クリーチャーの溜息







「あー……つっかれた……」

足が痛む。
特に足の裏がびりびりと痛むから、歩き過ぎなのだろう。足の皮が剥けるかも。あれ痛いんですよね……。ふくらはぎも歩く度に痛みが走り、日頃の運動不足を感じた。まして、ここは足場が悪い。舗装されていない道を歩くのだけでそれなりに足には負担なのだ、これだけ長時間歩けば当然といえた。
そして更に間の悪いことに、先ほどから断続的にぐぎゅるるると鳴る腹。

「っ……おなか……空いた……!」

どうしようこれおなか空いた。だって忘れてたけど私二日くらい飲まず食わずなんだってよく倒れなかったな私!でも、自分のIDを使ったらそれで居場所がバレる。追跡される。あれって使ってる側は知らないこと多いけど、どこで誰が何買ったかって全部記録されてんのよね。個人情報とかだだもれですよ。

「でも、」

おなかがすいたら仕方がない、仕方がないならやるしかない、イエス。あと足も痛い。ポーション欲しい。となると買うしかない。
だってほらどうせ見つかってどうせ戦闘になるんだものだったらせめてコンディションが良い方が良くない?体力黄色の状態で数匹と戦うくらいならフル回復で白表示の状態でボス戦の方がマシなんじゃない?
そりゃ他に人が居たらね、使わないですよ。バレたら申し訳ないし。でも今一人なのよね。哀しいけどこれ現実なのよね。それにこの中には手つかずなお給料がいっぱい入ってる。こんなときに使わなくてどうする。なんのための金だ。

「えい」

IDを端末に押し当てると、端末が開いて中に『ルカ・カサブランカ様 認証』と表示された。……アクセス拒否的なことはされてないのね。それも恐れてたからちょっとびっくり。そのまま膨大なメニューから日頃慣れている食事を適当に選び、購入。あとみんな大好きスポーツ飲料。
転送されてくるのを待って、それを受け取る。地べたに座り込んで小さな箱をこじ開けた。中からスティック状の菓子とも食事ともとれぬそれを取り出す。もすもすと固いそれを頬張れば、それは口の中でボロボロと崩れて、欠片が膝へと落ちた。
……ほんとこれ食べづらい。必ず零すもん私。
こういうの食べてるとこ見つかると基本コブラツイストか高速チョップされたから、結構久しぶりなんだけど、やっぱりあんまおいしくない。まあおいしさ追求してないもんね。簡単に食べれることが大事なわけで。喉につかえて、口内の水分をすいとるそれを無理矢理飲み下し、一緒に買ったスポーツ飲料を流し込む。冷たいそれが胃に落ちて、ようやく空腹感が落ち着くのを感じた。

凸凹の地面に嫌気がさしながらも、ブーツを脱いで、痛む足をさする。そうして痛みを逃がそうとしたのだが、休めたことで逆に痛みは増したようだった。マラソンもそうだけど、こういう痛みはいっそさっさと走り抜けた方がマシだったりする。少しでも休むと、体に変化を与えることになるから、その分余計に、疲れてしまうのだ。
疲れてしまう。
変化は、疲れる。
恒久的な、不変な世界を望んでいた。
誰も変わらず、学生の頃みたいに。
何も怖いことなんて、無い世界を。

「……その結果がこれだぜ」

冗談キツイぜハニー、と誰に言うでもなく吐き出す。キツイぜハニー。二人の顔が脳裏にちらついた。座り込んだまま手をのばして、ポーションを購入。出てきたそれを一気飲みすると、僅かに含まれるアルコール分が一気に回ってくらくらした。最後まで飲み終え、瓶をゴミ箱に放る。

「お、」

痛くなくなってきた。でもポーションの構造いまいちよくわかってないんだけど。飲むとなぜか怪我が治るということでいいの?それ怖くね?結局なんなの?確か理系に進んだ人間は詳しいこともやってたと思うが、哀しいかな理系はとんとダメだったしな。

まあ、今はたとえ麻薬作用があろうが体に悪かろうがなんだろうが、歩いて逃げられるようにしてくれるなら文句はない。
とりあえず、すぐにここを離れた方がいいだろう。歩き始め、時間を確認しておこうとコミュニケーターに電源を入れると、直後に着信音が鳴った。うおおどうしよう、と思ったが存外早く音が鳴り止む。とりあえず確認するだけ確認しよう、とそれを開くと、メールが一通。

『おい閣下が疲れてきてる、頼むからパルムポルムに来てくれ』

……ほう。こりゃ、何も考えずパルムポルムに行き先を決めたのは失敗だったかな。ノーチラス行きゃあ良かった。

とはいえ、逃げるわけにも行かない。いくらあの人の懐が広くても、そろそろキレる気がするし。

「まあちゃっちゃと……行きますか」

あの二人に見つかる前に。それでもどうせ見つかるなら、二人のどっちかだったらいいな、なんて甘いことを考えながら。







空気が少しだけ冷たい。剥き出しのままの足に風が当たり、凍えて、無意識のうちに歩調を早めていた。

自分が、どうしてこんな目に遭うのだろうか。答えは至極簡単で、自ら飛び込んだからである。ただ、それ以外の選択肢の選びようなんてなかったから。仕方がないことだから。

セラ、と声が漏れたような、気がした。私が守らなくてはいけないのに。両親の墓前で、握り締めていた小さな手を思い出す。あのときから私にはそれが全てで、それ以上のものなんてなく、それがある限り真っ直ぐ立っていられた。私はただその手を強く握って、脅かす全てから守ればよかった。そう信じていたし、実際その筈だったのに。
……私は守りきれなかったのだろうか。だからあの男が現れたのか。あの男も私たちの安息を揺るがす外敵であるのに。……あいつから、守らなきゃいけなかったんだ。

わかっているさ。ちゃんとわかっているから大丈夫だ。
……それとも、わかっているから、絶望なのか。ライトニングはそっと溜め息を吐き出し、今もセラを掘り出そうとしているだろうあの男に内心で唾を吐いた。

「あ、あのっ」

少年の声に思考を中断され、振り返る。後ろから付いてきていた少年は、少し息を切らせていた。

「ライトさん、これからどうします?」

「……そうだな。ガプラ樹林を抜けて、パルムポルムに出る。エデン行きの足を手に入れないと」

「パルムポルムだったら案内できます。僕の家、パルムポルムだから」

「……寄れないぞ」

つい吐き出したその言葉に、我ながら底意地悪い発言だと思った。案の定ホープは投げやりな声で、「行きませんよ」と言う。
ルシが帰って、どうするんですか。
その言葉には、何も返せなかった。きっと、セラも同じ気持ちだったから。だから、あの男を選んだに違いなかったから。

その後、下界の兵器を調べている兵士を倒して、兵器を手に入れ。ホープはその年頃独特の好奇心でか幸運でか、兵器を動かして敵を一掃した。こいつは、子供だ。やはり、あの二人……サッズとか言ったか、あちらについて行かせた方が、良かったか。そんなことを考え始めた時だった。

後ろで、足をもつらせ少年が転ぶ。……無理か。こんなことでは、連れていくことなんて……。

「……やはり。お前はお荷物だ。この先、守れそうにない」

「え……」

慌ててホープは立ち上がる。その焦った表情に、なおさら苛立ちが募った。

「悪いが、お前の面倒を見る余裕は……」

そう言いながら、少年を置いて進もうと思った時だった。ルシの烙印に違和感を覚え、その違和感はすぐに、痛みに変わる。

「無責任ですよ!それなら、最初から……!」

「甘えるな!!……もう世界中敵なんだ!」

ひどい痛みだった。地面に膝を付いて、烙印を押さえ、そこから動けない。激痛に耐えながら吐き出す言葉は鋭く、少年を慮る余裕などそこには一切無かった。

「自分の身だけで一杯なのに……お前まで守れるか!邪魔する奴は、全員敵だ……邪魔になるなら、お前も敵だッ!!」

自分が何を言っているのか、よくわかっていなかった。ただ、吐き出したそれに呼応して……何かが、現れる。

『ヴァルキュリア……』

「お、まえ……は……」

――オーディン。それの名前が、オーディン、であること。それだけが確かなこととして、胸に降ってきた。そして、そいつが、何をしようとしているかが……。

オーディンは大剣を振りかざし、立ちすくむ少年に、狙いを定める。ライトニングの目には、それはまるでスローモーションのように見えた。刻刻と迫りゆくそれを、止めなくては……。

「逃げろ!!」

間一髪、ブレイズエッジを滑り込ませ、圧倒的重量の斬撃を受け止める。あまりに重く力強いそれに、腕の筋が引き攣り震える。だが、戦わなくてはならない。後ろで震えるこの少年を、守らなくてはならない。

頑張って、お姉ちゃん。

セラの声が、聞こえた気がした。







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