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最悪な仕事ってなんだった?
帰り道、誰とも言わず話しだしたテーマは、皆それぞれ一つは持っている悪い意味での武勇伝を披露するきっかけになるはずだった。
けれど今回ばかりはそうはいかない。ナツメは鋭く前を睨む。

「今回だよ」

「右に同じ」

「異論なーし……」

帯同していた全員の支持を得たが、なにひとつ嬉しくない。
四課課員の半数を占める女性陣プラス二人の男性陣で遂行した、珍しく規模の大きい仕事だった。

皇国軍が候補生の遺体回収して人体実験してる気配があるから忍び込んでぶっ壊してきて。
課長がしれっと言った時は、まだこんな気持ちの悪い思いをするなんて思っていなかったのだ。

難しくはなかった。ただ、何度も使用済みの死体袋に入り込んで実験施設に忍び込むのは単純に最悪だった。死にたくなったし、汚染除去シャワー浴びたくなった。

「……さっさと帰って、四課のひろいシャワー室でシャワー浴びよう。交替でなんて言わないから。もう全員一緒でいいから」

「まじで?おれらも?」

「勃ってるくらいなら見ないふりをしてやる……」

これでも四課で一番貞操観念のはっきりしているナツメが許したので、男ふたりが虚ろな目でわーいと言った。
飛空艇での帰投が認められているのに安堵し、パイロットが異臭に文句を言うのを黙殺し、彼らはようやっと魔導院に戻ることができた。ちょうど明け方だったので人も少なく、彼らは猛ダッシュで四課に飛び込み全身をくまなく洗いまくった。それはもう洗った。普段のシャワーはせいぜい三十分なのが一時間半は洗っていた。
そして今まで着ていた武官服を全力で焼却処分し、会議室に置いておいた着替えに着替えようとその部屋に向かった。

しかして、ナツメは今度こそ発狂もかくやという勢いで怒りの悲鳴を上げた。







その日、魔導院は俄な混乱に包まれていた。
朝、エースが寮を出てリフレに朝食を取りに行こうとしたとき、既にその気配はあったように思う。とはいえ、寝坊したエースは急いでいたし、ちゃんと見る余裕はなかった。けれどそこから戻ってきて、授業のために教室へ向かおうとして、そこで異変に気がついた。

「エース。おはよう」

「ああ、ナツメおはっ!?」

おはっ!?ではない。せめて最後まで言おうよ自分と思いながら、エースは完全に硬直していた。そこには副隊長がいたというのに、もう出会って半年にもなるというのに、二の句が告げない。
彼女は怪訝な顔で、「どうかした?」と首を傾げて聞いてくる。どうかしたのはお前だこの野郎と、混乱しきりの頭で思った。

彼女が着ているのはいつもの武官服ではなかった。確かに黒を基調としており、雰囲気は近い。使っている色が同じなのだ。留め具の少し鈍い金色も同じ。
だが、いつものだぼついた上着ではなかったし、なによりパンツスタイルではなかった。
上着はなぜか胸元だけがきついのか、ウエストしか留められていないので胸元の強調のされかたがえげつない。肩幅などに違和感はないので、どうやらそういう服のようだ。男性向けの服を無理やり着たらこうなるのだろうか?その下の白いシャツは薄手で、その下の膨らみを覆い隠すも、つまり膨らみは浮き彫りである。
そして、下衣はタイトスカート。彼女の足の動きに合わせて裾が揺れる。ただのタイトスカートならエースはそれについては「なんだそれえろい」と思って終わりだったんだろうが、彼女が着ているタイトスカートはふとももの左側にざっくりと深いスリットが入っている。深い、というか足の付根寸前までスリットが伸びている。スリットが広がりすぎないようにという配慮でか、スリットの左右を繋ぐようにベルトがついていたが、いやなんの配慮だ。そんな配慮する余裕があるならスリットいれんな。
極めつけは足を包む薄手の黒ストッキングである。これで生足だったら「ただの痴女!ありがとうございます」と思って終わりだが、肌色をほのかに透けさせるような黒いストッキングは生足よりだいぶえろい。

なんつう格好してんだこの人、もしかしてやっぱりちょっとおかしいの?エースがそう思ったときだった。ホールの反対側で、わっと男子の歓声が上がる。人混みの隙間からふと覗き見ると、その中央にいたのは、三名ばかりのナツメと同じ服を着た女性だった。彼女たちが候補生訓練生男子に囲まれていたのである。

そういえばリフレに行く時なんか騒いでたな、あれか。そう思うと同時、エースはまた目を見開き硬直する羽目になった。女性陣が何事か話しながら、笑顔でセクシーポーズを取り始めたのである。棒立ちのナツメとは違い、深いスリットを意識させるように尻を突き出し、胸を張って。第二ボタンから留めているナツメとは違い、彼女たちは谷間が見えるギリギリまでボタンも開けている。

「あのバカどもめ……」

ナツメは呆れ返った顔でそうつぶやいたが、別段止めに行くこともなかった。巻き込まれたくないと思ったのかもしれない。
ただ、エースの肩を叩き現実に引き戻すと、「あなたの情操教育にとても良くない」と言い出し、教室に向かわせるべくぐいぐいと背中を押しにきた。それに抗ってまで見たいものでもなかったので、いや男の子なので見たくないわけはないのだがそこまででもなかったので、言われるがまま教室に向かって歩き出した。
その時だった。

「お前らァァァァ!!それ魔導院内での着用禁止だっつったろうがあああああ!!」

ナギの怒号が9組教室の入り口から響き渡り、エースの眼の前でナツメもまた一瞬肩を跳ねさせた。ナギは大慌てで候補生らの一団から四課武官女性たちを引き剥がし四課の方へずんずん歩いて行く。
そして途中、ナツメの姿を認めると、烈火の如き怒りを抱いたナギは武官たちをそのままにナツメにも怒鳴った。

「お前ぇぇぇ!!お前の指示かこれはァァァァ!!着ちゃダメだっつったでしょうがぁぁぁ!!」

「あ゛?」

一方のナツメナツメで、エースの聞いたこともない低音で唸った。彼女はエースを置いてずんずん歩いて行くと、「じゃあ教えなさいよ……」と地獄から響くような声を出した。

「死体袋に半日入ってて!古い死体から出た腐った黄色い液体がついてる武官服と!帰ってきたらすぐ着替えられるように用意しておいたのに誰のかわからない臭い体液でべとべとの武官服と!てめーならどっちを着るんだこの野郎!!?」

「何だそのクソみてぇな二択!!どっちも着ねえよ!!」

「私たちも両方着たく無くて燃やした結果がこれなんだよ!武官服がスカートバージョンしか残ってなかったんだよこの野郎!何か文句あるかコラ!!?」

「文句ありありだコラァァァ!!その服はぶっちゃけ先代課長が完全に趣味で作った服だぞ!!?魔導院内で着てどうすんだ四課が味方誘惑してんじゃねえアホほどエロいんだよ!!」

「じゃあ何だてめー全裸で出てこいってか!全裸で出てこいってかこの野郎!!パンツの方の武官服慌てて発注かけたけどどんなに急いでも配送一週間後って言われてんだぞ!風邪ひくわ!!」

「んなこた言ってねぇだろ俺ぁよ!!四課には他にも候補生の制服を始めとして結構な服があるはずだろうコラァ!!」

「こちとら二十歳越えてんだぞティーンと一緒に制服が着られるかコラァ風俗じゃねえんだぞ!!第一制服を外したらあとはペラペラのナース服だのペラペラの軍服だのペラペラのセーラー服だのしかないだろうが!あっちは完全に風俗だろうがぁぁ!!」

「諦めて制服にしろやぁぁぁ!!ちょっとイタイだけで済むだろうがぁぁぁ!!」

「ふざけんなコスプレするくらいならド直球でエロい格好してたほうがまだマシだわ!!それから人の武官服と予備の下着の上でやらかした連中の居場所を教えろ爆破する」

大混乱であった。エースは空気を読もうとして、どこの空気を読めばいいかわからなくなった。ナギとナツメの会話か、その後ろで互いのスカートを捲り合っている四課武官か、それを呆然と見つめる訓練生の一団か、ナギとナツメの会話に困惑しきりの候補生の一団か。
とりあえず、エースにはナツメの口調がとんでもなく崩れていること、四課が魔導院の腐海であること、ナツメが半日ほど死体袋に入っていたことしかわからなかった。いや、もうなんでもいい。とりあえず全体的にわけがわからないのでおちついてほしい。

「第一何で黒ストッキング!?余計エロいわ!!誘ってんのか!!」

「お前としたいことなんて殺戮オンリーなんだよ死ね!!」

「笑えねえわボケ!!」

「やかましいとにかく人の服の上でやらかしたゴミどもの居場所を吐けぇぇぇ!!」

あ、ちょうちょだ。エースは視界を横切った蝶に視線をやり、ふふふと笑いながら踵を返した。まさかないだろうとは思うが巻き込まれたくないので、教室の方へ向かった。背後でぎゃあぎゃあ喚いていたが、もう知らない。そもそもエースは一切関係ないし。
扉を閉めるも、連続しての怒鳴り声は変わらず聞こえ続けるのだった。





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