ネバー・ダイ・アローン







眠り続ける彼女の傍らに座り込んでもう数十分が経っただろうか。時間は、私にとっては明らかに無為に過ぎていく。
ちなみに途中下から「セラァーー!!」って聞こえたりとか色々ありましたけどここに居る限りはシ骸も来ないみたいなんで無事です。ひたすら足マッサージしたり頭の傷の具合を確かめようとして首違えそうになったりしてましたちきしょう首まだちょっと痛い。鏡とか持ち歩かないんだよ軍人だから……。軍人を理由にすればこの世の大体の無精は許される気がする。だってね、ほら、荷物が多いとさ、身動きがさ……と言い訳をつらつら続けてみる。

股関節が固まってごきりと嫌な音がした。心臓への負担を軽減するためにも、全身くまなく解していく。暇すぎて三巡目だけど気にしない。気にしないもの!本当に気にしていないもの!!

「……やばい」

孤独に耐え切れない。誰かツッコミ役を求む。もう誰でもいいから来てくれよ……ファロンじゃなきゃだめだとかわがまま言わないからさぁ……。
兵士とかどうだろう。兵士だったら銃だって奪えるし、それに雑談に付き合ってくれるかもしれない。いつもなら私と雑談してくれる兵士なんかいないけども、こんな非常時ならあるいは。
いや何を考えてんだ私は。とんでもなく虚しく寂しく馬鹿げたことを考えていることに気づき、私は頭を抱えた。あなた疲れてるのよ……頭痛いしさ……。

ふと、私も乗ってきた昇降機が動き出した音がした。

「セラ!!」

階段の下から、女性の声。立ち上がると、見覚えのある女性と中年の男性が走ってくるところだった。なぜにアフロだ。
……あれ?あのおっさんにも、見覚えある気がしなくもないぞ……?いや一度見たら忘れない強烈な頭してるし、勘違いか?
うーん、と一人首を傾げる私目掛けて、女性――ファロンは駆け込んでくる。

「セラに何をした……、って、あんた、カサブランカ少佐!?」

「のん、昇進しました。つい二ヶ月ほど前に大佐になりました」

「どうでもいい!何してるんだ、こんなところで!?」

やだこの子怒ってる何でー、とは思いつつ、全くもって正当な問いだった。下界の異跡の中でPSICOM将校が何してんだ。私にもわからん、ちくしょう。
ともかく、ファロンが何故怒っているのかという疑問は、彼女が続けた言葉で氷解した。

「セラを……殺しに来たのか」

「……あー、なんだ、そういうアレでいきり立ってるわけね。別に誰を殺しに来たわけでもないから気にしなさんな」

っていうか殺されかけたのは私のほうだちくしょう。
私はちらと、眠り続ける少女の方を見た。あの子はセラって名前なのね。資料にはちゃんと名前も載っていたが、興味がなかったのでろくに確認しなかったのだ。あんたのそういうところがみんな気に食わないんですよ、と無礼にも呟いた部下は無事だろうか。それに大声で賛同しまくっていた他の部下たちも。……大丈夫だろうな、あいつら強かだし。私のことを悪者にしてでも生き残るはずだ。ああ悲しきかな皆無情。私の周りだいたい無情。
とりあえず、身の証明のためにも、疑いの眼を向け続ける彼女に弁明をし始めた。いや、弁明もへったくれも状況を説明するだけなんだけど。

「パージに反対してたんよ。そしたら、邪魔だと思われたみたいで。物理的に消されちゃったんだな、政治の場から。しかもVIP待遇で」

「は?……VIP待遇?」

「あ、そこ気になっちゃう?あのね、先遣隊が結構ここに送られてんのよ。結果が惨憺たるものだから報道してないんだけどね。で、多分そいつらに私の情報を読み込ませた転移装置持たせておいて、で私を気絶させて転送したんだなー」

憶測に過ぎないけど、それ以外有り得ないので間違ってはいないだろう。あ、思い出したらむかむかしてきた……忘れかけていた頭の痛みも、鈍痛となって視界を凝らせる。苦痛だ。と、本当のことしか話していないのにも関わらずファロンの目はより鋭くなった。人は信じたいものしか信じないんだぜガッデム。

「……大佐ほどの人が、異跡に?」

「私がいなくても軍は回る。それより軍は、パージ政策を確実にやり遂げたかったんだと思う。面倒なら消してしまった方がいいって判断されちゃう程度の女でごめんね」

「そんな、馬鹿なことが……」

ファロンは皮肉げに笑い飛ばそうとするが、そこでようやく私が丸腰なのに気付いたらしい。あとちょっと服焦げてるのとかね。ファイアは結構間一髪でよけてたからね。

「だから軍は、あんなに銃乱射してるってか。わけがわかんねえ」

「……まーじでか」

やっぱり。正直そんなこったろうと思った。パージ政策は恙無く終わろうとしているわけである。私を含めた多くの人々の死を礎に。
止めたかった。無意味だとわかっていたからだ。そして、私ごときがそれに気づく以上、すぐに多くの人間が気づく。おそらく数日から数週間、必死に聖府がその期間を引き延ばしたってその日はいつか訪れる。
そうなったら、泥を被ったあの二人は更に貶められることになる。こんな状況下でさえ友人のことしか考えていない自分は最低だけれども、それでもやっぱり思い浮かぶ顔は二人、プラス一人が限界だ。

「でも、虐殺だけは止めようと思ったのになぁ……」

「……ああ、あんたがもっとがんばってりゃ被害はもっと減っただろうさ」

皮肉げにおっさんが言う言葉が抉るように胸に刺さる。返す言葉もないし否定もできない。それを庇ったのは、意外にもファロンだった。

「PSICOMの決定は軍の決定だ。あんた一人が何をしたって、それを覆せるわけがない」

「……まぁ、そうね」

おっさんは顔をしかめて納得いかなそうだったが、ファロンがそう言うなら仕方ない、というところだろうか。ともあれ彼は黙り込んだ。
ファロンは横たわるセラちゃんの前に進み出て、彼女を抱き上げる。そしてとにかくここを出よう、と言った。異跡への軍の攻撃が始まる前に、と。

私もそれに倣い階段を降りようとするのだが。と、ファロンの前に、おっさんが立ちふさがった。
その顔はどこか思いつめているみたいで……なんだか嫌な予感がする。こういう顔をしている人間は、大抵ろくなことをしないものだ。

「ルシなんだろ、その子は」

「……そう言ったはずだ」

「下界のルシは、コクーンの敵だ」

そう言って、ぶら下がったホルスターに彼の手は伸びる。嫌な予感の的中を察した私は彼の背後に寄り、銃を抜き取った。そのままくるりと回って距離を取り、銃は後ろ手に隠し持つ。

「おい何しやがる!」

「市民の警護は軍人の義務ですんで」

「市民!?ルシだろうが!アンタだって分かってるだろう!?」

「もしそうだとしても、コクーンにおいて民間人が人間に銃を向けるのは禁止だ。だから最初にあんたを止める必要があるんです」

相手が悪であるとか、そういう話ではない。銃を人に向ける行為を容認するんなら、私もファロンも要らないではないか。存在、というより、過去の全否定じゃないか。そんなの認めるわけにはいかないのだ。誰よりも間違いなく、自分のために。
おっさんは押し黙った。この場に、自分と同じ考えの人間が一人もいないということに、今ようやく気付いたようだった。
一瞬、場が完全に静まり返る。沈黙を破ったのは、鈴の転がるような可憐で小さい少女の声だった。

「お姉ちゃん……」

「!」

セラちゃんの呼ぶ声だと気付いたファロンは、労わるように彼女を床に下ろした。
そのときだった。「セラ!!」誰かが階段下に現れ、彼女の名前を呼んだ。そこには大男、少女と少年。奇妙な三人がいた。どうやら真剣な茶番を演じていたので、昇降機の音を聞き逃したらしい。
大男は焦った表情で駆けつけ、セラちゃんの横に片膝をついて彼女の手を取る。それに対し、セラちゃんは微笑んで弱々しく「ヒーロー参上?」と聞いた。

「一緒に帰ろうな……」

「放せ!私が連れて帰る」

ファロンが大男に敵意剥き出しでそう言うと、それに対し彼は懇願するような目で「義姉さん」と言った。え?セラちゃん結婚してんの?はっやいな!え、十代だよね!?

「誰が義姉さんだ……!お前のせいで!お前がセラを守れなかったから……!!」

「守れるよ……」

「セラ……?」

セラちゃんの弱々しい声が、ファロンの怒声を押し留めた。

「守れるよ、だから守って……」

「セラ、何を……」

「コクーンを、守って……」

「……使命か!?それがお前の使命なのか!!」

「わかった!任せろ、俺が守る!セラもコクーンもみーんな、俺が守る!!」

大男のその言葉に一瞬ファロンは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、次の瞬間にはセラちゃんを安心させようとしてか、驚くほど優しげな顔で微笑んだ。

「そうだ、私がなんとかする」

「安心したろ?」

二人が笑顔を作りそう言うと、セラちゃんは力なく笑って一言、「ごめんね」と言った。

その瞬間だった。
彼女の左腕にあった烙印を中心に、冷たい光が溢れ出す。セラちゃんは浮き上がり、そして、指先から凍りついていく。

「セラ……!」

ファロンが焦ったように彼女を呼ぶ。が、その声は彼女にはもう聞こえていないだろうなと私は思った。すでに全身が、透き通るクリスタルへと変貌していたのだ。
名残のように、大男の手にこぼれ落ちた涙さえもが。

「クリスタル……」

「使命を……果たした?」

誰かがそう呟いた。伝説の通りなら、彼女は使命を果たしたってことだ。使命ねぇ……理解できないが、今はそれどころじゃないようだった。少なくとも彼らにとっては。

「よく……がんばったな」

「……がんばった……?
がんばった、だと……!?」

大男がクリスタルと化したセラちゃんに静かに語りかける、が。ファロンにとってそれは地雷発言だったらしく、怒りに任せて彼の胸倉を掴み上げる。

「ふざけるな!!セラは………セラはっ………!!!」

そしてそのまま突き飛ばすように掴んだ手を話し、ファロンは俯いた。
そんな彼女に大男はまた口を開く。

「生きてるッ!!」

その大きな声が場を引き裂き、否応なしに場を静まらせた。

「伝説だ!ルシの伝説だよ!“使命を果たしたルシはクリスタルになって、永遠を手に入れる”。セラもそうなんだ!“永遠”ってことは、死ぬわけねぇだろ!」

クリスタルを前にしてその発言は、気が触れたとしか思えない。たとえ永遠だったとして、クリスタルなのだ。その無機質な美しさを前にそんなことを言い放てるとは……。可哀想なんだかそら恐ろしいんだかすらわからず、私はそっと目を逸らした。

「セラは未来の嫁さんだ。ずっと一緒って、約束した!俺、何年でも待って、未来の――」

彼の言葉が終わるのを待たずに、ファロンはもう我慢できないという様子で大男を殴り飛ばす。重い拳は嫌な音を立てて彼の体を一瞬とはいえ宙に浮かせた。
……おおう、容赦ねえ……。

「何が未来だ!!現実見ないで、逃げてるだけだッ!!」

ファロンの悲痛なその声が、異跡に響いた。








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