飽くまで健全アバンチュール







そもそも、与えられた選択肢は少ないのだから。正解を選び取る確率も高い、ってことにしておこうか。

「やっつけるんだよ、ラグナロクを!俺らがルシになったのは、あれを倒して、コクーンを守るためだ!」

「……って、なんでじゃーい」

正直、そう来たか、っていう。周りもあっけにとられ、彼を見つめていた。彼は馬鹿か愉快犯だ。どうか後者であれ。愉快犯なら対処は学んでいる。

「セラだ、セラだよ!コクーンを守れ、って言ってセラはクリスタルになった。クリスタルになったってことは、使命を果たしたんだ!コクーンを守るのが、使命ってこと!セラも俺たちも、同じファルシにルシにされたんだ。じゃあ、使命だって一緒に決まってる!俺たちは世界を守るルシで、ラグナロクと戦うんだ。筋が通るだろ!?」

「通んねぇよ……!グダグダじゃねえか!俺らは下界のファルシのルシなんだ。多分使命は……“守る”の逆さ」

おっさんがもう呆れを隠すことすら億劫だ、と言わんばかりに反論する。正直なところ荒唐無稽だしね。

「じゃあ……じゃあ、セラも敵だってのか!俺は認めねえぞ!」

「セラちゃん味方、その他全部敵でもいいよー」

「そんな、そんなこと……あるわけねえだろ!セラはそんなこと望んでない!」

使命の話をしているのかセラちゃんの希望の話をしているのかわかんなくなってきたわ。どうも混同してるっぽい?まあ仕方ないね、婚約者があんなことになったんだもの。私が苦笑しつつ肩を竦めると、彼はファロンに駆け寄り、賛同を求めた。

「この力で、コクーンを守ろう。一緒に戦って、使命を果たせば……!」

「何が使命だ!ファルシがセラを奪ったのに、そのファルシに従うのか!?お前は……ファルシの道具か!」

「動くな!!」

ファロンが吐き捨てるように言った時、背後からくぐもった声が響いた。振り返れば、あらPSICOM。おひさしぶり下士官の諸君。

「両手を頭の後ろで組め!」

周りのみんなが、しまった、という表情で従う。銃を突きつけられれば仕方ないよね。ファロンも武器を地面に放り、飄々とした様子で従った。

「パージの生き残りだな?……ん?おいお前!言われた通りにしろ!!」

そう言って近寄りながら、PSICOM兵は私に銃を突きつけてくる。……ああ、私もか!

「ああそうか、私にも言ってたんだよね!ごめんごめん、命令されるのって慣れてなくて……。で、君になんで私への命令権があるのかね?」

「は?何を言っているんだきさ……、あっ……な、なな、何で……っ大佐、何で大佐が!?」

「えーいっ」

足を振り上げ、装甲の脆い首の繋ぎ目に蹴りをいれる。ぐきりと筋が違えたか、柔らかい骨が折れたかしたような軽快な音がして、恐らく男だろうそいつは吹っ飛んだ。ヘルメットが弾き飛ばされながら、微弱に血が飛んだのが見えた。ピアスにでも引っかかったのだろう。んもう、フル装備するときはアクセサリーの類は外せってあんなに注意したのに。私は肩をすくめてから、ぐーっと一回だけ伸びをする。うん、動けそう。

「おい、大佐がいるなんて聞いてないぞ!!」

「ダメだ逃げろ!」

「大勢のあんたたちが丸腰の私から逃げてどーする。そんな弱虫に育てた覚えはありませんよ!」

逃げようとしたその背中にライダーキック。頭を思いっきりやりました。首に損傷を与えました。
そのまま転げて受身をとって、勢いよく目の前の兵士のアイシールドを叩き割った。斜め前に居た奴が私に向けて銃を構えたのが見えたので、とりあえず体から一瞬力を抜ききる。重力に身を任せ地面に近いところまで落ちてから……脚の瞬発力で相手に向かって、飛ぶ。人間の体って、脚が一番筋肉あんのよね。当然だ、人生の大半において体を支えているのだから。

「てーいやっとお!」

相手の銃を持つ手に、左手を絡ませ、抱きつくように右腕で抱き込む。そして捻って力が入らないようにしてから、私は廻った。ぐりん、と相手の体重が踊るのがわかる。そのままの勢いで投げ飛ばした。頭から。
弱いなー!お前らほんと弱いなー!

「軍規第……何条だっけかなー。軍内での暴力行為は一切禁ず。副音声で破ったらぶっ殺すよ、って聞こえなかった?」

今の私には権力がないので、暴力での制裁になっちゃいましたけど。足元に落ちた銃を拾い上げる。これを私の武器にしよう。しばらくは。
そう思った瞬間。

「う……動くなぁッ!!」

はた、と振り返ると、銃を構えた2人の兵士。あちゃー、そっちにも居たのか。そいつらは少女やファロンたちに銃を向けながら、私ににじり寄ってくる。
目が合うと、ファロンは呆れたような顔をした。そういう……!そういう顔止めようぜ私が悪いんじゃなくないそれ?

「そ、そうだ、おおとなしくするんだ……、こいつらが目の前で殺されるのは嫌だろうがッ!!」

「……まあ、嫌だけども」

「だったらおとなしくしろ!!じゅ、銃も捨てやがれ!」

「えー……。わかったよ、んもう」

ぽい、と手前の奴に向かって右手の銃を投擲。突然上から目の前に飛んできたそいつにびびったのか、可哀想な兵士は錯乱したかのように上方に弾を連射した。何を投げられたか分からなかったんだろう。お姉さんね、戦闘に自信もないのに格上に喧嘩売っちゃだめだと思うのよ。
瞬間、ファロンが地面に落としたブレイズエッジを足で跳ね上げ、一瞬で間合いを詰め、そいつを切りつけた。真っ赤な血が跳ね、もう一人の兵士は小さく悲鳴を挙げ、僅かに体を硬直させた。

はいチャンス。
足元に丁度転がっていた脳震盪を起こしているらしい兵士の、ヘルメットの下の部分を掴んで最後の一人にぶんなげる。と、そいつは何もできないまま、仲間の兵士の下敷きになった。転がったそいつの右手を思いっきり踏みつける。ぼきりと音がした。同時に悲鳴も上がった。
そして銃を手から抜き取り、気絶している兵士をどかして代わりに私がのしかかる。こいつにはいろいろと教えてもらわなきゃいけない。

「う……ぐぐ……」

「さあーて突然ですがあなたに質問。一気にとじわじわ、どっちが好き?いや性癖じゃなくてね」

思いっきりヘルメットの顎部分を引き剥がせば、凡庸な顔が伺えた。おそらく、30分後には存在すら思い出せなくなるだろうな。ほら私って人の顔覚えるの苦手だし。

「どっちなら私の聞きたいことに答えてくれるかなあ。聞きたいことって言っても、まあ指揮官の名前だとか母艦は何かとか兵の配置とかその程度なんだけど」

「や、やめ……助けて……」

「お返事が無いようなので私の好みで決めちゃうよ?遺言は聞かないから諦めろ」

そいつの口に、銃口をぐぐぐっと押し当て、カウントダウンを開始する。5、から数えて、2、と言った時点でそいつは恐怖に暴れだし、全部言うからああと叫んだ。おお、何と意志の弱い……まあ楽だからいいんだけどさあ。

「賢明だねえ、生きて帰れる。もしかしたら私の同僚が君を鞭で叩くか退役させるかもしれないが、まず生きてないとねえ」

「大佐……」

「ん?ちょ、何よーその目線は」

ファロンが俄かに攻めるような目で見てくる。それに不満を漏らすと、彼女は呆れたような声を吐き顔を背けた。別に趣味とかじゃないし、やらなきゃいけないんだよどのみち。

「さて、まず一個目。今回のパージの指揮官は誰かな?」

「ろ、ロッシュ……ヤーグ・ロッシュ中佐……」

「……んじゃ、母艦の名前は」

「パラメキア、です……」

「人数分布」

「わ、からな……」

否定の言葉を口にした瞬間に、がちりとトリガーに爪を立てる。あとほんの僅かでも力が籠もったなら、この凡庸な顔に風穴が開く。っていうか開ける。

「ち……地図、見れ……ば……!!」

「ん?ああ、これ一般兵にも導入されたの?そっか、借りるね。ありがと」

銃を口から引き抜き、側面で思い切りこめかみを叩く。うぐっ、だかおぐっ、だか判別しにくい声を上げ、そいつはぐったりと動かなくなった。死んでないといいね。
そして私はそいつの腰のベルトから、細く丸められた地図を抜き取る。留め具を外せば、ぱらりと勝手に広がって、平らになった。この地図は元々は、兵の派遣人数を知ることで増兵や減兵するか否かを決めるためのもの。個人端末に仕込まれたICチップにより、GPS情報を割り出して、一定の大きさのエリア毎に表示する。当然、軍艦の場所なんかもわかるのだ、が……。

「んー……。んねえ、悪いニュースと良いニュース。どっちから聞きたいですか」

「……なら、悪い方から」

ファロンのリクエストにお応えして、では悪い方から。

「母艦に発見されたら即全滅。助かる可能性はまず無い。司令官も有能だから危ないね」

「どの道、あまりやつらとの遭遇を繰り返していれば、いずれ同じ結果だろう?」

「幸いなことに兵はボンクラばっかだから、多少はなんとかなるけど。数に物を言われたらもうどうしようもないね。……良いニュースはね、逃げるとまではいかなくても、隠れる場所くらいならありそうだよ。この先に、軍の駐屯地がある。その先には異跡群……駐屯地でいろいろ強奪してそっちに逃げればー、やり過ごすか、もしくは脱出できるかもー」

私はそう言って、地図を畳む。道が無いわけではないのだと解っただけでも、大きな収穫だ。大きく伸びをして、先ほどの戦闘の凝りをほぐす私に、おっさんがおそるおそる、といった様子で話しかけてくる。

「アンタ一体……何者なんだ?」

「へ?ただのクビになった軍人っすよ」

悲しきかな、いきなりクビですよ。大男がひゅうっと口笛を吹いた。

「軍にもすげえのが居るんだなあ……。義姉さんぐらいかと思ってたぜ。あんたも警備軍なんだろ?」

「いや、PSICOMだよ?残念ながら」

「じゃあ仲間にパージされたのか!?何で!?」

「あー、私だけじゃないのよ。さすがにパージに送り込まれたのは私くらいだけども、大抵は降格だったり左遷なりされてる。数少ないパージ反対派は、ね」

「そんな、バカなことが……」

俯いて項垂れる大男のショックそうな声を聞きながら、地図を広げるために足元に置いておいた銃を拾い上げ腰のベルトに引っ掛けた。とりあえず、何かしら武器を得るまではこいつで我慢するしかないな。あんまり良い武器じゃないけど。
服に汚れたところは無いか、と確認していると、おっさんが気絶した男の凡人顔を覗き込んでいた。あー、生きてる?多分脳震盪を起こしてる程度だと思うんだけど。

「案外、もろいもんだな……天下のPSICOMも」

「PSICOMは、下界との戦いが専門なんだろ?経験ゼロの連中が、高価い武器振り回してるだけだろ」

「ほお、特務機関の連中より、日々任務をこなしてる軍人さんや、パージにも反対する勇敢な軍人さんの方が優れてらっしゃるってことか」

「……言うねぇ」

私が否定もせずにやりと笑うと、後ろでファロンが深い溜め息をついた。

「図に乗るな。下っ端は能無しでも、精鋭は化物だ。そいつらが出てくれば終わりだ」

「私のことですね?」

「だから図に乗るな。あんただって、武器もないだろうが」

「まあまあ、それでもなんかうまくいっちゃうのが私の良いところですよ」

私は笑って立ち上がり、進行方向を指し示した。視界は青く澄み渡り、どうしようもなく綺麗だった。
さあ、行こうか。せめて、行けるところまで。……諦められないって、思う内は。









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