執拗に甘い地獄

「ただいま」
「名前、どこに行っていたんだ」

家に帰るとアヴドゥルさんが私を迎えてくれたかと思うと抱きしめられた。エジプトへの旅が終わってからというもの、アヴドゥルさんは心配し過ぎのような気がする。

「アヴドゥル、名前から離れろよ」

出掛けている途中で出会い、家まで送ってくれたポルナレフが言う。

「ポルナレフに言われる覚えはない。名前、危ないから一人で出歩くなと言っただろう」
「……ごめんなさい」
「これで何度目だ?私の言うことが聞けないなら、もう外出させないぞ」

別にアヴドゥルさんを困らせたくて外出しているんじゃあない。でも、たまには一人で出掛けたくなることもあるのだ。

「そうなのか、名前?」
「……うん」
「名前は危なっかしいからな、一人で出歩かない方がいい。出掛けたくなったらいつでも俺に言えよ」
「ポルナレフ、お前に名前は任せられない。名前が一緒のときでも通りすがりの女性に声をかけているだろう。その間に名前に何かあったらどうするつもりだ」
「そんなことないぜ。今日も声はかけてない。なあ、名前?」

確かにポルナレフは女性に声をかけていなかった。旅をしているときはこんなんじゃなかったのに。

「まあいい。名前、出掛けてきて喉が渇いただろう、これを飲むといい」

アヴドゥルさんは水が入ったグラスを差し出す。

「ありがとうございます」

ちょうど喉が渇いていたため一気に飲み干した。

***

目が覚めるとアヴドゥルさんの膝枕でソファーに横になっていた。

「アヴドゥルさん……すみません、眠ってしまったみたいで」
「気にしなくていい」
「よく眠ってたぜ。疲れてたのか?」

声のするほうを向くとポルナレフの膝の上に私の足が乗っている。足を下ろそうとすると掴まれて、足首を指先でなぞる。

「ポルナレフ、」
「この傷痕、まだ残ってるんだな」

ポルナレフがなぞったのは旅の時に負った傷だ。ポルナレフは傷を見て眉を寄せる。

「もう痛くないよ」
「そうだとしても俺が嫌なんだ」

そう言うとポルナレフは慈しむように私の足を優しく撫でた。

「そこだけじゃないだろう?」

アヴドゥルさんが私の顔を見下ろして言う。

「名前は怪我をしても隠そうとするからな。ここを怪我したときも自分からは何も言わなかっただろう」

アヴドゥルさんは服越しに肩の傷痕の上にそっと手を置くと、優しく撫でた。

「私は名前が心配なんだ」
「大丈夫ですよ」
「そう言っていつも無理をしてきただろう」
「……」
「やはり名前は外出しないほうがいいな」
「え……」
「俺もそう思うぜ」

私を見る二人の視線が少し怖くなった。距離を取ろうと身体を起こすとアヴドゥルさんが私のお腹あたりを抱きしめる。身を捩ろうとしても腕も一緒に抱きしめられていて、動けない。

「どうしてそんなに暴れるんだ?」
「放してください……」
「放したらまた逃げるんだろ?」

ポルナレフの青い瞳に見つめられて身体がすくむ。いつものおちゃらけた雰囲気は影を潜めている。

「名前は家に居ればいいんだ、そうすれば傷付かなくて済む。だから全部俺に任せろ」
「もう名前が傷付く姿を見たくない。ずっと私の側にいてくれ」

私の言葉はもう届かない。

bkm