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「……」

空は晴れている。風が強くて、僅かに甘い匂いが混じるから、花でも咲いているんだろうと思った。
足元に踏みしめる土は固く、獣が多い地域であることを察す。唇で感じる湿度、植物の量からして、雨が振らない可能性を除外。

「……ここは」

ルカは今朝、何時も通りにルクセリオの自宅で目覚めたはずだった。早番勤務だったシドはすでに家を出ていたが、彼が用意しておいてくれた朝食を食べた。
それから、今日は警邏の予定があったななんて思いながら武器の調子を確かめた記憶がある。ルカは、武器に関してだけはずぼらじゃない。

「どこだ……?」

風景から思い浮かぶのはウィルダネスだが、地形に見覚えがない。植物も、ウィルダネスに自生しているものが見当たらない。
それに遠くに、舗装された道が見えた。それは、ウィルダネスにはほとんど存在しないものだ。

「……夢遊病?いやそういうことじゃねえわな」

どうしましょ。
ルカは悩んで、しばらくそのまま立ち止まっていたが、埒が明かぬと思い直す。
ここがどこであれ、自分の出生やら考えたら突然意味不明な場所に飛ばされてたなんてままあること。っていうか何度かあったこと。

心配事はある。主に恋人や親友のこと。相棒と悪友は比較的落ち着いているだろうが、恋人はルカが消えることに拒否反応を示すし、親友はヒステリーを起こす。心配だった。

「……今は、どうしようも」

出来る限り早く帰って、安心させないと。そんなことを最優先に考えるようになった自分を愉快に思いながら、ルカは歩きだした。

ま、ちったあ成長しないとなぁ。愛情の責任感を大切に。











その日、ノクティス王子ご一行は、レスタルム目指して車で移動をしていた。天気は快晴、そう時間もかからんだろうといったところ。
道中、昼食のために車をパーキングに入れ、彼らは近くの標にキャンプを張った。イグニスが昼食の希望をとったので、ノクティスはクイーンガルラのサンドイッチを所望する。

「困ったな……クイーンガルラの肉がもうない」

「あー、じゃあいいよ別になんでも」

「いや、少し南にガルラの群れを見たな。狩りに行くぞ」

「別にいいって」

「ノクティス、用意しろ」

「何でそんなに狩りがしたいんだよ!?」

イグニスは意気揚々と立ち上がった。ノクティスには理解できないことだが、リクエストされた料理を作ることは料理人にとって重要なことなのだ。まぁうまいよ、じゃなくて、めっちゃうめえ!が聞きたいものなのだ。
そんなわけで、一行はキャンプより更に南下し、ガルラの群れを探す。と、グラディオラスが最初に異変に気がついた。

「……おい、ガルラの様子がおかしくねぇか」

「ほんとだ。なんか固まってるね」

「あれは……なるほど、クアールだ。クアールがガルラを狩りにきたんだろう」

イグニスが何時も通りの観察眼を発揮した直後だった。しかし、クアールはガルラを素通りした。

なにやってんだあのクアール、とノクティスが声を発するより早く、ガルラの群れの向こうにその影は覗いた。

「人がいるよ!?」

「ありゃハンターか?しかしまずいな、クアールが増えてきた……!」

「しゃあねぇ、加勢すんぞ!!」

ノクティスは仲間に声をかけながら走り出す。その眼前で、それは起こった。



「私は餌じゃねえんだよっ、と」

走りながら、その人影が女であることを知る。そしてその女が、武器を持っていることにも気付く。
女はなんら焦った表情をするでもなく、獣に囲まれた状況に慄くでもなく、ただ剣を振り抜いた。

ノクティスには見えない速度で。

「うお!?」

「……うっそお!?」

ノクティスの後ろでプロンプトが素っ頓狂な声を上げた。
女はたったの一撃で、クアールをさらりと捌いてみせたのだ。そしてその速度を殺さぬよう、もう一匹が飛び込んでくるタイミングにかっちり合わせて頭を叩き潰す。逃走を決めて背中を向けた最後の一匹までも、背後から強襲をかけ刺し殺す。
つまり、彼女はクアールの皮膚を一撃で破る腕力と、一瞬でもクアールの速度を超えることができるということであって。

「んだよ、その程度で私を餌だと思ったのかね?つまらんし腹が立つな」

彼女は剣についた血をびしゃりと地面に叩きつけるようにして振り払った。と、ガルラたちが怯えからか低く唸っているのにノクティスたちも気づく。
どうやらガルムたちは、クアールの血の匂いをまとう彼女を敵として認識したらしかった。

彼女もそれを察すると、それはそれは鋭敏に体勢を立て直した。そこでようやく彼女は、ノクティスたちに気付いたようで顔を上げた。

「おい、行くぞ!」

ノクティスはそれを契機に我に返ると、慌てて手の中に剣を呼び走り出す。彼女が一瞬だけ、首を傾げたような気がした。







戦闘はすぐに片がついた。彼女がクイーンガルラの首までもを数撃で屠ったためだ。
ようやっとひとごこちついて、傷一つない様子の彼女に、ノクティスは話しかける。

「あんた、すっげえ強いんだな……」

「ん?あー、まぁね。この道なっがいから。それで、君たちは……」

彼女は剣をしまいながら問う。それはつまりノクティスたちを敵だとは思っていないということか、それとも武器をしまった状態からでも負けないという考えなのか、あるいは両方か。
ノクティスたちは、そうはいかない。ノクティスはルシスでは最も貴人と呼ぶべき人間だし、警護を担当するグラディオラスは特に警戒する。彼女の服装はルシスのものとは様式があまりに違った。
かといって、帝国のものと断じるにも、これは。ノクティスの思考を遮るように、イグニスが口を開く。

「まずあなたの名を聞かせてくれ。所属も」

「んん……まぁいいか。ルカ、ラストエデン自警団に今は所属してる……っていうか、君たちの名前が知りたいんじゃなくて。ここがどこなのか知りたいんだけど」

「ここ?ここは、そうだなぁ。ちょうどクレインとダスカの境目だけど」

「……知らん。知らんな」

「はぁ?」

首を左右に振って言う彼女に、ノクティスは片眉を上げ訝しむ。彼女は暫し沈黙した後、浅いため息とともに驚くべき言葉を吐いた。

「私、この世界の人間じゃないと思うのよ。だから、なんかそういう、違う世界につながる力を持ってる人、心当たりあったら教えてくれないかな」









それから。
ルカの発言は正直あまり理解できなかったものの、頭の病気という可能性は低そうだという判断をした一行は、今度こそ互いに名乗りあった。ノクティスが王子だということを聞いても、ルカの答えは「……へえ?」だった辺り、王という概念のない世界から来たのかもしれないと思った。

ともあれ、それなら神凪であるルナフレーナ、あるいはゲンティアナに会ってみるのはどうかとノクティスは彼女に提案した。
神凪とゲンティアナについて説明すると、ルカはふむふむと何度もうなずき、それなら可能性は高そうだと言うので一時的に旅に加わることとなった。

一応相手が女性のため、キャンプすることもあること、その場合は雑魚寝もあり得る旨をイグニスが説明すると、彼女は大口を開けて笑った。
君たちがいくつだか知らんけど、980年近く歳が離れてて、君らの首を素手で叩き折れる相手に手出しできるようには思えんね。そんなことを言って。

「……ん?980年?ルカって俺らと同年代じゃあ」

「あっちの世界じゃいろいろあるんよ」

どうやら彼女は、千年以上の時間を生きているらしかった。もうよく覚えていないとも言っていたので、定かではないのだが。

「……あんた、もしかしたらゲンティアナみたいな存在なのか?」

「私はそのゲンなんとかさんを知らないから、なんとも。でも話し聞く限りじゃ近いんじゃないかな?」

「まぁなんであれ、会えばわかんだろ。とりあえずレスタルム行くぞ」

ルカを乗せるとレガリアはかなり狭く感じたが、そう長い旅でもない。ルカと出会ったのがそもそもレスタルムの目と鼻の先だったので、数分の距離だった。
レスタルムに到着し、一行はイリスのいるホテルに向かう。と、その途中で、珍しい人物に遭遇した。

「ノクティス王子。お前たちも。息災か」

「お、コルじゃねーか。どうしてこんなとこに、」

調べ物の関係で立ち寄ったというコル将軍は、ノクティスたちの無事な姿を見て目を細めた。わかりにくいが、安心しているという表情だ。

「ヤーグ……?」

と、そのとき初めて、彼女の様子が変わった。飄々としていた雰囲気が、一気に切迫したものになったのだ。
そして彼女は、風になった。

いやこれは比喩表現で、まさかそんなはずはないのだが、彼女は確かに風並の瞬間速を出した。
反応できたのはコル将軍だけだった。ノクティスたちは、全てが済んだ後に追って状況を理解するのみ。

「ヤーグうううおおおああああ……」

「なんなんだ君は!!?」

いや理解できなかった。
ルカはコルを押し倒し、首に抱きつき一心不乱にわんわん喚いていたのである。
どうやら、ルカはコルに飛びついて、コルはそれをいなしたものの結局倒れ込みルカの暴挙を許すこととなったらしい。
コル将軍がどう押しても、ルカは離れるそぶりを見せなかったので、結局グラディオラスとノクティスが二人がかりで引き離した。

しばらくルカは呆然としていたが、我に返ると慌てた様子でコル将軍に頭を下げた。

「申し訳ない、ちょっと相棒に似てたもんで……つい……」

「……だとしても、ああいうことは、考えもせずにするものでは」

「すいませんしゃべんないでもらっていいですか、また飛びつきそう」

真顔で言うルカに、コル将軍はかなり引き気味に困惑した。そりゃそうだ。

「っていうかルカお前、頭おかしいわ」

「よく言われるけどなんでなんだろう?」

「よく言われるんだ……」

プロンプトが脱力しきって笑った。コル将軍はルカに警戒を示す。

「……ルカというのか、君は、なぜ彼らと一緒に?」

「気がついたらこの世界にいたんで、神凪?っていう人と、ゲンなんとかさんに会うためにつれてきてもらった」

「いやレスタルムにはどっちもいねぇけどな。どのみち俺らの目的地がそっちだからついてくれば?って言っただけで」

「つまり王子と共にいる必要はあるまい。私は賛成できんな」

ルカは何か物珍しいものがあったのか、ホテルのロビーをふらふらと歩きながら答えた。それを横目に見ながら、コル将軍は息を潜める。
世界がどうのという部分にツッコミがない辺り、コルも世慣れている。

「彼女は私を攻撃するつもりではなかったようだが、それであの速度だ。あれほどの実力者が、敵に回ることがあったら厄介なんてものじゃないだろう」

「実際、そんなに速かった、んですか……?」

プロンプトが遠慮がちに尋ねると、コル将軍は苦虫を噛み潰したような顔で唸った。
そして驚くべき事を言う。

彼女はおそらく、私より強い、と。

「そんなん、あったりまえじゃん」

一瞬静まり返った彼らの空気を裂いて、ルカがコルの後ろに立っていた。
コルが弾かれたように振り返る。ルカはもうそこにはいない。

「でもまぁ、安心しなよ。恨みのない相手を殺して回るほど暇じゃないしね」

ルカは肩を竦めて言った。うーん、と唸ってから言うことには。

「行きずりの仲間と一緒に恋人に戦いを挑んだ過去のある女だぜ。恩を売る方が、得になると思うけど?」










続かない。


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