ダニエルがコレクションを机の上に広げていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します」
振り返ると名前がトレーにコーヒーとケーキを乗せて持ってきた。ちょうど欲しかったとはいえ、頼んでいなかったはずだ。
ここに来て数日経ったが観察力が優れていて細かいところまで気がまわる。
「ありがとう、ちょうど食べたいと思っていたんだ……ところで前の家ではゲームに付き合うことはあったのか?」
人のことをよく見ているようだからギャンブルには向いているだろうとダニエルは思った。
「よくゲームの相手をしていました」
それを聞いたダニエルの眉がぴくりと動いた。
「なら私とゲームをしないか?」
「魂を賭けないなら」
「あぁ、君はメイドだからね。何がいい?」
「お任せします」
「じゃあポーカーだな。ルールは?」
「問題ありません」
ダニエルはトランプをテーブルの上に置いた。
「何を賭ける?」
「ダニエルさんが決めてください」
「そうだな……そういえば冷蔵庫の中身が寂しくなっていたな。5回勝負してコインの少ない方が買い物に行くというのはどうだろう」
「わかりました」
ダニエルは慣れた手付きでトランプをシャッフルする。名前はダニエルの手の動きに見覚えがあった。ザローシャッフルだ。おそらく1番上のカードで他のカードを隠し、シャッフルしているように見せかけているだけだろう。名前が配られたカードはブタだ。適当に2枚変えるとツーペアが揃う。1枚コインの放りコールする。
「コール」
ダニエルも同様にコインを投げた。結果はダニエルの勝ちだ。
あと1回で勝負に決着がつくところで、名前のカードはフラッシュだった。しかし名前はそのうち2枚を捨て、山から2枚を引いた。結果は言わずもがなだった。
「負けちゃいました、やっぱり強いですね。買い物もあるのでこれで」
「待て」
いつもより語気を強めて名前の手首を掴む。
「手を抜いただろう」
名前は目を丸くした。手を抜いたのを咎められたのは初めてだった。前の主人と初めてゲームをした時、勝ったせいで機嫌を損ねたことがあった。だから今回も手を抜いたのだ。
イカサマしている本人に言われたことにも苛立ちを感じた。
「イカサマしたくせに」
なぜイカサマを棚に上げて咎められなければならないのかと理不尽に感じ、思わず口に出てしまった。
「気付いていたのか」
今度はダニエルが驚く番だった。
「それでは買い物があるので失礼しますね」
「買い物には私が行く」
「え?」
「イカサマを見破られては私が負けたようなものだからね」
名前はダニエルの後ろ姿を見送る。ダニエルはギャンブルに誇りを持っている人なのだと気付き、名前は申し訳ない気持ちになった。
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ザローシャッフル:リフルシャッフル(トランプの山を2つに分けて交互に落とすシャッフル)をしたように見せてカットした状態にするシャッフルのこと。