そして世界はいま花開く






目が覚めたら、真っ暗だった。
……あれ、覚めてなくね?眠気は感じないのだけれど。

私は反射的に手を上に伸ばし宙を彷徨わせる。赤ん坊みたいにじたばた動かす。
が、何にも手が掠めないことや、身体を横たえる地面があまりに固すぎることが不自然で困惑した。

ヴヴン、と飛空艇特有の断続的な振動音が、床を通じて直接体の中に響く。
飛空艇の中、ということだろうか?だがそれにしては、揺れが少ないような……そしてあの特徴的な振動が無い。飛空艇ではない……それならば、近くを飛空艇が飛び回っているのだろう。
とりあえず周りの様子を伺おうと、上体を起こしてはみる、のだが。

「っだだだ……、」

頭にズキズキとした痛みが走った。特に後頭部。頭の神経全部に痺れが広がるみたいで一瞬息を忘れた。痛みの酷い箇所に手をやると、乾いた血らしきものがぼろぼろと指先で崩れていった。ああ……あああ……これは……。
ガンガンと膨張するみたいに脳内を圧迫する痛みを堪えつつ、何があったのか思い出してみる。えっと……会議してて、先輩に情報リークして、ほんでまた会議して……休憩時間にたしか、ジルに呼び出されて……座って……そんでガツンッと……ガツン……?

「殴られっ、……ったぁぁぁ……!!死ぬ死んじゃうすごい痛いなにこれぇ……」

思い出した瞬間に声を上げてしまい、その反動で痛みが増す。やだもう死にそう。超苦しい。二日酔いなんかよりも遥かに酷い頭痛に辟易としながら、私はとりあえず周囲を見回した。
目がさっきよりは慣れてきたものの、それでもほとんど何も見えていない。……本当に、ここはどこなんだろう。光が欠片も届かない。ひんやりとした空気が全身を包んでいる。

揺れがほとんどないのと、地面が石っぽいので、飛空艇の中じゃないっていうのだけ確定か。……いやそれ何の解決にもなってないじゃねーか。

と、不意に感じ取った、微かな風の流れ。それがやってくる方へ四つん這いで近寄ると、自動ドアだったらしく突然目の前の暗闇が裂け、目に光が飛び込んでくる。真っ暗だったのが一転、オレンジ色に突かれる痛みに必死に目を瞑り、瞳孔が閉じて視界が落ち着くまでに数秒。そして何度か瞬きをした後、ようやく正常な色彩感覚を取り戻すことができた。
そして。

「……うっそぉ」

石でできた床、壁。荒削りの割に細かい意匠。壁に等間隔に取り付けられている松明の灯り。知っている……っていうか誰でも知っている。こんな加工を施された建物はコクーンにはない。不吉だから。誰もこんなもの作らない。
つまりこれは……。

「ぱ、下界……なの?」

そうか、下界に落とされたのか……!
……。
いや有り得ないだろうなんだそれ。今年度の小旅行の行き先ランキング第一位はボーダム、二位はノーチラスですよ先週テレビで言ってた。
過去600年の間、コクーンは下界と一切の交信を絶っている。唯一あるのは、下界からいろいろなものを引き揚げてコクーンを肥大化させたりとか、それだけ。たまにゴミを外に落としたり。人間が行き来するようなことはできないし、してはならない。下界は恐ろしいところだって、ファルシが言うから。ので、普段は下界への道そのものがないのだ。

しかし今は……違うのかもしれない。私はゆっくりと思考がとっかかりを突破して前に進むのを感じる。今は“普段”ではない。

……下界なら。もしここが本当に下界なら、私が殺されていないことの理由も説明がついてしまう。私を排除したくて、でも……殺すのは嫌、だったら。そして、それでも消さなければいけないのなら。

タイミングが悪すぎた。つい先日、下界のルシなんてものが見つかって、大騒ぎになっているのだ。パージなんて法案まで可決されてしまった。そんな中、パージに乗じて下界に私を送ってしまえば、もう二度と会うこともない。
……もう二度と、会えなくていいのか。私なんてもういらないのか。全て終わってしまったのか。どうして?ぜんぶ、やっぱり私のせいなの?

「……とりあえず……どこかに行こう」

ここに留まっているわけにもいかない。絶望と失望で吐き気が渦巻くけれど、だからといって何もかもを諦める気にはまだなれなかった。だって何が起きているのか、結局私にはまるでわかっていない。わからなければ諦められない。
じゃあわかってしまったら諦めるの?って、お願いだから問わないでくれ。覚悟はまだできそうにないから。

周囲に気を配りつつ、私は音の大きい方へ向けて歩き出した。ここは建物なんだろうか?この廊下は一体どこへ続いているのだろう。……本当にうるさいな。ここが下界なのだとしたら……え?下界なんだとしたら?私は違和感に気付いて足を止めた。

下界なら飛空艇の音なんてするはずがないじゃないか。この音はPSICOMで使われている小型飛空艇の音だ。それくらい聞き分けられる。じゃあここは下界じゃない?
外の音に意識を傾けたところで、ふと、廊下の壁が少しだけ崩れているところを見つけた。たいまつだけのこの廊下より外の方が暗いらしく、見過ごすところだった……。よかった見つけられて。
私は少し屈んで、そこに顔を近づける。と、私の視界に映ったのは。

「軍隊……!?」

外にはPSICOMの飛空艇が大量にうじゃうじゃと飛び回っている。サーチライトがちかちかと点滅し、空気を透かして光が散った。
見慣れた大量の戦闘機。なんで軍がこんなに?

「まさかここって……ハングドエッジなの?」

ハングドエッジ、コクーンの先端。下界に一番近い場所。パージ政策で、ボーダムの市民と異跡を運ぶことになっていた場所……。
そうか、じゃあコクーンはまだ出ていないのか。……せめてまだコクーンの中で目が覚めてよかった。
それでもまだ、展望は暗い。つーか何の解決にもなってねーよ。軍隊にめっちゃ囲まれてますもの……どこにも逃げ場ないよ。

ハングドエッジに異跡があるのなら、きっともうパージはほとんど佳境。終わる直前というか……たくさんの人間をもう、殺した後かもしれない。パージの中身は移送じゃない……あんなにもえげつない政策を、よくもまあ考えやがって……。

「……行かないと……だよね」

あんな政策。
私は必死で止めた。あれはただの虐殺だ。パフォーマンスだ。
そして、その実行者の欄に残る名前は彼ら二人。それが嫌で嫌で、いつか確実に糾弾されるとわかっていたので、私は必死で止めた。そして、今からでもできることがあるならば、やはり行かなければならないのだろう。
胸元の襟章は奪われていなかった。鈍い金に光り、私の名を背面に刻む。ルカ・カサブランカと刻印された溝を指で撫でた。

意味もない殺し合い。手を血で濡らすのはたくさんの兵士でも、その兵士に殺させるのは彼らだから、許せない。許せなかった。二人が苦しむ可能性が少しでもあるなら、それを止めるために私はなんだってしてみせる。彼らのことが×きだから。×おしいから。

あとついでに、あの人が嫌がりそうでしたんで。ああ、頭が痛い。がつがつと抉られるみたいに揺れている視界。

「うううー……」

雑音が交じり耳の中を転がって、自分の声さえかき消していく。壁に一瞬凭れて、深く深く息を吐いた。それから顔を上げて、暗い廊下の先を見据える。
さあ、行かなければ。
私は真っ直ぐ歩き出した。歩いていなければ、何もかも見失ってしまう気がしていた。何も諦めたくない……諦めないために、私はただひたすら前を向く。





と、前を向いたのはいいのだが。

「ッだあーッもうううう!」

足が悲鳴を上げているので私も悲鳴を上げる。特に深い意味はないです。
と、頭上を炎球が通り過ぎる。ギアでない魔法は威力が強い。食らえば服が焦げるくらいでは済むまい。一瞬で炭化しても驚かんよ。……いやその場合驚く暇もねーわ。驚く猶予をください。
後ろから何かを引きずるような音が聞こえてくる。異形のモンスター……いわゆるシ骸は動きは鈍いものの、さっきから容赦なくファイアを連発していた。その熱が何度も何度も私を撃たんと迫り来る。初めて見たシ骸に興味が惹かれないでもないが、人命第一である。逃げる。

なんとか廊下の先の階段を登りきり、昇降装置に乗り込む。石の擦れるような音と浮かび上がる感覚に、ようやく体から力が抜けた。

「っは、っはぁ……有り得ないっての……」

自分の吐く息の荒さが遠くに聞こえる。酸欠だった。冷たい空気を肺一杯に吸い込んで、数呼吸。ようやくまともに息ができるようになる。
昔は授業で走り込んだりなんだりしてたから体力もあったけど、現役じゃなくなってもう5年近く経つ。身体が少しばかり重い気がするのは仕方ないうん仕方ない。

階層を昇り昇降装置を降りて、痛む足を少し庇いながらまた上へ繋がる階段へ向かう。石造りの地面にも大分慣れてきたな、なんてことを考えながら、周囲に警戒しつつ階段を登りきった、そこには。

「えっ……?」

地面に横たわる少女。しっかりと閉じられた瞳。良くない顔色に私はまず焦りを覚えた。
うそ、生きてるよね!?
急いで近寄り、傍らにしゃがみこんで首筋に触れ脈を取る。手の下にとくんとくんと血の流れる音がしていて、私はほっとした。
一応瞳孔も確認する。少し開き気味ではあったが、問題はなさそうだ。

「私の心臓に悪いっての……!」

溜め息をついて、私は立ち上がる。彼女は下界ルシだと、一度だけ資料で確認していた。でもこうして見るかぎりでは、決して危険ではなさそう。だって寝てるしな。
彼女の顔を見下ろすと、なぜだか既視感を覚えた。ファイルで見たから?違うな、誰かにものすごく似てるんだ。……誰だっけ。
自分の交友関係が大変狭いことは自覚してるので、唸りつつ考える。誰だっけなあ……軍人しか知り合い居ないし軍なのは間違いないけど、でも……。

「……あ」

前に警備軍の視察に行ったときのこと。海のある街で出会ったある軍曹に、そういえばそっくりだ。
あの美人は今どうしているだろう。PSICOMにスカウトしようとして、でも妹を養わなければいけないからと断られたのだった。

……もしかして……この子その妹だったりしないかな……。
年齢的にも一致するし、よく似ている。ボーダムで発見されたという点も合致。可能性は高いな……もしそうなら光明だ。
それならファロンが来る?かもしれない。彼女がどれほど無謀で勇猛か知らないから、確証はないけれども。

「……追い風吹いてるねぇ」

言わせてもらえばそんなのもう遅いのだけれど。こんなところにまで落ちてしまって、這い上がったとして前と同じには戻れない。
とはいえ、考えている場合でもないか。

じっと階段の向こうを見つめる。そこには大きな扉があった。
あそこはなんだか、嫌な予感がする。予感なんて実に不確かで、気分の問題だと言われればその程度に過ぎないけれど、でも、できることならあの扉をくぐるには武器か味方がほしいところだ。

「とりあえずファロンが武器持って来てくれますよーに」

私はそう苦笑して、柱の傍に腰掛けた。少しだけ、疲れてしまっていた。








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