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四課という場所は謎に包まれている。
それは誰も否定しない。第一に地下にあり、第二に誰が所属しているかほぼ秘匿されており、第三に任務内容はよほどのことがない限り書面にされないのが常であるのが理由であろう。他にも、特殊技能を持った人間ばかりがかき集められているという噂もあるし、候補生を使い捨てにするとも揶揄されるし、ともかく実態がしれないことで有名な場所だ。
そんな組織だから、人々は四課を、有り体に言えば“すごい組織”だと思っている。表向き魔導院の暗部を担う組織であるため、公然と評価されることはないとしても、四課に対しては皆、畏怖とも呼ぶべき画された一線がある。
それを四課は的確に感じ取っているし、煩わしく思っているし、そして楽しんでもいる。感じ方はひとそれぞれ、快く思う者も思わない者もいる。
ただひとつだけ一致する点があるとすれば、彼ら全員がその一般的な認識を嘲弄しているということであろう。

“何も知らない群衆は、脇役にもなれやしない”と。

彼らは全員が脇役である。あるいは照明係で、衣装係で、音響係。その程度の何かに過ぎない。クレジットに、名は載らない。
けれども、彼らは確かに存在し、彼らがいないと舞台はそもそも存在しえないのである。だから、彼らは謎に包まれながら、魔導院の地下に蔓延るように生きていた。
ひとかけらも“すごい組織”ではないながらも、確かに謎の渦中に在り続けた。



とまぁ、それはどうでもいい話なのだが。

その四課のナツメは今、飛空艇発着所で落ち着きなくうろうろしている。それを、発着所の隅に座り込んでいる同じく四課の青年が呆れた目で見ていた。

「……何うろうろしてんだよ」

「落ち着かないだけよ……」

「うろうろしてても早く来るわけじゃねぇんだぞ?」

「うっ……わかってる、わかってるけど」

ナツメとナギは今、飛空艇の日陰にて、0組の帰投を待っている。
任務先で何名かが白虎の開発した悪質な毒を受けたらしく、毒消しでも万能薬でもエスナでも治療ができないとのことでナツメたちに連絡が入った。ナギは回復クラスに向かい解毒薬を探し、ナツメナツメで四課の毒薬データを調べ聞いた症状に合致するものを探した。が、ナツメは毒の正体を見つけることができず、それ故ナギが調達してきた解毒薬が一つとして役に立たないこともわかっていた。

「エスナも効かないなんて、一体どんな毒をくらったのか……私にできることがあるかもわからない……!」

「うーん……まぁでも、知らない毒だったんだろうしなぁ。エスナだって回復魔法の熟練度合いで治療効果はかなり変わってくるからなぁ……0組よりまだお前のほうが回復魔法は使えるんだし、可能性はあるだろ」

「なんでナギはそんなに悠長なのよ……!?私にとっても知らない毒なのよ!?」

「そりゃあ、最終手段があるからだろ」

「さっ、最終手段……」

ナギの言葉に反応し、ナツメの口端が思いっきり引きつった。
そしてナギの隣に腰を下ろし、額を両手で覆うようにしてうなだれる。

「……“あいつ”には、頼りたくないよ」

「それでも最後にはそうするしかないだろ。大丈夫だ、俺らがみてればアホなことにはならないだろう」

「うーん……そうね、私が睨んでれば……」

「そうそう、お前には今更逆らえないだろーよ」

ナツメは四課において一目置かれている。それは事実である。
ただしそれは、いつかナギがからかったように長期任務を乗り越える技能からではなくて、容貌からでも、性格からでも当然なくて。
単純に、ナツメが、“躊躇いを知らない人間だから”である。
だからそれを知っている四課の面々は、無意識に彼女の怒りを買わないように生きている。彼女は滅多なことでは怒らず、平常時は穏やかに凪いだ性格をしているが、それでもたったひとつの失言を死で贖わせようとする人間だったりもするから。

「っていうかね、ほとんどの人間はわざわざお前を怒らせないよね」

「え?なんで?」

「その辺無自覚なのが怖すぎるよなあお前……」

ナツメは怪訝そうに首を傾げた。本気でわかっていない顔だった。彼女はたぶん、四課の仲間たちが自分に下す評価など心底どうでもいいのだろう。
ナギがそう呆れたとほぼ同時、彼の耳朶を風切音が打った。

「お、帰ってきたみたいだぜ」

「ほんとだ……!」

ナツメは一瞬子供みたいな顔をして立ち上がり、祈るような目で飛来する飛空艇を見つめた。

「……あれだな、子供の傍にいると子供返りするって言うよな」

「ん?なに?」

「いやぁ、0組の近くにいるのはお前にとっては良いことなんだろうなーと思って?」

ナギもまたナツメの隣に立ち、飛空艇を待つ。
その飛空艇に、重病患者を含む0組の生徒たちは乗っているはずだった。
飛空艇は慌ただしく規定位置に停艇し、即座に降ろされたタラップを駆け、数名の0組が降りてくる。言われなくとも、無事なのが彼らだけだなんてことはわかっていた。
ナツメは彼らと頷き合って、飛空艇内へ駆け込む。ナギもそれに続く。

――果たして、ナツメのエスナ魔法は。

「うっ、ううう、うぅぅうううう……」

「……だめっ、吐かないでお願いっ……!ああああ、胆汁がっ……!!」

全くではないとしても。

「何でこんな、真っ黄色な液を口から吐き出すんだよ!?」

確かに症状の悪化を防いでいることがナギにもわかったけれども。

「電解質が失われてっ、このままじゃ大腸が完全に機能停止する!!だめ、だめエスナが効かない!!」

ほとんど効いていなかった。

「副隊長、これどうしたらいいんだ!?」

ナツメでもムリだったらどうしたら、だって4組にもナツメよりエスナ使えるヤツいないんでしょ!?」

その上0組までもが混乱の渦に追い込まれ始めた。

「知らない毒だから対症療法しかできない!このままじゃ……!」

ので。

「……仕方ない、おい!!聞こえてるか、嫁き遅れ!!」

『……ちょっとお、アタシその呼び名納得してないんだからねぇ?なぁにぃ』

「今すぐ飛空艇発着所に来い!来なかったら俺とナツメ両方の怒りを買うことになるからな、さっさと来い!!」

『うげっ……わかったわよーぅ……』

ナギは独断で、ナツメの嫌う同僚を呼んだ。今誰とどこにいるかはわからないが、ご趣味のために仕事を犠牲にはしない女だ。すぐに来るだろうとあたりをつけたナギは、ナツメを彼らから引き剥がす。

「何するのよッ、治療が……!!」

「あいつをを呼んだから、もう大丈夫だ。むしろ離れていたほうがいい」

「あんなヤツ呼ばないでよっ」

「お前があいつ大嫌いなのとこの現実は何も関わりねぇだろ……まして0組には何も関係ないんだ、黙ってろ」

「むっかつく……」

ナギがナツメにそう言い含めると同時だった。

「あらあら、思ったより大変なことになっちゃってるのねぇー?」

砂糖漬けの飴玉を転がすような、ぞっとするほど甘ったるく妖艶な声が飛空艇入り口から響いた。
意識のある全員がさっと視線を向けると、そこに立っていたのは四課のものでない武官服を徹底的に着崩したうら若き女性であった。少なくともまだ嫁き遅れなどと呼ばれるには早過ぎる年頃の。

「……で?アタシは何をすればいいのぉ?」

「こいつらは毒を受けたらしいんだが、特定できなくて治療もできない。だから、急いで“食って”くれ!」

「ついでにいろいろ食べてよろしいか」

「よろしくねーよ仕事だけしろ」

「ぐぬぅ……生きづらい世の中よのぅ」

彼女はナツメに睨まれながらも飛空艇の中に入り込み、そう広くはない艇内の奥に寝かされた0組の面々の方へ向かっていく。
そして予告なく上位を脱ぎ去り、シャツとズボンに膝までのブーツだけの姿になる。深く開けられたシャツからは豊かな谷間が堂々と覗き、辛うじて意識はあったらしいナインが吐きながら赤面した。無駄に器用だ。

「ふんふん、なぁるほどぉ、ここねぇ?……“イタダキマァス”」

そう言って彼女は、足を大きく開きナインの腹の上に載った。ナツメが言った通り、“大腸”の上に下半身を押し付けるように。

「あはぁっ……?確かにぃ、これは初めて食べる味……!」

けらけらと笑い、彼女はそこで跳ねた。まるで上下に律動するかのように、何度も何度も跳ねていく。
性行為すら彷彿とさせるような彼女に、無事生還した0組のうち何名かが顔を赤らめそっと逸らした。主に男子が。一方残りの数名は睨むように目を細めた。主に女子が。

「あはぁああっ!!おいしいわ、おいしいわあぁぁ!!充填される、ああっ……良いわよ出して、中に出して!!」

「やかましいし気持ち悪いわ」

「耐えてお願い」

「できるだけ早く燃やしたい……」

舌打ちするナツメの腕をナギはさっと引いた。放っておくとナツメは彼女を制裁しに行きかねない。
少なくとも、0組の治療を終えるまでは耐えてもらわねば困る。

それから数秒後には、彼女は律動を止めゆっくりと立ち上がった。その下でぐったりとしているナインはぐったりとしていたが、嘔吐をやめ顔色もマシになっていた。この短時間で、驚異的なまでに。これから快方に向かうであろうことは間違いないように思われた。
彼女は振り返り、ナギとナツメに微笑みかける。

「“把握”したわぁ?」

「そうか、そりゃよし。あとの三人も続けてさっさと治してくれ」

「仕方ないわねぇ……あとでゴホウビの相談は不可避よぉぉ」

嫁き遅れと呼ばれた彼女は、それから全く同じ動作を三回繰り返した。そのたった数分で彼女は0組を治療し終え、流し目でナギとナツメを振り返る。
ナツメはぎくりと肩を揺らし、一歩引いてナギの後ろに隠れた。ナギからすればナツメが彼女を恐れる理由が思いつかないが、自分と全く違う生き物すぎて距離を置きたいのだろう。

「ふふーん、“新たな毒”をもらえてよかったわぁ?感染毒みたいねぇこれ。特効薬のレシピはあとで書いておくわぁ」

「ああ、サンキュ……」

「今度燃やすわ」

「うっ……何でアタシをそんなに睨むのよぉぉ……」

身に覚えはありまくりのくせにそんなことを言いながら、彼女はゆったり去っていく。それをジト目で見送って、振り返ると0組の面々の「なんだあれは」という視線がナギとナツメに突き刺さった。
説明はできない。ナツメにもナギにも。彼女の特質全てが、四課の秘匿事項である。

「……えーと、解毒は済んだみたいだし……」

「あとは寮に戻って安静にしててね」

「いや説明してくれよなんだったんだ今のは」

「やだ帰る」

「説明したくない……」

その上、あの女について説明することは、彼らにとって並々ならぬ労力を要するのだ。だから今はもう逃げたかった。
吐瀉物で汚れた飛空艇の掃除は従卒に任せ、ぐったりと肩を落としたナツメを連れナギは飛空艇を出る。午後の日差しが目に眩しかった。

「しかし、結局俺ら要らなかったな……」

「いや、あの蜘蛛と0組だけを一緒にしておけないでしょ」

「ああ、まぁそりゃ確かに」

先ほどの武官は、四課の所属である。ナギと同じく幼少期から9組と四課で仕事をしている生え抜きだ。公式記録では12歳の頃から、実際には9歳の頃から、四課にて暗殺者としての仕事をしている。
そもそもは蒼龍の王家筋の血を引く人間で、呪術を使いこなす古い家系の出身だ。家紋は蜘蛛、蒼龍でも外道とされる独自の一神教を説きクリスタルを信仰しないその家には、一子相伝の呪いがある。ナギもナツメも詳細は知りようがないが、どうやらそれは多くの毒や痛み、病を吸い取ることができるらしい。それらは彼女の胎内で保管され、彼女自身を苛むことはないが、彼女が誰かと寝ることで、相手は一定確率で彼女の毒に侵されるらしい。四課の人間が突然連続死したのはもうずっと昔のことだ。当時10歳に満たなかった彼女と何名もの武官、候補生が関係を持ったなどといくら四課でも認めるわけにはいかず、彼女の罪はなかったことになった。
そこにはひっそりと事実のみが残り、彼女はその能力から“後家蜘蛛”、“行かず後家”、“嫁き遅れ”と、様々なあだ名で呼ばれることとなった。全てが指すのは、未婚の寡婦という一つの意である。

毒を受けることのみで強化される能力という身の上のせいなのか、それとも生まれ持った性格か、彼女の一般常識は激しく歪んでおり、彼女の趣味は誰かと寝ること――否、“犯す”ことと、毒を貯めこむことである。強烈な好奇心が彼女の原動力で、多くの人間の“味”を知りたがり、未知の毒は何でも体内に引きずり込む。
そしてそのことが、彼女を危険に晒しもする。

「お前にあれだけ殴られても、あいつ後悔とかしてねぇしなぁ」

「……?殴ったことなんてあったっけ」

「ああうん、お前はそういうヤツだけれども」

ナツメは、四課内で一目置かれている。それには、例の未婚の寡婦が深く関係していた。



それは、ナツメが四課で最初の仕事を終え、朱雀へ帰投した直後のことである。初めて会った同年代の少女にテンションを上げまくったあの行かず後家は絡みに絡み、言ってはならないことを言った。
ナギの背筋が冷えに冷えたあの事件を、ナギは忘れない。というか、忘れられない。

『あのクラサメさん、だっけ?あの人素敵よねぇ、ねぇねぇあれってアナタのなの?“味見”してみたいなぁ、ねぇねぇアナタはもうあの人の味を知ってるのぉ?食べたいなぁねぇ紹介してよぉ?』

そんなセリフを、ナツメはただ静かに聞いていた。
そして聞き終わると同時、すぐそばにあった木製の重たい椅子を強く掴み、振り上げ、目の前の候補生に向けて真上から振り下ろした。
それはたった一撃で、後家の頭をかち割った。

『ぐぎょふっ』

ナツメは一言も発さなかった。無言で、倒れ伏した後家の背中に何度も何度も椅子を振り下ろす。その度ごきっと嫌な音が四課の地下に響いた。
周りにいた何名もの四課は、わけのわからない事態にとっさに動くこともできず、なにより無表情で椅子を振り下ろし続ける候補生に気圧されていた。
そうやってひとしきり殴りつけると、ナツメは不意に手を止め、ケアル魔法を唱え後家を治療した。その回復魔法の威力は高く、たった一発で後家を完全に治療した。

あ、治療はしてくれるんだ。
四課はある種超越的な事なかれ主義を即座に発揮し、誰もが「治療するなら放っておいてもいいな!」と自分本位の即断をした。

が、ナツメはもう一度椅子を掴み、もう何度か振り下ろす。

『……ナギさん』

『なんだよ……』

『あんた、とんでもない女入れちまったんですねぇ……』

自動回復機能つきの惨劇は、その後更に二度繰り返された。
最終的に四課の面々は完全に沈黙し、後家が治療されようとされまいと他人の振りを貫くことを決めていた。
そしてそれから後家とナツメはお互いに距離を置いている。必要とあらば組んで仕事もするが、お互いを警戒するのは変わらなかった。



「……うちにはどうしてろくな女がいないかなぁ」

「ろくな男がいないからじゃないの?」

「うーん、まぁ否定しないけど……」

四課は謎に包まれている。
主役級の人間は一人もいない。よくて悪役に過ぎないながら、謎の中心に存在し続ける。
今日も無駄にキャラの濃い脇役として、魔導院の端にひっそりと息衝いているのだ。





しつこいようですがこんなんが本編に侵食したら私をぶん殴ってください



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