昨日のことが胸につっかえている。
「手を抜いただろう」
そう言った時のダニエルさんの口調と表情が蘇る。
誰にだって大切にしているものがある。ダニエルさんにとってのそれは誇りだ。
私がしたこととはいえ、同居人にあんな表情をされるのはつらい。
「あ〜……」
ベッドの上で転がっていると部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ダニエルさんだ。
心臓が早くなっているのを感じながらあわてて身体を起こす。ダニエルさんはマグカップを持って入ってきた。
「もしかして寝ていたのか?」
私が乱れた髪を慌てて直すとダニエルさんはくすくす笑いながらマグカップを差し出した。
「ありがとうございます、どうぞ」
部屋の隅に置いてあった椅子をダニエルさんの側に持っていく。
「ありがとう」
「……私の部屋に来るの珍しいですね」
「少し元気がないように見えたから」
「……」
「何かあったら遠慮なく言ってほしい。同じ家に暮らしている以上お互い楽しい方がいいと思うんだ」
「……あの、昨日はすみませんでした。ポーカーで手を抜いてしまって」
「そのことか。前の主人はそうしないと怒る性格だったんだろう?気にすることはないよ。前の家ではそうだったかもしれないが私とは本気で勝負してほしい。だから」
「?」
「私ともう1度勝負しないか?」
「わかりました」
「では、何を賭ける?」
「えと、賭けないという選択肢は?」
「ないな。賭けた方が本気になれるだろう?……負けた方が勝った方の言うことを1つ聞く、というのはどうかな」
負けたら、ダニエルさんは私に何を命令するんだろう……。買い物?ご飯作り?きっと違う。
「負けた後のことを考えているのかな?」
「ぐっ……」
こちらの考えはお見通しっていう表情だ。
「そんなこと、ありません!」
***
結果は私の惨敗だった。
「それじゃあ、願いを聞いてもらうよ」
何をさせられるんだろう。表情に出ていたらしくダニエルさんは私を見て優しそうな笑みを浮かべた。相手はギャンブラーだ。わるいことを考えていたとしても表面を取り繕うことなんてお手のものだろう。
「そんなに顔をひきつらせなくても大丈夫だ。マッサージをしてくれないか?」
「え?」
「ギャンブルをしていると座りっぱなしでね。腰が疲れるんだ」
思わず脱力しそうになる。
「ではそこのソファーに横になってください」
言われた通りに横になるダニエルさんの背中を跨ぐ。
「失礼しますね」
体重をかけて手のひらで腰を押す。
「ん」
「すみません、痛かったですか?」
「いや、気持ちいいよ」
固くなっているなあ、と思いながら腰を指圧する。ひととおり終えたころには大分凝りが解れていた。
「他に凝っているところはありますか?」
「……」
「ダニエルさん?」
返事がないので身を乗り出して顔を覗きこむとぐっすりと眠っていた。下りている前髪のせいかいつもよりも幼く見える。起こすのも躊躇われて毛布をかけて部屋を後にした。