼女の急かす声が聞こえていた。






「なあみんな!こうして会ったのも何かの縁だろ、自己紹介しねーか?俺はスノウ、スノウ・ヴィリアース。お前は?」

「……ホープ・エストハイム」

「私はヴァニラ。お姉さんは?」

少女が聞くも、ファロンは一切答えない。その代わりに、大男改めスノウ君が返事をした。

「ボーダム治安連隊所属、通称ライトニング!名前は知らねえ」

「つ、通称、だと……!噂の警備軍下士官のコードネームですね!いいなー、かっこいい……」

「……」

私が目を輝かせると、ファロン……ライトニングはすごく嫌そうな目をこっちに向けた。かっこつけようと思ってやってんじゃねーよってことですねごめん。

「だってPSICOMにはないしー……」

「呼び名がある士官もいた筈だろう」

「鉄血のサディストさんとかのこと?あいつにそれ言っちゃだめだよ、ひとしきりサディスティックにキレたあと一人で落ち込むから。っていうかPSICOMの場合、コードネームって言うより隠語……陰口用だったりするんだよねー」

いや懐かしい、まだ佐官になったばっかの頃に間違ってそれでからかっちゃってねえ……あの時ばっかりは殺されるかと思ったよね。何よりそのあと機嫌を直させるのが大変でねー、皆さんにはご迷惑おかけしました。佐官が三人いきなり有給とってよくその日のお仕事がうまくいったこと。それでも割とかっこいい名前なんだからいいじゃないかと今でも思うけど。

「私は、飼い犬だの犬っころだの……雌犬って呼ばれてたしね……ホント落ち込むわ……」

「は!?」

スノウ君が驚いたように身を引いて、私はしまったと思う。ううむ。結構汚い話だしなあ。ライトニングが顔をしかめて目を瞬かせているのを見ると、彼女も知らないのか。彼女はそういう話には混ざらなそうだし、佐官や将校になると下士官以下の階級の兵士とは関わりないからライトニングたちに陰口叩かれることもないのかな。

「いやいやいいんだごめんその話は……。楽しいお話しにはなりそうにないし!ごめんごめん」

「さ、PSICOMって結構怖いところなんだな……」

正直ナメてたわ、と口ごもるスノウ君。でしょ?まさか良い年こいて虐め的なことが横行してるとは思わなかったでしょ?私なんてコネだってもう真正面から言われてたしね。出世が絡んでると人間って汚いんですよ。とりあえずファロンのことはライトニングと呼ぼう、かっこいいから。決めた。

「私はルカ・カサブランカ。で、おっさんは?」

私は声がまっすぐいつも通り出るように注意を払って彼にも聞いた。サッズ・カッツロイは、「ん?おお、」と声を返してから、名前を名乗った。

「サッズ・カッツロイだ」

……やっぱり。私は苦笑いしそうになるのを抑えて、前を向いた。
確定した。絶対ここには、誰かの意志が働いてる。それが人間かファルシか、それすらまだわからないけど……。

「(しばらく、誰も信用できない)」

各々周囲に気を配りながら歩く彼らを眺めながら、溜め息をつく。もーやってられんよ。頭使うのは私の得意分野と違うよ。そういうのは積極的に周りに押し付けてきたのに。んん……だから、こんなことになっているのかなぁ。陥る先、棘は心臓を内向きに刺す気がした。わかっています、何もかも私が悪いです。
そこまで考えたところで、前を歩いていたライトニングが立ち止まり、彼女の背中に顔をぶつけてしまう。が、彼女は私に反応することなく、小さく呟いた。

「セラ……」

え。

「セラ!!」

その言葉の意味を理解する前に、大きな声がすべてを吹き飛ばした。スノウくんが、ライトニングを押しのけるようにして、その先の……彼女に駆け寄る。彼女しか見えてないかのように。

「セラ!!すぐ出してやる!」

彼は落ちていた瓦礫を拾い上げ、セラちゃんの足元を掘り始めた。しかしそこも当然凍りついており、セラちゃんをとりまくようにしてクリスタル化していた。相手はクリスタルだぞ……。脆い廃材で壊せる相手か?

ヴァニラちゃんが、私も手伝う、と駆け寄り、おっさんもそれに続く。手伝うべきだろうか。絶対無理なのわかってるけど。
そう考えて足を踏み出したとき、後ろから何か……小さな声が聞こえた。その意味を考え、理解し……振り返ったときには、彼女はもう後ろを向いていた。

「ちょ、ライトニング?」

「義姉さん!?セラを置いていくのかよ!?」

私の声に気付き、スノウ君が驚いたように振り返ってライトニングに問いかける。彼女はこちらを見ないまま、淡々と話し出した。

「PSICOMが狩りに来る。見つかれば全員くたばる。それで、セラが喜ぶのか。おまえに、セラの気持ちがわかるか」

最後の方は、おまえなんかに、という侮蔑の意味も含まれているようで。ライトニングは本当に彼が嫌いなんだ。まあ、彼がちょっとお馬鹿なのはここまででだいぶよくわかりましたけど。それだけでなく、紛れもなく本心から、彼女はスノウくんに怒りを覚えている。嫌悪とかいうレベルじゃなくないこれ。

「置いていったら、わからないままだ」

再度歩き出した彼女の背に、スノウ君は言葉を放つ。その言葉に、ライトニングは足を止めた。あーあー別にライトニングだって置いて行きたいわけじゃないだろうに……。

「大丈夫だ。敵が来たら、俺がみんなを守る。誰も死なせない。この世界を守って――セラも守る」

それは、またもライトニングの怒りを誘う。彼女から、どぷりと負のオーラが湧き出るのが解った。
彼女は鬼気せまる形相で振り向き、スノウくんに向かって拳を振り上げた。次の瞬間、スノウくんの身体が一瞬宙に浮いた。うわあ……助走なしアッパーで人が浮くのか……しかもあの巨体……。
続け様に攻撃を加えようとするライトニングを私はつい止めた。これ以上はやめておけ。

「止めるな!!こいつは……こいつは!!」

「だめだって、もういい加減にしなよ……!」

怒りを体の中で反芻し、彼女は頭に血を上らせている。家族がクリスタル……まして、あんなに大事にしていたのだ。彼女が一番セラちゃんを守りたいだろうに、それをスノウくんがぐちゃぐちゃにしてしまっている。可哀想だった。二人とも。
どうすればいいか分からない中で、それでも強がる方向が真逆なのだ、たぶん。潰されないように必死だからこそ、それを否定する相手を否定しようと躍起になる。

「義姉さん、大丈夫だ。俺が全部守る!」

「……ちょっと。スノウくんももう黙りなさい」

「アンタも、決めつけるのか!?無理だって!俺は諦めない、セラは俺の、俺の……ッ!!」

「うるさい。君とセラちゃんの関係なんてどうでもいい」

突き放したように言うと、ずっと我関せずと黙っていたホープはこちらを見て、ヴァニラはクリスタルを掘る手を止めた。……ああ、言ってしまった。不和を煽るようなことはすまいと思っていたのにねえ。まぁ……言ってしまったもんは仕方ないよね。ね。覆水は覆水ですよ。

「スノウくん、あなたね、守る守るって言うけど。それが簡単じゃないことくらいはわかってるよね?」

「……だからって、俺にはセラを見捨てることはできない」

静かに吠えるように彼はそう言った。その言葉に、私が握ったままのライトニングの腕が一瞬震えたのを感じた。今の彼の言葉は、そのまま彼女への糾弾になるから。
結構堪えるよね、大事なままの何かとのお別れは。それを、捨てたんだって他人に責められたら、ほんとやってらんない。誰も別れたくて別れるんじゃないのに。×しているから距離を取らなきゃいけなかったのに。その結果がこれだよ。脳内を友人がちらついた。
おそらく、今全く同じ状況だったとして、私は見捨てられるだろうか。あそこで凍りついているのがセラちゃんでなく、彼女かあいつか、あるいはあの人だったとして、それを置いて逃げるなんて、できるだろうか。……たぶん、一緒に死のうとすると思う。ライトニングのように、それでも戦う道はおそらく選べない。スノウくんよりきっと酷い。守るなんて言えず、ただ終わりだけを重ねて無理やり満足するんだろうと思う。
だからこそ、この言葉は私が吐く。

「そうね、君にはそれもできないんでしょうね。これから道具も無しで、セラちゃんを掘り出す数時間。そうね、過半数かな。過半数が残ってその採掘をしたいって言うなら。私にはパージを止められなかった責もあるし、最期まで私もここで戦ってあげよう。私が死ぬまで、来る奴ら全員殺してあげるよ。私が死ぬまでね。全員でここで死のうか?」

「ッ違う!俺は……!」

「違わない。君が言ってるのは、そういうこと。何の犠牲もなく、100%を得ることはできないの。それなら、いずれかを捨てないといけない。それができないのならば、所詮君には覚悟がない。君が今ここでセラちゃんを助けるには、“あなたを含めた私たち”という犠牲が必要なの。わかる?私たちを殺す覚悟がある?」

意地の悪い言い方。仕方ない、だって私ただの官僚だもの。少年の補導は職務内容じゃないもの。だって筋が通らないでしょう。スノウくんに、命預けられると思う?
残念ながら、私にはここにいる人間を守ることしかできない。……それすら怪しい、ぐらいだ。
それでもできるだけのことはしようと思っている。だって怖いから。彼らの背負う罪が少しでも重くならないように、私だって戦わなければ。いくら今更だとしても。

「ねぇ、設問を履き違えてるよ。どちらを捨てますかっていう問題なの、これは。どっちも守るって言い張って、それができる根拠は特に無し。大丈夫だ俺が守る、じゃあ守れなかったらどうするの。やってみなきゃわからないけど、やってみてダメだったら消えるのは君の命だけじゃない。君は、ここに来るまで、守ろうと思ったものを全て守れたの?こぼれ落ちた命は一つもなかったの?」

最後の問いに、彼は苦しげに顔を歪めた。パージを止められなかったのなら、迫りくる軍隊とも戦えない。
運命は、選べと告げている。不正解のない問を並べて、選べ、と言われてる。どれを選んでも、全員死ぬかもしれない状況で。

「ッ俺は!!俺は……ッ」

スノウくんが苦渋とか悲哀だとか悔恨だとか。そういった負の感情をない交ぜにして、叫ぼうとしたとき。
気付く。遠くから、指す光があることに。

……サーチライト!?
咄嗟に右に跳び跳ねた。
足元の岩に手を付き、側転しながら距離を取ると、私が今までいたその箇所に、何かが降ってくるのがよく見えた。甲殻類の虫をイメージさせる、その大きな機械仕掛けの殺戮兵器は、前足を持ち上げ私を狙い突き刺そうとしてくる。咄嗟に後ろへ飛び、後退する。

「マナスヴィン……ッ」

これを開発したのは自分ではない。だから能力は未知数だ。
倒せるだろうか……この装甲で銃撃が効くはずがない。まさかファルシより強いなんてことは無いと思うが、ファルシはあれほぼ寝起きどっきりだったしなぁ……。間接部分なら幾分脆いだろうか。腰の銃を一応引き抜き、間合いを確保しながら戦闘体制に入ったとき、私の前に大きな影が立ちはだかる。

「全部……守るんだ……!」

その後ろ姿は知ってる誰かによく似ていて、それは誰よりよく知る背中で……私はどくどくと、苛々が脳内を占めるのを感じた。

……ああ、もう。
見たくもない現実に吐き気がした。二度と、懐古したそれは訪れない。知っている。……もうずっと前から、わかっていたのだ。
もうそれでいいと思う反面、痛む気持ちはどうしたら。







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