同一線上に並ぶカルマ
「おっさん運転できるんだねー!やー、良かったわー、私飛空艇の操縦あんまり得意じゃないんだよねー!」
「おっさんはやめてくれよ……俺はパイロットだったからな。ライセンス持ちだ、プロだぞ」
「無駄話は後にしろ。行くぞ」
ライトニングがサッズ及びルカに厳しい一瞥をくれ、さっさと動かせ、と後ろからサッズの椅子に軽く蹴りをいれた。どっちが上官だかわからんなとルカは苦笑する。
「うーん……、なんっかかっこ悪いよねーこれ。ぶこつ?みたいな」
「ヴァニラもそう思う?私もこいつに憧れて入隊する馬鹿もいるのが不思議でならないわー。ま、女にはわからないロマンだなんだと言ってたけど……」
「えーっ、……まあでも、自由にスピードが出せたり、いくらでも飛べるっていうのは、すごいと思うけ、どぉッ!?」
ヴァニラがそう言っている最中に、いきなりがくんっと艇が揺れ、凄まじいスピードで船が浮き上がり、一直線に飛び立った。その勢いで、シートに頭が叩きつけられる。そのまま体が押さえつけられる圧力に、彼らは悲鳴を上げた。
「おいおいおいッ!!どういうことだ、何だこのスピードはああッ!!」
「馬鹿ー!これは軍用艇なんだって!旅客機とは違うんだからーッ!!アクセルを全力で!踏むんじゃ!ないいいい!」
初速とはいえ、軍用飛空艇が全速力で飛べば慣れていない人間には命取りだ。視界の端でホープがおそらく頭痛で目を強く閉じ身を固くするのを見つける。まずい、そう思ってヴァニラにケアルを頼んだ。ヴァニラもかなり辛いようであったが、自身とホープに何度もケアルを重ねがけし、ホープはそれで一息つけたようだった。
「おい、何か聞こえる……ッ囲まれてるぞ!!」
ライトニングの焦ったその声にハッとして前方の窓を見る。外は大分暗かったが、だからこそ同等のスピードで流れる光が上方の空によく見えた。上から砲撃されている!ルカは一瞬目を閉じてその音を聞き必死に数えた。
「まっずいよ……!5、いや6機いる!!」
「こん畜生ッ!!」
サッズが振り払おうとハンドルを切るが、やはりまだ慣れていないのか横揺れが大きい。ヴァニラが悲鳴を上げていた。
「よこせッ」
ライトニングが後ろから操縦席に腕を伸ばし、機銃の引き金を引いたらしい。足元から断続的な振動が伝わる。おそらく飛空艇を打ち落としたのだろう、後方から破裂音が響いた。
「やっつけた!?」
「たったの一機だ……!」
「まだ来るよっ!」
ホープくんが窓枠に掴まりながら叫んだ。だが、大きく機体が揺れたために、椅子から飛び落ちそうになる。
「ああっもう見てらんねえッ!」
サッズがライトニングからハンドルを奪い返し、二、三度横に大きく揺れた後、なんとか機体は安定する。そのまま機体は大きく旋回し、岩陰に突っ込んでいく。岩壁すれすれを通り抜けようとするが、後ろのエンジン音は小さくはなっても鳴り止みはしない。まだ、追尾されている。
「どう逃げるんですかッ!?」
「知らねえよ!」
「なら代われ!」
「余計危ねえ!!」
「サッズに賛成ー!サッズ、後ろに機銃撃って!岩を崩すの!」
「俺らも危険だろうが!」
「このままじゃどのみち危ないでしょうが!早くして!!」
ルカがそう言うと、彼は「なるようになれー!」と叫びながらそのとおりに機銃の引き金を引いた。後方を移すレーダーの画面を見ると、運が良いのか、想像以上の効果があったようで、凄まじいまでの爆発音がして岩壁が瓦解、崩れて画面からは反応が消えていった。
「やったあ!」
「撒いたかッ!?」
「うん、後ろはもうあきらめたみたい!」
「……おいおい……ッやっぱり奴さんだけじゃ済まねえみてえだぞ……ッ!!」
え、と返す前に、軍用艇は最初と同じようにスピードを上げた。
「このままじゃあ生き埋めだあああああー!!」
「そんなッ……!!」
「急げ、早く!!」
圧力で再度シートに押さえつけられながら、ルカはなんとか立ち上がる。骨の軋む音にぞっとした。そのまま一瞬で最後尾に叩きつけられるが、受身を取り、重力と圧力で逆に体勢を保った。そして目の前にあるレバーを掴み、引きずり降ろす。その瞬間、何かしらが機体に激突したようで、ぐらりと揺らめいたが、ほぼ同時に圧力が増し、転げるのを防いでくれる。
「サッズ、スピード増した!?」
「おおッ、なんだこれ!?なんかしたのか!?」
「後ろの安全装置切った!」
「うお、こりゃあとんだじゃじゃ馬だな……ッ」
「ぶつけるなよ、前だけ見てろ!」
後ろを振り返ろうとした彼をライトニングが押さえつけたらしい音がした。これは諸刃の剣だ、サッズの腕如何によっちゃ間違いなく死ぬ。お願いだから、ちゃんと前見といてくれ。ルカはとうとう自分にも訪れた微かな頭痛にくらくらしながらそう願った。
「け、渓谷を抜けるぞおおぉぉぉ……ッ!!」
前方で、光が明ける。ようやく、抜けることができる……。
朝焼けにも似た光を浴びながら、ルカたちはなんとか窮地を切り抜けたことにほっとしていた。ふらふらと歩いて倒れこみ、シートにようやく体を休めながら、ようやく痛みから解放された身体を少しほぐす。
「つっかれたあー……」
ルカがそう言うと、サッズが振り返って溜息を吐く。
「俺が一番疲れたよ……」
「全く……二度とごめんだぞ……」
「まあでも、なんとか助かったし!」
「そうですね、これでとりあえずは逃げられますし……」
なんとか空気がポジティブに傾いたとき、サッズが「何だこりゃ」と言って何かしらのボタンを押し始めた。ちょっとちょっと、適当に押しちゃ嫌ですよとルカは立ち上がり変なことをしていないか確認した。
『――続いて、パージに関する情報です……』
「お、ニュースじゃん」
と、同時。目の前にモニターが開き、見慣れたキャスターが手元の原稿を見ている姿が映し出された。
『聖府の発表によりますと、先ほどパージが完了し、コクーンを旅立った市民は全て、無事に下界へ到着したとのことです』
「あっは大嘘」
でも、これはまだマシな嘘だ。狡猾な方の友人だったなら、「数名が逃げ出してルシとなり逃亡中」と言うだろう。そしてルカの写真は公開され指名手配され民衆さえも道具にして彼女は目的を達成する。ルカにはそれくらいわかっている。
サッズが溜息を吐き出しながら手元でボタンをいじり、チャンネルを変えた。と、画面には、対談が組まれたらしい、見慣れた上司の姿。
「あ、代表」
『……ええ、おっしゃる通りです。パージ政策は、大きな痛みを伴うことは否定できません。しかし、数千万のコクーン市民を守るためには、止むを得ない状況でした』
上司に当たるガレンス・ダイスリーが見た事もないくらいにやたらと沈痛な面持ちで語る。本当に見たことがない。
特別有能な人間という印象はなかった。完全なるファルシの犬で、ファルシの告げる厳命を市民向けに翻訳する、ただそれだけの役割の人間だ。人間を虐殺するなんて行為に痛みを覚えるはずがないのだ。
「聖府に都合の悪い話は、全部隠してやがる」
「……あのさ。誰、これ?」
その言葉に、サッズが深い溜息を吐き出した。
「最近のガキときたら……。ガレンス・ダイスリー。聖府の代表、人殺しの親玉だ」
「こいつも、ファルシの道具だな」
「そうだね、代表はファルシに右倣えだよ。まあでも聖府なんて全員そうだけど……」
「あなたも、そうなんですか?」
丁度ルカの横にあたるシートに座っている少年、ホープが少し険のある声でそう聞いた。一番若い、というか幼いの部類に入るだけあって、聖府への憎しみも抑えることができないのだろう。
「大人だからね。従えと言われたなら従う」
「……パージには……」
「反対した。それもまた、ファルシ以上に従わなければいけない相手がいたまでのことさっ」
ルカがそう言って笑ったとき、機内に大きく警報が響く。何かが接近しているらしい。明らかに敵機だ。
「暇な奴らだ!」
「遮蔽物が雲しかない、撒ける!?」
ルカがサッズに叫ぶようにそう問うた時、前方に白く白く発光する巨大なそれを見つけた。ファルシ=フェニックス。こんな間近で見られるときが来るなんて……。
「すごい……」
「コクーン市民に光を恵む、聖府のファルシときたもんだ」
サッズがそう皮肉げに笑ったのが聞こえ、その直後、機体が被弾する。ぐらりと体が揺れて、敵機のエンジン音が鳴り響いているのを感じた。
「ファルシだ!あいつを利用しろ!」
ライトニングがそう言ったのを聞き、サッズが持ち直して航路を安定させた。そして、ファルシ=フェニックスに近づいて、エネルギーの奔流を避けながら上下左右に蛇行する。と、後ろを追尾していた機体がいくつか爆発するのを足元やシートから伝わる振動で感じた。これだけの強い光を放つ存在が危険じゃないはずもない。うねうねと動く燃えたぎった鞭、避けなきゃ即死か。
「ファルシ様々だ!」
「まだいる!」
ヴァニラがそう叫んだ瞬間、機体がこれまで以上に大きく揺れたのを感じた。がくん、と、揺れると言うよりも……落ちる、感覚。それまで保たれていた場所からずるりと滑り落ちるように、ルカたちはさかさまに落ちていく。
意識を失うまでの数秒間、さすがにこれは死ぬんじゃねーかな、と思いながら。
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