潜入

私たちの店はこのあたりではそこそこ名前の知れたカフェだ。

「名前、近くに新しいカフェができたぞ」

そう教えてくれたのは私たちの店に花を届けてくれたミスタだ。なんでも彼らの花屋がそこの庭の手入れを任されたという。私はさっそく食べに行こうと思った。

「ポルナレフ、あとは厨房お願いね」
「一緒に行くか?」
「ポルナレフがいなくなったら厨房がいなくなるから大丈夫」

ポルナレフは接客もやってるから(というよりも女の子が居るからよく接客にまわりたがる)、もし知り合いのお客さんが居たらすぐにバレてしまう。申し出をやんわりと断り、新しいカフェに向かう。

扉を開けると、お姉さんが迎えてくれた。促されるままに窓際の席に座って外を眺めると窓から見える薔薇がとても綺麗だ。ミスタが言っていたのはきっとこのことなんだろう。

少ししてお姉さんがメニューと水を持ってくる。オムライスと紅茶を注文して、出来上がるのを待ちかながらあたりを見回す。

開店してまもないがお客さんが多い。それに何人かはうちの店でも見たことがある人がいた。やはりこの店とはお客さんの取り合いになりそうだ。

    

オムライスも紅茶も美味しかった。私も負けていられないと思い、鞄を持って立ち上がる。

「名前じゃねーか!」

ナランチャが私を見つけるなり手を振った。

「ナランチャは仕事?」
「ここの花の手入れを任されているんだ。奇遇だな」
「そうだね」

ナランチャが私の素性をばらさないことを願いながら相づちをうつ。

「外食なんて珍しいな。名前なら店で料理作ってるんだし美味しいもの作れるだろ?」

ちょうどテーブル横を通った店員と目が合う。まずい。

「もうこんな時間だ、フーゴに怒られる!じゃあまた今度な」

地雷をまいたナランチャは慌てて帰って行った。

「お客様、お話しがありますので、どうぞ、こちらに」

さっきの店員が私の手を掴んでいる。顔は笑っているが目が笑っていない。

私は無言で店員の後ろをついていった。従業員用の扉を潜り、廊下をしばらく歩いた先には他のドアに比べ装飾が凝っているドアがあった。

「DIO様、連れてきました」
「入れ」

様付け?と思っていると店員がドアを開け、私の背中を押して部屋に押し込まれた。

部屋は暗くて蝋燭の明かりで人の輪郭がぼんやりと見える程度だ。どうしてこんなに暗いんだろうかと思っていると部屋の奥から人が歩いてきた。

「君は近くのカフェで料理を作っているそうだね」

これから私はどうなるんだろう。逃げたくてもそうさせてくれないオーラがある。

「ああ、別に君をどうこうしようとは思っていないから安心していい。ところで君の店は美味しいと評判で聞いている」
「……ありがとうございます」
「そこでひとつ提案なのだが、」

ようやく男の顔が見えるほど距離が近くなった。驚くことに息を飲むほど顔が整っている。いつも承太郎たちの端整な顔立ちを見ているはずなのに、彼らにも見劣りしないほどの容姿だ。それにしてもどこかで見たような気がする。

「私の店で働かないか」
「え?」
「給料も倍出そう。だから私のところに来てほしい」
「出来ません」
「私としてもそうかと引き下がる訳にもいかないのだが……今日はお茶でも飲んでいくといい」

がちゃりとドアが開いて髪の長い男の人が入ってきた。その人は紅茶を2人分置いて部屋を後にした。

「さあ飲むといい」
「……いただきます。アールグレイですね」
「ああ」

せっかくここに来たんだ。いろいろ聞いてみたいことはある。口を開きかけたところでがちゃりとドアの開く音がした。

bkm