Hard to run with devil on your back.








ファロンが叫んだ、次の瞬間であった。

破裂音。次いで瓦礫の落ちる音。遥か高い天井、ひび割れた隙間からワイヤーが伸びて突き刺さり、総攻撃が開始されたことを知る。

「なんなの!?」

ぐらぐらと足元が揺らぎ、ツインテールの少女が叫ぶ。パージされたのに、これから何が起こるか知らなかったらしい。私は身を低くして揺れに耐えながら、その問いに答えを返す。

「軍の総攻撃が始まったんだよ。異跡を破壊して、ファルシもろとも最下層に落として、臭いものには落し蓋?みたいな」

「何それ……っ!下界に帰すんじゃないの!?パージって、そういう意味でしょ!?」

それには、返答に詰まってしまう。だって、パージはただのパフォーマンスだから。

「聖府の狙いは、下界の奴らをコクーンから“消す”ことだ!“運ぶ”も“殺す”も変わりやしねえ!!」

結局答えられなかった私に代わり、答えた男のその言葉に少女は言葉を失い愕然としていた。そしてそれはそのまま、私に突きつけられる楔にもなる。即ち、“二人は私を殺すつもりだった”のだと。

やっぱキッツイな、と私は少女から目を逸らした。
私なんて死んでもいいのだと。私の人生の半分以上は、あの二人が構築したようなものなのに、私なんて死んでもいいと。そんな単純な答えを理解するのが苦しい。

「早く逃げなきゃ……っ死んじゃうよ!!」

視界の端で、少年が少女に縋りつく。悲壮な顔を見せつけられて尚、その言葉にはどうも現実味が無かった。
死が目前にあるなんて、どうにも信じられないのだ。爆撃の最中にあってさえ、まだ活路を見いだせる気でいる。

だからだろうか、私は楽観的だった。まあ現状、死にたくない理由が“二人を一回ずつグーで殴りたい。あ、ジルは本気では殴れないです”とかしかないというのもあるが……。……ていうか奴らに会ったとして私の文句なんか聞いてもらえる?鉛弾を3、4発頂戴するだけで終わるかも。
異跡に落ちて、そこから軍には戻れないだろう。となればやはり、二人はどこまででも私を殺すために追ってくる気がする。一番に指名手配されるのは、身元が一番明らかにされている私とファロンだ。逃げても追われる。そんで捕まえて公開処刑かなぁ……うわぁやだなぁ……。

どんどんネガティブになる思考の中、振動が収まり、膝をついていた私は反射的に体勢を立て直す。……攻撃が止んだのか?でもどうして……。もしかして……外の人間が全員死んだ、とか?

「……あ」

不意に、広間の奥の扉が震え、軋む音を立て開いていく。その先は暗く、まるで中が窺えない。
なぁに、あそこ……。嫌な予感は、更に増した。そっちにはファルシがいるのだと、もうなんとなくわかっていた。ファロンたちがたどり着いた最終地点がここならば、この異跡にいるはずのファルシはその奥にいるのだろう。セラちゃんをルシにしたファルシが、きっと。

私がつい目つきを鋭くしてそちらをじっと見つめる視界の端で、大男がクリスタルと化したままのセラちゃんに何事かを話しかけ、その扉の方へ歩き出した。何を呟いたのかは解らないが、そっちに行くのは“良くない”、気がした。だって、忌むべきファルシがいる。ファルシに関わったら、絶対ろくなことにならない。

「兄ちゃん、何する気だ?」

「ファルシに会ってくる。セラを、助けてもらうんだ」

私は戸惑った。
同情したら良いのかなこれ、それとも止めるべき?そこそこの年長者的にはどうしたらいい?あの男だって明らかに大人だし、自分の命だしどう無駄遣いしたって私が口出しすることではない気もする。

「ファルシにお願いするってか?そんなに甘いわけあるか!向こうは人間を道具としか思っちゃいねぇんだ!」

「俺は未来を待つだけじゃない!」

さっきファロンに言われたことへの反論だろうか。反論っていうより、どことなく当て付けっぽい。
とめなよ、という意図を込めてファロンを見やる。が、ファロンはこっちを見ていなかった。ファロンは大男の声に反応したかのように、顔を上げ、さっきまでと変わらない凛とした姿勢で歩き出す。

「義姉さん……」

大男は彼女に賛同を得たと思っているようだが、正直そうとは思えなかった。だってそんな子だったら私スカウトしないもの。いらないものそんな向こう見ずな部下。破天荒は私一人で十分です。と思ってるんだけどなぁ、なぜかそういうやつばっかり私の下に集まるんですよねぇ。

さて、どうするか……と視線をめぐらし、脱出口を探しては見るが、上手く出られそうなところは見つからない。下手したら、出た瞬間ちゅどーんっと爆撃されるしな。さすがに飛空艇とタイマン張る勇気はない。しかも武器なしで。……うーん、サブマシンガン有りならなんとか……。

ファロンたちは全員ファルシの方へ向かうようで、どうしたもんか。私は内心唸った。行きたくないなあ、怖いし。ファルシ嫌いだし。
でもここに居たって、逃げられるわけじゃない。結局行くしか無いよなあ……。

さんざん躊躇った結果、まだ少し痛む後頭部を押さえながら、私もとりあえず彼女たちを追うのだった。






靴音がやけに高く反響する。メタリックな配線だらけの空間、空気は寒々と私たちを打った。大男が前に進み出、何やら懇願する。それを振り切るように、ファロンがファルシに切りかかる。私は「うげ」と声を漏らす。

そしてそれら全てを、少し離れた位置から見ていた。

ファロンが思い切り銃剣を叩きつけたその瞬間。ファルシが煌々と光を放ち、起動音らしきものをたてて動き出す。あーあ、と私はまた冷め切った感想を漏らした。やるしかない。ファロンに怒ったのかな、ファルシにも感情ってあるのかしら。隣を転びそうになりながら、少年が後ろへ駆けて行った。そのせいで起きた風によって、髪が揺れる。

武器を構えるファロンたちよりとは反対に後退しながら、じっとファルシを見つめる。こんな間近で下界のファルシを見ることになるとは、人生ってわかんないわ。……さて、武器はないしなあ。私なんもできんなあこれ。どうしよ。どうしよ。
うーん、と唸りつつポケットを探る。出てきたのはコミュニケーター――しかも私用の方――と、指に装着するチップ。
……チップ?

おおお……!普段から軍規無視してて良かった!盗られてなかった!

軍に所属する者はどんな階級でもこれを指に装着しておくことが軍規で定められている。これさえあれば、どんな危険な状況でも戦えるからだ。が、全ての軍規をきっちり守るのは下士官の間だけでいいのである。慣習法だ。いろいろ怒られそうだけど。

問題は、これのアクセス権限すら奪われている可能性だが。
指に装着、体温感知で電源ON。自動的に軍魔法ダウンローダに接続。ログイン名はルカ・カサブランカ、階級は大佐。うまくいったことを指先の微電流から感じ取り、私の口角が上がった。
私は右腕をまっすぐ伸ばし、手は銃の形を取る。イメージするのは、とりあえず炎。炎球。それが弾。久々だけど、やれるかどうかなんて愚問。戦闘行為に関することで、私にできないことは無い。……あー、うん、あんまり無い。私はとりあえずファルシに繋がっているらしい、上部のパイプを撃つことにした。あれが機械だったなら、あそこが明らかに動力源な気がしたから。
さあ、うまく狙って……。

「ぶっころーす!!」

吐出されたそれは弾丸となり空気を裂いて、真っ直ぐに目指した箇所へ向かった。そしてそのまま、目当ての部分にぶち当たる。
ファルシが一瞬声にならない声を上げ、ドリルが一瞬浮き上がった。そのタイミングに反射的に合わせてファロンと大男がカウンターを決め、左右のドリルを歪めさせる。

と、突如として目の前の扉が開く。鉄板にしか見えなかったそれは、ファルシの装甲だったらしい。
開いた先には、力の核らしき何かがあった。おそらくは機械におけるエンジン。動力の集まるところ。かなり熱をもっているらしく、微かに周囲が蜃気楼みたいに揺らめいている気がした。動力が集まりすぎたのだ。

あそこを攻撃すればいいんだな……。私は理解して、そっと笑った。

私は指先に意識を集中させ、冷気を想像した。真っ直ぐ飛んでいきますように、そう祈りながら先ほど同様それを打ち出す。
気配を察知して、ファロンと大男が横に逸れ、冷気の塊は剥き出しになった配線にまとわりついた。私はそれを視認した瞬間、もう一度手の中に炎をイメージする。一度やったためか少し慣れ、さっきよりも大きく丸く魔力は渦を巻いた。

さあ、砕け。炎は温度を更に増し、赤から白へ色味を変える。そしてそのまま、ゆっくりと空気に乗って走り出し、数秒で加速して凍りついたファルシの心臓に食らいついた。凍ったグラスに熱湯を注ぎ込むと、グラスは砕け散る。その原理と同じく、配線が一瞬で割れた氷と共に引きちぎられた。

「うおっしゃーい」

「や、やったか!?」

私が一人でガッツポーズを決めたり、おっさんが戦々恐々とファルシをのぞき込む中、ファロンだけは動かなかった。まだ警戒している。……まさか、ファルシはまだ、生きてる?

『ァァア…………っ!!』

それに気付いた瞬間には、そのメタリックな腕が伸びて、目の前にあった。。そして同時に、何かの声。何を言われているのか、そして何をされそうになっているのかわからず、私はただそれを見つめたまま硬直した。

『殺さないで…………』

「えっ……」

目の前まで来たファルシの腕は、私に触れることなく、そっと崩れ落ちる。……今、こいつは……私に何かを訴えようとした。まるで、知己のような気安さで。

「大佐、無事か!?」

「へっ?あ、うんだいじょうぶ、ぶぶっ!?」

ファロンの声に答えようと顔を上げたときだった。突然ぐらぐらと地面が揺れ出す。まさかまた軍が攻撃を、と思い床に伏せながら見渡すが、そんな様子はない。
じゃあ、何で?……考えられるのは一つ。
這いつくばりながら顔を上げ、壊れ果てた筈のファルシを視界に捉えたとき。ずるりと私の体は、滑るように下へ下へ……。前後も上下もわからなくなりながら、落下する。

ほどなくして、その感覚は消え、体が支えられた気がした。見渡せば自分が、そして自分たちが浮遊しているのが分かる。遥か後方は青く光っていて、何があるのかよく見えない。視界の上端を何かがちらつき、顔を上げると。

そこには巨大な巨大なファルシ。
さっきまでのあれはまるで眠っていただけかのように、神々しささえ湛えたそれは、ゆっくりと、私たちと同じように浮遊しているようだった。

それを目にしたとき、私はなぜか、私がそれに好意を抱いているのに気がついた。ファルシなのに。消えた方がいい存在なのに。
何でだろう?こいつは敵じゃない。こいつは、私を……。

『でも物語は続くから。終わりに向けて、君が調整した通りに』

頭が強く痛んだ。言われていることの意味が、わからなくて、でもわかるから。
暖かい腕に包まれる。隣から、ファロンの唸る声が聞こえた。そして彼女だけでなくみんな、この腕に絡めとられ、この×を受諾する。

『ルシになるんだ。人は、ルシになるんだ。でも君は――』

そうだ。私は、それをよく知っている……。

その暖かさに一度頷き、笑みを返して……私は意識を手放した。







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