繋ぐ動機の交換殺人






困ったことになった。自分のせいで、こんなにもルシを増やしてしまった……それも、コクーンの人間をだ。セラに、その姉に婚約者に……無関係そうな少年に、この人も。ヴァニラはそっと、前を歩く男性を見上げた。サッズ、と名乗った彼もまた、私のせいでルシになった。
それから、あの子も……。数日前に出会った、5歳程度の、あの男の子も。自分のせいで与えてしまった災厄を思い返せば、心臓を鷲掴みにされたような心地がした。取り返しがつかない……逃げるしか、もう思いつかない。

ねえセラ、現実が辛いなら、逃げてもいいって、あなたは言ったけど。
どこまで逃げたら、この辛さは無くなるんだろう……。

「……軍隊は、来ないみたいだね」

「向こうが引きつけてくれたな」

ヴァイルピークスを西に向かって進む。後ろから追ってきていた軍隊は、どうやらライトニングとホープたちの方(あるいは、ルカの方か)に気を取られたようで、こちらはノーマークのようだった。

「ホープ、大丈夫かな……」

無意識に、私はそう吐き出す。ライトニングは強いけど、でもホープはそうはいかない。

「あっちは、パルムポルムに向かうルートだ。なんだかんだ言って、家に戻るだろ」

「そうだね……」

彼らの無事を祈ることしか、今はできない。私はそう思い、彼に同意して苦笑した。後ろを歩くサッズを振り返ると、彼は複雑そうに顔を歪めている。私が、どうしたの、と聞くと、彼は「いや……」と呟いてから、溜め息まじりに言葉を次いだ。

「おとなしく帰ってくれりゃいいんだがよ。コクーン中が下界に怯えてピリピリしてるからな。この上、ルシが騒動を起こしたら、どうなることやら」

「……誰も、下界を知らないのにね…………」

サッズの言葉に、胸の奥がズキリと痛んだ。思い返すのは、ヲルバの郷の皆のこと。ファングのこと。コクーンに来て、沢山の人を見た。
着ている服とか、味覚とか……色々な違いもあったけど、同じ人間だった。同じだった。下界も、コクーンも。生きているのは、同じなのに。

「知らねえもんは怖いし、怖いもんは知りたくねえさ。大人になるほど、そうなってくんだ。……俺だって、怖くてたまらねえ。呪われたルシなんか……くたばったほうが、いいのかもな」

そこまでサッズは曇らせた目のまま話続けたが、立ち止まった私の表情もまた曇り出したことに気づき、すまないと言った。サッズがそういう考えに至るのは、しかたのないことだと思う。このコクーンという閉じた世界では、ルシも下界も、逆なんだ。下界で言うリンゼ。悪魔の、住処。その中身だけそっくりそのままグラン=パルスにぶちまけて、同じ意味でここにある。

「平気。行こ」

そう言って笑って、私は彼の背を押して歩く。それでも私の心臓深くにはサッズの……「ルシなんて死んだ方が良いのかもしれない」という言葉が、突き刺さっていた。
絶望が隣に息衝くのが解る。逃げても逃げても……コクーンで目覚めたその日から、ただついてくるその絶望。
その痛みそのものからも逃げ出すように、ヴァニラはそっと、目を閉じた。

ねぇセラ、逃げて逃げて……その先には、何があるのかな。美しいクリスタルの少女が、脳内にちらついていた。







足を止めることなく見上げた空がやけに暗い。
コクーンでは、エデンやパルムポルムなどの中心部の方が日夜通して明るく、ビジネス街となることが多いため、辺境は暗いのだ。そのため、逆にノーチラスのテーマパークなど、辺境にある都市は違った役割を担うことが多い。
学生の頃から、エデンやパルムポルム、精々ボーダム程度までしか出かけたことのない彼女は、こんな辺境に来たのが初めてだということもあり、狂う時間感覚に溜め息を吐く。いやノーチラスくらいは行ったことあるけどさ。
今は何時なのだろうと思いながら、ルカはぐっと伸びをした。暗いからわかりにくいけれど、そんなに遅い時間じゃないはずだ。まだ昼過ぎといったところ?コミュニケーターを見ても良いが、また着信が増えてたら嫌。メールがまた来てても嫌。そういった理由からルカは、食事を終えて確認した時からずっと、時間を一切確認していなかった。
最初こそ、時間を区切って少しずつ休もうかとも考えたが、長い目標を小分けにして少しずつハードルを超えていくという手法を彼女は好まない。加えて、長年のハードワークにより、彼女は休息なしに動き続けることに慣れていた。

「ああ全く、ショートスリーパーで良かったよ……」

いつからだったかはわからない。が、彼女は長い睡眠を取ることができなくなっていた。不眠症、というわけではなく、ただ長く眠らなくても十分な休息を得られるのだ。
基本的に3時間から5時間程度が常であり、今回の逃亡ではそれを更に半分程度に縮めようと考えていたが、それでもそれなりに体を休めることができるだろう。ある条件下でのみ彼女は長く眠ることができるのだが、ショートスリーパーの気質は彼女をこの逃亡劇において非常に有利にする要素だった。

会議直前の社会人のような、栄養素だけを重点に置いた食事から5時間程度経ったのだろうか。またしても空腹を感じ始める頃、ルカはヴァイルピークスを抜け、ガプラ樹林の北東部へたどり着いていた。だが、樹林の内部には警備軍が居ることが彼女には分かっていた。そのため、樹林を抜けるのではなく、迂回するルートをとろうと、更に東へ足を向ける。樹林を抜けてエアバイクを盗んでもいいけど、危険は少ないに越したことない。
水の、ひんやりとした臭いがして、小さな湖畔が左手に現れた。……暗い水の底は何も見えず、まるで自分の行く先を表しているようだ。彼女はひとりごちる。
頭の中にぽっと浮かんだ、暗い考えを振り払い、一気に水気の増えた地面を歩く。ローヒールブーツの踵が地面に少しだけ食い込み歩みを阻害されながらも、ただひたすらに。

別に、生き残りたいと強く願ったわけでもない。まあ死にたいとは特別思わないが、お迎えが来たなら受け入れるしかない。彼女は、良く言えば冷静であり、悪く言えば不真面目であった。
死ぬかもしれない。その言葉に、恐怖を感じないと言えば嘘になるだろうが、何が何でも忌避せねばならないとも、考えていなかった。
また彼女は、“目標の達成”というものが、努力や強い願いとイコールではないことにも気づいていた。努力する人間よりも、頭の良い人間の方が強いし成功する。それをサドな友人を見て知っている。誰かさんみたいに、努力を惜しまない人間もいるけれど、彼以上に努力する人間だって多くいるのに、彼に適わない。また、多くの努力する人間よりも、自分のようなどこから来たか解らない人間の方が上に立っていたりもしたわけだから、全く努力というものはアテにならないのだ。
それならば、こうして適当に生き延びる。
それで駄目なら諦める。
この10年程度、彼女はそうして生きてきた。傍目から見れば成功もしている。だから妬まれる。恨まれる。
そんな中であの二人は唯一、と言っていい友人だったのだ、が……。

「……あ、テンション下がってきた」

このこと考えんのやめよう、ちょっと死にたくなってくるし。ルカは溜め息を吐いて、ようやっとコミュニケーターを取り出した。
時間を確認するついでに、連絡を確認する。彼はもう諦めたのか、私を見限ったのか……いずれにせよもう着信は無かった。
代わりに、メールが一通。どうせリグディの返信だろうと思ったそれは、意外にもあの人からで。

無事ならそれで良い、パルムポルムに居るから早くおいで。

なぜ、無事だとバレたし。見守られちゃってるのかな。どうってことのない文章に私は心の中で苦笑いを零す。どこか、私が沈んでいることに気づいているみたいな雰囲気を、そのメールから感じ取った。
私にはまだ、一応この人が居るからなあ。簡単には、死ねないな。やっぱり。

少しだけ、本当に少しだけ軽くなった心のまま、ルカは足を早めた。急ごう。……あの人が待っているのなら、それがどんな結末になっても、行かなくてはいけない。
それが、私が今も、こんなことになっても……生きている理由、なのだろうから。






オーディンを手に入れて、ホープと和解して、それから更に数時間後のこと。ライトニングは周囲を警戒しながら、不気味な森林部へ足を踏み入れた。
……ガプラ樹林。大規模な森林を一つの区画とし、森林監視大隊がモンスターで実験を行なっている場所だ。
来たことはなかったが、一応知識として知っているそれらの情報に、ライトニングは内心溜め息を吐いた。ここでは、軍隊だけでなく、大量のモンスターまでも相手にしなくてはならない。勿論、どちらがより厄介ということはない。どちらも厄介だ。ただしそれが通常の場合に限っては。
1000の兵士と1000のモンスターでは、モンスターの方が厄介だ。モンスターというものには、雑念がない。奴らはそこに生きているだけで、こちらを食糧として見ているから、殺して奪う以外に行動理念が無いのだ。ましてこちらには子供もいる。当然ながらモンスターはおよそ慈悲なんてものを持ち合わせていない。むしろ子供の方が良い餌に見られかねない。

……不運だな。ライトニングは、見えない空を仰ぐ。
不運。この一連の面倒ごとが、“不運”の一言で片付けられるとして、それはどこから?パージが起きた時?セラがルシになった時?それとも……自分が、ルシにされた時か。

……やめよう。考えるのも馬鹿らしい。不運だろうとなんだろうと、振り落とされないようにしがみついて生きることしか、自分にはできないのだ。……少なくとも、今のうちは。そこまで考えて、ライトニングはホープを呼んだ。どうやら兵士はここいらにはいないらしい。今の隙に、進めるところまで進んでおこう。

「なんとか、来れましたね」

「追っ手も振り切ったか」

「でも、ここにも軍隊が居るんでしょう?油断できませんね」

「だな。行くぞ、私が前衛、お前はバックアップだ」

背後で閉まる、ゲート型のファルシを見やりながら、ライトニングはすたすたと歩きだした。少年はその後ろ姿に、緊張を隠せないままに声を絞り出す。

「あの……その、僕が、前に……」

「できるのか?」

その言葉は、ライトニングにとってはとても予想外だった。こういう言い方をすべきではないのだろうが、彼女はその少年にはずっと自分の後ろで怯えているような印象しかなかったからだ。それが、突然。ライトニングは驚いて彼を凝視する。

「できるできないの問題じゃないです」

足を止めた彼女の前に回り込み、ホープは強い目で彼女に言う。ライトニングはその目にどこか懐かしいものを感じる。彼女ははっきりとは意識していなかったが、少年のはっきりとした眼差しは、彼女が妹を守ろうと決めた、両親の墓前で見せた目とよく似ていた。彼は変化を選んだのだ。どうしようもない逆境で、それでも生きる覚悟を決めたのだ。ライトニングは驚きながらも、心中でそっと感嘆の声を漏らした。

「いい度胸だな。……前だけ見てろ。背中は守る」

「はい!」

強く頷いて、ライトニングの前に出てブーメランを握りしめる彼に、ライトニングは戦地にそぐわぬほど穏やかな気持ちで微笑んだ。……人は強くなるのだ。こうやって、強くなる。子供だ子供だと思っていても、簡単に潰されたりはしない。戦おうと決めた目は、強い。
それを見守るのが、自分しかいないということが少しだけ彼にとっては“不運”だが、私も必死に役者不足を補うとしよう。ライトニングはそんなことを思いながら、先ほどより少しだけ、大きく見える背中を追いかけた。



想像以上に、モンスターは手ごわかった。ベヒーモスなんてものまで、ここで飼育しているなんてな……。ライトニングは苛立ちを隠すこともなく剣を振り回した。が、それを漏らすわけにはいかなかった。そんなことを言っても、ホープを不安にさせるだけだということぐらいは、よく分かっていたからだ。
一応、今は自分だけがこいつの保護者なのだから……。ライトニングはそう自分に言い聞かせ、なんとか「モンスターなんて屁でもない」という体を装った。保護者という立場には慣れている。それでも、こういった状況になれば尚更愚痴を言う訳にもいかないその立場に、溜め息が出そうだった。
まあ、セラは世間一般に照らし合わせても確実に“良い子”の部類に入る子だったため、ライトニングは世の母親ほどの苦労を経験しているわけでもないが。

「ここに来たことあります?」

「いや……、樹林の管理は、森林監視大隊の担当だ。怖いか?」

「平気です。……何が出ても、戦いますよ」

ホープの硬い声に、ライトニングは彼の心情があまり単純な状況でないことを察す。……当然か。肉体的な疲労が目立ってはいたが、精神だって相当参っているはずだ。ライトニングは、腰のベルトに差し込んでいたナイフに手を伸ばす。セラから受け取った、自分のお守りだった。それを一瞥し、ぎゅっと握り締めてから……ホープに差し出す。

「え?」

「お守りだ」

きょとんとしたまま反射的に受け取った彼に、短くそう告げて、階層を移るためリフトへ向かう。決して振り返ることもなく。


ナイフを受け取った当のホープは、ライトニングの後ろ姿と自身の手の中のナイフを交互に見てから、彼女に言おう言おうと思っていたことを言った。

「ライトさん。……ついてきてよかったです。一人だったら、怖がるだけでした」

本心から、ホープは彼女を尊敬していた。最初は怖い人だと思ったし、だからこそ安全だろうという程度の認識でついてきたのだが、今はその選択をした過去の自分を褒めてやりたい。
彼女は誰よりも強い人だ。強くあろうと戦う人だ。今は、こんな自分のことすらも守ろうとしてくれている。そんな彼女の背中をじっと見つめて、必死についてきていたら、いつの間にか……強い憧れを抱いていた。こんな風に強くなりたい。負けないように。守れるように。そして、復讐するために。
ホープはライトニングを追いかける。
彼女と進んだ先に、きっと、自分の望むものはある。そう、彼は心底信じていた。








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