I don't wanna think anymore.






端末で服を買って、戦闘を続けたせいでところどころに付着していた血を確認しつつ着替える。すでに乾いてきていた髪の血は湖の水でぬぐった。あんまり被ってなかったのが幸いだった。血まみれという程ではなかったのだ。PSICOMの襟章も着いてる上着は捨てるわけにもいかないので、畳んで血を隠して持つとして。シャツとパンツは結局同じようなものを買った。ブーツは水で外側だけ拭い、それでとりあえず元通り。

そうしてなんとかまともな格好になってから、さっきよりは大分近くに見えるパルムポルムへと入ることにする。光が重なって、眩んだ。
外周までの侵入は難しくないだろうが、問題はそのあとだな。近辺にルシが潜伏してるのはさすがにそろそろわかってるだろうしなあ……だってさっき爆破させてしまったし。ルカは項垂れる。

「ううーん……となると、あの二人も来てんのかねえ」

正直まだ会いたくはない。整理がついていない。……整理がついたら会えるとか、そういう気もしないけれども。
かといって、一生会わないとか、それもそれで苦しくて仕方がない想像だった。

うううと唸って、頭を抱え込みそうになりながらも、ルカは歩き続けた。森との切れ目の曖昧な境界をくぐって街に入る。そのうちに、まばらながらもちらほらと人を見かけるようになる。まだ住宅街のようだけど、パルムポルムという大都市らしい賑わいだ。遠くから喧騒のような声もする。何かが視界の向こうでちらついた気がして、一旦立ち止まって中心部を眺めると、飛空艇がブンブン虫の如く飛び回っていた。

「おお……」

飛んでいる。待機されている。想像以上であった。
あそこをすり抜けられるだろうか。わからない。けれども、ルカは転送装置から半分だけ顔を出すハイペリオンの柄を握りしめた。

それでもまだ止まれないのだ。どこまで進めるかわからなかったとしても、行き詰まるまで走らなければならない。

「多分、まだパージは……続く、から」

どうなったとしても、彼ら二人を守りたい。そのために、とりあえず前へ進む。
まだ道は見えないけれど。きっと活路は見いだせると、まだ信じているからだ。

「とりあえず、先輩探さなきゃ……見つかる前に」

可及的速やかに、と吐き出した声が震えていて、情けなくて泣きたくなった。
それでもまだまだずっときっと、物語は続く。





「各部隊に通達。本作戦の指揮を執るロッシュだ。今や、コクーン全体が下界の影に怯えている。これ以上ルシの暗躍を許せば、破滅的な混乱が生じるだろう。我々聖府軍が命をかけて守ってきた、コクーンの平和と安定が崩壊するのだ。下界のルシは、人々を脅かす敵である。確実に抹殺せよ。いかなる犠牲を払っても構わん。……以上だ」

そう言い切って無線を切り、そして一言、誰にも聞こえないような声で呟いてから、ロッシュは顔を上げた。先程、ガプラ樹林にて爆破事件が起きたという通報があった。間違いなく、ルシが関わっているはずだ。それならパルムポルムへ舵をきった可能性が高い。……この街は、エデンに次いで人口が高いのだ。急いで事態の収拾を図る必要があった。

市民か、友人か。己はそれを天秤にかけ、心の望まないその決議に従った。これからも従い続ける筈だった。それが早くも揺らいでいる。我ながら情けない、と溜め息を吐き出した。
その点、もう一人の同期は強い。一切迷いが無い。それは一つの強さの完成形であると、尊敬している。しているが……。

「正しかったのだろうか……」

今更も今更で、ジルどころかあいつまで怒らせそうな気がするけれども。考えてはならないと自分でも思うような愚問が頭に浮かぶのだ。
視界の端に、彼女の髪がちらついて眩暈を覚え、振り払うように眉間を押さえる。こんなことでは……。ロッシュは軍刀の柄に手をかけ、目を瞑り、迷いを振り切るように軽くかぶりを振った。次に目を開けた時には、もうその双眸に迷いは一切混じっていなかった。







駐車場から続くパルムポルム外周。物陰にこっそりと隠れ内部を疑うルシが二人。

「……厳戒体勢か」

ハッと嘲笑混じりに吐き出された声は思ったよりも不遜な声音で響いた。天気は快晴、時々飛空艇。どう考えたって侵入不可能な光景に、それでも自分はどうやら正気を保っているらしかった。ここに殴り込もうだなんて、自分に爆弾巻きつけるくらいしか方法が思いつかないな……。突拍子もない自分の発想にライトニングは内心苦笑した。前言撤回だ、正気かどうか少し怪しい。

「突破しましょう。とにかく駅まで行けば、エデン行きの電車が……」

「こんな事態で動いていると?」

「あ……、と、止まってたら、乗っ取って動かせば……!」

「そのまま、聖府の中枢に殴り込みか。コクーンの敵らしくなってきたな」

「ノラ作戦ですから。母さんの仇はスノウだけじゃない。聖府にも、責任取らせます」

荒唐無稽な発言を繰り返すホープに苦言を呈する。さっきよりも大分自嘲寄りで。がまあ、言外の皮肉を受け取り損ねたらしく、ホープは強い眼差しのままに頷いた。それに対してつい溜め息をついてしまったのがいけなかったのか、彼は表情を歪めてライトを急かす。

「戦うって言い出したのはライトさんじゃないですか。遠回りなんかしてたら、いつバケモノになるか……。この近くに、地下に降りる入口があるんです。もう使ってないから地図にも乗ってないし、軍も知らない筈です。それを使えば、街に入れますよ」

「……わかった」

必死に自分に説明するホープに押され、ライトは頷く。とホープは嬉しそうに道案内を買ってでた。古い排水溝があるのでそこを通りましょう、そう小声で告げて体を低く進む彼に従いながら、ライトはそっと見回りをしている兵士を見つめた。PSICOMと警備軍が混在している。
……どうやら、本気のようだな。メンツを捨てて畳み掛けてきているのか……。そのことにもう焦りを覚えないくらいに冷静な脳はやっぱり疲れているんだろうか。生きることへの執着が弱まるのは悪い傾向だ。奮い立つ程度の体力もないとは。戦場で生き残るのに必要なのは、執念だ。死んでたまるかと、しがみつく執念。
それを教えてくれたのは、かつての上司だった。

「アンタの言う通りだ、曹長……まさしく、その通りだよ」

先達の言葉ってのは、いつだってうるさいくらいに正しくて困る。ライトニングはひとりごちた。
と、前を進んでいたホープが彼女を呼ぶ。仕方がないので、足を速めた。そして、兵士たちが見張る操車場、こっそりと二人でパルムポルムに入る。
ホープの案内に従い、崩れていた地下トンネルへの入り口に身を滑りこませた。地下を移動すれば、街のどこにでも出られるのだという。さすがこの街で育った子供だ。街を知り尽くしている。

「カーバンクルだ……あれも、敵なんですよね?」

薄暗い地下道、発光しながらゆっくりと自転するそれを遠くに見つけてホープが口を開いた。それに向かって二人で歩きながら、あれを破壊したら恨まれるだろうな、と返す。返してから、既に恨まれるどころか親の仇のような扱いだ、と思い直した。
ホープも全く同じように思ったらしく、苦笑しながら「もう憎まれてますよ」と笑った。その顔が一瞬、ほんの一瞬、諦めきった大人のように見えて、ライトは言葉に詰まってしまう。

こちらが敵だと思いたくない相手から憎悪を受けるというのは、酷く疲れる。そして度を越えた疲労は人を成長させすぎる。ビルジに落ちた時からずっと感じ続けてきたものであろうが、ここが彼の生まれ育った故郷であるからこそ、それはまた違った意味を持つのだろう。
これまで身内だったはずのファルシを敵と認識することで、これから身内から向けられるだろう敵意を想像してしまう。この頭の良い少年は過酷な状況にいる……自分よりも、遥かに。
それに気付いて、ライトは彼に「食い物の恨みまで背負うことはないさ」と言った。板挟みの悪意の中で、復讐だけに縋る彼を解放してやりたくて。或いは、自分がそこへ引きずり込んだという罪悪感から。その責任から逃れることはできないにしても……。

「聖府と戦うルシなのに、聖府のファルシを目印に進むなんて……おかしいですね」

「気にするな。生まれた時から頼ってきたんだ。食糧どころか光も水も、みんなファルシに任せてる。実際、コクーンはファルシのための世界なんだろうな。人間なんて、寄生虫だか害虫だか……」

ライトが疲れたようにそう呟くと、ホープがきょとんとした顔で聞き返す。

「そうですか?人間を世話したり、守ったり……ファルシって親切ですよ、普通の人には。多分、人間が好きっていうか、大切で……ペットみたいに」

うまい表現を思いついた、とでもいうような仕草でホープはそう言った。ライトはその言葉に、これまで考えたこともなかったひとつの仮説を思いつく。
ペット。ファルシにとって人間はペット。それはつまり……。

「……飼っている?」

そして、一度言葉にしてしまえば、それは想像以上にしっくりとそこに嵌って、今までの生活のあらゆることがその言葉で定義された。そうだ。……そういうことなんだ。

「私は、飼われていたんだ。ファルシが支える世界で生まれて、ファルシがくれる餌で育って……飼われる生き方しか知らなかったから、その生き方を奪われたら簡単に見失った。飼い主に見捨てられて……ただ迷うだけだ」

私だけではなく全てがそうなんだ。ファルシが命じたからパージは始まった。ペットだから、ファルシには逆らえないから、だって餌をくれる相手には本能的に抗えないから。
何もしなくても必要なものは全て与えられる安住の園。ペットたちはそれが奪われるんじゃないかという恐怖に怯えて私たちを排斥しようとする。

それに逆らって私は今、何をしようとしているんだ……?ライトニングは自問した。

これはペット同士の殺し合い。ダメだ、何の意味も無い。それじゃ何の、意味も無い。

「ホープ、聞いてくれ。ルシにされて、私は何もかも見失った。先は見えない、希望もない。考えるのも嫌になって……、だから、戦った。戦っていれば、何も考えなくていいから……、現実逃避した。そんな戦いに……お前を巻き込んでしまった……」

そのことに気付いてしまえば、ずっと感じていた小さな罪悪感はだるま式に大きくなる。この戦いが無意味なのだとしたら、この少年をそこに付き合わせてはならない。それを理解したから。

「あの……何が、なんだか」

「ノラ作戦は、やめよう」

「どうして!?ライトさんが、戦えっていうから……ッ」

「私は間違っていたんだ!」

戸惑いを露にするホープ。突然のライトの宣告に、怒りと焦燥が芽生えどうしたらいいのかわからなくなる。ライトニングに見捨てられたら、自分は戦えない。何もできない。復讐のためだけに歩いてきたのに……。ライトニングは与り知らなかったが、彼の脳内には、落ちてゆく母の姿がフラッシュバックしていた。

「……なんなんですか。戦え、迷うなって言ったのはライトさんなのに、見捨てるんですか……」

「見捨てはしない。……私が守る」

彼が戸惑うのは当然だった。自分以上にこの状況に翻弄されて、そこから身を守る術が『復讐』しかなかったのだから。
だから、自分に着いてきた。そして彼を振り回してしまった……。ライトにはその自覚があった。自分にも大きな責任の一端があるのだという、自覚が。彼を安全なところまで連れていかなくては。ライトはとりあえずそれを最重要にしようと決め、早足で歩き出そうとする。

「行こう。急いで地下を抜ける」

「ま、待ってください!……全然わかりません。僕らはルシで、いつかバケモノで、コクーンの敵で……。ノラ作戦がダメなら、黙って死ねってことですか!?」

「戦うなって意味じゃない。この戦いは駄目だって言ってるんだ」

「だったら、どんな戦いなら良いって言うんですか!」

ホープは歩きだしたライトを止め、食いかかった。ライトニングはそれに応えて振り返る。

「私も迷ってる。ただ……希望もなく戦うのは、きっと違う」

「希望って……ないですよ、ルシなのに」

「ホープだろ?」

希望の名を冠すその名。ホープは今は最大の皮肉と言わんばかりに顔を背けた。

「こんな名前、捨てたいですよ」

「……私と、同じか」

ライトニングのその言葉に、ホープは驚いたように顔を上げる。それから、そういえば“ライトニング”はどう考えても本名ではないということに思い至ったらしい。ライトだけならばともかく。ライトニングは驚きに目をみはる彼の隣に腰を下ろす。

「15の時に、親が死んで……セラを守るために、早く大人になりたくて……。それで私は“ライトニング”になった。親にもらった名前を捨てれば、大人になれると思ったんだ。……子供だったからな」

ライトニングはそっと長い睫毛を伏せ、軍に入隊した日のことを思い出す。コクーンでは、親が居なくても働かないでも生きていける。母が亡くなる直前、母の主治医はそう言ったが、それでは駄目だと思ったのだ。自分がセラを守らなくてはいけない。自分しかいなくなってしまったのだから。
そのために、母の子であることをやめた。私の甘えんぼさん、そう言って微笑んだ母はいない、もういないからと。

「“雷光”か……。光って消えて、何も残らない。……守るどころか、傷つけただけだ。セラが話してくれたのに、信じようともしないで……」

本当にお前がルシならば、始末するのが私の仕事だ。
あの日、ライトニングはセラにそう言った。何もわかっていなかった。自分ばっかり大変で、セラが何を抱えこんでいたのか……考えようともせず。目の前に、セラがいる気がした。彼女は「ひどいよ」と悲しげに笑った。

「……ただ、傷つけた」

セラがスノウの手をとる。嬉しそうに。二人でどこかに行ってしまう。それを止めたくて、セラを渡したくなくて。一人で生きられないのは、守られていたのは自分の方だったんだなんて、今更。セラを一人にしたからだ。己が寄り添ってやれなかったからだ。問い詰める相手も、今はここにいない。

「信じたのは、スノウだけか」

「やめてください!!……アイツの話は……」

ホープのその叫ぶような声で、目の前の幻想が掻き消えた。彼は勢いを抑えきれないといった様子で立ち上がる。苛立ちまぎれに振り返り、幼気な印象を残す顔を思い切り歪めた。

「嫌でも、考えちゃうんですよ。なんでこんなことにとか、この先どうなるのかとか……。そのうち、アイツの顔が浮かんで。笑ってるんです。母さんが、死んだのに」

ホープの感情が昂ってきているのがわかり、ライトニングも立ち上がる。そして彼を抑えようとする。が、ホープはそれを振り払った。

「わかってます!!……どうにも、なりません。許せないけど、どうにもならないし、帰ってもきません!でも……戦っていれば、つらいこと考えないで済んだんです。あきらめたら、楽な気がしてきて……。でも、急に希望なんて言われたから……!」

そのまま彼の手はだらりと垂れ、唇を噛み締めたまま動けなくなる。ライトニングには、彼のそのジレンマがよく理解できた。自分も最初は、いやさっきこの戦いの意味に気づくまではそうだったから。誰か、誰でもいいから、自分のこの怒りを押し付けられる誰かが居ないと、収まりがつかないのだ。頭ではわかっている。でも、それだけじゃ終わらなくて。それだけじゃ苦しいままで、納得できない。
ライトニングは、優しくホープの手を取った。かすかに震えているような気がした。

「……ごめんなさい。ぐちゃぐちゃで……」

「私のせいだ」

賢い子だ。頭では全て、分かっているんだろう。ライトはホープの手を両手で包み込むようにして、彼が安心できるようにつとめた。絶対に彼を、本当の道に戻してやらないといけない。
そのためにも、家族のところへ連れていこう……ライトニングは、そう強く心に誓ったのだった。








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