この想いだけは伝わるように






『捜索隊より本部。ルシ発見。繰り返す、ルシ発見』

声がする。無機質な声が。
俺とセラを引き離そうとする、声がするんだ……。

「見てるんならッ手伝えよ!!」

聞こえているはずだ。この声が。それなのに。

彼らも人間なのに。どうして、こんなことになってしまったのか……もう何度考えたかわからないことを、もう一度考えた。当然のように、答えは出なかった。
だが決して、絶望などはしない。希望を捨てるわけにはいかない。戦っているのは自分だけではない、幸せにすると誓った人がここにいるのだから、もっと苦しい思いをしているのだから。
それでもふと、思ってしまうのだ。

あのとき、セラを俺が待たせなかったなら。
もし、セラがあの異跡に近寄らなかったなら。
もし、あの日偶然開いていたという異跡が、いつも通り閉じていたならば。

こんな悪夢、あり得なかったのに、と。

「これより 処分する」

……おい、聞こえたかセラ?信じられねーな、本当にこいつら人間かよ。さっき同じ人間なのにって思ったばっかなのに疑うぜ。処分だってよ。俺たちはゴミか?俺たちは、俺たちは……。

思い出す。必死に走った、一瞬でも共に弾丸の雨の中を駆け抜けた彼らを。

『ふぬけた面のヒーローなんざ、見たくねえんだよ!』

『俺たちも戦うぞ!』

『なーにが恐怖よ。あたしらノラの敵じゃないよ!』

『母は強し、よ』

俺達だって、みんな必死で生きていたのに。

「ッ……!!何が、処分だ!!」

あの日、花火の中、言い切れないまでの不安と恐怖を抱えながら、セラは泣いていた。俺の語る希望と、突き刺さる絶望の狭間で、泣いていたんだ。

セラだってきっと後悔で一杯だったんだよ。
あの日、俺を店で一緒に待っていたなら。
異跡なんかじゃなく、海でも眺めて待ってたら。
そもそも、あの異跡に、下界に興味なんて持たなかったら、って。
そこまでセラを追い詰めて、傷つけて。挙句、処分?

俺たち全員、必死で生きてるんだぞ。毎日いろんなことに一喜一憂して、いろいろ考えて。頭が痛くなったら休んで、それでもまた歩き出して……平凡でも、毎日しっかり、生きていた。それが、いきなりなんだよ。

手に持った、セラを助け出すために拾い上げた瓦礫を、迫り来る兵士共に向かって投げつける。銃弾をなんとか避けながら、必死に殴った。なあ、人間だろうお前らも。痛いだろう、苦しいだろう。
この子もなんだよ。俺の、大切な人も、同じなんだよ。

ああでも、セラが見てる前で、人を殴りたくないんだ。だってセラは優しいから。
俺がセラを守ろうと誰かを殴ったら、きっと悲しむ。きっと、少しだけ俺を叱って、そして小さな声でごめんと言うだろう。

なあ、わかってくれるだろう。やめようぜ、こんな無意味なこと。誰が望んだ?こんな景色を、誰が見たいってんだ?教えてくれよ、俺がそいつのイカれきった頭をぶん殴って、正気に戻してやるからさあ……ッ!

「くそッ、こいつ手ごわいぞ!」

「相手はルシだ、遠くから狙撃するんだ!」

なあ、教えて、くれよ。

心が、凍てつく感覚がする。セラと出会ってから忘れていた……忘れることができていた気持ち。底冷えする、自分がどこまでも一人で孤独で、これからずっとこの痛みに苛まれるんじゃないかという恐怖。それを、いつも優しく溶かしてくれる彼女が、居ないから。

俺は弱くない、一人でも戦えるかもしれない。でも強くもなれないんだ。セラ、お前が、隣に居てくれなければ。今隣にセラがいてくれたらどんなにいいか。

震えて、膝から崩れ落ちそうになったとき。足元の銃が見えた。
思い出す。犠牲無しでは救えないって、希望の無い言葉。
思い出す。強い義姉の、言葉。
思い出す。手からこぼれ落ちた、俺が否応なしに救われた理由の、犠牲を。

だから負けられない。ここで終われない。俺には生きる理由があるだろう!だからここで終わるわけにはいかない!
セラを守らなくちゃ。こいつらを、なんとかして……、セラを、守らなくては……。


「お前の望みは」

「それだけか?」


「!!?」

体の両側から女の声が響き、左腕に刻まれた烙印が、青く淡く、光る。なんだこれ、そんな声が自分の口から漏れた。

「この女を守り、」

「こいつらを殺す」

「踏みにじられないように、」

「粉々にすり潰してやればいいんだな?」

目の前に紋章が広がり、弾け、光に埋め尽くされた。
閃光が止んだとき、そこには。

「良いだろう」

「その願いに、応えてやろう」

見たことのない、二人の女。格好は奇妙も奇妙で、仮装だとしてもこの場にそぐわないにも程がある。それに、漂わせる雰囲気は、人間ですらないかのような……。

そう思った瞬間、片方の女の手元で浮いていたタイヤらしきものがひとりでに回りだす。ぐるぐると回り、大きく円を描きながら、数メートル先で俺と同じように混乱し動けなくなっている兵士たちに向かって、凄まじいスピードでぶつかっていった。それが当たった瞬間、そいつらは車に轢かれたような音を立てて弾けとんだ。
血が、舞う。骨の砕ける音がする。
何が起きているのか、全く理解できない。ただ、一つだけわかるのは。

目の前で人が死んで、自分が生きて、やはり誰かの犠牲を礎に生き延びるのだろいうこと。

「……ッ 違う!!」

違う、違う!こんなの望んでない!守るってそういうことじゃねーだろ!?犠牲がなきゃ守れないのか!?他に、もっと他に……!!

地べたに這いつくばりながら、強く強く拳を握る。俺は、今、とてつもなく無力で。どうしたらいいのかわからなくて。ただ、彼女がつまらなそうに言ったその言葉が間違っていることだけは、分かる……!

「さあ、」

「次はお前の」

「番だ」

目の前でステレオに似た声が二つ聞こえる。二人の女はこちらを向き直り、戦闘態勢を整えていた。

「見せてみろ」

「お前が、その希望的に過ぎる未来を」

「渇望するに値するのかどうか」

「その、証を示せ」

何を言われているのか、よく分からなかったが。それでも、どうせ答えは同じ。

「俺が、守るんだ……守るってことの意味、俺が教えてやるよ……ッ!!」

セラ、見ててくれるだろ?俺は、お前を、守るんだ。







倒れ伏したその大男に近づくと、もう意識もないだろうと思っていたのにゆっくりと瞬きし俺を睨みつけた。驚いた、ここまでさんざんな目に遭ってまだ意思が折れていない。脳天気かただのバカか、あるいは相当な豪の者だ。

「まだ……いやがったか……」

「……間違いない、ルシだよ」

彼女のその言葉を聞いて、俺が部下の兵士に視線をやると、部下は頷いて銃口をそいつに向けた。

「やめろ……!」

「命が惜しけりゃ、おとなしく運ばれな」

ファングのその言葉に顔を背けたそいつに、ファングは容赦なく手刀を叩きこんだ。……容赦ねえ……。
とうとうぐったりと意識を手放したそいつを運ぶように部下に指示したあと、俺は回りを見回し、“あいつ”を探した。……が、どこにもその姿は見えず、一歩遅かったと思い知る。

「なァーにキョロッキョロしてんだリグディ?まだ誰か探してんのか?」

「ああ……その、閣下の……まあ、なんだ、友人がいるはずなんだが……ちいと、遅かったらしいな。ま、閣下も居たら連れて来いって言ってただけだから、いないならいないでいいんだが……」

とはいえ、早く送り届けられないことに微かに胸が痛む。あの人だって、顔には出さずとも心配していることぐらいわかるのだ。それぐらいには付き合いも長い。

「おい、大丈夫なのかよ?これだけの敵が闊歩してる中で……危険じゃねえか?」

「いや……大丈夫だろ。あいつなら殺しても死なないから、どうせ」

「?……ま、私にゃ関係ねーわな」

ファングはそう言って一足先に小型飛空艇に乗り込んでいく。俺もそれに続き、入る直前でもう一度だけ振り返った。ビルジ湖は冴え冴えと凍りつき、綺麗だ。このどこかにあいつはいるのだろうか。無事だろうか。大丈夫だろうとは思うけれどそれにしたって、ここまでの危機に直面したことはさすがにない。

「ったく、昔っから手間ばっかかけさせやがって……」

そういう奴だと、流石にもうあきらめてもいるけれど……それでも無事でいてほしい。
早く追いつけよ。待ってるからな……。

「急ぐぞ。きっと何もかもうまくいく」

俺は本気でそう思っていた。あいつなら万事うまくやると、知っていたからだった。








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