頭がくらくらする。目が回っている。視界もぼんやりしているし、周りの音が遠い。
風邪を引いた。風呂場で服が濡れたまま泣いていたのがまずかったんだろう。学校は休むことにして、自分の部屋で眠っていた。
19時頃、家の鍵が開けられる音がした。吉良が帰ってきた。そういえば今日は晩御飯の料理をしていなかった。作らなきゃ。
ゆっくりと起きあがり台所へ向かう途中で吉良と鉢合わせる。
「すみませ、……」
身体が傾いたが体勢を立て直す力もない。私の身体は重力に従い、そこで意識が途切れた。
***
目の前で名前が倒れた。身体に触れると少し汗ばんでいる。急いで名前の部屋に運びベッドに寝かせると、ベッドには温もりが残っていた。さっきまで寝ていたのだろう。家に帰って晩御飯がないと思ったらこういうことだったのだ。最近は名前が晩御飯を作っているのが当たり前になっていたことに気づく。
額に熱冷まシートを貼り、布団を首もとまでかける。薬も飲ませなくては。だがその前に食事が先だ。お粥を作り、名前の部屋に入ると眠っていた。名前の身体を揺さぶる。
「ご飯だ」
「ん、……すみません。晩御飯作れなくて」
「気にしなくていい。食べれるか?」
「はい…」
お粥を掬い名前の口元へ運ぶ。食べ終わったころには少し顔色がよくなっていた。朝から何も食べていなかったんだろう。
「薬も飲むんだ」
錠剤を口に運び名前の口に水を流し込んだ。
「今日はもう眠るといい」
「手は……」
「そんなこと気にする必要はないよ」
私は名前の部屋を後にし、食器を片づけた。
***
次の日になったが、名前の熱は相変わらず高い。医者に見せたほうがいいかもしれない。とりあえず、会社と病院に連絡して医者が到着するのを待った。
医者は風邪と診断し、注射をして薬も置いていった。昼になったので、名前にお粥を作り薬を飲ませる。
「すみません、会社を休ませてしまって…」
「私のことは気にしなくていい。君は風邪を治すことに集中すればいいんだ」
しばらくして名前の寝息が聞こえてきた。
***
目を覚ますと、もう夕方だった。身体は大分楽になっている。ベッド横に置かれた椅子には吉良が座って眠っている。
会社を休んでまで、面倒を見てくれたんだ……。少し意外だった。吉良さんがいなかったらもっと悪化していただろう。…でも、これも多分手のためなんだろうな。
「起きたのか」
「あっ、はい。もう大分よくなりました。ありがとうございます」
「そうか、夕飯作ってくるよ」
***
吉良さんの夕飯を頂いた後、吉良さんがたらいにお湯とタオルを入れて部屋に入ってきた。
「汗をかいているだろうからこれで拭くよ。服を脱いで」
この前の時よりも優しい声だった。私は服のボタンを外し、背中をむける。汗をかいていて気持ち悪かったのですっきりした。
「前は自分で拭くかい?」
「はい」
私はタオルを受けとり前を拭いた。
「ありがとうございます」
タオルをたらいに戻すと吉良さんはそれを持って部屋を出ていった。この前と異なる態度に私のことを気遣ってくれていると錯覚しそうになる。手の付属品だから私を看病しているだけなのに。
***
次の日、すっかり風邪はよくなっていた。これなら学校にも行けそうだ。居間に行くと吉良さんが朝御飯を作っているところだった。
「おはようございます」
「おはよう。顔色がよくなったね」
「吉良さんのおかげです。ありがとうございます」
短く会話を交わして私は学校へ向かった。