追われる(シーザー)

「はぁっ、……はぁ」

ここまで来れば大丈夫だろうか。私は路地裏のごみ置き場の隣に身を潜める。口元を覆い息を殺す。表の通りから足音が聞こえてくる。表の通りと言っても夜なので人通りはないに等しく、誰にも助けを求めることはできない。コツ、コツと石畳を歩く音がする。すると足音が近付いてくる。もう、駄目だ。私はこれでもかと身体を丸くして亀のように縮こまっていた。

「名前?」

聞き慣れた声に顔をあげると足音の正体はシーザーだった。

「シーザー!」
「どうしたんだよ、こんなところで丸くなって」

私は思わずシーザーに抱きついた。シーザーは私の背中をさすり宥める。こんな時間にどうしてここにいるのだろうと思ったが、そんなことはどうでもよかった。とにかくさっきのストーカーらしき人からは逃れられたことにほっと胸をおろした。

「さっき、後ろをずっと付いてきた人がいて……」
「そうか、怖かっただろ」

そう言って私の頭をぽんぽんと撫でる。涙腺が緩み涙が零れ落ちる。

「早く帰ろう、送って行くよ」
「ん、ありがとうシーザー」
「俺の他にも名前のことを見ていた奴がいるなんてな」
「……え?」
「俺ずっと名前のことを見てたんだ。もう名前に怖い思いはさせない」
「それじゃあ、さっき後ろにいたのって……」
「俺だよ」

私はシーザーの身体を突き飛ばし、表の通りに向かって走り出す。しかしシーザーの方が動きが早くすぐに腕を掴まれる。

「どうして逃げるんだ?」
「離して……」
「怖がってるんだな、大丈夫だ」
「離して!」
「……俺はこんなに名前のことが好きなのに、逃がさない」

シーザーの手に力が籠る。ギリギリと手首に食い込んで痛む。

「痛い、離してシーザー!」
「離したら逃げるだろ。……ずっと一緒にいような、名前」

私の言葉はもうシーザーに届いていない。




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