08

私は部屋に戻り、さっき吉良さんが言ったことを反芻していた。……やっぱりわからない。この前まで手にしか興味がなかった人だ。なのに今更嫌われたくない、なんて。

***

翌日、カーテンを開けると雨が降っていた。

「名前、送っていこうか」
「え?」
「会社の途中にあるから、乗っていくといい」
「ありがとうございます」

珍しく朝食に話し掛けてきたかと思うと車に乗せると言ってきた。ますますわからない。

とりあえず機嫌を損ねないように好意に甘えることにした。

「ありがとうございました」
「ああ、それじゃあ」

車を降りるとちょうど友達が来た。

「おはよう」
「おはよう!一人暮らしって言ってたけど、まさか彼氏?年離れてない?」
「親戚のおじさんだよ。この町に住んでるからたまに面倒をみてもらってるんだ」
「へー、かっこよかったね!」
「そうかな……」
「そうだよ!見慣れてるからなんとも思わないんだよ」

確かに見慣れていると思う。毎日一緒に暮らしてるし。

***

家に帰ると今日は吉良さんはいなかった。私は夕食作りに取り掛かった。

「ただいま」

野菜を切っていると後ろから声がかかった。

「おかえりなさい」
「手伝おうか」
「大丈夫です。もうすぐできます……っ、」

手を切ってしまった。切ったところをみると赤い筋ができている。

「切ったのか、」

私は思わず肩を震わせる。吉良さんが私の背後に立っている。しかも結構距離が近くて背中がかすかに吉良さんに触れている。
後ろから吉良さんの手が伸び、私の手首を掴んだ。私は反射的に身体を強張らせた。

吉良さんは「あまり傷は深くないようだな」と呟くと、私の手を引いてソファーに座らせた。すると私の指に消毒液を吹きかけ、絆創膏で覆う。ちらりと吉良さんの顔を見ると朝に友達が言っていたことを思い出した。確かに格好いいかもしれない。顔は整っているし、料理もできる。きっと職場ではモテるんだろう。

「後は私が作るよ」

そう言って吉良さんは立ち上がった。

「すみません」
「気にしなくていい」

吉良さんは手際よく野菜を切り始めた。

bkm