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まさかのバイク移動でこれ会話になるかよと思ったがナツメが必死に伝える言葉をクラサメはなんだかんだと聞いていたようだ。
ロスをまっすぐ南に下り、丘陵の手前の廃工場らしき建物についた頃には喉の使いすぎでナツメは完全に疲れ切っていたけれど、クラサメは平然としていた。

「つまりカードキーにも種類があって、一番等級の低いゲストキーならいくつか集められるが、それ以上となると管理が厳しく一時間ごとに何枚あるか数えている、と」

「え……ええ……」

「18階以上に入るのは難しいが、一人二人ならばお前の手引で入ることはできる。が、各部屋に入るのにもやはりキーが必要、と」

「そういうことになるわね……っていうかよく聞き取れたよねあなた……」

アサシンっていう連中は聴力も優れているのだろうか。ナツメはヘルメットを返し、自分が連れてこられた場所を見やる。
いわゆる波止場の倉庫というやつだ。マリーナ・デル・レイの路地裏。シーズンではないしもう夜の手前、港もあまり賑わっていないようだ。

「私の傍を離れるな。死にたくなければな」

「どちらかというと私を殺したくないのがあなた、って関係図のはずよ」

「冗談を言っている場合ではない」

真剣そうな口ぶりを聞かずとも、ナツメが暗殺対象に含まれていたことはわかる。少なくとも利用し終わったら殺す程度のバリュー。
うまいこと取り入らないと、終わった瞬間消される。出来る限り恩を売ることが重要だ。それでも、テンプル騎士みたいな集団だったら無駄だろうけども。あちらは、恩がどうので見逃してはくれない。

クラサメに連れられて倉庫に足を踏み入れる。少しだけ開いたドアからすっと身体を滑り込ませて。
真っ暗な倉庫だった。唯一、奥にあるパソコンやらの電子機器が放つ薄明かりのみ。ふいに嫌な気配を感じて足を止めると、外の光を受けて煌めく白刃がすっとナツメの眼前に迫った。刃に触れた前髪がはらりと落ちる。

「サイス、やめろ」

「こいつはどーいうことかねぇ、マキナを助けるために利用するって言ってた女を連れ帰ってくるなんて正気とは思えねえけど?」

「サイス」

ナツメは目を動かして、刃を繰り出した人物を探る。手首を引くことで繰り出される手首内側装着のアサシンブレードなので、すぐそこに腕があり、半分髪に隠されているものの顔も窺える。ナツメの背で割れて差し込む夕暮れの朱い光、その色に容易に染まる髪。サイスと呼ばれたその人物は女性だった。ナツメとさして体格も変わらない。

クラサメが二度名前を呼んで注意すると、彼女は一瞬沈黙した後ですっと手首を引いた。そのときにもナツメの目のすぐそばでガシャンと金属の擦れる音がする。
サイスはするりと闇に溶け、ナツメの背後で大扉が閉じる。それと同時、ぱっと灯りがつく。
白熱灯の、青白い光が倉庫を満たした。ナツメの目が劈く光に慣れた頃、ようやく倉庫内の全貌に気がついてナツメは一歩後ずさった。

「あ……」

壁に張り巡らされた配線、壁際にはいくつものハードディスクが繋げられたデスクトップ。その先に、一世代前の横たわるタイプのアニムスが二機。
そして思い思いに立っている複数人の姿。ざっと十人はいる。たぶんほとんどが、ナツメと同じか少し若い。二十歳そこそこといったところ。言われなければ、大学のゼミかなにかの集まりに見える。
と、デスクトップの前に置かれた椅子に座る男が音もなく立ち上がり、「クラサメくん」と呼んだ。

「どうしたんだい?どうして連れてきた?脅して協力させるか、カードキーを奪って殺すはずじゃなかった?」

穏やかで低く抑揚のある声には、感情を滲ませない冷淡さがあった。ナツメは肩が跳ねないように、必死に冷静を装った。周囲全員から、静かな殺気が向けられている。例外はクラサメ一人だけ。
私がストックホルム症候群に陥ったらどうしてくれる、と内心苛立つ余裕があるので、ナツメはただ静かにそれを睨み返した。
この雰囲気に呑まれてはいけない。カトルだって言っていた、四面楚歌な状況を乗り切るためには誰かの手を借りようとするな。自分一人でできるという顔をしていろ、見縊らせるな。

「ああ。脅すつもりだったが、状況が変わった」

クラサメがそう言い、ナツメをちらと振り返る。ナツメはその緑の目をもまた睨み、倉庫の硬いコンクリートの床を踏みしめた。


それから、いくつかのやりとりがあって。
クラサメはナツメと話した内容について協議するためだろうか、年長者らしい一組の男女と三人、壁際で話し込んでいる。

ナツメはといえば、反対側の壁の傍に置かれた小さなテーブルの前の椅子に座らされ、紅茶を出されている。小さなカップに琥珀色の水面を揺らして、セミロングの髪をハーフアップにした少女然とした女性ににこやかに茶菓子まで用意されて。
おかまいなく、いやマジで。そんな気分である。

手持ち無沙汰のナツメは周囲を窺い、人数を数えた。どうやら、上の立場の人間が、今会議中のクラサメ含めた三人で、事実上実権を持つらしい。眼鏡をかけ白衣を着た長身の男、ウェーブがかった長い茶髪を緩めにポニーテールにした美女。年齢は三人ともだいたい二十五歳前後といったところか。
そのほかには、十三人の若者たちがいる。みんなだいたい同じくらいの年の頃、ナツメよりは二つか三つ下だろうと思う。
目の前には、そのうちのひとり、銀色の髪をウルフカットにざっくりとカットした女性が座り、ナツメを見つめている。間が持たなくて気まずいので、静かに紅茶を口にした。

「飲むんだな?敵の本拠地で出されたものを」

「今私を殺すほど愚かじゃないでしょう。それに、喉が乾いてるの」

「愚かだったらどうするつもりだ?」

「……それなら、あなたがたに賭けた私はそれ以上の愚か者ということだよね。死んでも仕方ないよ」

それが返答になったようだった。彼女は沈黙しナツメを観察するような目でしばし眺めていたが、壁際にいた三名が戻ってくると無言で席を立った。入れ替わりに、眼鏡の男が腰を下ろす。

「やあ、はじめまして。ナツメちゃん?って呼べばいいのかな?」

「……子供扱いする必要はないわ」

「そう。僕はカヅサだ。よろしくねナツメちゃん」

男はにこやかに手を差し伸べてくる。ナツメはその手を見つめ、一瞬悩んだ後で首を横に振り握手を拒否した。

「クラサメとは、互いの必要条件を話した。けどあなたとは話してない」

「疑り深いね」

「そうあるべきと己を律してるの」

ナツメは己を賢い人間だとは思っていない。だからこそ、人より多く考えるしかない。
カヅサと名乗った男は笑みを深め、首をこてんと倒した。「それじゃあ条件の話をしよう」、そう言って。

「クラサメくんに聞いた話じゃ、君は侵入と脱出のルートを用意してくれるらしいね?」

「ええ。でも急がないと、私と連絡が取れなきゃカードキーのコードが変更される」

「そして見返りに、アニムスを使わせてほしい、だっけ?君がアブスターゴに持っている部屋の二階上には最新式があるのに、型落ちしたものをわざわざ?“全てが終わった後で”?」

「……何が言いたいのかしら」

疑われている。わかっている。
ナツメの求めるものは、彼らにとっても破格の条件すぎるのだ。アニムスの使用権なんていう、彼らからすればナツメにはおよそ必要ないものを、しかも救出劇の後―要求が履行されるとは限らない上そのときナツメが生きているかもわからない―に要求する、なんて条件は。

「はっきり言うよ。君の言葉は信用できない。僕らを罠にはめて一網打尽にする、テンプル騎士らしい手口だしね」

「それはそうね。歴史が証明してるし、ね」

「……そうだよ?だから、君がアニムスを使いたい理由を教えてくれないと、全く信じられないね」

ゆっくり、懐疑の視線がナツメに向く。十三人いる連中は、どうも察しの良さにばらつきがあるらしい。

「……」

どれぐらい調べられているのかなと、ナツメは沈黙した。身の上話で釣れるかわからない。誰にも話したことのない話だから、というのもある。他人の感想が読めない。
だが重要なのは、個の本質というやつだ。そもそも、真実を話す以外ないのだし。

「これは、確証のない話だけど。私は、アサシンかもしれないの」

「は?」

「私が八つの時、親が殺されて、バシュタール家っていうテンプル騎士に引き取られたんだけどね。養父母が言うには、親はアサシンに殺されたっていうんだけど。それにしちゃ、アサシンの痕跡が乏しい」

両親は銃殺だった。“処刑スタイルで座らされ後ろから頭を撃ち抜かれて目を見開いて死んでいた”。最初に見つけたのも通報したのもナツメだ。
その後テンプル騎士たちと知り合う中で、アサシンの殺し方はたいがい“後ろから首を裂いて殺し目を閉ざして死体を仰向けにする”ものが多いと知った。その後も、アサシンの手口を知れば知るほどナツメの親の死に方は間違っていると思えた。

「そう思ったから、アニムスのテストプレイを申請してみた。アブスターゴ社員なら結構やってることだったし、基本的に申請はすぐに通るものよ。でもワタシの申請は、悉く却下された。祖先がアサシンでもなければ、あり得ない話だと思うわ」

とはいえ。だから何だ、という話。
たとえ実際アサシンだったとしても、過去テンプル騎士に寝返ったアサシンだっていたはずだし。

だから、問題は。

「私がアサシンなら、あのままあそこにいたら、実験の対象にされる日がくるかもしれない。そうでなくとも、処分されることもあり得るでしょう」

単純にナツメが、アブスターゴを信用できないという話。いつ殺されるかわからないから、打って出たというだけ。

「……その話も、簡単には信用できないね?」

「そうかもしれないわね。でも、そうやって私を疑うばかりなら、あの男の子は死ぬでしょうね」

彼が死ぬと口にした瞬間、倉庫に入った瞬間など比べ物にならないくらいの殺気がナツメの周囲を満たした。
ナツメは一瞬沈黙したが、躊躇っている場合ではない。

「だから最初から、あなた方には二通りの道しかない。私を信用できないからと殺し、彼も見捨てるか。全員死ぬ可能性はあるけど虎穴に飛び込んで彼を救うか。最初っから、私が何を提案しようがしまいが、それしかないでしょう」

それぐらいはわかっているのだろう、カヅサはすっと笑みを消し、周囲に視線をやった。全員の意見が知りたい、そんな顔。
と、ナツメたちを囲むアサシンたちの中から、白いPコートを着た少女が進み出た。

「信じます」

「レム……」

傍らの少年が、その少女をレムと呼んだ。さらりと流れるほのかな赤みのあるブロンドが、レイヤーがかってばらばらに揺れて綺麗だ。

「信じるから、助けてください。……マキナを、助けて……」

赤い双眸から、音もなく涙の粒が零れ落ち、頬にすっと筋をつくる。ナツメはそれを沈黙と共に見つめ、考える。言うべきことは何だ。今、ナツメの生存率を上げる方法は、その最善は。
この少女に信頼されることだ。他の誰でもなく、この少女に。

「……助けたいと思ったわ。クラサメの姿を窓の外に見て、私どうしてかNO.2097を助けたいと思ったの。私ときっと同じだから」

紛れもなく真実だ。
捕らえられ、手足ごと羽を手折られ。
ぎちぎちに縛られたままの命が悲鳴を上げた。

あの青年が、鎖を振りほどいて転び出て、レムと叫んだあのときのように。

「彼とさっき、一度だけ会えた。レムって、叫んでたわ。あなたのことだったのね」

みるみる見開かれる大きな目。レムはわっと声を上げて膝から崩れ落ちた。
それでナツメは、どうするの、とカヅサに視線をやる。カヅサは浅いため息を吐いて首を横に振った。

「残念ながら、決めるのはマスターアサシンのクラサメくんだよ。僕は考えるだけだ。……でもまあ、論理的に考えても、ここで数少ない同志を失うのは痛いからね」

「カヅサ、それでいいの?」

それまで口を挟まずに傍らにいた茶の髪の美女が、豊かな髪をたっぷり揺らして問うた。カヅサは肩を竦め、構わないよと言った。どうやらそれで決定らしい。
ナツメが振り返ると、クラサメがナツメの顔を見、「作戦を決めるところからだな」と言った。たぶん全員に向けての言葉だったのだろう、彼が続けて胸の前で手を叩くと、即座に全員が動き始める。ある者は武器を取り、ある者は上着を羽織り、ある者はコンピューターを操作し始めた。

「私はどうすればいい?」

「侵入と脱出経路について、意見をくれ。エミナ」

「はーい。こっち来てナツメ

クラサメに呼ばれて進み出た美女にすっと腕を引かれ、ナツメはホワイトボードの前に連れて行かれる。ボードには所狭しと図面らしきものが貼り付けられており、三つの筆跡がその上を走り侵入経路を書き記していた。

「これは……三人で考えたのね?別々に」

「ええ、そうよ。でも全部難点があってね。まぁ魔法みたいな手があるわけないってことはわかってるケド、デメリットをできるだけ回避したいわ」

「……ちょっと、見るわね」

まずひとつ目。力強い筆跡が示すのはナチュラルな正面突破だ。時間は警備交代のタイミングかつ従業員の少ない午前5時だが、テンプル騎士側の戦力がアサシン以下である前提なのでそこがまずネック。脱出が難しいのも問題。
次に、くせの強い字が綴るのは、アサシンらしく深部に侵入してから騒ぎを起こし、その隙にマキナを取り戻すというものだ。ナツメの知る限りでは実際侵入されたことがなかったはずなので、混乱の程度が未知数だ。
最後、線の細い綺麗な字は、エアダクトからの侵入を画策しているようだ。これも明け方、暗い時間に行う。あれだけ大きいビルだからエアダクトも当然かなり広いし、中に入れさえすれば隠れて移動ができ、おそらく最も気づかれにくい。だがエアダクトからでは外の様子も窺えず、正確にマキナのいる実験室まで辿りつくのは難しいだろうと思う。それに、実際どの程度の移動が可能かわからない。

「どれもなかなか厳しいでしょ?」

「そうね、難しいと思うわ」

ナツメは図面を見つめる。こうして改めて見てみると、ハードルは三つか。

まずエントランス。中に入るのにカードキーが必要だ。ゲストカードならナツメでも何枚か手に入れられるだろうが、入れる階層が限られている。なんとかして従業員か、研究員のカードを手に入れるべきだ。これがまず難しい。

ナツメは図面を指差しながら、エミナに説明を始める。

「たいていのビルがそうであるように、カードにはかなり種類があるのよ。とはいえ、アブスターゴはどの企業より多いと思うわ。ゲストカードで入れるのは地上一階から七階層まで。その上の、広報だとかのフロアは従業員カードで入れる。十八階までが通常の従業員のフロアね。試用の小型アニムスなんかもあるし、クリエイターたちが働いているのもここね」

「詳しくはわからなかったけど、そうね、そのあたりは従業員から聞いてるわ」

「本当に?口を滑らす従業員がいたの?」

「カヅサはコーヒーショップでバイトしてるし、ワタシは意味もなくセクシーなスーツでお昼時に周辺のカフェをぷらぷらしてるからね」

「ああ、だから最近昼過ぎても戻ってこないやつがいるのね……」

ナツメが呆れた顔で言うと、エミナは右目を瞑りウインクした。これだけ美人で社交的ときたら、研究職の真面目なギークくんたちはイチコロだろうな、と苦笑した。

「それで、十九階より上、二十三階までが実験区画になってるの。細かい区分けは知ってる?」

「いいえ、さすがにそこまでは」

「そう。じゃあ説明するわね。二十階までが実験の総括をする人間のフロア。私もここね。二十一階が研究員たちのデスクフロア、二十二階が実際実験が行われるフロア。二十三階が、研究対象たちの生活区域。……とはいえ、聞く限りでは、カプセルホテル並の小部屋が大量にあるばかりで、あとは食事のための広間が一つ。あとの部分では、モニターを使って対象たちを監視しているようね」

「つまり……従業員のカードなら十八階まで入れて、研究員のカードは二十三階まで入れるってことね。ナツメは二十三階まで入れるの?」

「ええ。……ただ、これは、名目上与えられているだけで……実際さっき入ったら、カトルが即座に駆けつけてきたわ。私のカードを使えば入れるのは事実だけど、そういうことを思うと、あまり望ましくないとも言える」

「なるほどね……」

それが二つ目の難点。
唯一手元にあるナツメのカードキーも、決して有効手ではないということ。

「でも監視カメラの映像はときどきチェックはしているけど、始終見ているわけじゃないし、このカードでも下の方なら問題なく入れるわ。だから、私のカードを持って入り込んで、研究職の誰かを二十階層以下で倒してカードを奪うっていう手もあると思う」

「それは確かにいいアイディアね。検討する価値アリ」

「だけど、まだ問題が」

最後にして最大のハードル。
入ることはできても、出ることが難しい点。

「侵入がバレないのなら出ることもできるけど、実験区画に入って研究対象を盗み出すんだから、そうはいかないわね。警備員を相手にすることになるわ。あなたたちがどれだけ強くても、数名で侵入することになれば、アラームボタンくらいは押されてしまうと思ったほうがいいわ。……そして、私、実験区画に入ったことがほとんどないから、脱出経路もわからないの」

「図面を見ればいいじゃないか」

頭を抱えて言うナツメに、背後から寄ってきたカヅサが穏やかな声音で言う。ナツメは振り返り、そう単純な話じゃないと首を横に振った。

「今見た限り、実験区域はだいぶ造りが違う気がする」

「……これ、設計した事務所から盗んできたものなんだけど?」

「だとしたらあなたたちはテンプル騎士を舐めてるわね。身内にも建築士くらいいるでしょうし、よその誰にも知られず改築するくらい平然とやってのける」

「それは、……笑えない話だね」

「そういう連中なのよ」

いつだってそう、やることのスケールがでかい。何かをごまかすのも、うまい。
正面から喧嘩を売る真似は避けたほうが無難だ。

「それから。助けに行くなら今夜にでも行くべきよ。私の鍵が使えるのもそれぐらいまでだと思うし、何よりマキナっていう彼はかなり限界が近い。夜なら実験はしていないから、きっと二十三階だけ襲えば済むし、夜間は警備員の数も減るはずよ」

「そうは言っても、……これは僕の意見というわけじゃないが、指導者の立場として、この数少ない教団員を失うわけにはいかないんだよ。本当は一人として失いたくないものを、全員失うなんてことになってはね……作戦もなく突入なんて、さすがに認められない」

「ええ。わかるわ」

ナツメは暫時、図面を眺める。それから、ああ、と心の中で感嘆の声を漏らした。
一つだけ、効果的な方法がある。けれどこれは……。

できれば避けたい方法だった。

まず、ナツメのカードキーを使い、誰かが二十階層に入る。降りてきて休んでいる研究職の人間を襲いカードを人数分奪って、下方フロアにてナツメにカードキーを戻してから実験区画へ向かう。それで、アサシンたちは二十三階層へ。
そこで、同時にナツメが二十ニ階層に入る。昼間騒ぎを起こしたばかりだから、きっとすぐ昼間と同じく近隣フロアの警備員が殺到するだろう。つまり一時的に他フロアが手薄になる。囮になるんなら、ナツメが最適だ。他の誰かと違って、即時戦闘にはならないから。

ただこれは、ナツメにとっては最悪と言ってもいい方法だ。裏切りを知られていたら警備員に射殺される可能性も否定はできるほどではないし、その後アサシンに捨て置かれる可能性もまた同じく。

「……どうしましょうか」

「なかなかシビアなことになってきたね……」

エミナとカヅサはそれには気づかず、図面を見つめて唸っている。
昼間のこと、ナツメが話しこそしたものの直接見ていないのだから当然か。あれを見ていたなら、たぶん彼らのほうからこういう作戦を提案されたに違いない。

ナツメはそっと視線を上げ、用意をするアサシンを見回した。
装備を整え終え柔軟運動をしている者もいれば、射出されるダートの様子を確かめている者もいる。レムは一人口を引き結び、アサシンブレードの内蔵された手首を包むブレーサーに額を押し当てている。

彼のことを助けてくれ。
彼女はそう言って、泣いていた。
マキナが必死に名前を呼んでいた、レムが。

不思議な話だ。
誰にも求められないナツメより、互いの名を叫ぶ彼ら二人が助かったほうが、いいな。
そう思ったのだ。

自己犠牲なんてこれまで一度も選んだことないのになと、苦笑しながら、

「一つだけ方法を思いついたわ」

ナツメはその最悪の方法を、彼らに提案したのだった。




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