神代に浮かぶ、二つの瞳





昔、世界を統べる神があった。名をブーニベルゼと言った。
彼は不可視の世界へ去った母ムインの呪いが、この世界のさまざまなものが朽ちる原因だと思い込んだ。
母なるムインを殺すために、ファルシ=パルスを作った。パルスは世界を切り開き、ムインの住まう不可視世界へ繋がる扉を探す使命を持っていた。
次にブーニベルゼはエトロを作ったが、ブーニベルゼは誤って、エトロを母ムインそっくりに作ってしまった。ブーニベルゼはこれを恐れ、何の力も与えなかった。
最後に作られたのはファルシ=リンゼ。リンゼに己を守る役目を与え、ブーニベルゼは深い深い眠りについた。

そして、人間たちはパルスを全能の支配者、リンゼを守護神、エトロを死神と考えた。
そこまでが正史。ファルシが理解しているのは、ここまで。



ブーニベルゼが眠りについた頃のことだ。

何の力も持たないエトロは父に愛されないことが悲しくて、寂しくて、己を傷付けて消えようとした。
流れでた血から、人間が生まれた。最初に這い出た人間はとても美しく、エトロによく似た瞳をしていたが、とても弱く、すぐに死んでしまった。消える寸前のエトロはそれが悲しくて寂しくて、彼女がすぐ生まれ変わるように祈った。そのむすめを、エトロはユールと呼んだ。

その最初のむすめが生まれ変わるのを待つ間、流れる血から次の人間が生まれた。またもエトロとよく似た瞳をしたそれを見つけた死にゆくエトロは、新しいその人間が死ぬ前に、慌てて老いと死を取り上げた。死なないように、己を残して去らないように。そのふたつめの人間を、エトロはうつしかがみと呼んだ。

エトロが見つめる間にも、血から人間は生まれ続けた。彼らは一様にとても弱かったが、最初に生まれたむすめよりは少し長く生きた。エトロはそれを見つめながら、最初に生まれた二人の人間は失敗作だと気がついた。最初のむすめは死に続けるし、次の娘は静かに在るだけだった。その後に生まれた人間たちは己たちの生の意味を探したが、失敗作たちはそうしなかったからだ。

己と同じ姿をした母神ムインを求めて、エトロは不可視世界へと流れこんだ。そこは死の世界でもあり、混沌に満ちあふれていた。混沌は闇であり、心であった。エトロは混沌を生まれては死にゆく人間に贈る祝福とした。混沌はゆっくり人間の中に蓄積され、心となって、それが彼らの限界を超える頃、彼らは総じて死んだ。

エトロは最初の失敗作には、死に続けて生まれ続けるよう祈りをこめて混沌を与え続けたが、ふたつめの失敗作には決して混沌を与えなかった。だからうつしかがみは死ななかったし、エトロが慌てて老いを取り上げた瞬間より老いることもなかった。混沌を与えられなかったうつしかがみは心を持たず、誰を愛すこともできなかった。
代わりにうつしかがみは、己を愛した相手だけを×した。相手の愛を映したかがみは、本当の愛を与えることはできなかった。

これは、語られなかった物語。誰も知らない、古い神話。
今もふたつの失敗作は、世界のどこかで生きている。





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