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きっとこの世界に、本当に善い人なんていないんです。ぼくらが知っているのは、それだけです。






ぼくらは、四課と呼ばれるところに所属しています。表向きは9組付きの従卒ということになっているようです。
普通の従卒とはちがって、戦場にも可能な限り追従します。というより、主にそちらが仕事です。
ぼくらは従卒ではなく、『武器庫』と呼ばれています。

「おい武器庫、お前の番号は」

「……はい。武器庫Ghー386です」

「しゃらくせえな、下三桁だけでいいんだよ。……今日の貸出はお前だ、ホールに9組がいるから、早く行け」

かしこまりました、じぶんがそうつぶやく声がどこか乾いている気がしました。






ぼくたちは武器庫です。つまるところ、大量の武器を保管しておくための『場所』です。体の至るところに、武器を四課大武器庫と接続された魔法が蜘蛛の糸のようにべたべたとはりついていて、必要に応じてそこから武器を引きずり出すことができます。大武器庫への小さな扉、それがぼくらです。それが存在理由で、存在意義です。
魔法適正ゼロで、訓練生どころか軍人を目指すこともできない。なにもできない、ただの子供では、それも仕方ないのかもしれません。

武器庫は、人数はあまりいません。なんたってどの部位がどの武器に繋がっているか知っていればそれだけでいい存在です。言葉が話せて、人並みの記憶力があれば誰にでもできるようなことができれば、それだけで済んでしまう人生です。だからなのかはわかりませんが、入れ替わりが激しく、去年配属されたぼくが武器庫としては最古参になります。ぼくらのほとんどは孤児なので、否、孤児でなくとも安否を気にしてくれるような人がいない子供なので、それでも問題がないとききました。今まで一度として、問題になったこともないそうです。それをおかしいと思う心が、たぶんぼくの中にも最初はあった気がします。今はもうわかりません。

とにかくそんなだから、戦場に置き去りにされることもよくあるそうです。この間、諜報員のお姉さんが言っていました。そんな扱いなのによく諾々と従うわね、そう言っていたのも覚えています。
このお姉さんはナツメさんといって、武器庫たちにとっての評判はあまりよくないです。悪くもないですが。そもそも武器庫使用を申請しない人だから、よくわからないというのが正直なところだと思います。一緒に仕事したことのある人がいなくて、ナツメさんのことを知る機会があまりないから、四課課員の人たちがたまに話している評判に評価が立脚するのだと思います。
曰くとても怖い人で、気に入らないことを言われただけで椅子で相手を何度も殴りつけたとか。後ろから抱きつかれたので何度も何度も相手を刺したとか。まぁそんなたわいもない噂が多い人ではありますが、ぼくは知っています。悪い人じゃないんです。

四課に配属されて間もないころ、ぼくが廊下に銃弾をぶちまけてしまったとき、偶然反対側から歩いてきたナツメさんが一緒に探してくれたことがありました。彼女の炎魔法の光は暖かくて、ろくに言葉もなく集めたたくさんの弾丸をぼくの手の中に落として彼女はさっさと歩いていってしまいました。お礼も言う暇がありませんでしたが、感謝しています。
ぼくらなんてそれはもう枯れ葉より軽いいのちですから、銃弾を一発でも、とは言い過ぎでも、百発も紛失したら殺処分されても仕方ありません。光一つも届かない、真っ暗で冷たい地下の廊下に銃弾がばらばらと散らばる音を聞いたとき、ぼくは心臓の奥底まで冷え切るような心地がしたのをよく覚えています。
だから、その炎はとても優しく思えたのです。

「……もう遅いんです」

けれど、もう遅いんです。
よく諾々と従うわね。ナツメさんはそう言いましたが、もう遅いんです。もうそんなこと考えられないんです。心が乾いて、言葉が出てきません。ぼくはどうなってしまったのでしょうか?
孤児院に残してきた妹のこと、ひそかに好きだった二つ上の少女のこと、優しかった亡き父母のこと。もうぜんぶどうだっていいんです。何もかも乾いて、ぱりぱりと砕けて、足元に散って、ぼくはそれを踏みつけて歩いています。だからもう、よくわからないのです。

ぼくの目を見て、ナツメさんは顔をそらしました。そして、余計なことを言って悪かったわね、と言いました。
余計なこと。ぼくも、そう思いました。




そういえば、ナツメさんも懇意にしている人ですが、ナギ・ミナツチさんというお兄さんがいます。
彼はぼくらぐらいの歳の頃から四課に所属していて、四課の仕事については並ぶ人がいないというほどよくできるそうです。けれど気取ったところもなく、課員のみなさんからは慕われているように見えます。
武器庫からは?……考えたこともありません。ぼくらがどう思うかなんて、きっと全く関係ありませんから。

じゃあなんでナギさんのことを思い出したのかというと、彼はある日突然ぼくらのための部屋に来て、小さなナイフを配っていったんです。今ぼくの手の中にあるこれです。刃渡りはきっと10センチもないだろう、本当に小さなナイフです。ナギさんは、こんなのでもうまくやれば人を殺せるから、と言っていました。
ぼくたちは武器庫ですから、武器の使用許可がありません。体に何百もの武器への道を繋いでいても、その中のどれひとつとしてぼくらが使用していいものなどないのです。
ぼくらはマニュアル通り、そう答えました。そしたらナギさんは口角を上げてニッと笑い、「だからそれは、腰のベルトにでも挟んどけ」と言いました。

「武器庫として登録されてる銃火器は盗難扱いにされちまうだろうけど、このナイフは別予算から手に入れたもんだから。武器庫にも身を守る術があったっていいだろって、上に認めさせたんだぜ」

そう言った彼の顔は充足感にあふれていて、晴れやかでした。四課の課員の多くが見せる淀んだ目を彼はしない。それに気付いたのもこのときです。もしかしたら、四課のみなさんの多くが諦めていることを彼は諦めていないのかもしれない。ぼくはなんとなく、そんなことを思いました。


そして翌日、その発想があながち間違いでなかったことを知りました。
ナギさんはぼくらを鍛え始めました。ぼくらを早朝から闘技場に呼び出し、戦うための技術をこれから教え込むだなんて言ったのです。
この仕事の唯一の特権、基本は朝寝坊可であるという部分を帳消しにされるのは正直嫌だったし、みんなも嫌がっていましたが、課員の命令だと言われたら従うほかありません。
この日から、猛特訓が始まりました。誰も望んでいませんでしたが、毎日続きました。そのうち少しずつ体が動くように鳴ってくると、人を殺すためとはいえ戦い方を覚えるのは意外と面白いものであるというのがわかりました。そんなことを思ったのは始めてで自分にびっくりしましたが、うれしかったです。他の武器庫も同じみたいで、お互い少しずつ表情が柔らかくなるのを感じていました。ナギさんも楽しそうでした。こんな日々は初めてでした。

「なんか、386って呼びづらいな。247も、696も」

ナギさんは突然そう言い出し、暫し悩んだ後、思いついたような顔をして、

「ミヤロ!お前は386だから、ミヤロにしよう。247はニシナ、696はロクロ。悪くないだろ?」

そう言って、彼は歯を見せて笑いました。
どうやら四課に、そういうかたちで名前のついた女性がいるんだそうです。ただその人は、優秀な戦士で、殺した人数に由来するそうですが。
ぼくらは数字でない名前に戸惑い、最初は戸惑っていたものでしたが、次第に慣れ、数日後には互いをロクロ、サクイ、などと呼ぶようになっていました。

ぼくらは笑うようになりました。
互いの名前を呼び、たまに冗談も言い、覚えにくい武器の名前を覚えるために一緒に特訓したりもしました。まるで年相応に子供になった気分でした。分不相応だということはわかっていましたので、四課のみなさんに知られないよう隠れての交流でしたが。

ぼくらが笑うと、ナギさんも笑いました。本当にうれしそうに笑うから、ぼくらもうれしくなってまた笑う。これを幸せとか、そういうふうに呼ぶのかもしれない。ぼくはふとそう思いました。

ただ、ナツメさんが一人だけ、渋い顔をしていました。


それからしばらくたった後だったと思います。一度だけ、ナギさんとナツメさんが口論しているのを見かけたことがあります。

「あんた何考えてんのよ、バカ」

「何だよお前まで……俺はただ、あいつらが何も言わずに死んでいくのが、可哀想だから……!」

「うそつき。……偽善者。そんなこと露ほども思ってないでしょう。……子どもたちが可哀想だと思うなら、あんなことやめてあげなさいよ……」

ぼくはそれをこっそり聞いていました。あまり意味がわかりませんでした。
戦うのは楽しかったし、今までのぼくが可哀想だったなら今のぼくは少し可哀想でなくなっている。そう思います。
だからナツメさんの言葉が、よくわからなかったんです。






戦場に出るのはもう五度目になります。最初は血の臭いだけでくらくらしていたのに、もう慣れたものです。
今回は蒼龍との戦闘で、ジュデッカという戦いだと誰かが言っていました。普段は戦いに名前がつくのは終わった後ですが、今回は珍しく最初から決まっているそうです。ぼくには関係ありませんが。

ぼくは、四課の人たちについていましたが、ナギさんも0組の先導で走り回っていたので、何度も行き合いました。
ついさっきもです。

ぼくは後ろから襲われた瞬間、とっさにナイフで敵の首をかききりました。血がぶしゅっと舞って、ぼくの顔にかかりました。流れたばかりの血はとても熱いものなんですね。おどろきました。


ぼくはとっさにナギさんを探して、振り返りました。彼もぼくを見つけて、笑みを浮かべて一瞬喜んでくれました。嬉しかったです。
でも、直後でした。

ぼくの体を貫いて、背中から槍が生えました。蒼龍兵がよく使っている、先のまっすぐ尖った槍です。
痛いとは思いませんでした。ひどく熱くて、息ができなくて、ぼくは翳る視界の中、懸命に前を見ました。ナギさんを探しました。

四隅から暗く染まっていく世界の真ん中で、ナギさんと目が遭いました。
ナギさんは目を見開いて、ぼくを見ていました。

静かな一瞬でした。
ナギさんは何も言いませんでした。

ただ無音で唇を震わせ、見るに堪えないといった様子でふっと顔を逸しました。

それだけでした。

その瞬間、ぼくにはすべてがわかりました。



ナギさんが善意からぼくらを助けてくれていたこと。けれどそれは、死にゆく小さな虫を車道から端へ避けてくれるような、ただの気まぐれに過ぎないものだったこと。ぼくらの命に責任などなく、死んだって大して悲しいわけでもない、それが運命だったんだと一言で片付けられる、その程度にしか思われていなかったんだということ。ぼくの死に様を見つめている時間は、彼の人生にはほんの一秒が精一杯なのだということ。
それがナギさんの善意で、誠意で、優しさだったんだということ。ナツメさんが言っていた意味も。

すべてこの瞬間、愚鈍なぼくは理解しました。

口からごぼりと嫌な音を立てて血が噴き出しました。それでもぼくはなんとか、口を動かそうとしました。
この、偽善者。
そう言いたかった。ぼくは、そう言いたかったんです。

「あ……り……」

血が噴き出してうまく言葉になりません。この偽善者。偽善者偽善者偽善者!!!

「ぐゅ、が……ぉ……」

言いたい。
ぼくは、彼に、

「ありが……と……」

それでも、この生があってよかったと思うのは、あなたのおかげだから。
あなたのきまぐれがぼくを生かした。
そのことだけはどうか忘れないでほしい。


この世に善い人なんていなくても、ぼくは幸せってものを知ったから。
けれどきっと、彼がそれを知ることはないのだろうと、ぼんやり思った。それが最後でした。
ぼくの、さいごでした。











「この偽善者」

「なんでお前が怒るかね」

「あの子たちは怒れないからよ。……あの子たちは、怒れないから」

「どーせ俺はクラサメさんみたいにはなれませんよ!」

「何拗ねてんだ、当たり前でしょ」







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