It means business.
暗く光の届かない、むき出しの地面の上、私は目を覚ます。
ちょっと、今日で気絶三回目なんですけど。そう内心で項垂れた。
意外と痛みの無い体に驚きながら身を起こせば、周りには不幸仲間が倒れていて。見た限り、……誰も、死んではいない?
私は困惑した。おかしい、そもそも自分が生きている時点でおかしい。あれだけの高度から叩き落されたなら、ここは血の海だって当然だ。圧力で粉砕骨折し、血を撒き散らすくらいはあり得る。グロい。
……それが、見た限りではあっても出血の跡も見られないだなんて、どんな奇跡なのか……。少しだけくらくらする頭を抑えながらとりあえず立ち上がろうとしたとき、うめき声が聞こえた。
「ライトニング?」
彼女もまた外傷はないらしく意識を取り戻し、私を見た。ここは……、と呟きながら立ち上がり、周りを見回す。
「ここって、ヴァイルピークスだよね?」
「おそらくな。おい、起きろ」
彼女は一番近くにいた少年に声を掛け、揺さぶる。頭を打っている可能性もあるが、まあでも私とライトニングが無事なのだ。たぶん大丈夫。……たぶん。
と、適当なことを考えていると、何かが吠えるのを感じた。
「……うわ、おうちに一匹軍用獣か。ペットには向かないと思うんだけどなー」
私は腰の転送装置から相棒を引きずり出し、周りに目を凝らす。薄暗闇の中でも、獣は気配を消すということができないから助かる。荒い息が聞こえた。
「やれるでしょ?」
「当然」
ライトニングが隣に並び立つのを感じながら、私は剣を振り上げた。
獣をスライスしてやって、ふと顔を上げると、ライトニングは涼しい顔のまま剣に付いた血を剣を振ることで払っていた。足にぶら下げた鞘にそれを収めると、彼女は踵を返した。いつの間にか目覚めている周りの仲間には目もくれないまま。
「おい、もう行くのか?」
「追っ手がくる」
ライトニングは声をかける不幸仲間に非常に簡潔な一言を言い放ち、一度止めた足を再度動かし始めた。成る程、成る程。私もまた、剣を転送し、大きく伸びをしてから、彼女の後を追うことにした。
こつこつと、ローヒールのブーツが音を立てる。ここはヴァイルピークス。荒廃した下界の異物が廃棄されるところ。遺物、と言ったほうが正しくも思える場所だ。この場所の存在は知ってはいても、来たことはなかった。
空、と言っていいのだろうか。上を見れば見るほど真っ暗だ。ファルシに近すぎるのだろう、フェニックスの裏側に当たるためか光が届かないのだ。
そんな暗い世界を眺めていたら、一つ思い返したことがあった。
やたら、暗い部屋。窓を閉め切っているらしい執務室に呼び出され、仕方が無いので手をつけていた仕事を放置してそこへ行ったときのことだ。なぜこんなに暗いのか、それはよくわからなかったが、上司が憂鬱な気分だろうと知ったことではなかったし。お呼びでしょうか、と聞くと、彼はこちらを見た。
そして、一言。
戦争になるかもしれん。
それは一体、と私が聞くと、彼は更に続けて言う。ナバート中佐に伝えろ。エウリーデ渓谷へ行け。そしてボーダムにある、下界の異物を調べろ。下界の侵略の、兆候がある。
わけのわからない話であった。なぜそんなことを?ファルシからの下命だろうか、とは思いつつ、聞いたのだ。
なぜそのようなことをご存知なのですか?
彼は、私のその言葉に、何も返さず、手で退室を命じた。私はそれ以上逆らうこともできず、頭を下げて部屋を出たのだが……。その途中、ちらと見えたのだ。暗闇に慣れはじめた目は、その老人の口角がつり上がったのを見逃さなかった……。
思えば、あれは聖府のルシの存在を彼が知っていただけでなく、もっと意味のある言葉だったのではないか。なぜか一度私を通したことが気に掛かる。中佐への命令なのだから、直接言えばいい。それをあえて私に知らせた。
……あのときは大して気にも留めなかったが、おかしい。第一私を通したことで彼女の反感を買い舌打ちと軽いビンタまで食らうことになったわけだし。周りが止めてくれなかったらキャットファイトだったわあれは。誰得。
ああいや奴のサド気質は置いといて、問題は。私にその情報を伝えた、ということ。私がそれを知っているとどうなるのか。
ジルよりも早く知っていると……何が違うんだろう……。先輩に漏らす?……うーん、あの時はそこまで気が回らなかったしなあ。第一、その後しばらくたって連絡したときは、先輩は既に知っていたのだ。
「とりあえず、会って聞いてみるっかなー……」
「何がー?」
後ろから突然ヴァニラの声がかかり、びっくりする。振り返ると、既にサッズとホープも大分近くに居て、追いついてきたことを知った。
「ちょっと、考え事してたの」
「ふうん?誰かに会いに行くの?」
「そうねー、悩んでも仕方が無いことだし……。ピースが少なすぎなのよね」
足りない。満足の行く結論を出すには、まだ何か確証の持てるものが要る。
ふと見れば、ライトニングも疲れたのか、いや彼らに気を使ってか、座り込んで休憩していた。私はそれを茶化すことはせず、同様にした。彼らもまた、ありがたいと言わんばかりに休憩しだしていた。足を伸ばせば、緊張しきった筋肉が解れていく気がする。ああー筋肉痛になりませんように……。私はぐったりと見を投げ出して祈った。だってまだまだ、道は長い。
「俺らに未来はあるんだかな……」
ふと、サッズが口を開いた。深い溜息と共に吐き出された言葉は、疲労の色が濃く、先があるなんて本人が思っていないようで。
「ろくな未来は、見えないな」
ライトニングが、そう返答した。サッズと同じような思いではいるようだが、声色は一定の冷静さを保っている辺りは流石と言うべきだろう。ルカはハイペリオンにこびりついた血を拭った。これから、戦闘も増えるだろう。
「行く宛てもねえし、なあ……」
「あるさ。あそこだ」
立ち上がり、上を見上げる彼女に従い、サッズも顔を上げて、驚愕する。
「エデンだと?聖府の中枢じゃねえか……。勇ましいねえ、殴りこみでもかけようってか?……正気か?」
その声色には、まさか本気だとは思えない、といった感情が伺えたが、ライトニングが否定するでもなく、強い眼光でひたすらにエデンを見つめているのに気付き、焦ったように聞く。彼女もまた、それまでに無い感情を滲ませながら、台詞を読み上げるように声を上げた。
「逃げ続けても、狩られるかシ骸だ。ルシの逃げ場はどこにもない。……ならコクーンの敵らしく、聖府に喰いついてやるよ」
「冗談じゃねえぞ!!」
サッズがその様子にただならぬものを感じ取ったのか、反射的に声を荒らげる。それに対し、ライトニングもまた身を翻し声を上げた。
「ああ、冗談じゃないね!下界のファルシがセラをルシにした、守れなかった私もルシで……、コクーンの敵として、政府に追われてる。だが、政府の裏に何がいる?……ファルシだ」
彼女は冷静な中に苛々をにじませながら、上空で輝くエデンを見つめる。
「コクーンを支え、人間を導くとかいうファルシ=エデンだ。パージを命じたのも、そいつだろうさ。下界だろうが、コクーンだろうが、ファルシにとって、人間は道具だ。……私は、道具で終わる気はない」
ライトニングが、驚くほど強い決意をその瞳に滾らせているのがわかる。ファルシにとって、人間は道具。ならば道具なのは、私達?殺してきた兵士達?ルカは目を伏せ、ライトニングたちに聞き入ることにする。
「じゃあ、どうすんだ?」
「ブッ潰す」
吐き捨てるようなその言葉に、サッズが思わず立ち上がる。
「ひとりでか?無茶言うな!万一うまくいっても、ファルシ=エデンは社会基盤の中核だぞ。あれに何かあったらコクーンは……」
そこまで言って、サッズは気づいたように嘆息し、言葉を一度切った。そして、息をそっと吐き出すように、その続きを言う。
「下界のルシだからって……コクーンを壊そうっつうのか」
「だめ!!」
サッズの言葉に反応し、ずっと傍で聞いているだけだったヴァニラが声を上げる。あまりにも、切迫したような色で。
「セラを忘れたの!?コクーンを守れって、言ってたじゃない!守るのが、使命かもしれないのに……」
「はいはーい。お姉さん、そこが疑問」
神妙に過ぎる表情で顔を突き合わせる三人に、ルカが声をかけた。空っとぼけた、場に不似合いな声に、みんなが一瞬目を丸くする。
「あのさあ。……セラちゃんの言ったことイコール使命、それはまずありえない。彼女が下界のルシである以上、コクーンの破壊が最終目的の可能性が現状とても高い。で、もしそうでないんなら、コクーンを守るような行動をとったらやっぱりあのシ骸ってのになっちゃうんじゃないの?」
「進んでみれば答えはわかる。そういうことだな」
「ん。……それにさぁ、別にコクーンやらファルシやら、どうしても守らなくちゃ駄目かね?」
「はぁ……?そ、そりゃ、住むとこなくなっちまうだろうが」
話の土台をひっくり返すルカの発言に、サッズがとりあえず、当然の返答をする。だが、ルカは考えこむように岩壁にもたれ、更に問いかけた。
「なんで?コクーンの下には下界が広がってるんでしょ?そこが大地で、飲める水があるなら、住めるじゃん。万が一飲水が無いなら海水でも蒸留すりゃいいし。モンスターがいっぱいいるかもしれないけど、そういうのなら私ら軍人の専門だしね。コクーンでだって少なからずモンスター被害はあるわけだし」
「だ、だけどよ、ファルシが……」
「ルカ」
それまで黙っていたライトニングが、口を開く。強い眼差しでルカを見つめると、「詳しく話せ」と言った。
「これは、私だけの考えじゃない。ファルシに支配された世界の打倒、それが今従う私の本当の上司。……コクーンやファルシにこだわらなくても、生きていけると思うでしょう?」
ルカは座り込んでいた地面から立ち上がり、ぐっと伸びをする。そんな彼女に、サッズが顔を青くして口元を抑えながら、なんとか反論を考えようとするが、おそらく効果的な言葉は思いつかないだろう。そして、ルカはハイペリオンを転送装置に入れながら、呟いた。
「ファルシは機械じゃない。考えるイキモノだ。頭のついた奴が相手なら、騙されることは必ず念頭に置いて付き合わなくてはいけないでしょう?考えなくちゃ、使命は何?ファルシの求めるところは何?もっと考えて。ファルシは下界のだからコクーンを壊せばいいとか、セラちゃんが言ったからそうじゃないとか。そんなんじゃダメ。そんなに簡単な話じゃない筈。コクーンの破壊だっていうなら壊してやればいい、そしてファルシ共には土にでもお還りいただけばいい。生きていく道がその先に見つからなくったって、どのみち今も道はないんだから」
「でも……セラが望んだことだよ?コクーンをあえて壊す必要なんて、無いじゃない!使命だってそうだよ、あえてやらなくてもいいじゃない……」
ヴァニラが搾り出した声を、ライトニングが否定した。
「使命は関係ない。私はファルシの道具じゃない。生き方は、自分で決める」
「……死に方、じゃねえのか?」
ヴァニラの言葉を遮るようにして、誰とも目を合わせることなくそう言うライトニングに、サッズが伺うように問う。ライトニングはわずかに肩を揺らしたが、否定も肯定もすることなく……顔を上げた。
「迷っていても、絶望だけだ。進むと決めれば、迷わずに済む。……安心しろ、敵は政府だ。世界を滅ぼす気はないさ。……コクーンに何か問題があるなら、移り住めばいいのかもしれないしな。ああでも……滅ぼしそうになったら、あの馬鹿が止めにくるかな」
「スノウと戦うってのか!?次に会ったら、敵同士かよ!」
「お前たちとも、そうなるかもな」
ライトニングはそう言い残し、踵を返した。ルカは「おんやまあ、」とあっけらかんとしたため息を吐いて、とりあえず、と言わんばかりにその後を歩き出す。そして数秒考え込んだホープが、「スノウは敵です」と言葉を絞り出して二人の後を追う。
「どうしたらいいか……わからなくて……」
前方を歩いていく三人に、途方に暮れて首を振るヴァニラ。そんな彼女に、サッズが「俺もだ」と同意し、なんとか二人も歩き出す。
ヴァニラの目には、強い哀しみ……、そこにないまぜになる後悔、そんな色が見て取れた。誰かがちゃんと彼女の目をのぞき込んだなら、すぐに気付いたであろうほどに。
私のせいだ。
私が、嘘を……吐いたから。
エウリーデもボーダムのパージも、全部……。
彼女の抱えるその重さに、図らずも一同に会した彼らが気づくのは……。
残念なことに、まだまだ遠く先の話である。
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