それでも、救われるのだから。





「ねえ、さっきホープくんの家はフィリックス街って言ったよね」

ふと思い出したことがあり、ライトニングに確認を取る。と、彼女はなぜそんなことを確認するのかという顔ではあったが、返答をくれる。

「ああ、35のAだ」

「ってことは、ホープくんはバルトロメイ・エストハイム氏の息子さんか。生まれついての上流階級だねえ」

「ホープの親父さんを知ってるのか?」

「有名人だよ。経済学の道ではある種権威と言って差し支えないぐらいにね。一応の知り合いでもある」

あんまり好意的な知り合いではないのだけれど、とは言わずに苦笑いを零す。ライトニングはそれには気がつかなかったようで、追求はされなかった。

「なあ、ライトニング。ちょっと聞きたいんだが……ヴァニラのしるしって、見た?」

「いや?なんでそんなことを聞く」

「……シ骸になるまでどれくらいか、しるしを見ればわかるんだ。ちょっと見せろ。……まだまだ大丈夫そうだな。ただし油断はすんなよ。進み具合は一定じゃないからな。ヴァニラも早く助けて、帰らねえと」

「ヴァニラの消息に予測ってついてんの?」

「レインズ曰く、おそらく敵方に捕まったとさ。……心配だ。さっさとレインズんとこ戻って、敵地に殴り込みさ」

「いーねえ、今から泣きたいくらい楽しみだわ。……あれ?」

遠く、空の端から、小型艇がフィリックス街の方へ駆けていく。巡回というよりも完全に目的の定まった飛び方だ。……もしかして、誰かが見つかったか?そう意識が巡ると同時に、爆発音。これはやばい。

「おい、ルカ……」

「……うん、ちょっとまずそうね。急ぐ?」

私が振り返らずに問うと、二人が頷いた気配があった。それなら、全員アタッカーで、ゴリ押しで進めていこうか。

「っし……んじゃ、行くか」

私がそう言って口角を上げた時、間違いなくコクーンでも最強の女たちの手には、各々臨戦態勢の武器があって。三人は、仲間の方向へと走り出した。






落ちた先は廃材置き場。なんとかホープを背負って住宅街に進路を向ける。体中が痛くて、どこに怪我をしているのかもう自分でもわからなかったが、足は勝手に動いた。ホープの体温だけが前に進むことを支えてくれるような気がしながら、はしごを登る。どうか見つからないようにと祈りながら急ぐ途中で、遠くで戦闘音が響いた。

「義姉さんたちか……?」

「……っう、」

ホープがうめき声を漏らす。目を覚ましたようだ。良かった、意識が戻って。ほっと息を吐き出す後ろで、ホープは驚いたように身をよじる。どうやら、自分が彼を運んでいることに混乱しているようだった。

「なんで、僕を……」

「守ってくれって、頼まれたんだ。義姉さんと、それから……ノラさんに。俺のせいだ。俺が馬鹿で、巻き込んだ。謝るよ。償わせてくれ」

「……償えないって、言ったのに」

目蓋の裏には今でも彼女が落ちる姿がちらついている。暗い記憶で謝罪を告げると、ホープは案外落ち着いた声で返した。それさえ辛い。

「謝ってどうなるとか、ひどいこと言ってごめんな。どうすれば償えるかもわかんないのに、謝ってどうなるって思ったんだ。でもお前、言ったろ。前に進むってのを言い訳にして、逃げてるだけだって。あれは、効いたわ」

なんとか、はしごのてっぺんまでたどり着く。さあ、もうすぐだ。

「なあ、ホープ。俺の責任は、俺が背負う。逃げずに背負って、絶対償う。ほらよ、このナイフは義姉さんのだろ」

懐に入れておいたナイフをホープに手渡す。と、彼は驚いたように目を瞠った。

「どうして、わかったの」

「それ、セラが義姉さんに贈ったんだよ。お守りにってさ」

そう教えると、ホープはナイフの刃を取り出して見つめた。そんなに大事なものだとは知らなかったようだ。教えなかったのも、彼女らしいと思った。

「義姉さんは、そういうものをお前に預けた。だったら、お前が持つのが当然だろ。……償う方法、探すから。少しだけ時間くれ。お前が納得できるように、責任とるから」

伝わったろうか。まだ無責任だろうか。重すぎて、これ以上はどう表現したものかわからない。こういうとき、馬鹿はどうしようもないなと思う。こういうときに限らず大体の場面でなのだけれど。どうしたらいいだろう。逸る不安によってか、ホープは唇を震わせた。

「……帰ってこないよ。あんたに責任、とらせても……母さんは、帰ってこないよ。最初から、わかってたんだ。わかってたけど……誰かのせいに、しないと……戦えなくて」

「誰かじゃなくて、俺のせいだろ」

こんな子供に、こんなに、こんなに自分追い詰めさせてんのも、母親奪ったのも、全部全部、全部。

「俺に、償わせればいい」

我ながら情けない声。まっすぐ立っていられない。視界が霞む。血が足りないのだと理解する思考も明瞭とは言えない。壁に凭れて、ようやくホープと目を合わせる。立ち尽くす彼を見て安心した。怪我は、ないみたいだ。そのことにほっと息を吐いて、足がついに崩れ落ちそうになった時だった。
ホープの後ろに迫るそれは……。

「逃げろ!!こいつは、俺が……!」

ホープしか見ずに飛び出したのが多分いけなかった。脇腹を衝撃が襲ったことさえ気付けず、スノウはあっさりと気を失う。視界はブラックアウトした。


……そんな限界ギリギリの体力で、自分なんかを必死に庇うから。ホープはもう、これまでの自分の全てをバカバカしいとさえ思った。だからきっとこれは、間違いじゃない。

「無理ばっかして……本当、バカだ。あんたが……あんたが死んだら、償えないだろ!」

ブーメランが手によく馴染むようになってきたんだ。もう自分は立派にルシなんだよ。だから、一人でも戦える。守ってもらう必要なんかないんだ。
まして、自己犠牲までを伴ってもらう必要は。

ホープの目の奥で、強い炎が燃えていた。そこに、憎悪はもうなかった。






尖った爪先が、的確に自分を狙って降ってくる。必死に避けて右側に転げつつ、氷撃を放った。が、あっさりと弾かれてしまう。ブーメランを続けて投げる。これは何とか当たったが、そもそも自分の攻撃力なんてたかが知れている。悔しいが、敵の猛攻を止めることにはならなかった。

「くっ……」

兵器と目が合う。咄嗟に立ち上がれない。動けない。が、自分の攻撃の緩さに、もう自分を狙うことすら飽きたのか……やつの爪先は今度は、スノウへ向かう。……だめだ。それだけは、だめだ。自分でも驚くほど簡単に立ち上がる。……動ける。守れる。今までにないほどに早く、ホープは走った。スノウとやつの間に体を割り込ませる。ああ、死んでしまうのか、僕も。本当にバカだなあ、こんなところまで必死に……生き延びて……何に向かうでも、なく……。
目を閉じる。最後の恐怖を見ないように。だからそのあと何が起こったのか、正確には見ていなかった。

ガキン、バキッ、ガッシャン。聞きなれない金属音に驚いて目を開けると、そこに居たのは。

「ちょっライトさん何してんすかいきなり突っ込まないでくださいよ」

「お前にだけは言われたくないお前にだけは」

「ルカお前いい加減跳ぶのやめろよ、危険だから」

「ら、ライトさん……ルカさんも」

地面に伏しバラされた奴に銃剣を突き刺す知った二つの顔とそれから、さっき自分を助けてくれた女性だった。ライトニングが心配そうに自分を覗き込んでくる。その目を見たら、もうろくなことは言えなくなってしまった。

「……ノラ作戦、失敗です……」

声はみっともなく震えて、嫌な響きだった。でも、それだけ。苦しくはならない。ライトニングがふいにホープを抱きしめる。ぎゅっと、強く優しく。

「守るから……。私が、守る」

「ライトさん……。あの、僕も、できたら僕も……ライトさんを守れたら、って……」

それは一つの決意だった。スノウに全てぶちまけて、彼の決意を聞いて、それで芽生えた決意。もう、守られるだけじゃない……。自分も、守れるように。彼女の弱さにも、もうちゃんと気づいているから。ライトニングが、こつりとホープの頭を小突く。どうやらちゃんと伝わったらしい。

「おいおい、こっちも気にしてやれよ」

「完ッ全にノびてますがなこりゃ」

ルカがスノウのデコに何発かデコピンをかまし、それから目蓋を開けて瞳孔を見て、脈も取る。彼女の楽天的な顔色からみるに、どうやら異常はないようだった。軽い脳震盪だろうと彼女は告げる。

「ほらな。簡単にはくたばらない。無駄に頑丈だ」

「一応それで助かってんだから無駄ってことないでしょー」

ライトニングがスノウを助け起こす。ルカが手伝おうかと問うたが、どうやらライトニング一人でも平気なようだった。ホープはほっとする。本当に死なれてしまったら、どうしようかと思っていたのだ。





そんなホープの横で、青衣の女性が腕を組んで鼻を鳴らした。

「しっかし、バカみてーに平和ボケしてても、強い奴は強いんだな。ここでも」

「そりゃーね。まだまだ強い奴はごろごろいるさ」

「お前とか?」

「もっとよ、もっと」

遠くないうちに会える、と言ってルカも先導するホープたちの後ろを歩き出す。この女の更に上が居るのかと、ファングはまた瞠目した。例えばそれが、自分を助けたあのいけ好かない黒髪の男だったりするのだろうか、なんてことを考えながら。








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