引き返せない(吉良)

週末、仕事の同僚の吉良さんに家に遊びに来ないかと誘われた。気になっていたこともあって二つ返事で了承する。カフェで待ち合わせをして吉良さんの車で家に向かった。

「ここだよ」

車を止めるといかにも和風な家が目に入る。

「大きいですね」
「ああ、1人で住むにはさすがに大きいかな……中を案内するよ」

私は家に通されて家の中を案内してもらった。やはり見た目通り大きくて迷子になりそうだ。

「そうだ、君に是非見せたいものがあるんだ」
「なんですか?」
「ついておいで」

なんだろうと思いながらついていく。ペットかな。

「ここなんだ、さあ、入って」
「暗いですね」
「部屋の中に電気があるんだ」

私の後に続いて吉良さんが部屋に入る。ぱちり、と電気のスイッチを押す音がして電気がついた。

「え……」

私は目を疑った。部屋にはテレビ、ベッド、テーブルと一通り家具が揃っている。その配置や家具に見覚えがあった。

「どうかな。君の部屋にそっくりだろう」

ばたりと音がして振り返ると吉良さんが戸を閉めた。

「さすがにこの部屋には窓がないからカーテンはつけてないけど……気に入って貰えたかな?」
「あの、私用事を思い出したので家に帰ります」

吉良さんの横をすり抜けようとすると私の身体は吉良さんの胸にすっぽりと収まった。

「どこに行くのかな?今日からここが君の家だよ」
「違う……」

震える声で反論したが吉良さんは宥めるように私の背中を撫でる。

「今日から名前は僕と暮らすんだ」
「……」
「どうして何も言わないのかな。緊張しなくてもいいよ、これから少しずつ私との生活に慣れていこうね」

いつもの吉良さんの微笑みが歪んで見えた。

bkm